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Chip Tanaka(田中宏和氏)3rdアルバム「Domani」発売記念インタビュー。制作秘話や音楽遍歴,これまでとこれからをまとめて聞いた
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印刷2021/12/06 14:00

インタビュー

Chip Tanaka(田中宏和氏)3rdアルバム「Domani」発売記念インタビュー。制作秘話や音楽遍歴,これまでとこれからをまとめて聞いた

 2021年11月17日,Chip Tanakaの3rdアルバム「Domani」が発売された。「Chip Tanaka」とは,かつて任天堂でアーケードゲームやコンシューマゲーム機の音源開発や,ゲーム音楽を手がけてきた,現クリーチャーズ代表取締役社長である田中宏和氏が,チップチューンミュージシャンとして活動するときの別名義だ。
 田中氏は現在63歳。還暦を過ぎてから今回のアルバムを含む複数の音源をリリースし,意欲的にライブにも取り組む原動力は,どこから生まれてくるものなのか。田中氏の音楽遍歴やChip Tanaka名義で活動を続ける理由などを,3rdアルバムの制作秘話とともに振り返ってもらった。

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Chip Tanaka公式サイト

「Domani」試聴&購入はこちら



3rdアルバム「Domani」,ついに発売


Chip Tanakaニューアルバム「Domani」
発売日:2021年11月17日(水)
品番:POCS-23018 / デジパック仕様
価格:税込2750円
全14曲収録 / 全インストゥルメンタル
期間限定CD購入者特典:「田中の手紙3」(未発表音源DL案内)封入
レーベル:sporadic vacuum
収録曲:GO→JUMP↑ / Pacific / Third Sunrise / Wonderful World / Fennec / Cactus Chant / Hourglass / Rainy Ride / Moon Drop / Shadow Dance / Sandstorm / Decolor / Voyage / 1912
画像集#002のサムネイル/Chip Tanaka(田中宏和氏)3rdアルバム「Domani」発売記念インタビュー。制作秘話や音楽遍歴,これまでとこれからをまとめて聞いた
4Gamer:
 3rdアルバムの発売,おめでとうございます。
 2017年の1stアルバム以降,外伝からデモ集も含めて多くの作品を精力的にリリースされていますが,こうしたアクティブさの原動力はどこにあるのでしょうか?

田中氏:
 ライブやネットを通して「僕の作った音楽を聴いてくれる人がいるんだ」という実感が得られるようになったことが一番大きいですね。とくに海外からの反応が大きくて,いまだに「メトロイド」に熱い声援を送ってくれるファンがたくさんいるし,アニバーサリーのお祝いメッセージを求められたりもしました。想像以上に影響力があったことが,インターネットの時代になって分かったんです。

4Gamer:
 任天堂に在籍されていた頃は,お作りになった音楽が世界にどんな影響を及ぼしているのか,ご存じなかったんですか?

田中氏:
 ファンの声が耳に届くようになったのは,会社を辞めてかなり経ってからです。自分の作った音がそんなふうに長く聴かれ続けるなんて,当時はまったく思っていなかったし,ゲーム音楽ファンの声援を伝えてくれる手だてなんてなかったんです。

4Gamer:
 ご担当作品のBGMを収録したCDやレコードが当時いくつか出ていましたが,それはあくまでも販促的な必要から生まれたものという認識だったわけですか?

田中氏:
 当時,販促用という認識はなかったですが個人的にはとても嬉しかったです。人気があるのか? ないのか? どのくらいの枚数が売れたのかなどは知りようがなかったし。当時の子供達が大人になって,インターネット上で自分の思いを発信できる時代になって,ようやくファンの声が届くようになったんです。それには時間が必要だったんでしょうね。それから,続けることが大事なんだなと思うようになってきました。

4Gamer:
 Chip Tanaka名義での活動を開始されてからも,もう10年以上になります。

画像集#003のサムネイル/Chip Tanaka(田中宏和氏)3rdアルバム「Domani」発売記念インタビュー。制作秘話や音楽遍歴,これまでとこれからをまとめて聞いた
田中氏:
 僕は年齢から言えばロック世代で,その視点で海外を見てみると,たとえばポール・マッカートニーとかローリング・ストーンズとか,もうちょっと下の世代だとメタリカとかも大好きなんですが,彼らはかなりの年齢になってもずっと頑張っている。そこに対して,だからどうだって思うことは,昔はとくになかったんですけどね。ミュージシャンは音楽を届けることだけが役割なんだからって。でも,ああいう人達の頑張りをずっと見ていたら,考え方が変わってきたんですね。

4Gamer:
 具体的に言いますと?

田中氏:
 彼らは音楽に対してもファンに対しても紳士的で,変に気取ってないというか……。ここが大事なところなんですけど,すごく品が良くて,ファンに何かを与え続けている。最近のコロナ禍のご時世であっても,そういう姿勢を見せ続けてくれていたし。
 そういう姿を長年見てきた結果,ミュージシャンの役割って実は音楽以外のほうが大きいんじゃないかという気がしてきたんです。僕には彼らほどのファンがいるわけではないけど,ゲーム業界の黎明期から音楽に関わらせてもらってきた身として,ファンに対して音楽だけじゃなく,今現在の自分の姿勢のようなものを届けることも大事なのでは? と考えるようになりました。

4Gamer:
 どこまでも,ファンに向けた活動なんですね。

田中氏:
 あと,地味にでも活動を続けていると,Red Bullの「Diggin' in the Carts」と関わることになったり,海外でライブすることになったり,フジロックに出演させてもらったりと,思いがけないことに声をかけていただいて。「この歳になっても,いろいろなところに飛び込んでいけるんだ」と実感できたのも,続けるモチベーションになっていますね。大きな舞台に出たいと思ってやっていたことは全然なくて,あくまでも続けてきた結果として,そういう機会に恵まれたと思っています。

4Gamer:
 たしかに田中さんの活動には「前に出て行こう」という感じが,いい意味で全然ありません。続けることの重みは,年々増している感じですか?

