インタビュー
SCPの世界観を下敷きに,サイバーパンクの世界観で繰り広げられるピクセルアートのアクションゲーム「ANNO Mutationem」は,実は日本人の手で作られていた
※1996年にDOS版が発売された,サイバーパンクの世界観で繰り広げられる(あえて言うなら)リアルタイムアクションストラテジー。開発はBullfrog Productionsで,鬼才ピーター・モリニューが陣頭指揮を執っていた。前作にあたる「Syndicate」共々ずいぶんやりこんだものだ。
とはいえ雰囲気もよく,その会社が作っていたもう1つの作品である「Fringe Wars」と共にとても記憶に残ったので,さっそくインタビューを申し込んだ……のが昨年2018年のことだ。
そこから1年。「今年は,ANNOの話を重点的に聞きたいな」と思って再度Thinking Starsにコンタクトを取り快諾をもらったのだが,いざ当日を迎えてみればそこに来たのは日本人。実は最初,通訳の方かと思ったのだが,この人こそがANNOのディレクターである小山玲央(おやまれお)氏だった。
そんな小山氏のあれこれを含めつつ,ANNOについていろいろと聞いてみよう。
[TGS 2019]SCP×サイバーパンク×ドット絵の「ANNO Mutationem」をプレイ。サイボーグくのいちを倒せばCPUアクセサリーをもらえる
千葉・幕張メッセで開催中の東京ゲームショウ2019。そのChina Console Games Embassyブースに出展されているPS4用ソフト「ANNO Mutationem」のプレイレポートをお届けする。本作の日本語版を首都圏でプレイできるのは,今回が初の機会だ。
「ANNO Mutationem」TapTapページ
「Fringe Wars」公式サイト
「Fringe Wars」Steamストアページ
4Gamer:
お時間を取っていただき。ありがとうございます。
昨年のChinaJoyで,CEOの李さんにはインタビューしていて,そのときに「ANNO Mutationem」(ANNO)という作品がちょっといいなぁと思っていたので,今年はANNOの開発者にインタビューしたいです,とお願いしたら……。
「作りたい」という思いを満たすために作った会社「Thinking Stars」――もう30代なので,いまこそ挑戦しないと!
端緒はPCゲームだったが,いまではすっかりスマホゲームの独壇場になりつつある中国ゲームマーケットでも,あえてコンソールゲームの開発に意欲を燃やす開発者は少なくない。今回は,SFモノを得意とする「Thinking Stars」に話を聞いてみよう。
Thinking Stars ディレクター 小山玲央氏(以下,小山氏):
ありがとうございます(笑)。
4Gamer:
なぜか日本人が! いやいいんですけど,ちょっと意外で……。
小山氏:
そんなに意外ですか?
4Gamer:
中国人による,中国の会社で――しかもベンチャーのゲーム開発会社で日本人に会うのは,やっぱりちょっと普通じゃないと思うんです。日本生まれの日本育ち……ですか?
小山氏:
実はアメリカ生まれで,小さいころは向こうで育ちました。けれど両親も日本人ですし,得意なのはローマ字だけです(笑)。
4Gamer:
ローマ字って(笑)。でもじゃあなぜ中国で?
小山氏:
やろうと思ったか?
4Gamer:
ええ。しかもTencentとかじゃなくてベンチャー企業で,ですよ。もう興味津々で……。
小山氏:
分かりました(笑)。
そもそも学校を卒業してからずっとゲーム制作,ゲーム開発に携わっていたんです。
4Gamer:
日本で?
小山氏:
ええ。最初はゲームリパブリックにおりまして。
4Gamer:
久々に懐かしい名前を聞きました。岡本吉起さんの。※
※ゲームクリエイター。最近では「モンスターストライク」で有名だが,我々の世代からは「ソンソン」「エグゼドエグゼス」「タイムパイロット」で知られる鬼才。昨年,突如マレーシアに移住して業界を驚かせた。
小山氏:
ええ。新卒であそこに入りまして(笑)。
4Gamer:
もうなんかその時点で面白いです。
小山氏:
いや(笑)。たぶん……2年近く働いたところで経営が悪化しまして,その後転職してシリコンスタジオで「ブレイブリーデフォルト」を作りました。
4Gamer:
おお,名作ですね。なんかすごくちゃんとした経歴を歩んでますね。
小山氏:
いえいえ……で,そのあとモバイルのほうに進んだんです。盛り上がってきてる感もありましたし。直接北京に来た経緯がGameloftでして。
4Gamer:
フランスの?
