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ゲーム開発からテレビ番組制作まで手掛けるランド・ホー。その誕生秘話やこれまでの歩みについて聞いてきた(ゲーム開発会社探訪 第2回)
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印刷2016/07/23 00:00

連載

ゲーム開発からテレビ番組制作まで手掛けるランド・ホー。その誕生秘話やこれまでの歩みについて聞いてきた(ゲーム開発会社探訪 第2回)

 これまであまり表舞台に立つことがなかったものの,クオリティの高い作品を生み出し続けてきたゲーム開発会社にスポットを当てて紹介していく「ゲーム開発会社探訪」。
 第2回は,「ダビつく」シリーズや,海外でミリオンヒットとなった「Just Dance Kids」シリーズを開発し,さらにはテレビ番組制作なども手掛けるランド・ホーを訪問して,同社代表取締役社長 塚本昌信氏と取締役 近藤智宏氏に,その個性的な社名の由来や起業のきっかけ,そしてこれからの新しいチャレンジについて聞いてきた。

左から,ランド・ホー代表取締役社長 塚本昌信氏,同社取締役 近藤智宏氏

ランド・ホー公式サイト



始まりは「月曜日から深酒しよう!」という定例会から


4Gamer:
 本日はよろしくお願いいたします。さっそくですが,一度聞いたら忘れられないランド・ホーという社名の由来について,教えていただけますか。

塚本昌信氏(以下,塚本氏):
 実は僕,「トム・ソーヤーの冒険」が大好きなんです。それで,その続編とも呼べる「ハックルベリー・フィンの冒険」の原文の中で,ハックが宝島を見つけたときに「ランド・ホー!」って叫んだのがとにかく印象に残っていまして,すごくいい言葉だなあと。宝島を「発見」したときの「喜び」の叫び。そんなイメージを社名に込めています。

4Gamer:
 新しい「発見」と「喜び」。いい名前ですね。

塚本氏:
 ありがとうございます。ランド・ホーは,実は社名になる前はチーム名だったんです。僕はもともとセガ(現セガゲームス)にいたのですが,セガを辞めてすぐに会社を立ち上げたわけじゃなくて,一時期,別の会社さんで,のちに創業するメンバーと一緒にチームでお世話になっていたんです。そのときのチーム名がランド・ホーでした。

近藤智宏氏(以下,近藤氏):
 創業時にみんなで社名について案を出し合ったんですが,正直,パッとしない名前ばかりで。ランド・ホーという名前が一番良かったんですよ。

塚本氏:
 近藤の案は「ファイヤーワークス」だったよね。

近藤氏:
 うわ,覚えてたんですか。黙ってたのに(笑)。

4Gamer:
 かっこいい名前じゃないですか!

近藤氏:
 いやあ,花火だけに一発打ち上がって終わっちゃうかもしれないと……。

4Gamer:
 なるほど……。
 ところで,近藤さんもセガ出身とのことですが,お二人はセガ時代,どういったご関係だったんですか?

塚本氏:
 近藤は開発で,「パンツァードラグーン」シリーズのプロデューサーなどをしていました。僕はマーケティング担当として,当時セガサターンで発売されていたセガブランドの,半分ぐらいのタイトルを受け持っていたんです。
 その関係で,いつも顔を合わせているうちに,ほかのメンバーも交えて一緒にお酒を飲みに行くようになって,毎週月曜日に定例会っていう,まあ「月曜日から深酒しよう!」という会をやっていたんです。


4Gamer:
 その定例会で親睦を深めていったと。当時はどんな感じだったのでしょうか。

塚本氏:
 その頃,近藤が作っていた,一風変わったセガサターンのタイトルがありまして,それが画期的なものだったんです。「これはいいんじゃないか」と,マーケッターとして強い思い入れがあって,なんとかしたいと考えていました。

近藤氏:
 ただ,セガ社内ではドリームキャストの立ち上げ時期だったので,企画が通るかどうか非常に微妙な状態でしたね。

塚本氏:
 そんなことが続いていたのもあって,近藤が「もう辞めようかな」みたいな話をしていたんです。

4Gamer:
 ちなみに,そのゲームはどうなったんですか?

