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[CEDEC 2008#04]MGS4サウンド制作という「戦場からの帰還報告」
本稿では,セッションに参加した筆者の所感を交えてレポートする。なお,試聴はすべて5.1chシステムで行われている。
まずはデモムービーを聞く
PCゲームではありえないようなクオリティ
個人的に,この「破綻しない」ことが,数多くあるPCゲームの効果音との大きな違いであり,「本気の」コンシューマ製品は,まだアドバンテージを持っていると感じさせる一因だろう。PCゲームの効果音は正直いって「ただ音数が多く鳴っているだけ」で,ときおりバランスが悪く,やたら爆発音が大きかったり,銃声が耳についたり,さらには,やたら効果音がドライ(残響がない状態)ものが多いと思えるのに対し,ムービーだけでなくゲーム中に入ってもほぼそのまま,破綻せずムービーと同等のサウンド品質が持続している。ここらへんは,サウンド制作における哲学(サウンドコンセプト),テクノロジー,リソース(投入人員数,所用時間,開発環境など)すべてが高いレベルに達しているからできることであろう。業界大手の執念のようなものすら感じられる。
サウンドでどれだけ感情を揺さぶることができるのか
MGS4は,これを極限まで推し進めた作品と考えてよいであろう。このコンセプトがないと,せっかく多くの発音数を使えても脈絡がなく「ただ鳴っているだけ」という状態に陥ってしまう。
そして,割とさらりと流していたが,「ゲームの場合,演出の前に,まずゲームの世界観に入ってきてもらう役割も大事」という主張も面白い。ゲームの世界観は現実世界と比べて突飛なことが多いので(最たるものはRPGか),おそらくサウンドをクッションにしてその世界観に親しんでもらうという意味であろう。別に上から目線というわけではないが,「さすが,よく分かってらっしゃる」と感じた。
劇的に向上したハードウェアと,
よりこだわりの領域に達したソフトウェアテクノロジー
とはいえ,素晴らしいコンセプションだけでは,これだけの製品は生まれない。今回これだけの品質を実現できたのは,やはり,PS2から劇的に向上したサウンド周りのハードウェア環境が大きな役割を果たしている。
個別に見ていこう。ストリームを含め同時最大発音数128という数字は,モノラルの効果音であれば同時に128個再生できるということである。現場のデザイナーから見たらまだ十分ではないものの,工夫次第でかなり「リアルに聞こえる」演出が可能になる数でもある。ストリームにも使用するので,実際にはこれよりやや少ない数が使われているようだ。
微妙に面白かったのはADPCMフォーマットがオリジナル(コナミ製)という点。世の中にはこの手の圧縮音声フォーマットは掃いて捨てるほどあるのだが,わざわざ自社で開発している点に興味を覚える。戸島氏はまだ改良の余地があると思っているようだが,少なくともPS2時代の低サンプルレート/低ビットレート品質とは比較にならない高い品質であった。
音響処理アルゴリズムの採用もPS2でも実現されており,PS3やXbox 360で初めて実現されたというわけではないが,PS2時代のリバーブ(残響を擬似的に付加するアルゴリズム)やフィルタ(周波数バランスを変えるアルゴリズム。いわゆる「イコライザ」が実質トータルミックス(最終的なステレオ出力)にかかるのに対し,PS3やXbox360では個別またはグループごとに細かくかかり具合を調整できる。これによって,音の距離感の演出が現実的になったといってもよいと思う。もちろんアルゴリズムの品質自体も劇的に向上しており,「なんでもかんでもトンネルで鳴っている音に聞こえる」PS2とは雲泥の差だ。
リアルタイム5.1chサラウンド出力であるが,これはPS3/Xbox360両方共に採用している,次世代機(というか,現行のハイエンドコンソール)特有の機能である。まず,各音源またはグループごとに5.1chのマルチチャンネル定位をサポートしており(LFE含む),さらにこれをまとめる内部サラウンドミキサー→Dolby Liveによる最終的なリアルタイムエンコード→デジタルビットストリーム出力という,民生では必須のサラウンドソリューションに対応している。昔からサラウンドをサポートしているSoundBlasterは未だにサラウンドだとアナログ出力しかできないが,PS3/Xbox360はDVD/BDプレーヤーのように,デジタルケーブル1本でAVアンプ/ホームシアターシステムと接続し,サラウンドサウンドを楽しめる。
さらに,興味深かったのは「あえてリア成分を抑えめにしている(リア成分のボリュームを下げ目にしているらしい)」という点。確かにほとんどの場合画面に映っている音にフォーカスして再生すればよい映画と異なり,特にMGS4のようなゲーム性だとプレーヤーのうしろでもバンバン効果音が鳴っているはずで,それはプレイ時にかえってわずらわしく感じてしまう。そのため,リア成分を下げ目にしているとのことだ。こういう「敢えて抑えめにする」こともプレーヤーにゲームを楽しんでもらう=ゲームに没頭してもらうための大切なノウハウだ。