小山氏:
はい。Gameloftの東京スタジオに行ったんですが※,そこがクローズすることになって北京スタジオに……。
※実はあとで気付いたのだが,4Gamerは,Gameloft時代の小山氏にインタビューしたことがあった。
4Gamer:
あぁ,李さんとはGameloftつながりなんですね。
小山氏:
ええ。最初は北京スタジオで2年ほど働いたんですが,北京スタジオもクローズになっちゃって。さてどうしようかな……日本に戻ろうかな,こっちでほかのところに行こうかな……と。でももともと中国に来るときに,当時の同僚に李を紹介されていたんです。なぜか秋葉原で(笑)。
4Gamer:
そんな場所で(笑)。
小山氏:
僕いまだに覚えてますけど,李はプレステの昔のソフトを,山のように買ってて「昔は国の問題で手に入らなかったけど,いまでは手に入るんだ。あのころの僕よりお金もあるぞ!」って嬉々として言ってて(笑)。
4Gamer:
嬉しさはよく伝わってきます(笑)。
小山氏:
それで彼は,そのあとずっと僕のことを世話をしてくれて。家を借りるときとか。中国に来たときには本当に中国語がひと言もできなかったんです。中国の習慣も全然分からないし,家なんかとうてい借りられませんし。
4Gamer:
いやあの……それでよく中国に行こうと思いましたね。
小山氏:
もちろんGameloftおよび李との出会いは大きいんですが,もう1つ理由がありまして,僕実はギターを弾くのが趣味なんですよ。
4Gamer:
は,はい。
小山氏:
それでメトロノームのアプリを作ったんですね。※ちょっと練習がてら,広告とかも入れちゃったりして。そしたら,それが思いもよらずお金になって。
4Gamer:
おお,それはよかったじゃないですか。
小山氏:
ええ。それで,国別のダウンロードの数字とかが出るんですけど,時期によってちょっとした差はありますが,中国が一番多くて。
4Gamer:
あぁ,なるほど……中国のユーザー数を背景に広告が押されたわけですね。
小山氏:
そうなんです。広告一回クリックあたりの単価は,ご存じかと思いますが国によって全然違って,まだスマホがそんなに普及してない国なんかは,当時1クリック0.1円とかだったんですね。でも日本と中国とアメリカは当時すでにほとんど単価が変わらなくて。
4Gamer:
それで興味を?(笑)
小山氏:
はい(笑)。それまで中国市場のことなんて考えたこともなかったんです,2015年の時点では。でも身をもって,中国市場の大きさ……というか人口の多さを感じたので。
4Gamer:
だからって普通行くものでしょうか。
小山氏:
ちょうどいいタイミングだったんですよね(笑)。
4Gamer:
中国語できないのに!
小山氏:
いやあ,さすがに一生懸命勉強しました。
4Gamer:
凄いなあ。今おいくつですか。
小山氏:
36歳になりました。
4Gamer:
あれ? 李さんと同じ歳?
小山氏:
彼は1982年生まれですから,僕の一個上ですね。
4Gamer:
ある程度年齢がいってから住んでみた中国は,どうですか?
小山氏:
中国って想像とちょっと違ってて,一般のコンソールゲームの会社は本当にみんな小さいですよね。あとカルチャーがやはり違います。
4Gamer:
中国の人は割となんでもストレートで,無駄に遠回りしなくていいのがとても好きです。日本人みたいに,ぐるぐる迂回しながら本題に入る隙をうかがったりしなくていい。
小山氏:
そこはそうですね。僕もどちらかというとストレートに言うほうなので,李曰く「日本人じゃない」人です。自分の予想よりはるかに中国と相性がいいです(笑)。
4Gamer:
日本人はそういうとこで面倒なことが多くて……。
小山氏:
それがいい時もあるんですけどね。
4Gamer:
その中国と相性のいい小山さんは,一体どうやって中国語を……? 中国に来たときってもうGameloft勤めですよね?