塚本氏:
 結局,お蔵入りになってしまいました。当時,週刊少年ジャンプの編集長だった鳥嶋(和彦)さんのところに見せに行ったりして,反応が非常に良かったので,この結果を社内に持ち帰れば,開発を続けようという話になるんじゃないかと思っていたのですが……。最終的にプロジェクトは中止されてしまい,近藤に続いて僕も心が折れちゃいましたね(笑)。

4Gamer:
 それはもったいない。ぜひ遊んでみたかったですね。

塚本氏:
 もし世に出ていれば,ゲーム史に名を刻んだものになったんじゃないかと,今でも思っています。


365日のうち,280日会社に泊まってました


4Gamer:
 セガを退社後,いきなり創業したわけではなく,チームごと別会社にお世話になったとのことでしたが。

塚本氏:
 ゼネラル・エンタテインメントという,セガの専務だった森 連さんのご子息の会社に縁あってお世話になりました。当時は,ドリームキャストの発売が迫っていて,ローンチタイトルとして「バーチャファイター3tb」「ペンペントライアイスロン」「ゴジラ・ジェネレーションズ」「July」の4本が発売されましたが,僕はこの内の「バーチャファイター3tb」以外の3本に携わっていたんです。ハード立ち上げタイトルの4分の3に関与するのは本当に大変でした。

近藤氏:
 あの頃が生涯の中で一番働いたんじゃないかな。新ハードのローンチということで,とにかくそれに合わせて発売しないといけなかったですし。

塚本氏:
 セガを辞めたばかりでしたが,暇になるどころか,いきなり全然家に帰らずに仕事していました。あとで数えましたら,365日のうち280日は会社に泊まってましたね

4Gamer:
 そんな激務を乗り切って,いよいよ創業――ランド・ホーの船出ですね。

塚本氏:
 現在のように,スタートアップで投資を受けられるような仕組みもなかったので,資本金はすべて自分達で持ち寄りました。会社の登記なども自分達でやりましたよ。当時,個人でPCを持っていたのが近藤しかいなくて,ISDN回線でテレホーダイを使って調べて……みたいな。

4Gamer:
 コンシューマ開発となると,機材を揃えるのもかなり大変だったのでは?

塚本氏:
 ええ。家賃を払って,機材を揃えたら,資本金がほとんど無くなりましたね(笑)。

4Gamer:
 創業後の初タイトルは,どのような経緯で開発が始まったんでしょうか。

塚本氏:
 当時,セガでお世話になっていた方に「自分達で会社を作ろうと思うんです」と相談したところ,「それなら,企画を持っておいでよ」と言っていただけたのですが,実際に企画を持って行ったところ,いまいち受けが良くなくて。
 どうしようかと思っていたときに,セガのプロデューサーだった宮崎(浩幸)さんに,「つくろう」シリーズとして,一緒に新しく「ダービー馬をつくろう!」を作らないかと声をかけていただいたんです。

「ダビつく ダービー馬をつくろう!」
ゲーム開発からテレビ番組制作まで手掛けるランド・ホー。その誕生秘話やこれまでの歩みについて聞いてきた(ゲーム開発会社探訪 第2回) ゲーム開発からテレビ番組制作まで手掛けるランド・ホー。その誕生秘話やこれまでの歩みについて聞いてきた(ゲーム開発会社探訪 第2回)

4Gamer:
 それが,ランド・ホーの第一歩になったんですね。

塚本氏:
 会社を立ち上げてオリジナル作品を作りたいという気持ちはもちろんあったのですが,それ以上に新しいことに挑戦したいというのが強くて。ドリームキャストで1000人規模の通信対戦ゲームを作る……こんなチャンスは2度とないだろうということで,「ぜひ」と参加させていただきました。まあ,僕的には「つくろう」シリーズなので,以後も「ダビつく」シリーズとして長く続いてくれるかな? という気持ちもあったんですけどね(笑)。

4Gamer:
 開発期間はどれくらいだったんですか?

近藤氏:
 8人のスタッフで,1年ぐらいで作りましたね。

塚本氏:
 1999年6月に会社を立ち上げて,次の年の日本ダービーに向けて開発を進めていました(※ゲームの発売は2000年7月27日)。なので,作っていたのは実質10か月ぐらいかな。

4Gamer:
 8人で10か月ですか。ゲームの規模を考えると,相当厳しいスケジュールのように思えますが……。

近藤氏:
 小ぶりなタイトルなら,当時はそれぐらいで開発していましたね。今では考えられないですけど(笑)。

塚本氏:
 グラフィックス素材なども全国の競馬場へ取材に行って作ったりしましたし,かなり労力をかけていました。本来なら20人規模で作るタイトルなんでしょうけれど,単純に8人で2倍働いて補っていましたね。

4Gamer:
 すごいバイタリティですね。

塚本氏:
 ホントにそう思います。あの頃はまだ30代で,無理もできましたし(笑)。


普通のゲームではなく,この世にないものを作りたい


塚本氏:
 その後はPlayStation 2で,「みんなのGOLF」のプロデューサーの小林(康秀)さんと一緒に仕事をしました。「スペースフィッシャーメン」っていう,宇宙で釣りをするゲームです。

