インタビュー
「俺の屍を越えてゆけ」12年越しのリメイクに桝田省治氏は何を思うのか。俺屍から「まおゆう」の話題まで,多岐にわたったロングインタビューを掲載
ネットから中学生にまで広がった「まおゆう」
ネットが当たり前の今,物が売れる仕掛けとは?
4Gamer:
そういえば,せっかくの機会なので,俺屍とは離れてしまいますけど,「まおゆう」(※)についても少しお聞きしたいのですが。
※注:「まおゆう魔王勇者」という書籍。2ちゃんねるにて生まれた小説で,ネット上で話題になり,桝田氏の監修によって書籍化された。
ああ,まおゆうもさ,さっきの話じゃないけど,こうすれば売れる,火がつく,今よりももっと広い範囲まで届くっていう道筋が,8割ぐらい見えたんだよ。で,あとの2割ぐらいがどうなるか分かんないから,試してみたいなってのがあった。
4Gamer:
まおゆうのどこに桝田さんは可能性を感じたんですか?
桝田氏:
一番は,この閉塞してる時代において話が前向きなとこだね。
4Gamer:
なるほど。まおゆうは話が非常におもしろいとは思ったんですけど,一体桝田さんのどこに引っかかったのかは気になっていたんですよね。
桝田氏:
あとね,難しい言葉とか概念が出てくるんだけど,あれを分かるように説明してあげれば,中学生かちょっとおりこうな小学生でも読めると思ったんだよね。僕が中学校だったころの教科書にあった,本文じゃなくて下の欄にちっちゃな字で説明してあるようなのでさ。一部の人からはボロッカスにいわれたけど(笑)。
4Gamer:
やりとりを遠目で見てましたけど,大変そうでしたね……。
桝田氏:
だけど,実際の売れ行きは伸びてるし,図書館で推薦図書とかになりはじめたからね。中学生が図書館に入れてくれっていうリストの上位にも入るようになったし,だいたい考えてたパターンで広がってると思う。
4Gamer:
まおゆうを書籍化するにあたって,手を入れる部分と入れない部分があったと思うんですけど,そこの線引きや戦略はどういう考えで行ったんですか?
桝田氏:
さっきいった中学生,小学校高学年あたりの子が読めるようにっていうこと。あとは2ちゃんねるで生まれたものだから,オタク用語が多くて,そういうのが分からない人でも読めるようにすることだね。
それと,10年たっても古くならない……まあ古くはなるんだけど,10年たっても読めるようにするには,何が必要かっていう観点で作ってる。
4Gamer:
まおゆうって,例えば導入部分が「ドラゴンクエスト」のパロディだったりするじゃないですか。あれって,今の小中学生は分からないと思うんですよ。僕らはあのシチュエーションを見てドラクエだって分かりますけど。
あれはたしかにパロディなんだけど,ドラクエ自身が昔からある「勇者が魔王だかの巨悪に向かっていって死闘のすえに勝つ」っていうものだから,例えドラクエを知らなくたって,ほかのもの連想すると思うんだよ。その意味で,あれは普遍性があると思うよ。
4Gamer:
なるほど。確かにそう言われるとそうですね。僕はドラクエを連想したけど,他の世代はまた違う何を連想したのかもしれない。
ときにまおゆうの売れ方っていうのは,今はもうネット界隈の人だけが買っているわけではないんですか?
桝田氏:
もちろん,初期はネット界隈の人だったけど,今は違うね。おそらくはコアな人達のまわりから浸透していったんだと思うよ。典型的なのは,お兄ちゃんが買ってきて妹が読んでる。お父さんも読んでる。みたいなのじゃないかな。
4Gamer:
そういう広がり方ですか。最近よく考えるんですけど,例えばネットでいくら盛り上がっているっていっても,そこには上限があって,10万とか20万って世界で閉じてしまうと思うんですよ。
で,そこから50万,100万って世界を目指すとなると,テレビとか店頭のポップとかで,「ネットで大反響!」っていうのを売り文句にして,ステップアップしていくわけじゃないですか。
まおゆうの場合も,そういったマーケティングの布石は行ってきたんですか?