小山氏:
最初のGameloftは外資なので,中国オフィスとはいえほとんどの人が英語ができたんですね。それで,最初は全部英語で話してて,合間を縫って中国語を勉強して……という感じでした。猶予期間があったんです(笑)。
4Gamer:
なるほど。しかし李さんに聞きたいんですが,「中国語がちょっと不自由な日本人」にどうしてプロジェクトを任せようと思えたんですか?
Thinking Stars CEO 李 暹(Li Yao)氏(以下,李氏):
長い付き合いで信頼関係はありますし,ステージのデザインなど確かな実力を知ってますから。今は,ほぼ全部のステージデザインやカットシーンを小山が担当してるんです。新しいバージョンのANNOは,すべてを作り上げたのは小山だと言ってよいと思います。
4Gamer:
あれ,確か途中参加ですよね?
小山氏:
そうです。
李氏:
いやいや最初からいるようなもんですよ。当初は中国語ができなかったのでなんでもかんでも任せるわけにはいかなかったですけど,今はもう中国語ペラペラですし,仕事をどんどん任せています。
4Gamer:
すごいなぁ……。
李氏:
小山はアメリカ暮らしが長いので,僕達はずっと英語でコミュニケーションを取ってましたけど,社内のほかのスタッフにとってそれはちょっと難しいことだったので……。最初から小山に任せたいと思っていたんですが,彼が中国語を話せるようになるまで待ってました。
4Gamer:
なんかめちゃくちゃ評価高いですよ。
小山氏:
いやいや,たくさん苦労しましたから(笑)。
4Gamer:
でも小山さんは日本には帰りたくないと思っている……っていう噂を聞きましたよ。全然関係ない人から。
小山氏:
誰ですかそんなこと言ってるの(笑)。
李氏:
確かに日本より中国のほうがフリーですし束縛がないので、彼みたいな人は日本に帰りたくないかもしれませんね。
小山氏:
日本ではセグウェイに乗れないから帰りたくないんです……。
4Gamer:
そんなところまで中国に染まってるんですね(笑)。
※セグウェイは中国のXiaomi傘下……というのはさておき,日本の道交法上は(整備不良の普通自動二輪車扱いとなってしまうことから)特定の場所を除いて公道での走行を認められておらず,一般販売もされてない
さっさとお金持ちになりたいなら,黙ってスマホゲームを作ります
4Gamer:
しかし,途中でプロジェクトを引き継ぐのって大変じゃないですか?
小山氏:
大変ですよ。実は今年の3月に正式に入社したんですが,それまでもソニーさんに提出するドキュメント日本語訳とかそういうことをやってたので,プロジェクトの大体の雰囲気は分かってたつもりではありますけど。
4Gamer:
すごく困ったことってどんなことですか? 僕には経験がないので分かりませんけど,自分の仕事で言うならWebメディアを1個丸々引き継ぐわけで,それってかなり大変そうだな……という感想しか思い付かなくて。
小山氏:
うーん……前にそれを仕切っていた人が経験した「大変だった部分」とか「苦労」が分からないので,僕が指摘することが,場合によっては「何も知らないからそんなことが言えるんだ」みたいに思われてしまうようなことなんかは,なかなか大変でしたね。
4Gamer:
あとからきて,今までのことを知らないくせに,みたいな?
小山氏:
そうです。前に進まなきゃいけないので,そこをどうのこうの言っても仕方ないんですが,そういう「なんだか分からないもの」が一番手強いですね。まぁなんでもそうでしょうけど。
4Gamer:
いまの肩書きはディレクターですが,ゲーム制作を仕切るのは何回目なんですか?
小山氏:
何回目でしょう? 東京のGameloft時代にはリードゲームデザイナーだったので,解釈次第で変わりそうです。
4Gamer:
まぁでも,いきなり放り込まれたわけではないんですね。とはいえけっこう大変そうですけど。
先ほど李さんは「最初から小山に任せたいと思ってた」と言ってましたけど,そこに関して何かスタッフからの不満とかなかったんですか?