4Gamer:
 それはまた奇抜な釣りゲームですね(笑)。

塚本氏:
 企画書の段階で「これは伸るか反るか,どっちかだね」って言われましたね(笑)。結果,思いっきり反ってしまって申し訳ありません……という感じだったんですけれど,まだこの頃は,業界的にそういうチャレンジができた時代でした。

4Gamer:
 業界全体に勢いがありましたね。

塚本氏:
 面白ければ,まずやってみよう! という気概が小林さんやソニーさんにはありましたね。それと並行して「ダビつく2」のお話もいただいていたので,徐々に会社の人を増やし始めた時期でした。

「スペースフィッシャーメン」
ゲーム開発からテレビ番組制作まで手掛けるランド・ホー。その誕生秘話やこれまでの歩みについて聞いてきた(ゲーム開発会社探訪 第2回)

4Gamer:
 当時,企画のアイデア出しはどのようにされていたんですか?

近藤氏:
 アイデア段階では,みんなで出し合ってましたね。それを自分が紙一枚の企画書にすると,デザインの人間がパッと見て,絵を起こしてくれるんです。さらに,その絵が付いた企画書をみんなで見比べる。ピンとくるものは,その段階でみんなの票が集まるんですよね。

4Gamer:
 そうしたアイデアの原点は,どこにあるんでしょうか。

近藤氏:
 空想ですね。この世に無いものを作りたいっていう。なので,釣りゲームだとしてもただの釣りではなくて,宇宙一本釣り,宇宙で惑星級の魚が釣れちゃうみたいな。

4Gamer:
 確かに,あの頃は今までにないような発想のゲームが続々と登場していました。

塚本氏:
 「スペースフィッシャーメン」の場合も,純粋に企画として面白いかどうかを見てもらえたんでしょうね。今だと,それに合わせて収支だとかお金についての資料がないと……って感じですから。

4Gamer:
 モノづくりをするうえで,大事にしている点はどこでしょうか。

近藤氏:
 会社を立ち上げた当初から掲げていたのは「遊ぶ人に分かりやすいゲームを作ろう」ということです。誰にとっても分かりやすいゲームを作りたいというのが第一ですね。

4Gamer:
 意外なことに……と言ってもいいと思うのですが,ランド・ホーではゲーム開発だけでなく,テレビ番組制作も行っていますよね。

塚本氏:
 僕がセガに入った理由の1つが,ゲームではなくテレビ画面を使った双方向の映像コンテンツを作りたいというものだったんです。当時はまだ双方向のテレビ番組はなかったんですが,そういった感じのものをイメージしていました。

4Gamer:
 もともと持っていた夢だったわけですね。

塚本氏:
 そうですね。また,会社を立ち上げたときは,ちょうどBSデジタル放送が数年後に始まるぞっていうタイミングでした。そこで,今までゲームで培ってきたものを活かして,テレビ画面を使って双方向で楽しめる番組を作れるんじゃないかと考えて,企画書を書いてテレビ局を回ったりしたのがスタートです。

4Gamer:
 なるほど。

塚本氏:
 今,テレビの双方向機能はほとんど無かったことにされていますが,タブレット端末の浸透などもあって,ここ数年は毎年のように「動画元年」と言われていたりします。当時やりたかったことに,ようやくチャレンジできる環境になってきたかなと感じています。


モバイルは年間の売り上げが70万円の時期も


4Gamer:
 ランド・ホーといえば「海外クライアントからの受託開発」や「モバイルゲーム開発」のイメージもあるのですが,これらはどのようなきっかけで始められたんでしょうか?

塚本氏:
 これは明確でして,リーマン・ショックなんですよ。あれで,仕事がバタッと無くなってしまったんです。

4Gamer:
 経済全体が冷え込みましたからね。


塚本氏:
 それまでは国内の大きなパブリッシャさんと仕事をする機会が多かったのですが,開発会社に回ってくる仕事が本当に無くなってしまったんです。しかも,一向に改善の気配がない。これはもう,悠長なことをしていられる状態じゃないぞと。

4Gamer:
 すでにスタッフも大勢いたでしょうし,背筋が凍るお話ですね。

塚本氏:
 そこで2つ考えたんです。1つはモバイル事業を分厚くすること。もう1つは,国内での営業労力を海外に回すことです。ゲーム市場はトータルで見ると伸びていたので,国内がダメでも海外には仕事があるはずだと。

4Gamer:
 海外展開へのとっかかりは,どうされたんですか?