田中氏:
 ええ。少しずつですけどね。第一は音楽を作ることですけど,そこにいろんなものが積み重なって,思った以上の人の耳に届いている気がするんですよ。ちょうど昨日あった話で,知り合いから「孫が『MOTHER2』のファンで,オリジナルの曲を作っているんだけど,ちょっと聴いてもらえないかな」って連絡が来たんですけど,何かしら世代を超えて伝わたり通じたりするものがあるんだなと,不思議な気持ちになりますね。
 そんな感じの小さな出会いが,いろいろとあるので,そこから全然離れた世代に「田中さんってまだ音楽作っていて,こんなアルバム出しているんだ」みたいにつながっていってくれると,嬉しいですね。


コロナ禍での3rdアルバム制作


4Gamer:
 1stアルバム以降,ほぼ1年に1枚のペースでコンスタントにアルバムを出していらっしゃいますね。

田中氏:
 不自由な中でやっているからこそ,それができているんじゃないかな。専業で音楽ばかりやっていたら,逆にこんな形にはならないと思いますね。

4Gamer:
 社長業の合間を縫っての音楽制作が,肌に合っているということでしょうか?

田中氏:
 あぁ,どうだろうなぁ(笑)。でも。日常のすき間でほんの5〜10分だけでも,ちょっとずつ作り進めていくようなスタイルに,すっかり慣れてしまったんですよ。集中して1曲をばっと作ることもあるけど,ある程度の形になってきたら,そういう作り方で詰めていくほうが,逆に集中できたりするんです。

4Gamer:
 いわば,不自由のなかに自由があると。
 ところで,今回のアルバムタイトル「Domani」は,「明日」や「未来」の意味だそうですが,そこにはどういう意図が込められているのでしょうか?

田中氏:
 1stアルバムの「Django」を,思っていたよりも多くの人に聴いてもらえたんですけど,そこからホップ〜ステップ〜ジャンプみたいにアルバムを続けるのは年齢的にも無理なので(笑),2枚めはちょっと落ち着いたイメージにしようということで「Domingo」,つまり「休憩」っていう意味を込めたタイトルを付けたんです。
 で,3枚めではまた元気よくやろう……と,途中までは思っていました。そうしたらパンデミックになってしまったので,ちょっと考え方を変えたんです。

4Gamer:
 と言いますと?

田中氏:
 今まではライブを意識した音作りをしていて,現場で受けた影響を自分の音作りに反映したりしていたんですけど,そういう機会が本当に少なくなってしまった。で,その代わりというわけでもないんだけど,来る日も来る日もずっと自宅にいるので,レコードやCDを聴きまくっていたんです。小中学生の頃に聴いていたようなものまで,本当に片っ端から。「そういやピンクフロイドはよく聴いたな,イエスも好きだったな」とか思い出しながら。

4Gamer:
 期せずして,自分の音楽的ルーツを見つめ直すことになったわけですね。

田中氏:
 いやまぁ,今回のアルバムにイエスの要素なんて全然ないけどね(笑)。全体的には8ビートのロックぽい要素がこれまでより強く出たかな,とは思います。ダンスっぽい要素も残ってはいるけど。

4Gamer:
 過去を振り返りながら未来を見つめるといったイメージだったんですね。ちょっと気になったんですが,今回のアルバムはこれまでとレーベルが違いますね。発売元にVirgin Music Label and Artist Servicesを選ばれたことには,何か理由があるのでしょうか?

田中氏:
 実は「田中宏和の会」がきっかけなんですよ。

4Gamer:
 あの同姓同名の方達の集まりの。

田中氏:
 ええ。ヴァージンの母体になっているユニバーサルジャパンにも同姓同名の田中宏和さんがいらっしゃるんですね。そのつながりから「出しませんか」というお話がきて。僕がやっているような個性的な音楽が,インディーズ部門(Virgin Music Label and Artist Services)には望ましいので,売れるか売れないかとかは考えなくていいですから,っていうお誘いで。
 でも実際に進めるまでには2年くらいかかっていますね。1年くらい前にやっと音源を送って。その後アルバム制作に入って,7月くらいにマスタリングを終えました。


矩形波は自分のハンコ


4Gamer:
 Chip Tanaka名義での活動で欠かせない要素の一つが,チップサウンド,すなわちゲーム由来のサウンドだと思います。

画像集#005のサムネイル/Chip Tanaka(田中宏和氏)3rdアルバム「Domani」発売記念インタビュー。制作秘話や音楽遍歴,これまでとこれからをまとめて聞いた
田中氏:
 矩形波を使うのはChip Tanakaとしてのテーマになっているところもありますね。「ポケットモンスター」で僕のファンになってくれた人も多いはずなんですけど,やっぱり全体の比率だと,ファミコン以前の黎明期からやっている「Hip Tanaka」として認識してくれている人が,一番多いと思うんですよ。だから矩形波を自分のハンコとか表札みたいな気持ちで使うのが,結果的に当たり前になってきたというか。

4Gamer:
 だから「Hip Tanaka」の頭に「C」を付けて「Chip」としたわけですよね。ところで,そもそもの「Hip」は何に由来するのでしょうか?