桝田氏:
もちろん,そういう取っ掛かりは使ってるよ。まおゆうの目標は,ネット界隈のとこじゃなくて,そっから先だからね。手段はある意味どうでもいいんだよ。ネットで盛り上がってる人達も,踏み台って言い方は悪いけど,作品をもっと広めていくのに協力してもらってさ。
4Gamer:
なるほど,なるほど。
いや,僕がなんでまおゆうの話題を出したかったっていうと,その方法論が俺屍でも適用できないのかなっていう問題意識なんですよね。俺屍という作品もファンが結構な単位でついてると思いますが,一方でご新規さんに向けてどうアピールしていくかっていうのは課題だとは思うんです。
桝田氏:
うーん,どうなんだろうね。
4Gamer:
単純に,僕が俺屍2を遊びたいんで,もっと売れて欲しいなって思っているんですよ。僕もこの仕事をやって十数年経つんですけど,ゲームが売れるために必要な要素を考えていくと,ゲームメディアの限界みたいなものを感じたりもして……。
桝田氏:
僕が意識してるのは“爆発させない”ことなんだよね。爆発するとそこで終わっちゃうというか。
4Gamer:
消費され尽くして,ブームが終わるようなイメージですか?
桝田氏:
なんだろうな。俺屍はそれを楽しめる年齢になったらやればいいのよ。僕は別に俺屍を小学生に買ってほしいとは思わないし,中学生にすら「まだ早いかな」みたいな感覚がある。だけど,これが大学生になったり,社会人になったり,もう少し大人になって,子供っていうものを意識するようになったときに面白いと感じられるなら,それでいいんじゃないかなと。
4Gamer:
爆発するものって,いってしまえば雑多な人を対象にするじゃないですか。結果としてその作品に合わない人も買ったりして,そうなると的外れな批判とかが起きたりしますよね。爆発することのデメリットって,そういう部分とかですか?
桝田氏:
そういうのもあるだろうね。僕が自信を持って言えることがあるとすればさ,俺屍っていう作品は,あのタイトル名,あのジャケットを見て買った連中の期待は裏切ってないことだと思うんだよね。だけど,これがもっとかっこいい剣士かなんかのイラストで,「侍のなんとか」だったり横文字のタイトル名だったりしたら,間違って買う人いるじゃん。そういうのはないと思うんだよね。
4Gamer:
オリジナル版のジャケットも相当個性的ですよね。子供の顔がドンってある。
桝田氏:
あれって,なんの情報もないままに,ふと手に取って買うには勇気いると思うんだよ(笑)。だから,俺屍を買った人っていうのは,結構調べてから買ってる人が多かったと思うんだ。
4Gamer:
とはいえ,まずは興味を持ってもらうのも大切なわけですし。
ある意味,僕が傲慢なんだよ。他人様のゲームをプロデュースするときは「面白いからって売れるわけじゃねえんだぞ」って言うんだよ。だけど,自分のゲームの場合は,面白ければ売れると信じてる。そして,言うほど売れないんだよな,やっぱり(苦笑)。
4Gamer:
それでも俺屍は,いろんな意味で本当にすごいタイトルだと思いますけどね。
桝田氏:
まあ,自分で作るのは,自分がやって面白いゲームだよ。僕が面白いと思うものって,100個あったらそのうち90いくつかは一般性がないんだよ。そのことを僕はとてもよく分かっているんだけど,残りのいくつかのアイデアの中には,比較的一般性が高いものがある。そういうのが僕にとっても,お客さんにとっても,メーカーにとっても幸せな例だよね。
4Gamer:
そこの妥協点みたいなものを探っていくのが,商業的なクリエイターということになるのかもしれません。
桝田氏:
ある意味そうだよね。でも,違う例もいっぱいあると思うよ。鳥山 明さんみたいにさ,次の話がどうなるか分かんないけど,こういう展開にしとくのが一番面白いなって,自分が一番ドラゴンボールを楽しんでる天才みたいなタイプもいるし。あるいは完全に自分の感情とか価値観を押し殺して,こういう人達はこういうのが好きだからって徹底して作ってる人もいるし。それはそれでプロのあり方だよね。
僕も「こういうの作って」って言われれば作るし。なんといっても,桝田プロデュースの作品は,桝田ブランドのやつより当たり率が高いからね。
4Gamer:
そういう仕事をするときは,全力で売れ線を狙っていくんですか?