塚本氏:
 当時,打開策を探していたので,いろんな講演を聞きに行っていたんですよ。その中で,ナウプロダクションにいらっしゃった大信(英次)さんの講演に出会えたのは大きかったです。海外との仕事でどんなことをやったのかとか,失敗しちゃいけない点だとか。そのときのパワポの資料を僕は“教科書”と呼んでいまして,本当にそのとおりにやっていろんな会社を回ったんです。

4Gamer:
 実際,海外で営業してみたら予想どおり仕事があったと。

塚本氏:
 ありましたね。また,PlayStation 3やニンテンドーDS,Wiiなどでの開発経験があって,予算が豊富な超S級タイトルではなく,ミリオンぐらいを狙えるタイトルを作れる開発会社を探しているというのをよく聞きました。そこにランド・ホーが合致できたのが大きかったですね。

4Gamer:
 それが「Just Dance Kids」シリーズの受託に結びついていったんですね。
 海外との仕事の場合,時差や言葉の壁があり,それ以上に文化の違いがあると思いますが,その点での苦労はありましたか。

「Just Dance Kids」
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塚本氏:
 国内ですと「今はまだゲーム要素として入っていませんが,あとで入ります」とか「最終的に良くなります」みたいなやり方が通じるところがあるじゃないですか。海外だと,そうしたやり方は全然通じないんですよね。
 契約書の段階で,この時期までにここまで作るといった具合に,非常に明確にされているんです。逆に,最初の契約さえ決まれば,あとはそのとおりに作るだけなので,ある意味,非常にフェアなんですよ。

4Gamer:
 例えば,「作ってみたけど,面白くなかった」といった場合はどうなるんでしょうか。

塚本氏:
 その場合は,相手側もきちんとそのことを認めて,どう契約を見直すかという話になります。契約書にないことをやるとなったら,ちゃんとその分のお金は払われる。その点でもフェアです。ずっと日本の環境で仕事をしてきたので,最初は対応するのがすごく大変でしたが,このときに海外との仕事の仕方というものを一から叩き込まれましたね。

「Just Dance Kids 2」
ゲーム開発からテレビ番組制作まで手掛けるランド・ホー。その誕生秘話やこれまでの歩みについて聞いてきた(ゲーム開発会社探訪 第2回) ゲーム開発からテレビ番組制作まで手掛けるランド・ホー。その誕生秘話やこれまでの歩みについて聞いてきた(ゲーム開発会社探訪 第2回)

4Gamer:
 もう1つの柱であるモバイルゲーム開発は,どのように進められたんですか?

塚本氏:
 海外クライアントとの仕事と並行してやっていました。社員全体の半分ぐらいの人数を割いていたのですが,実は年間の売り上げがモバイル全体で70万円っていう一年があったんですよ

4Gamer:
 えっ!? ひと月じゃなくて年間で70万円ですか。

塚本氏:
 もう会社として成立してないですよね(笑)。そのときは,さすがにみんな声が出なかったんですが,今これをやっておかないと,先を考えたときに困るという信念で続けました。作り続けて,種をまき続けたことで今があるという感じです。結果的に仕事に結びつきましたし,今なら必要な投資だったと振り返れますが,その当時はシビれましたね,本当に。

4Gamer:
 資金面だけを見ても,相当厳しかったのではないかと思いますが……。

塚本氏:
 ちょうど海外でやっていた「Just Dance Kids」シリーズがヒットしていたので,そのお金を全部こっち(モバイルゲーム開発)に回していた感じですね。近藤などコンシューマの部隊からは「一体いくら使うんですか?」みたいなキレ気味な声が上がっていましたが(笑)。

「アルパカ天国」
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新しいチャレンジが先行投資となって


4Gamer:
 ところで,ランド・ホーでは何社かの開発会社と合同で新人教育をなさっているとか。

塚本氏:
 ええ。もともとは,2010年のCEDECでパネルディスカッションに参加したときに,ほかの独立系開発会社さんと知り合ったのがきっかけでした。1社ずつでは新人が少ない年があったりしますが,3社ぐらい集まるとそれなりの人数になるので,研修の規模・内容ともに充実したものにできるんです。あと,別の会社に同期というか知り合いができる,いい機会でもありますね。

4Gamer:
 新人とはいえ,会社ごとの色みたいなものはあったりしませんか?