田中氏:
 宏和の「ひ」。それにヒップホップを重ねたところもあるし,お尻っていう意味もあるし(笑)。いや,割りと軽い気持ちで付けたんですよ。スラングで「かっこいい」っていう意味があるとは,当時全然知らなかった。海外の人達とお話するようになってから「クールでいい名前だね」ってよく言われるようになって,それで初めて意味を知ったんですよ。ああ,そうだったんだって。意外でしたね。

4Gamer:
 チップの音を扱うときには,どういった点にこだわっていらっしゃるのでしょう?

田中氏:
 矩形波や三角波の使い分けですね。同じ波形でも,ソースが違えばニュアンスが全然違ってくるので。だからMagical 8bit Plug(チップチューンユニットのYMCKが無償公開しているファミコン仕様のソフトシンセ)を使うときもあれば,ファミコン実機からサンプリングした音を使うときもあるし,普通にシンセサイザの音を使うこともあるし。

4Gamer:
 そこにはご自身なりの使い分けがあるのですね。

田中氏:
 例えばより実機に近い音が欲しいときは,実機のサンプリング集を使うんですが,これはもう10年以上前,まだチップチューンを知ったばかりの頃にある人から「ファミコンの音源をサンプリングしたのでぜひ使ってください」といただいたものです。それを今でも大事に使っています。
 実機の音といえば,ゲームボーイの「ポケットカメラ」で組んだ波形を使うときもありますね。一時期あれでよく音素材を作っていたんですよ。


荒野に立つサボテンが歌う


4Gamer:
 田中さんはアルバムごとにいつも新しい試みをされていると思いますが,今回のアルバムではいかがでしょう?

田中氏:
 声ですね。これまでのアルバムでも,チョップしたボイスを単発で入れたりはしていたけど,今回はもっと歌うような感じで,声っぽい音をたくさん入れています。そこは今回のテーマとも関連していて。
 実はアルバムを作るにあたって最初に思い浮かんだテーマが「砂漠のサボテン」で,ジャケットにサボテンが描かれているのもそのためです。

4Gamer:
 どういう経緯で,そこに行き着いたのでしょう?

田中氏:
 それは説明が難しいんだけど,パンデミックという状況が,荒野に立つサボテンのイメージにつながったっていうのはありますね。そこから「サボテンが歌っている」っていう想定を経て,歌声のような音を入れていく形に至りました。6曲目の「Cactus Chant」なんかは,モロにそういう意味でのチャント(応援歌)だし,3曲目の「Third Sunrise」もその色合いが濃いですね。

4Gamer:
 なぜ歌声にこだわりを?

田中氏:
 僕は根本のところでは歌ものを作るのが好きだし,得意というか自分に合っているのでは,と。ポケモンの歌を作るようになったとき,それを実感しました。いろいろな歌手の方々の声質に合わせて音を作っていくのがすごく楽しいなって思ったんです。
 Chip Tanakaの活動はそれじゃないけど,一方でインストだけで全部作るのはしんどいなっていう気持ちが,どこかあるんですね。今回はDJユースに向いている曲も少ないし,やはりアルバムとしてトータルに聴いてもらうことを考えると,少しでも歌ものっぽさがあったほうがいいかなと思ったんです。

4Gamer:
 あくまで「歌っぽい」であって,そのものずばりボーカルというわけではないんですね。

田中氏:
 そうですね。聴く人によってはキッチュというかフェイクっぽく思えるかもしれないけど,そこは自分なりのこだわりをもってやっているところです。ちゃんとした歌詞を入れたものもいずれはやりたいし,やれるかなとも思うんだけど,それは今後に残しておきました。その時は誰かに歌ってもらったりするのもアリかな。
 まあ,それが文字どおり歌になるのかフレーズの切り貼り的なものになるのかは,やってみないと分からないですけど。

4Gamer:
 歌という要素はなくても,歌っぽいメロディ自体はこれまでのアルバムにも多く出てきています。そこもやはり,歌ものを作るのが好きだというところとつながっているのでしょうか?

田中氏:
 いや,そこは関係ないかな。歌詞という要素があるときとないときとでは,全然違います。


人間が聴いているのは「音」ではなくて「変化」


4Gamer:
 Chip Tanaka名義の楽曲は,メロディが鮮やかであると同時に,トラックがかなり入り組んだ構造になっていることも多いですね。この独特のバランスは,どこから生まれるのでしょうか?

画像集#006のサムネイル/Chip Tanaka(田中宏和氏)3rdアルバム「Domani」発売記念インタビュー。制作秘話や音楽遍歴,これまでとこれからをまとめて聞いた
田中氏:
 うーん,それは計算してやっているわけではなくて,僕の音の作り方って,彫刻に近いのかもしれない。ある程度の造形が見えてきたら,あとは勘で行きます。それとね,僕は音と音が重なったりぶつかったりすることを全然悪いと考えていないんですよ。思ったとおりに,次から次に音を重ねていく。考え込まずに,一気にいろんな「音のライン」を作っていくんです。
 セオリー的に言えば不協和音になるような音が多少入っていても,自分の耳で聴いて「このバランスなら大丈夫」と思えたら,そのまま行きますね。気になったときはもっと存在感の強い音を持ってきて,耳がそちらに行くようにしたり。まあ,あまり音が濁りすぎてしまうようなら少し手直ししたりもしますけど,

