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[CEDEC+KYUSHU]「メガトン級ムサシ」初期段階からの方向性変更,新たな音楽性を見つけ出すまでの苦悩
方向性の変更。新たな音楽性を見つけ出すまでの苦悩
レベルファイブが展開しているクロスメディアプロジェクト「メガトン級ムサシ」。少年たちが巨大ロボット「ムサシ」を操縦し,異星人に蹂躙された地球を奪還するために戦う物語が描かれる。
プロジェクトは2016年に発表されているが,アニメの放映とゲームの発売が行われたのは2021年である。その間,レベルファイブでは世界設定やキャラクター設定の変更が行われていたようだ。
2016年の時点では西郷憲一郎氏曰く「古き良きロボットもの,昭和の王道における雰囲気を再現する」という方向性だったが,現代の作品として尖った部分を持つものへとコンセプトが変更されている。例えば,主人公・一大寺大和のキャラクターデザインや人物造形を見ても,その変化ぶりは大きい。
当初は頭身の高い王道的主人公だったが,やがて戦闘に狂うサイコパス風になり,最終的には喧嘩っ早いが正義感は強く,頭の回転も速い現代風の主人公になっている。初期PVのカードを使って必殺技をくり出す一大寺や,中期PVにおいて「罪深き戦闘狂」というキャッチフレーズを背負い,高笑いしつつ戦う一大寺の姿を覚えている人も多いだろう。
こうした変更に伴い,楽曲の変更を余儀なくされた。西郷氏は当初,「昭和の王道ロボットもの」を意識したブラスの音色と分かりやすいメロディによるオーケストラサウンドを作っていたが,現代的に尖った作品として路線を変えた「メガトン級ムサシ」にはそぐわなかった。それまでに作った楽曲をすべてボツにして,新たな方向性の曲を用意することになったのである。
とはいえ,雰囲気の違う曲がそう簡単に作れるわけもない。いろいろな曲を作ってはボツになることを繰り返し,制作は相当に難航する。特徴のある曲を意識し,新しさを求めすぎるあまりに奇をてらうものの,かえって平凡な曲しかできなかったという。「和風」「演歌風」「応援団風」など,さまざまな方向性を試してみるもうまくいかず,西郷氏のキャリアにおける“最大の危機”であったそうだ。この時,2020年春。アニメの放映開始が2021年10月1日だったことを考えると,なかなかゾッとする話だ。
そうこうしているうちに時間は過ぎる。方向性が定まらぬまま,ゲームとアニメのために曲を量産しなければいけない時期に突入してしまった。日野晃博氏(レベルファイブ代表取締役社長/CEO)と話し合い,引き出した「オペラ感」「躍動感」「運命感」のキーワードをもとにアバンタイトルのデモ曲を提出。しかし,「メガトン級ムサシ」に合っているよう気はするが,ありがちで新しさがないという芳しくないものになってしまう。
そんなときにヒントとなったのが,さまざまな音源を聞くうちに出会った「ブルガリアンボイス」だという。ビブラートを使わない女声コーラスによる幻想的かつ民族的な響きが,舞台となる荒廃した地球に流れることにより,良い意味での違和感を生み出せるのではないかと西郷氏は考えたのだ。
制作に合流した砂川翔也氏の後押しもあり,ブルガリアンボイスを参考にしつつ,民族的でありつつも無国籍感を重視した新たなデモ曲を作成した。すると,ロボットもののアニメに民族的なコーラスが入る違和感こそが新鮮だという評価を受けて,ついにゴーサインが出る。創作において引き出しの多彩さが重要と言われるが,西郷氏はブルガリアンボイスという新たな引き出しを得たことで,“最大の危機”を乗り切れたのである。クリエイターにとって,インプットがいかに大事であるかが分かるだろう。
ロボットもの華であるバトルシーンの曲を作るにあたり,日野氏から「ショーのようなカッコイイ演出にしたい」というオーダーがあった。バトルシーンではテンションが上がる「キタキタ感」を重視し,そのほかの日常シーンなどはバトルを盛りあげる前振りだという勢いで作ってほしい,と言われたという。
ただのカッコイイ曲ではムサシにふさわしくないということで,ここでも制作は難航する。西郷氏は目指すべき方向性を掴みきれないまま,新たなデモ曲を制作した。提出直前,ブルガリアンボイスのテイストを取り入れることを思いつき,急きょボイス入りのバージョンを作成したところ,激しい曲調とエキゾチックなコーラスの組み合わせが好評を博したという。
ただ,ここで制作した曲はバトルではなく,合体シーンで使われることになった。それというのも,デモ曲を受け取った日野氏が,たまたまアニメの制作現場から送られてきた映像と一緒に流してみたところ,尺や台詞のタイミングまでピッタリとマッチしていたのだという。
日野氏も合体シーンのために作った曲だと思ったそうだから,不思議なものだ。この曲が流れる合体シーンはアニメ版の第2話「燃える大地」(9分25秒頃から)で見られる。興味のある人は確認してほしい。
これらの成功により,楽曲における「メガトン級ムサシ」らしさとは民族風ボイスではないかという指摘があり,作曲における指針が「民族ロック」となった。民族ロックとはいえ,無国籍感もキーワードになっていたため,期せずしてアフリカ風になった(曰く「サバンナ感が出すぎていた」)曲にはリテイクが出され,あらためて無国籍感を追求することもあったという。
ゲームとアニメ。異なるメディアの世界観を統一する
「メガトン級ムサシ」はゲームとTVアニメの制作が同時に進行し,音楽演出は共にレベルファイブが担当している。ゲームからアニメ,もしくはその逆を体験する人が違和感を覚えないように,音楽からも世界観の統一が図られている。クロスメディアの質を高めるための,音楽サイドからの取り組みというわけだ。
クロスメディアとはいえ,ゲームとアニメでは性質が異なるため,同じ曲を流すというわけにはいかない。ゲームの場合,プレイヤーの操作によってシーンがスキップされたりして,音楽がどこで中断されるかが分からない。一方,アニメではそうした心配がなく,シーンに合わせて音楽を演出できる。つまり,性質が異なるメディアでも,同じ印象を持たせる音楽的演出が求められる。
制作プロセスの違いも作業に影響を与えるという。内製であるため変更箇所が逐一把握できるゲームと違い,アニメは外部の制作会社で作業が行われるため進行状況が分からず,曰く「突然カラーになったり,いきなり音が付いたりする」ような状況であるそうだ。双方が独立したものであるならともかく,ゲームとアニメの違和感を無くそうとする中でこの差は大きい。
アニメの場合は「シナリオ」「絵コンテ」「コンテ撮(絵コンテを撮影した映像)」「声と色が入る」といった制作プロセスに合わせて音楽演出が行われる。シナリオが届くとシーンに必要な曲を用意し,絵コンテで曲が使われるシーンと秒数を把握し,コンテ撮の映像に音楽を乗せ,声と色が入ると印象が変わるため調整を行う。こうして作業が進んでいく。ゲームに変更があればアニメに反映させ,逆にアニメの変更がゲームに影響を及ぼすこともあり,両者を行き来しながら共通の世界観を作り上げていく作業だという。
作品の方向性の変更に際し,西郷氏が直面した苦悩は計り知れないが,それを乗り切るために新たな引き出しが必要だったというあたり,クリエイターにとって興味深い事例と言えるだろう。クロスメディア作品は珍しくないものになりつつあるが,その裏ではこうした背景があり,なかなかに興味深い講演だった。
「メガトン級ムサシ」公式サイト
CEDEC+KYUSHU 2021 ONLINE 公式サイト
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(C)LEVEL-5 Inc.
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