李氏:
そこは私から答えますね。
一番最初から小山にディレクターを任せるのは,決めていたことなんです。さっきも言ったように,そのときはまだ中国語が話せなかったから任せられなかっただけで。なのでチームのスタッフに一時的にディレクターを担当させましたが,それは小山が中国語に適応するまでの話で,事前に分かっていたことでもあるので問題ないですよ。
4Gamer:
あぁ,ちょっと勘違いしていました。そうだったんですね,失礼しました。
ところで去年聞いたことをまだ覚えてるんですが,この中国でコンソールゲームだけを作り上げていく……という理念に賛同する人が大勢いるというのが,とても頼もしく興味深いです。
李氏:
そうですね。去年も言った気がしますが,稼ぎたいならコンソールゲームなんか作りません。さっさとお金持ちになりたいなら,黙ってスマホゲームを作ります。
弊社に入る人達は,みんなコンソールゲームへの愛が深い人たちなので,辞めたいって人もいないですね。あとこれは自慢ですが(笑),中国のコンソールゲームを作る会社の中で,弊社よりもクォリティが高い会社はそうそうないですよ!
4Gamer:
言いますねえ(笑)。まぁでも確かに「コンソールは儲からないけど,みんな好きで作ってるんだ」って去年言ってましたね。
李氏:
今年もE3やGDCなどに行って,LAやサンフランシスコを回ってきたんですが,率直な感想は「そういうイベントに出てくる人や会社はいつも同じ」ということです。当然その人達は歳とってるんですけど,それでも同じ人達ばっかりがイベントに参加していて,新しい人がいないんですよね。
4Gamer:
そうですね……ここ数年その傾向はとくに強い気がします。
李氏:
なので,中国に限らず若い人はコンソールゲームを遊ばないんじゃないだろうか……ということを考えていて,実はコンソールゲームというものは,もうある程度年齢がいった人に向けて作られているんじゃないか,とか。
うちには子供が二人いますが,彼らもiPadみたいなタッチで遊べるゲームのほうが,コントローラより全然好きなんです。
4Gamer:
大きいゲームショウで話題になる作品が「ファイナルファンタジーVII」とか「バイオハザード」ばかりなのを見ていると,確かにちょっと複雑な気分になりますね。
李氏:
僕達自身はコンソールゲームが大好きなので作っていますが,これからのコンソールがどうなっていくのか,これからの若者達にはどういう作品が好まれるのか,まったく見えてこないです。
4Gamer:
「ANNO」なんかはとくに,既存の流行りのゲームの文脈から少し外れてますしね。
李氏:
ええ。ゲームを遊ばない親戚が見て言ってたのが「このゲームはなんでぼやけた映像しか見えないの?」ですよ。
4Gamer:
あぁ,ピクセルアートの点々が……(笑)。
李氏:
彼らのコンソールゲームに対するイメージは,もっとハイレベルに写実的な,映画のようなグラフィックスだと思うんですよね。なので僕らがいま作っているピクセルアートのゲームなんかは,もしかしたら本当に歳がいったおじさんにだけ遊ばれるんじゃないかとちょっと感じてます。
4Gamer:
強く否定できない感じがありますね……。
李氏:
あんまり言いたくないですが,コンソールゲーム界隈でお会いする人は,全員そこそこ年齢がいってますし(笑)。
小山氏:
先ほどFFVIIの話が例に出ましたが,でも中国の開発スタッフを見ていると僕ら日本人とはまたちょっと反応が違うんですよね。
4Gamer:
お,そうなんですか?
小山氏:
僕らだと「また前のFFかー」という感じで,まぁそれでも買うんですけど(笑),中国の彼らは「うおおおお!」とか「昔遊べなかったアレがいまこそ!」みたいな。
4Gamer:
でもFF7ってPS1ですよね?
小山氏:
多くの人はPC版でやってるんですよ。
4Gamer:
PC版……? あ! EAスクウェア※のときの……かな? 違うかな。
※今となっては知らない人も多いが,昔スクウェアはElectronic Arts(エレクトロニック・アーツ)と合弁会社「エレクトロニック・アーツ・スクウェア」(通称:EAスクウェア)を作っていたことがある(1998年〜2003年の5年間)。
小山氏:
日本人的には,正直なところPC版は記憶から抜け落ちてまして。
李氏:
確かにPC版も有名ですが,僕らの世代が最初にFF7を触ったのは初代プレステですよ。
4Gamer:
PS1ってそんなに普及してたんですか?