塚本氏:
 ありますね。みんな,その会社のカラーを背負っていて,「なんか変なのがいるな」と思ったら,「ウチの新人」だったという感じです(笑)。

近藤氏:
 先ほどの,伸るか反るかの話じゃないですが,毎年2人ぐらいはちょっと特徴的な新人を……。

塚本氏:
 そういう,ちょっと変わった人をあえて採用したりすることもあるんですよ。でも,そんな人が期待以上に頑張ってくれたりするんです。

近藤氏:
 最近だと,「自分がこれまで遊んだ中で,クソゲーだと思ったもの」をリストにして面接に持ってきた人がいましたね。そのリストに僕らが作ったゲームが入っていたらどうするんだ!? って思いながら聞いてましたよ(笑)。でも,その人も採用しましたね。

塚本氏:
 それが今やエース級になっていたりするんですよ。この「個性的」枠は,外れなしですね。

4Gamer:
 それはすごいですね。

塚本氏:
 考えてみれば,僕らが入った頃のゲーム業界には個性的な人間しかいなかったので,そういう人を否定する気にはなれないんです。どちらかというと,いいところを見てあげようと。そういうところに会社のカラーが現れているんでしょうね。

4Gamer:
 新人研修の効果はいかがですか。

塚本氏:
 研修後は全然違いますね。技術の習熟度もそうですが,社内・社外の同期に負けられないという意識面での変化も大きいです。あと,企画プレゼンの仕方などもしっかりと教育されてくるので,そのあたりもきちんとできるようになっています。

4Gamer:
 かなりの成果が上がっているんですね。

塚本氏:
 実は,この合同研修を始めた年に来ていた他社の新人さんが,今は弊社のクライアントさんに移って担当窓口になっていたりするんですよ。そういう成長を,自社のことのように感じられるというのも,僕自身とても嬉しいですね。

4Gamer:
 お話をうかがっていて,新人教育も含めて,これまでの流れの1つ1つがすべて積み重なって実を結んでいる印象を持ちました。

塚本氏:
 僕も,いろいろなものが今に結び付いているなと,本当に思います。オンライン要素ということでは最初の「ダビつく」からつながっていますし,海外への展開やモバイルへの投資という流れもそうですし。

4Gamer:
 スタートは常に新しいチャレンジからですね。

塚本氏:
 会社のカラーとして「常に新しいことにチャレンジしたい」というのはあります。最近では,「ナレルンダー仮面ライダーゴースト」でUnreal Engine 4と空間認識・AR技術を使っていますが,そうした最新技術へのチャレンジが先行投資となって,さらに次の仕事につながっていく。そういう流れですね。

4Gamer:
 VRへの取り組みについてはいかがでしょうか。

ゲーム開発からテレビ番組制作まで手掛けるランド・ホー。その誕生秘話やこれまでの歩みについて聞いてきた(ゲーム開発会社探訪 第2回)
塚本氏:
 ずっと基礎研究はしていて,2014年のBitSummitで「PROJECT LIFE with Oculus Rift」という試作タイトルを出展したんですよ。でも,そのときは海外のOculusタイトルがBitSummit Awardsの大賞を受賞して,めちゃめちゃ悔しい思いをしました。
 ただVRの場合はそれ単体ではなく,空間認識やAR,そしてそれを実現するためのミドルウェアも大事になります。これらがひと通り揃ってこないと,次のチャレンジにはまだ厳しいかもしれませんね。もちろん,これから環境を整えて,この方面もどんどん伸ばしていくつもりです。

「PROJECT LIFE with Oculus Rift」
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4Gamer:
 では,会社としての今後の方向性を教えてください。

塚本氏:
 これまで,競馬を含めて,野球やサッカーといったスポーツゲームをたくさん作ってきましたので,これをきちんと形にしたいなと思っています。今年はリオ,2020年には東京オリンピックも開催されますので,そうしたスポーツへの関心の高まりの中で「スポーツゲームのアプリといえばランド・ホー」と言われるブランドになれるよう,社内的にも力を入れているところです。

「サカつくシュート!2016」
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4Gamer:
 最後に,ゲーム業界を目指している読者へのメッセージをお願いします。

塚本氏:
 学生のみなさんには,学生時代にしかできないことを目いっぱいやってほしいと思います。企画やアイデア出しは何かインプットがないとできませんが,社会人になると,そのための時間がなかなか確保できなくなるんですよ。僕も学生時代はめちゃめちゃ遊んで,いろいろなことをして,その経験が今も生きています。まずは,「これをやりました」「あれなら自信あります」としっかり話せる経験を,学生生活の中で積んでもらいたいですね。
 あと,仕事ももちろん大切ですが,仕事以外の人生のほうが長いのです。極論で言うと,仕事は人生の一部でしかありません。仕事以外の人生もしっかりと楽しめ,充実した生活を送れる人間になってほしいと思います。

4Gamer:
 本日はありがとうございました。

ランド・ホー公式サイト

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