4Gamer:
 本来のチップチューンが引き算式に音を削ぎ落としていくものであることを考えると,ある意味で正反対の組み立て方ですね。

田中氏:
 音を詰め込んでいくのを楽しむっていう感覚は,昔にはなかったものですね。長年作曲の仕事を続けるうちに分かってきた面白さです。ある意味,映像的に音を捉えるようになったともいえるかな。映画だと,本筋と全然関係ないものが背景に入り込んできて,それと本筋との対比で面白くなることってあるじゃないですか。そういうときって,情報量は多くなるんだけど,視線はあくまで本筋に向いていますよね。音にもそういうことがあって,それを見つけて仕込んでいくのが楽しいんですよ。

4Gamer:
 一般的な音楽理論的とはまったく別のところに,自分なりのセオリーを構築していらっしゃるんですね。

田中氏:
 これは前からそうなんだけど,僕は音楽を「作る」っていう感覚でやっていないんですよ。そもそも,人間が聴いているのは「音」ではなくて「変化」だと思っています。例えばゲームボーイの音源を設計したときに左右のステレオを付けたのも,そういうところが原点なんです。音がどう変化するかということは,すごく大事にして作っていますね。同じフレーズを繰り返すときも,二回目はこう変えようとか,少しずらしてみようとか,探りながら少しずつ調整していく。するとどこかで「流れが変わった」と思えるようになるんですよ。そういう作り方が好きなんです。


大衆の感覚に根ざした「強さ」への憧れ


田中氏:
 ただ最近思うんだけど,僕の音楽ってたぶんそれほど純度は高くないんですよ。純度っていうのは,例えば音大卒の人が作るような音楽を,僕は純度が高いと感じるんですけど……。

4Gamer:
 音楽理論に厳格なものということですか?

田中氏:
 いや,理論的なことではないんですよ。いうなれば,音に対するアーティストの態度です。一つ一つの音に対して繊細なこだわりが籠められていて,心に響くよう作られているなと,そう感じさせるような。うまく伝えるのが難しいんだけど……。

4Gamer:
 いえ,何となく分かる気がします。すごく感覚的なところですよね。

田中氏:
 そうですね。そういう純度が高い音楽の良さは,僕も分かりはするんだけど,好きなのはやはりレゲエとかロックみたいな,(混交としつつも)大衆の感覚に根ざしている音楽なんです。日本で言えば民謡なんかもそうですね。エネルギッシュさとか,巻き込まれる感じとか,そういう「強さ」みたいなものに,より惹かれるんですね。自分の曲作りではいつも,そういう「強さ」と純度のバランスを気にしています。

4Gamer:
 それは個人制作に限らず,たとえばアニメの曲を作っているときなどにも?

田中氏:
 そっちでは純度とかは考えないですね。あくまで流行歌として作るので。まあ流行歌とは言っても,自分の中にあるそれとは違うテイスト,つまりロックやレゲエが好きなところは,やはり出てきます。むしろアニメの歌とかを作っているときのほうが,より強く出ているかもしれませんね。

4Gamer:
 レゲエやロックのエネルギッシュさに惹かれるということでしたが,それが自然に表出する感じでしょうか。

田中氏:
 僕は1950〜60年代後半にアフリカ系アメリカ人達がやっていた音楽や,ラテン系の人達が奏でる音楽の「強さ」に感化されて,ここまで来たんだと思っています。そうは見えないかもしれないけど(笑)。
 でもやっぱり世代的にも,そういう音楽の影響を色濃く受けているのは間違いなくて,自分の音楽でもそれに近い「強さ」を感じさせたいとは常々思っているし,そういう音になったとき,自分に対してOKを出すようにもしています。そこに至るまでに,何度も何度も繰り返し聴き直しますね。それは昔から同じです。

4Gamer:
 「強さ」に近づけるというのも感覚的なことであって,レゲエやラテンなどを形式的に取り込むということではないんですよね。

田中氏:
 もちろんそうですね。今はそれら以外の音楽にも多く感化されているし,そういう影響は残しつつも,また違う流れに向かっていると思います。


「絶対に煮詰まらない」という信念


画像集#004のサムネイル/Chip Tanaka(田中宏和氏)3rdアルバム「Domani」発売記念インタビュー。制作秘話や音楽遍歴,これまでとこれからをまとめて聞いた
4Gamer:
 自分の作った音に対して,なかなかOKを出せなくて困るようなこともあったりしますか?

田中氏:
 いや,困ることはないですね。煮詰まるっていう状況には絶対になりたくないので,そうなりそうになったらやめる(笑)。ぱぱぱっと作り進めていくうち,うまくいかないところが出てきたら,そこで手を止めて別のことをします。そのあとで戻ってみたら聞こえ方が違っていたりしますから。

4Gamer:
 気分転換の達人ですね(笑)。

田中氏:
 そもそも僕は,全部がうまくいっていなくても,それはそれで構わないと思っているんですよ。どこか1か所だけでも良いところが見つかったら,そこを元にして膨らませていく。そういう「1か所だけ良い」っていう種みたいな状態のものを,たくさん作り溜めています。1〜2小節のループもあれば,ときには「ピー」っていう音が鳴っているだけみたいなものもあったりするんですが,それらを後から何度も何度も聴くんですね。で,はっと何か思いつくことがあったら,そこから組み立てていくし,何も思いつかなければ,また寝かせておく。

4Gamer:
 けっこう長い間寝かせておいたりもするのですか?