小山氏:
あ。その話は,ちゃんと聞いたほうがいいですよ(笑)。
李氏:
そんなに普及してないですよさすがに。個人経営の「ゲームルーム」みたいなものがあって,そこで遊んでました。
4Gamer:
ネットカフェみたいな……?
李氏:
いえいえ。そこに入るのには暗号が必要で,正しいリズムでドアをノックしないと開けてもらえない,言うなれば「闇のゲーセン」でした。そこで何台かのプレステが置かれていて,入れる人だけが遊べたんです。もちろん攻略本とかも何もないので,自己流で勝手に進めてストーリーに感動したものです。
4Gamer:
どんな地下組織ですか……。でもストーリーに感動するくらいに進めて遊べていたんですね。
李氏:
まぁ,何年かあとに攻略本を見てストーリーを知ったんですが,当時自分が思ってたストーリーと全然違ったんですけどね(笑)。
4Gamer:
メチャクチャだけど楽しい思い出ですね,ある意味(笑)。中国にはそういうお店がいっぱいあったんですか?
李氏:
少なくとも,当時の北京にはいっぱいありました。そこに行くための資金調達のため,当時の僕は国語や数学のテキストを新品状態ですべて売ってお金にして,代わりに古本のテキストを買ってお金を浮かせて軍資金を作ってました。
小山氏:
それ初耳ですけど,メチャクチャ気合入ってますね……。
李氏:
自分のメモリーカードも買わないといけなかったし。
4Gamer:
それだいたい何歳ぐらいのときですか?
李氏:
ちょうど香港やマカオが返還される時期で,1997〜98年ぐらいです。ハッキリ覚えてます。そのとき,中国にも「電子ゲームソフト」というゲーム雑誌が登場しました。たぶん,ファミ通の中国版……なのかな? ファミ通と同じキャラクターを使ってたので。※
※「ファミ通って中国語版あったっけ?」と思ってファミ通編集部の偉い人に聞いてみたところ「なにぶん20年以上前のことなので、咄嗟に正確なところは分かりません。でもかつて中国版はあったので、おそらくそれだと思います!」というコメントをいただいた。お忙しいのにありがとうございました。
4Gamer:
だいたい李さんが15,6歳のころですね。
李氏:
そうですね。毎日,授業中はゲームボーイ,放課後はプレステという生活でした。
4Gamer:
もう完全にダメな子供です(笑)。
李氏:
本当にそうでしたね(笑)。当時の僕らにはゲームボーイの電池が高かったんですけど,電池をかじるとちょっとだけ使える時間が延びるので,ジャンケンで負けた奴がかじる係でしたね。健康に良くなさそうだとは思ってたので(笑)。
4Gamer:
かじったら時間延びるってホントですか?
小山氏:
かじってへこんだ分,電気が押し出されるのかな?
李氏:
1回かじったら5分遊べるので,4回かじれば20分です。
4Gamer:
なんかすごい……。※
※違う中国人に聞いたら「あぁ普通にやってたね」と言ってたので,普通のことだったのかもしれない(筆者は知らなかった)。と思っていたら,これを読んだ編集部の人間が「俺もやったよ?」と言ってるので筆者が知らないだけなのかもしれない……。
中国のゲーム会社はスタート時点でパクリだと思われてもおかしくないので,何にも似ていないものを作りたい
4Gamer:
「失われた15年」がある中国で,コンソールに強い思い入れがある人はどういうバックグラウンドを歩んできたんだろうと思ってたんですが,そんな経験があったんですね。
李氏:
というより僕から見ると,「失われた15年」なんて存在してないんです(笑)。逆に,もちろんこれは良いことではありませんし褒められるような話でもないですが,当時はルールとかがメチャクチャだったので,時代としては楽しくて,色んなものが手に入りました。
4Gamer:
海賊版や規制の話ですね。
李氏:
一番最初に読んだ漫画は「3×3 EYES」でした。「幽☆遊☆白書」や「Dr.スランプ」も,そのときはまだ普通に道端の露店で販売されてましたし。今はキチンと管理されてるので不可能ですけどね。
4Gamer:
そういう人たちが,中国のコンソールゲームを作ってるんですね。そして,結果として日本をリスペクトしてくれているそういう人達の思いを,日本人である小山さんが引き継いでいるという。
小山氏:
言われてみると興味深いですね。
まぁ引き継いでるというか一緒にやってる……感じでしょうか。僕らはやっぱりマンガもゲームも恵まれてて「ありすぎた」んですよね。ありすぎっていう言い方はよくないかもしれませんが。
4Gamer:
まぁ,あることが普通でしたからね。
小山氏:
やっぱり,努力して手に入れた人達の思い出は,すごく強いです。
4Gamer:
逆にプレッシャー感じませんか。
小山氏:
ちょっとあるかも……。
4Gamer:
中国ゲーム業界の人と話すと,今述べたように日本をめちゃくちゃにリスペクトしてくれてるのをすごく感じますが,それが最近ちょっとプレッシャーなんですよね……。
小山氏:
ゲームを含めた日本のカルチャー全般に対してリスペクトがあるのは感じますね。
4Gamer:
そんな彼らと仕事をしていて,制作過程で「え,そうなの?」っていうことありますか?