桝田氏:
そうだね,だってクライアントがそれを望んでるからね。
4Gamer:
先日,「タクティクスオウガ」を作った松野さんにインタビューをしたときに,同じような話になったんですよ。やっぱり作りたいものを作るのってすごい難しい。自分がおもしろいと思うものは,自分の欲求に従ったゲームであって,他人の欲求じゃないんだと。
桝田氏:
僕は,仕事としてやる分にはそういう(売れ線を狙う)のも結構面白いけどね。それこそ口癖のように,もっと分かりやすくしろ,もっと分かりやすくしろって,他人の作品では言ってる(笑)。
4Gamer:
マーケティングなんかの経験があって,ゲームクリエイターをやりつつ,プロデューサーもできる桝田さんって,稀有な存在だなあ。
桝田氏:
中途半端ともいうけどな。
4Gamer:
いやあ,ニッチなテーマをビジネスレベルまで押し上げるっていうのは,普通できないですよ。形にならずに終わってしまう。
桝田氏:
それ,数うちゃあたるってとこもあると思うよ。だって,僕が書いた企画書の9割はボツだもん。「何が面白いのか分かんない」ってよくいわれるし,「今の市場でこれを通す技量はない」っていう人も多い。
4Gamer:
なんでもそうだと思いますけど,一つのことに囚われないで,とにかくいろんな角度から考える,企画を練るっていうのは大事ですよね。
桝田氏:
まあただ,企画書を出すときは,やっぱり普遍的なテーマを押さえてるつもり。自分では,そんなに斬新なことをやってるとは思わないけど,企画ってそういうものだと思う。
お客さんが面白がることを,面白がる
4Gamer:
そろそろ時間も迫ってきましたし,最後に桝田さんの俺屍にかける思いや姿勢について,コメントをお願いします。
桝田氏:
リメイク版の俺屍についてのポイントはふたつあって,ひとつは既存プレイヤーに対して,ここまで盛り上げてくれてありがとうってことだよね。前に買ってくれたお客さん,あるいは今興味を持ってくれてるお客さんが,最大限満足できるようにしたいと思って作ってるよ。
もうひとつは,俺屍2に向けて企画を考えていくなかで,8割は読めるけど,残り2割は読めない部分がある。これは創作活動としては楽しい反面,不安でもあるので,リメイク版では,2で入れたいシステムの一部を切り取って,いくつか前倒しで試してるところがあるのね。そこの部分にプレイヤーさん達がどう反応するのか。ある意味冒険なんだけど,ウケてほしいなという。
俺屍は,ファンの声のおかげでリメイクに至ったといえそうですし,どちらについてもプレイヤーさんの反応は楽しみですね。
桝田氏:
ファンの声がなければ,今回のリメイクも実現していないのは間違いないよね。もちろん,僕やアルファ・システム(※)が,しつこく「やろうやろう」っていい続けてたのだって要素としては大きいだろうし,SCE側の事情が変わってきたっていう運もあるだろうけど。でも,12年やり続けてるプレイヤーがいてくれたっていうのが一番大きいと思う。
それにさ。やっぱり嬉しいよね。12年前に作ったゲームをまだやってる人達がいる。まだ新規ユーザーが増えているってのはさ。
※アルファ・システム:「俺の屍を越えてゆけ」の開発元。日本有数のゲームデベロッパで,「ガンパレード・マーチ」などでも有名。
4Gamer:
クリエイター冥利に尽きるって感じですよね。ここまで遊んでもらえるゲームも,なかなかないと思いますよ。
桝田氏:
うちの息子とかさ,当時,次男が乳母車の中にいたのに,今はもう高校生だからね。30歳過ぎた人なんかだと,たまに酒飲んだりしてるときに「そういや昔こういうゲームがあったよね」「それ俺もやったよ」って話せるのは楽しいみたいよ。
4Gamer:
分かるなぁ。あの当時からすれば,本当にいろいろなシステムが詰め込まれたゲームですよね,俺屍は。
桝田氏:
でも改めて思うけど,やっぱり絵が古いよなあ。当時ですら「スーファミのゲーム?」とか言われてたじゃん。
4Gamer:
でも逆に,今改めて遊んでも古臭さを感じないのは,ビジュアルで勝負してないからだと思いますよ。
桝田氏:
そう,あれがよかったね。発売時点で古臭かったから,逆にそれ以上古臭くならないんだよ。だってそれを乗り越えた人しか遊んでないんだもん。
4Gamer:
それはおっしゃるとおりだと思います。あの当時も遊んでる人達は気にしていませんでしたよね。
桝田氏:
買わなかった人達は気にしてたんだけどな。まあ僕も,自分が面白いかどうかで俺屍を作ったのであって,そこまで人のことを考えてたわけでもないけどさ。そういう意味では,2もある意味自分が面白いネタをぶち込むだけだ。人のことは知らん(笑)。
4Gamer:
そうですか? そういいつつも,“お客さんが面白がることを桝田さんが楽しんでいる”ように見えますよ。だから,結果的にお客さんのことが考えられてる気がしますけど。
それはそうだな。最近思ったんだけど,録音してるとき声優さんに「こう演じてほしい」じゃなくて,「客にこういう風に思わせたいんだけど,やり方は任せます」って頼むことが多いんだよね。それはプログラマーとかに対しても同じで,一応仕様は書くけど,こういう風に思わせたいって意図を伝えるわけ。
だから,僕が興味があるのは,画面の中をデザインすることじゃなくて,画面の前なんだよね。
4Gamer:
ここでプレイヤーはどういう反応をするだろう,みたいな?
桝田氏:
そうそう。ここで「うーん,どっちにしよう」と悩むだろうなって想像するのが面白い。なんか性格悪い人みたいだけど,こういう気持ちは,ゲームデザイナーなら持ってるんじゃないかな。
4Gamer:
形はどうあれ,それはいろんな仕事に通じる姿勢のように思えます。
あ,そういえば,聞きそびれていましたけど,リメイク版の発売は秋とだけ発表されていますが,製作は順調に進んでいるんですか?
桝田氏:
……順調。いや,えっと,正確には想定内の遅れはあるが,順調です。
4Gamer:
……え?
桝田氏:
いやね,多少は遅れるんだよ。作ってみたらうまくいかなかったとか,意外と簡単だったとかあるから。そういう意味で想定内の遅れはあるけど,順調にいってるよ。期待を裏切ることはないと思う。
4Gamer:
そういうことか,驚いてしまいましたよ。12年の想いを込めて,順調に制作を進めていると。
桝田氏:
想いは……うーん。
4Gamer:
そこ悩むんですか(笑)。
桝田氏:
いやあ,今組み込んでる仕様も,6年ぐらい前に書いたものだからね。想いがあるとすれば,自分が紙に書いてたものがやっと形になって,さっきいった2割の部分の答えが,もうすぐ見えるってところだな。ワクワクするよ。
4Gamer:
私もプレイしたいので,発売されるのをワクワクして待ってます! 本日はありがとうございました。
今さら言うまでもないが,「俺の屍を越えてゆけ」という作品は,数あるゲームのなかにあっても,ひときわユニークな作品だと言える。発売から12年経った今でも,多くの熱のあるファンがいて,しかも新たなプレイヤーが増え続けており,明らかに発売当時よりも盛り上がっている。栄枯盛衰が激しいゲーム業界のなかにあって,なぜ本作がそのように人気を持続してこられたのか。
今回のインタビューで,桝田氏に話を伺っていくなかで,時代が移り変わっても色褪せない面白さとは何か,あるいは10年,20年と支持されるコンテンツの秘訣とは何かが,少し分かったような気がした。
オリジナル版の発売から時を経た今,当時のプレイヤー達は大人になり,親になった。子供がいる人だって少なくないだろう。しかし俺屍という作品は,そんなプレイヤー達が改めてプレイしても,また新たな気持ちで楽しめるに違いない,今回のインタビューは,何かそんな気持ちにさせられる内容だったように思う。
桝田氏も話していたとおり,ファンの声や開発陣の働きかけといった要素が絡み合って,いよいよ秋に12年越しのリメイクが実現する。俺屍ファンとしては,桝田氏が制作意欲を見せる“続編”についても,大いに期待したいところ。今後,俺屍がどういった展開を見せていくのか,目が離せない。
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