田中氏:
 そうですね。そういう種の中には新しいものも古いものも混在していて,Chip Tanaka用に作ったものもあれば,ポケモン用に作ったものもあるし,何用でもなくフォークギターで適当に歌っているだけのものもある。でもときどき聴き直してみるっていうのは全部同じです。

4Gamer:
 その瞬間には役に立たなくても,あとからインスピレーションの元になるわけですね。だから基本的には煮詰まらない,と。

田中氏:
 ただポケモンの主題歌とか,アーティストへの楽曲提供とかは,ちょっと別かな。そもそも煮詰めてもいられないから,絶対完成させるんだっていう強い意志で臨みます。コンセプトも考えるには考えますが,どちらかというと,その時の「運」とか「流れ」に身を任せます。それとプロデューサーの判断しだい。

4Gamer:
 「運」と「流れ」が重要なんですね。


「メトロイド」時代から続く,コンセプト明確化の姿勢


4Gamer:
 Chip Tanakaのときは,毎回必ずコンセプトを立てているんですね。

田中氏:
 そうですね。二つか三つ,かなり明確に指針を立ててから曲を作り始めて,それに適合していたら自分にOKを出すようにしています。ただ,自分で自分のことを判断しないといけないっていうのは良し悪しなんですよ。最近そのことに気付いて。今回のアルバムを作っているときは「誰かいろいろ口出ししてくれないかなあ」って強く思っていました。その意味では,今回は反省点だらけです。

4Gamer:
 制作過程に外野が口出しするのは,なかなか勇気が……。

田中氏:
 いや,口出しをしてほしくなるのは,むしろ曲がいったん完成してからなんですよ。完成したら今度は冗長だなと思うところを切り詰めていく作業をするんですが,「このイントロはちょっと長すぎじゃないか」「ここの間奏は無駄じゃないか」といった判断って,本当にちょっとしたことで変わってくるものなんで。そこに関して,いろいろな意見を聞きたいと常に思っていました。いっそ,そこは誰かにお願いしてもいいところかもしれないね。もし一緒に相性良くやれる人がいたらだけど。

4Gamer:
 任天堂でファミコン音楽を作られていた頃は,どうだったんでしょう。

田中氏:
 ゲームの場合は,やはりまずゲームの内容とキャラクターがあるわけじゃないですか。それにどう合わせていくかっていうのを,昔は作りながら皆で考えたんですよ。当時はけっこう余裕もあったので,開発中のゲームを自分で遊んでみたりもしながらね。そうやりながら自分なりのテーマを見つけていくんです。
 例えば「メトロイド」のときは,実は僕,当時プレイしながら「これ大丈夫かなぁ(笑)」ってどこかで思っていたんですよ。マップは広いし,プレイも大変だし。

4Gamer:
 「メトロイド」のゲーム開発初期は,未完成な状態が長く続いていたと聞きます。

田中氏:
 でね,開発陣に一人だけ,そろそろ現場から引退してもおかしくないくらいの年齢の方がおられたんですね。デバッグをしてもらっていたのですが,(クリアするのがたいへんなゲームの)デバッグをいつもやってもらっているうちに,「この人が心から喜んでくれるようなエンディングにしたい」と思えてきて,結局その気持ちがコンセプトになったんです。ゲーム全編を通してほぼメロディがなく,憂鬱な音が流れ続けて,最後の最後にメロディが来るというのは,本当にそういう気持ちから生まれたアプローチだったんですよ。それが結果的に,日本だけじゃなくて海外でまで,多くの人達に喜んでもらえたのは幸いでしたね。


自分を「サウンドクリエイター」だなんて,思ってもいなかった


4Gamer:
 ほかのゲームでもわりとそんな感じで,コンセプトを探っていたのでしょうか?

田中氏:
 そうですね。ゲームの世界観ができてきたらプレイしてみて,曲を当てては「これは違う」「これは合っている」みたいに試行錯誤をして。たとえば「パルテナの鏡」のときは,すぎやまこういち先生の登場以降クラシカルでシンフォニックなものが出てくるようになったのを踏まえて,いくつかのモチーフを繰り返し登場させるっていうコンセプトを立てました。ある種,映画音楽的な。そうすることによって,ゲームの中で統一感を体験してもらおうと考えたんです。

4Gamer:
 当時のゲーム音楽ではかなり珍しい発想でした。

田中氏:
 「音楽」じゃなくて「体験」を提供するっていうところが,基本だったんですね。これはほかのインタビューでもよく言うことだけど,当時は自分のことを「サウンドクリエイター」とは思っていなくて,あくまで「商品開発の担当者」だと考えていました。会社の商品を最大限面白くするのが自分の仕事であって,ゲーム音楽が(企画盤的な価値を超えて)独立した一つの商品になるなんて,想像もしていなかった。

4Gamer:
 そうですよね……。

田中氏:
 20人くらいの小さなチームで年に1〜2本のゲームを作って,それで会社のみんなが食べていけるんだという実感が,本当に強かったです。もしゲームを作るのをやめてしまったら,この会社はどうなるんだろうって,いつも思っていました(笑)。
 そりゃもちろん花札やトランプもあるし,潰れたりはしなかったでしょうけど,自分達の作るゲームで会社を支えているんだという気持ちが,それくらい明確にあったんです。だからどこまでも「ゲームを盛り上げるための音」としか思わなかった。

4Gamer:
 まだ「ゲーム音楽」なんていう言葉さえなかった時代を経験されているからこその感覚だと思います。

田中氏:
 僕のやっている仕事は,遊園地にあるメリーゴーラウンドとか,幼児向けのコイン式遊具とかに付ける音楽と同じだと思っていました。誰かに自慢するような仕事ではないなと。でもだからこそ,無理もしなかったわけですよ。音楽の勉強をしっかりやらなければ,なんて考えたりもしなかったし,正直に言えば,そんなにこだわって作っていたわけでもなかったと思います。

4Gamer:
 むしろ肩に力が入ってないぶん,楽しんで作ることができていた?