小山氏:
僕は今回途中から入ってるので,作品が「目指したい方向性」というのが分かっていて,それに合わせてクオリティを出していくのが仕事なんですよね。なのでそういうことはまだ,いまのところお目にかかってないです。
4Gamer:
「目指したい方向性」は変えてはならない?
小山氏:
変える必要がなければ,そうですね。でもちょっとセンス的なもので「こういうのはユーザーさんは受け入れてくれないと思うよ」みたいに直すことはありますけど。
4Gamer:
そういうときのセンスってどっち向きなんですか? 日本向き,中国向き?
小山氏:
どちらに対しても言えます。
たださっきのリスペクトの話の続きかもしれませんが,開発陣はみんな「思い入れ」が強いので,それがいい部分にも悪い部分にもなります。悪い部分というのは「ゲームを見ながらゲームを作る」みたいなことになりがちで,そこが気になりますね。
4Gamer:
あぁ……なんかすごく状況が分かります。やっぱり引っ張られちゃうんですね。パクるとかそういう意図じゃなくて。
小山氏:
そうですね。ちゃんと理由を説明して,納得してもらいますが。
4Gamer:
そう考えると,ANNOは似た作品がとっさに思い付きません。
小山氏:
おお,本当ですか?
4Gamer:
昔の懐かしい感じはプンプンします。去年も言ったんですが,画面写真を1枚見たときに「お,Syndicateか?」と思ったくらいですし。実際には全然似ても似つかないゲームなんですけどね(笑)。でもそういう匂いがするだけで,「これってアレのコピーじゃない?」というものはちょっと個人的には思い付かないです。
小山氏:
そういうものを目指してるので嬉しいです。
李氏:
我々は,誰にも似ていないものを作らなければならないんですよ。中国のゲーム会社という時点で,パクリ疑惑を持たれてもおかしくはないわけですから。
4Gamer:
そこまで……ですか?
李氏:
ええ。そういう傾向はあると思います。なので自分達の作るものは何にも似せたくないですし,できる限りリスペクトも感じさせたくはない。「リスペクトしてるねえ」が悪口になる状況っていうのがあるんです。
4Gamer:
ちょっと厳しくないですか。
李氏:
確かに今,中国はどんどんレベルを上げていますが,「中国」=「パクリ」というイメージが残っている限り,やっぱり似てるって言われるものができるのはダメですよ。
4Gamer:
まぁ確かに,まだそういうイメージは強く残ってますが。
小山氏:
でもこの国の面白いところは,独自の文化が出来上がって進化して,誰も寄せ付けないほど強化されていくというところでしょうか。GoogleもYouTubeもFacebookも何もかにもダメなんですが……。
4Gamer:
BaiduにせよQQにせよWechatにせよDiDiにせよ,なんかすごい進化してますよね。一番進化してるなーって思うのはフィンテックとドローンですが,中国の人はそのへんちゃんと気付いてるんでしょか。
小山氏:
フィンテックなんか日本はまだ全然ですしね。
4Gamer:
面白いですよね。規制によって生まれる世界標準のオリジナリティっていうのがすごく。
小山氏:
皮肉ですよね(笑)。
李氏:
昨日韓国のメディアからインタビューを受けたときも,アリペイの話をしました。国にも,店にも,それに消費者にも,トリプルウィンを実現したサービスだと思います。国には情報を,消費者には利便性を,店には売り上げのさらなるチャンスを。
4Gamer:
いやアレほんと超便利です……。
李氏:
ただ,日本やアメリカなどの国は個人情報をとても気にするので,同じサービスが受けられるかどうかは微妙ですけど(笑)。
4Gamer:
気にしすぎると進歩の足枷になる気はするし,そこは難しいところです。
実は世界観の下敷きはSCP。SCPのファンであれば,より幅広く楽しめる内容になっている
4Gamer:
ところでANNOは,どんな人に向けたい作品なんでしょうか。
小山氏:
大きくフィーチャーしているのはSCPです。ご存じですか?