ストリームはBD/HDD両方から読み出す
近景戦場は実際に映像と連動している効果音で,遠景戦場はどちらかというと環境音。これに場の雰囲気を盛り上げる「にぎやかし」としてさらに戦場ストリームというサウンドデータを持ち込んでいる。
ちなみ,Finishingとは,戸島氏曰く一通りすべての音がそろったあとで行うもので,効果音同士のバランスやBGMとのバランスをとり,プレーヤーに聞いてもらいたい通り音が聞こえるようにする最終工程。一般的にはバランス調整などと呼ばれることもある。
至難の業,リアルタイムミックス
近景戦場,遠景戦場,戦場ストリーム,BGM,効果音のバランスをFinishing時に取ればOK……というわけでは残念ながらない。音楽制作時のミックスダウン・マスタリングが非常に重要なように,周波数,ダイナミクス,サラウンド感(ステレオ感)の調整を行うことは今やゲームにとっても必須となりつつある。
特に数多くの効果音がのべつまくなしに鳴り続けるMGS4のようなゲームではなおさらである。また,同時に鳴る音も多く,最初に述べたとおり関わる人員(リソース)も従来と比べて多いので,音によって個々の制作担当者の処理がバラバラでは,最終的なミックスダウンがうまくいかない。PS3というコンピュータが処理を自動で行うため,ミックスダウンの前にある程度音がまとまるようにしておかなければ,大変なことになってしまうのだ。
この点,MGS4ではFinishingの前,つまり個々の効果音を用意する際の約束事を決めておき,これに従って制作を進めることにしたそうだ。
これにより,特に「トランジェント(transient)」と呼ばれるアタックの鋭い音のアタック部分が失われないため(戸島氏は「音の振幅を壊さず残す」,という言い回しであった),本来のダイナミクスを持って再生される。しかし,このトランジェントを維持しながらある程度以上の音圧レベルと両立させるのは最新のテクニックであり,プロでも難しいことが多い。また,伝統的なやり方はこのトランジェントを潰して音圧を一定にする手法なので,なかなか開発者も慣れなかったようで,戸島氏はとりまとめに相当苦労されていた様子だ。その甲斐あって,筆者の耳にも,音数が多いにも関わらず,音がそれほどペタンと平坦にならず,きちんと抑揚=ハリウッド的なリアリティが感じられた。現在のハリウッド映画に準拠した最先端の音場処理を目指したMGS4チームには素直に敬意を表したい。
主人公の状況によって切り替わるBGM
曲は前述の主人公の状況に応じて切り替わる。まず潜入ではBGMがないが,その後の回避では回避BGMが開始される。ただし最大音量ではなく,赤い横線が示す通り2/3くらいのボリュームで再生される。
その後,警戒状態では警戒BGM,危険状態だと危険BGMと回避BGMが再生される。BGMで主人公の状況をプレーヤーに理解させ,主人公の心情を直感的に理解することができるシステムが組まれている。
面白い仕掛けとしては,主人公はアップル社のiPodを携帯しているという設定になっており(実際にアップル社とタイアップしている),このiPodをミュージックプレーヤーとして使用することで,プレイヤーがBGMを変更できるようになる。更にiPodを使用しているときの効果音とBGMのバランスは異なり,あたかもプレーヤーがiPodをイヤフォンで聴いているようなバランスになるのだ。通常のタイアップと異なり,ただタイアップ商品を前面に押し出すだけでなく,一風変わった取り上げ方をしている点も興味が持てた。
次世代サウンド制作はめっちゃ面白い?
最後のスライドが「次世代サウンド制作はめっちゃおもしろい」だったが,当然「めっちゃ大変」でもあるわけで,その気になればリソースに大きな投資ができる大手メーカーにアドバンテージがあることは疑いない。言い換えればリソースこそが大手のメリットなわけで,これを最大限活かした作品がMGS4といえる。ただし,セッションを見てきたとおり,業界関係者の筆者ですら単に巨体にものを言わせて人海戦術で乗り切った印象は受けない。むしろ,大手にいるメリットを活かす以前にまず知恵を絞り,工夫を凝らし,目標に向かって邁進するサウンド制作者の姿が目に浮かんだ。
MGS4は現状最高峰のクオリティを有するビッグタイトルであることは間違いない。開発者には今後も我々を驚かすタイトルを作り続けてもらいたい。ただし,くれぐれも身体には気をつけて。
- 関連タイトル:
METAL GEAR SOLID 4 GUNS OF THE PATRIOTS
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