田中氏:
 それはすごくありますね。それに,まだ先行者のほとんどいない,まったく未知の仕事だっていうことは,ものすごくいいモチベーションになっていました。


ギリギリでやり遂げていた新人時代


4Gamer:
 そういえば田中さんは任天堂にはエンジニアとして入社されたそうですが,コンピュータや音源ハードの扱いは,入社してから学ばれたそうですね。

画像集#007のサムネイル/Chip Tanaka(田中宏和氏)3rdアルバム「Domani」発売記念インタビュー。制作秘話や音楽遍歴,これまでとこれからをまとめて聞いた
田中氏:
 CPUのポートを上げ下げして矩形波を作るとか,自由に描いた波形をメモリに入れてD/A変換器で音にするとか,すべてが初めての経験でした。独学でCPUの言語を覚えて,自分で実際に組んでみて。それを毎日繰り返しやっていました。最初の頃は面白いと感じるどころじゃなくて,ギリギリでなんとかこなしている状況でしたよ。コンピュータにも触れつつ,一方で抵抗やコンデンサといったアナログな回路でも音を作っていたし。全部ギリギリでしたね(笑)。

4Gamer:
 目の前にある,やるべきことをやるだけで手一杯だったんですね。

田中氏:
 はい。よく当時のサウンドの基板設計ができたな,と自分でも思うし,傍目にも「あいつに任せておいて大丈夫か」ってずっと思われていたはずですよ(笑)。実際,「大丈夫やんな?」「まあなんとかやれるんじゃないですかね?」みたいなやりとりを,当時の部長としていましたね。

4Gamer:
 結果的に大きなトラブルもなく?

田中氏:
 いや,ありましたよ(笑)。いろいろあったけど,どうにか克服しながらやり遂げていました。一番多かったのは,開発段階ではうまく動いたのに,量産してみると音が出なくなるっていうケースですね。何十〜何百台と作ったときに,コンデンサとかの部品に品質のバラツキがあって,一部動かないものが出てきたりするんですよ。そういうところまで考慮するのが商品の設計なんだっていうことを,そこで学びました。

4Gamer:
 入社当初は分からないことだらけだったんですね。

田中氏:
 誰も教えてくれなかったからね(笑)。例えば周期の長いタイミングを生成する場合,高めのクロック周波数を分周(割り算)してそれを使えば安定する,っていうようなことも地味に試行錯誤を重ねて理解していきました。まあファミコンの時代以降は,そうやって部品をとっかえひっかえしながら音の回路を作るようなことは,ほぼなくなりましたけど。

4Gamer:
 アーケードゲームでのサウンド設計は,いわば小さなシンセサイザーを作るに等しいお仕事だったと思いますが,シンセには入社以前から触れていたのでしょうか?

田中氏:
 シンセはずっと好きでした。中学時代にローランドやコルグのシンセが世に出てきて,それにものすごく憧れたのが最初ですね。初めて買ったのはヤマハのアナログシンセだったかな。ただ,中身の回路がどうなっているかまでは考えたことがありませんでした。基本的な回路を覚えたのは入社してからです。もっとも,市販のシンセを参考にしたりはしませんでしたけどね。ゲームの音はもっと安上がりに組む必要があったから。

4Gamer:
 学生時代にやられていたというレゲエのバンドでも,シンセを使っていたんですか?

田中氏:
 いや,僕はギター担当だったからね。エフェクターには触れていたけど。


レゲエに出会い「自分が求めているのはこれだ!」とハマった


4Gamer:
 田中さんは入社後もずっとレゲエ方面での活動を続けていて,1990年代までは,そちらのバンド活動もゲーム音楽と並行して続けられたんですよね。

田中氏:
 そうですね。地味にでも続けていたおかげで,当時スライ&ロビーと2回も一緒に共演できたんですよ。あれは刺激になったし,続けることの大事さを初めて実感する契機にもなりました。

4Gamer:
 先ほどレゲエのエネルギッシュさに惹かれたというお話がありましたが,具体的にはどこにそれを感じるのでしょう?

田中氏:
 レゲエに限らず,当時のアフリカ系アメリカ人発祥の音楽って,作っていた人々はすごく抑圧された環境にいたわけじゃないですか。それはたぶん日本人からしたら想像を絶するような環境だったわけで。けれどそういう厳しい環境で生きてきた人間だからこその音のパッション,弾力性,しなやかさ,優しさ……などなど,音になってない部分も含めて本当に魅力的だなぁ,と常々思ってました。

4Gamer:
 歴史的な背景があるわけですね。

田中氏:
 はい,ただ僕は,いわゆるレベルミュージックとしての側面に惹かれたわけじゃないんですよ。政治的なメッセージとか反骨精神とか,そういう要素も確かにあったけど,それは全体から見たら一部であって。それよりも僕が惹かれたのは,ささやかな日常を歌っているものが数多くあったということなんです。生活を歌うところに,聴く人は共感できるし,慰められるし,元気にもなれる。あるときふと,そのことに気付いてから,「自分が求めているのはこれだ!」ってレゲエにどハマリしたんです。

4Gamer:
 なるほど,それこそまさに田中さんの求める「大衆の感覚」だったんですね。

田中氏:
 はい。それともう一つ,1970年代の後半あたりから,レゲエが音楽的にがぜん魅力を増してきた,ということもあります。

4Gamer:
 何が起きていたんでしょうか?