4Gamer:
いえ実は……。
小山氏:
大丈夫です。僕もこれに関わるまで知りませんでした(笑)。
SCP※っていう,一種の創作ウェブサイトがあるんですが,特徴がオープンソースであることなんです。なので,世界中の人がコンテンツを創作したり,それを使って二次創作したりといったことができます。
※自然法則に反する物品や場所,事象「SCP」と,それを確保(Secure),収容(Contain),保護(Protect)する「SCP財団」が存在する……という創作プロジェクト。ある特定のSCPを封印・回避するための方法(Special Containment Procedures=特別収容プロトコル)が創作物の中核を成し,「SCP-xxx(収容手順xxxで管理されるオブジェクト)」という形でまとめられていく……らしい
4Gamer:
ほうほう。
小山氏:
日本だとあまり……。いま言ったように,実は僕も最初は知らなかったですし。ニコニコ動画にもたくさん関連動画があって,かなり再生されています。
それで,それは世界中にコミュニティがあって盛り上がっているんです。例えば韓国で展示したときも「これは実はSCPなんだ」というと「ああ,なるほど!」みたいな反応がたくさんあったんです。
4Gamer:
SCPのファンは確実に楽しめるような内容なんですね。
小山氏:
それはもう。キャラクターもそうですし,ストーリーの背景もそうですし。SCPを知らない人でも,ちょっと昔懐かしい感じで。
4Gamer:
僕は後者なんですね。
にしても,あのアートをいま描くのは,逆に大変じゃないですか?
小山氏:
そうですね。一人のアーティストが主導してこのプロジェクトが始まったんですけど,彼は最初のイメージを作ってから,その後も精力的にバンバン描いてるんです。
4Gamer:
ドット絵の要素,かなり強いですよねあれ。
小山氏:
そうですね。ドット絵とモデリングのハイブリッドですね。例えば車とか,ああいう3Dで動かすものに関してはモデリングで。
4Gamer:
中国国内での反応はどんな感じですか。
李氏:
凄くいいですよ。
小山氏:
最初に大きく出たのがTapTapさんかな。
4Gamer:
僕も最初に見たのはTapTapでした。
小山氏:
あそこで出したらとても評判がよくて,SCPのファンが盛り上がってからどんどん評判が高まって。
李氏:
最初ピクセルゲームと決めて作り始めたころは,PS1が自分達の記憶の中で尊いものだったので,そんな感じを出したかったんです。制作が進んでSCPの世界観を導入するようになって,SCPを好きな若い子が意外とたくさんいることを知って,どの世代でも興味を持てるゲームに仕上がるだろうと思っています。
4Gamer:
しかし,まずSCPを知らないと記事が書けないですね……。
李氏:
日本でもけっこう盛り上がってますよ。
小山氏:
若い人はご存知みたいですね。僕の年齢から上くらいからはまったく(笑)。
4Gamer:
よかったです。いやよくないですけど……。
小山氏:
僕もそこが一番大変でした(笑)。
4Gamer:
そのSCP財団の……なんていうんだろう,コンテンツ? コンテンツは,どういう風にゲームとリンクするんですか。
小山氏:
例えば……クリーチャーを例にしましょうか。危険なクリーチャーがいるとして,その生態であったり,捕獲方法であったり,そういうことが財団のページに書いてあるんです。
4Gamer:
おおお,なるほど! それは……知ってる人は楽しそうですねえ。
小山氏:
なので逆に翻訳が大変でして,僕の元同僚が翻訳のプロで,彼に「これは背景を知らないとヤバいやつだ……」と言われながら全部翻訳してもらったりしてます。知らないとどうにもならないんですよね……。
4Gamer:
そんな気がします。
李氏:
私は最初からSCPで何か作りたいと思ってたんですが,中国では人気ないかな躊躇してやめました。それをスマホっぽく作ってTapTapに上げたところ,初日でTapTap一位になれました。けっこうみんな好きなんですね。
小山氏:
事前予約がいま(編注:8月2日時点)50万人くらいです。
李氏:
ただ,TapTapでは嘘付き呼ばわりされていて,スマホゲームにする気なんてないんだろうみたいなコメントが投稿されています(注:TapTapはスマホゲームのプラットフォーム)。でもスマホ版は作りますよ。Nintendo Switchと一緒に,一番最後に作ります。
小山氏:
最初はPS4です。続いてPCとXboxですかね。
そしてちょっとだけボリュームを調整したりして,スマホです。
リリースは2020年3月くらいを予定。日本もおそらく同時発売
4Gamer:
それにしても,ファーストインプレッションより全然深い作品だったんですね。無知でお恥ずかしい……。
小山氏:
いえいえ。
4Gamer:
しかしそんな有名な「世界観」を詰め込むのは,けっこうプレッシャーを感じませんか?
小山氏:
そうですね。間違えられない……というか,ちょっと変なものを出してしまうと「全然違うじゃないか」という指摘が来るでしょうし。とくにシナリオを書いてるスタッフとかは,本当に“常にSCPのページを開いて”確認しながらやってますね。
4Gamer:
確かに逸脱できないですしね。
小山氏:
あと難しいのは,情報が基本的にテキストベースだということです。解釈次第で,ゲームにしたときにいろいろなものが変わってしまうので,社内でもたまに議論が起きたりしますね。
4Gamer:
あのピクセルアートの,懐かしいゲーム風味の陰では,そんな難しそうな作品を作ってたんですね。
小山氏:
そうなんですよ。
4Gamer:
展開はワールドワイドですよね。
小山氏:
そうですね。
4Gamer:
この調子だと,いつごろローンチできそうですか?
小山氏:
目標は2020年のQ1です。
4Gamer:
3月。
小山氏:
僕は締め切りを重視したい派なので,それは守りたいと思ってます。
4Gamer:
おお,素晴らしい……。じゃあそろそろ大詰めのフェーズに差し掛かろうというタイミングですよねきっと。
小山氏:
そうなんですけど,中国は全体的にそういうところがゆるいので(笑)。
4Gamer:
李さんは?
小山氏:
彼はけっこう厳しいですよ。
李氏:
ゲーム自体は来年3月で完成させるつもりですが,リリースに関してはパブリッシャの都合もあるのでちょっと遅くなるかもしれません。
4Gamer:
最初は英語と中国語ですか?
小山氏:
日本語版も出せると思います。
4Gamer:
なんと!
李氏:
小山がいるので,日本語は大丈夫でしょう(笑)。ほかの言語については,パブリッシャにローカライズを任せるつもりです。
4Gamer:
アクション系のゲームにしては文字情報がけっこう多そうだし,パブリッシャも大変ですね。しかもSCP。
小山氏:
そうなんです。
でも総プレイ時間が50時間とか100時間とかあるゲームじゃないので,そこまで膨大な量ではないかもしれません。
4Gamer:
完成度的には今何%くらいですか。
小山氏:
今は……だいたい60%くらいですかね。基本的な部分はもうできているので,あとはキャラを量産したり,ええと,なんていうのかな……ポリッシュしたり。
4Gamer:
じゃあ,発売までにSCPのことを勉強しながら待つことにします。ここ読んでおいたほうがいいよ,っていうURLをこっそり教えてください……。
小山氏:
送っておきます(笑)。
4Gamer:
楽しみにしています。本日はありがとうございました。
―――2019年8月2日収録
- 関連タイトル:
ANNO: Mutationem
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Fringe Wars
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Fringe Wars
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