田中氏:
 ボブ・マーリーみたいな神がかった影響力のあるアーティストが登場したことに加え,ジャマイカを舞台にした映画(1978年の「ロッカーズ」)が作られたりして,とにかくレゲエが急速に世界に広まっていた時期でもあったんですね。当時10代後半だった僕は,「ひょっとしたらすごい時代に立ち会えているのかも」と思いながら聴いていましたね。
 自分がレゲエとあれだけシンクロしたのは,自分の青春時代がそういう時期に重なっていたっていうのが大きいんでしょうね。友達と一緒に服装もジャージにしてみたりして。まあ当時はジャージ着てても誰もレゲエだなんて思わないので,会社でも「何で体操服着ているの?」って言われていましたけど(笑)。

4Gamer:
 30〜40代でレゲエと出会っても,そこまではいかなかった?

田中氏:
 そう思いますよ。あとついでに言えば,どれがオリジナルか分からないくらい同じ曲のカバーが続出したりとか,レコードの作りがすごく粗くて穴が変なところに空いていたりとか,そういう雑でダイナミックなあたりも,レゲエのすごく好きなところでした(笑)。


ヘヴィリスナーとしての田中宏和氏


4Gamer:
 レゲエの音そのものの力強さ,例えば強力な低音などから受けた刺激も大きかったのでしょうか?

画像集#008のサムネイル/Chip Tanaka(田中宏和氏)3rdアルバム「Domani」発売記念インタビュー。制作秘話や音楽遍歴,これまでとこれからをまとめて聞いた
田中氏:
 サウンドシステムからガツンと来る音には,もちろん感銘を受けましたよ。大阪にいたころ,友達がセント・アンズっていうクラブを皮切りに(),killasanっていう壁一面を埋め尽くすくらいの本格的なサウンドシステムを備えた大型のクラブをりんくうタウンに作ったりしてて。いつもそういうところに聴きに行っていました。身体にズシンとくる音が,昔から好きでね。
 そういえばそれと前後して,ニュー・オーダーやジョイ・ディビジョンといったイギリスのニューウェーブ系も好きで聴いていたんです。あの辺の人達もやたらいい低音を出すなと思っていたら,実はジャマイカ系移民のサウンドシステムを使って練習していたんだっていう話を最近になって知って。「そうなのか!」ってすごく納得しましたね。 

※セント・アンズ
かつて大阪ミナミのレゲエシーンの中心的存在だった伝説的なクラブ


4Gamer:
 田中さんは一人のリスナーとしても,きわめて広範に,そして貪欲に聴いておられますよね。その少し後にはクラブミュージックやDJカルチャーにも接近していらっしゃいました。その経験が「ポケットカメラ」に活かされたそうですが。

田中氏:
 1980年代後半にレアグルーヴとかアシッドジャズといった,ジャズで踊るブームがあったんですね。そのうち知り合いのやっている大阪のクラブにも,そういうものをかけるところがいくつか出てきて,そこに出入りするようになったんです。それがきっかけですね。
 当時はUFOとか竹村延和さんとかが全盛期でよく遊びに行きました。あの頃,京都〜大阪のクラブシーンは変わった人達が多くて面白かったですね。僕自身はそういう方向には行かなかったけど,その文化にはよくなじんでいたし,楽しかった。あと京都の白虎社の舞踏とか,そういう関西のアンダーグラウンドなイベントにもよく行ってました。

4Gamer:
 レゲエを介した人のつながりから,より幅広いクラブカルチャー,さらには関西のサブカルチャー全般へと,興味を広げていったんですね。

田中氏:
 人の縁をきっかけに聴くものが広がっていくのは,今も変わらないですね。最近はそういう流れから,ボーカロイドとか地下アイドルのイベントにも足を運んだりしているんですよ。

4Gamer:
 以前のインタビューで「自分が好きではない音楽も聴く主義」とおっしゃっていたのが印象的でした。なかなかできないことだと思います。

田中氏:
 それは僕がレコード世代だからというのが大きいんですよ。現代は「いい曲」「かっこいい曲」しか聴かない人も多いと思いますけど,僕らの時代はアルバム単位で聴くから,そのアーティストの「ヒット作ではない曲」にも耳を傾けていたわけです。そして僕にとってはそういう曲のほうが,そのアーティストが何をしたくて何をしたくなかったのかというところが,よく見えてくるものだったんです。その感じが嫌ではないというか,むしろ納得できるというか。そんな経験から,面白いと思わない曲でもていねいに聴こうとするようになりましたね。


モダン・チップチューンとの邂逅


4Gamer:
 そうしたなかで,2000年代半ばにチップチューンのシーンを発見されるわけですね。最初はどのような印象を持たれましたか?

田中氏:
 こういう音を楽しんでいる人達がいるんだっていう驚きがまずありました。別に感動したりとかはなくて,あくまでも客観的な驚きではあったんですけど,それでもYMCKの音と映像を初めて見たときには,懐かしさと驚きが入り混じって,ちょっと涙が出そうになりました。彼らの音楽って哀愁があるじゃないですか。それも響きましたね。

4Gamer:
 当時はチップチューン界隈の側でも,田中さんのようなレジェンドの参入には驚きがありました。そこからチップチューンのアーティスト達との交流が始まって。

田中氏:
 ライブをやってくれないかって声をかけてもらったりね。それでチップチューンというのがどういうものか,ちょっとずつ勉強できたし,トラックも作るようになって。それが今の活動につながっていく。50歳過ぎてから始めているわけだから,ずいぶん遅かったけど(笑)。

4Gamer:
 むしろ50歳を過ぎているのになんてエネルギッシュなんだろうと,当時驚かされたものです。現在に通じるスタイルの骨格も,かなり早い段階でできあがっていましたし。

田中氏:
 いやあ,エネルギーをかけているつもりなんてなくて,気負わずにやっていましたよ。みんなが遊んでくれているっていう感じで(笑)。やってみたいと思ったことを,やっていただけでした。


できればライブで聴いてもらいたい


4Gamer:
 そこからだんだん注目度が上がっていき,Diggin‘ in The Carts,海外ライブ,フジロックとステージの規模も大きくなっていったわけですが,その過程で変化はありましたか?

田中氏:
 音のバランス感覚が変わりましたね。より大きな音で出したときに,ちゃんとベースが聴こえるか。リズムがちゃんと機能しているか。それに尽きるなあ。もっとも,バランスを気にしていると,曲がぜんぜん完成しないんですよ。同じ曲でも,ライブをやるたびにちょっとずつ全体のバランスを調整したり,キックやベースの音を変えたりするから。

4Gamer:
 現場での仕上がりが最優先なんですね。

田中氏:
 DJ的な目線でのこだわりが強くなっていきましたね。ドンと腹にくる瞬間,それが一気になくなる瞬間,バンと弾ける瞬間。そこを見極めてグルーヴを作っていくのは,簡単にはいかなくて。今でも難しいなと思っています。

4Gamer:
 できればライブ会場で聴いてもらいたいっていうのが,やはり本音ですよね。

田中氏:
 そうですね。コロナ禍の期間中も,ずっとそう思っていました。やっと再びライブできそうな状況が戻ってきましたけど,でもやるならまず,身体を鍛えないとね(笑)。

4Gamer:
 それは観に行く側も同じですね(笑)。
 ところで「全然曲が完成しない」とおっしゃっていましたが,チップチューン方面での活動開始から,Chip Tanakaとしてのアルバム制作まで実に10年近くかかったのには,そうした事情もあったんでしょうか?

田中氏:
 「こんな感じの曲がこれくらいあったらアルバムが作れる」っていう,自分の中で納得できる線があって,そこに至るまでにそれくらい時間がかかったんですよ。曲自体はたくさんあったけど,Chip Tanakaという名前でのオリジナル曲を一つにまとめるには,まだ足りていない気がしていた。
 そうこうしているうちに,そろそろ足りてきたかな,そういえばあと何年かで還暦だなというタイミングになって,「還暦で1stアルバムっていうのは面白いな」と思って,出そうって決めたんですよ。偶然にもそれと前後してフジロックへの出演が決まったし,(流れとしても)ちょうど良かったですね。


期待をするのではなく,タイミングに身を任せる。


4Gamer:
 活動開始からの10年あまり,田中さんの活動姿勢はいい意味でずっと変わらなかったと思います。でも2010年代後半くらいから,活動に勢いがついてきましたよね。

画像集#010のサムネイル/Chip Tanaka(田中宏和氏)3rdアルバム「Domani」発売記念インタビュー。制作秘話や音楽遍歴,これまでとこれからをまとめて聞いた
田中氏:
 それはDiggin’in The Cartsで取り上げてもらえたのが大きかった気がするね。

4Gamer:
 その後コロナ禍がありつつも,全体としてはすごく順調に回り続けているように思います。

田中氏:
 えー,そうかなあ(笑)。いや,こういう活動って,何かを期待しながらやっていたらダメだと思っているんですよ。任天堂が成功したのだって,社員が誰一人として大きな成功なんて期待していなかったからこそだと思っています。ただ淡々と,楽しく遊んでもらえるものを作り続けるっていう。宮本(茂)さんにしても,30年前からそういう姿勢は何も変わっていないと思いますよ。

4Gamer:
 だからひたすらマイペースなんですね。

田中氏:
 あとは,タイミングですね。僕がコンスタントにアルバムを出せているのも,タイミングが良かったっていうところが大きいと思います。今でも注目してもらえるのはファミコンやポケモンによるところも大きいし,近年だと「UNDERTALE」のおかげで「MOTHER」シリーズが再評価されるようになったというのもあるし。

4Gamer:
 時代のほうから歩み寄ってきたというか。

田中氏:
 まあそうは言っても,将来的な夢がないわけではないですよ。最終的には今こうやって個人として活動しているChip Tanakaと,任天堂時代のHip Tanakaを,きちんと公式な形で,一本の流れの中にまとめてアメリカで大音量でライブしてみたいですね。思えば叶うと,そう信じてやっていきます。

4Gamer:
 最後に,今後のご予定や目標など聞かせてください。

田中氏:
 ライブの予定は今のところないけど,せっかくアルバムも出たので,そろそろやりたいですね。今のご時世だとオンラインライブも面白そうかなと思うので,その可能性も探ってはいます。それと,さっき話に出たような曲の「種」がいろいろあるので,それをまた少しずつ形にしていきたいなと。昨年出した未発表デモ音源集の「LOST TAPES」は想像以上の反応があったので,「LOST TAPES2」もありかなぁ,とか。けれど基本的には新譜優先でやっていきたいと考えています。

4Gamer:
 今後のご活躍に期待しています! ありがとうございました。

Chip Tanaka公式サイト

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