連載
研究者のゲーム事情:第6回は岩川ありささんと「魔法使いの約束」。物語とトラウマ研究の立場から,魔法使いたちの葛藤を読み解く
普段は論文や講義で活躍している研究者たちは,プライベートではどんなゲームに,どのように触れているのだろうか? 本連載「研究者のゲーム事情」は,研究者が個人的に遊んでいるゲームについて,専門的な知見も交えて自由に語ってもらう企画である。
第6回となる今回は,日本文学から“トラウマ”を研究している岩川ありささんが登場。スマホ向け育成ゲーム「魔法使いの約束」(iOS / Android)を題材に,キャラクターそれぞれの傷に向き合う物語を通じて何を感じたのか,たっぷり語ってもらった。
第6回となる今回は,日本文学から“トラウマ”を研究している岩川ありささんが登場。スマホ向け育成ゲーム「魔法使いの約束」(iOS / Android)を題材に,キャラクターそれぞれの傷に向き合う物語を通じて何を感じたのか,たっぷり語ってもらった。
私は日本文学を対象にして,物語とトラウマの関係について研究している。
言葉にできないほどの衝撃によって生じる心の傷のことをトラウマという。トラウマはとても苦しい。何があったのか,自分でもすぐに言い表せない。それでも,切れ切れの言葉があらわれることがある。それはどういう表現なのか,そして,その切れ切れの声をどうすれば受けとめられるのか,聴くことができるのか。それが私の研究の中心なので,ゲームをするときにも,そうした点が気になる。
でも,誰かのトラウマについて,これがトラウマだと言い切ったり,決めつけたりする研究を私はしないようにしている。そうではなくて,傷や苦しみ,葛藤とともに生きている人の言葉や仕草を聴いて,その人の傍らにいたいと思っている。その人が苦しくないように傍らにいるにはどうすればいいのか,そのことについてずっと考えている。
私が,今回,紹介するのはcolyのソーシャルゲーム「魔法使いの約束」である。
本作の物語は,一年に一度やってくる〈大いなる厄災〉が人びとを襲う世界が舞台となっている。大きな月として描かれる〈厄災〉の姿が,鮮やかに迫ってくる。プレイヤーは「賢者」として異世界に召喚され,21人の賢者の魔法使いとともに〈厄災〉に立ち向かう。
友人に勧めてもらって,「魔法使いの約束」をはじめたのが去年(2023年)の3月末。4月1日のエイプリルフールイベントで一気にこの世界に魅了された。みんな嘘が上手ではない。上手い人でも,逡巡していたり,不器用だったり。そこがよかった。第1部,第1.5部,第2部とストーリーを読み進めていくうちに,苦しい状況で生きてきた魔法使いの様子が浮かびあがる。
そして,「魔法使いと心を繋ぐ育成ゲーム」とゲーム紹介に書いてあるとおり,本作では細やかな心のやりとりが描かれている。どの登場人物も,自分について思い悩んでいたり,他者と葛藤していたりする。それでも,魔法舎(賢者とその魔法使いのための施設)で一緒に暮らしたり,任務に行ったりするうちに,相手について知っていく。その繰り返しのなかで,他者を思うとはどういうことなのか,私は教えてもらっている気がする。
魔法使いは長命である。例えば2000年にも及ぶ歳月を生きてきたスノウやホワイト,フィガロ,オズらがおり,長く生きているがゆえの苦悩,後悔,別れなどを経験している。強大な力を持つがゆえの孤独,秘密,それでも誰かに手をのばしてしまうこと。年長の魔法使いたちが,魔法舎で大切な誰かともう一度出会いなおしたり,それでも変わらない氷のような心の刃を持っていたりする両義性が,私はとても好きだ。「魔法使いの約束」は,わりきれないものをわりきれないまま描く。
中央,北,東,西,南という五つの国があり,気候や風土が異なっているのも魅力的だ。法律や習慣も違うから,そこに住む人びとの生活の仕方も違う。魔法使いたちもやはりそうで,本編メインシナリオを担当している都志見文太さんのインタビュー(注1)などでも,本当に巧みにこの世界がつくられていることがわかる。
※注1:「現実世界を強く生きられるような物語を―『魔法使いの約束』都志見文太の創作論」livedoor News,2020年10月29日,https://news.livedoor.com/article/detail/19137238/,最終アクセス2024年10月10日。
たしかにそこに生きてきて,それぞれの物語を持っている魔法使いたち。私はその魔法使いたちを前にして,一緒に生きる賢者になる。新人賢者として生きてきたこの一年,私は,本当にたくさんのことを教えてもらった。こんなに心のやりとりができるゲームはなかなかない。
私は,子どもたちとどう接し,どう向きあうのかについて,東の魔法使いであるネロ・ターナーと考えが一致することが多い。下に引用したのは,2023年の七夕イベントでネロが口にしたセリフだ。ネロが子どもたちと接するときの言葉に,私は涙がとまらない。
「願い事か……。お子ちゃまたちが怪我したり、辛い目に遭わないように、かな。おいおい、何頷いてるんだ。あんたもその中に入ってるんだぜ」
ネロは600歳。東の国で料理屋をしていたが,賢者の魔法使いに選ばれて,魔法舎へやってきた。北の国の魔法使いで盗賊団のボスでもあったブラッドリーと昔から縁がある。気がきいて,優しく,全体も見渡せる。魔法舎の食事をつくり,その料理が魔法使いたちの心をときほぐしたり,掴んだりもするが,本人は一歩引いたようなところがあって,自分のことを全面的に好きではいられない。その屈曲がすごくいい。
そのネロが,南の国の魔法使いのミチルや,中央の魔法使いのリケら年少の魔法使いと一緒にいる場面が描かれる。ミチルとリケはそれぞれ15歳と16歳だ。同じ東の魔法使いとして行動を共にすることの多いシノ,ヒースクリフも10代だ。これから長く生きることになるかれらを見ながら,ネロは何を思うのだろう。素直で友だち思いのかれらではあるが,それぞれが自分の人生を生きてきて,苦しい思いもしてきた。その物語も明らかになってゆく。
リケはある教団で神の使徒として育てられた。第1部第10章の第3話「あたたかいご飯」で,「僕は聖なる豆と,聖なるミルクと,聖なる卵と果物しか食べれないんです。」というリケの言葉に,ネロは驚く。「あたたかい料理なんて,食べたことないです……。」とリケが話すと,料理が好きなネロは,「ふうん。大事な人に冷たいご飯なんて,俺なら出さないけどね。」と返す。美味しいものを食べることが堕落だと思っているリケ。リケにはリケの育った環境があり,信念がある。ネロにもネロの考えがある。ネロは,そこで,リケのこれまでの生き方を否定するのかというと,そうはしないのだ。
ネロは,第1部の第10章第4話「言葉の魔法」で,リケにただ,「……わかった。遠慮なく食べたらいいよ。おかわりもあるからさ。」という。この言葉はリケがこれまで生きてきた16年の歳月を否定しない。一度,リケを全肯定する「……わかった」という言葉の重み。そしてリケにさりげなく,あたたかいご飯をほかならぬあんたのために用意しているのだと伝える。
自分の正しさ,自分の価値観で,誰かを裁きたくなることがある。けれども,誰かと接するとき,最初に必要なのは,苦々しくある場合であってすら,「肯定」なのではないか。違う経験をしてきた誰かを肯定し,そこから,一緒に生きる。他者の声を聴くために,急かさない,そばにいるということが描かれているように思った。
イラストエッセイストの犬山紙子さんは,作家の山崎ナオコーラさんとの対談で,「『まほやく』の最大の魅力は「価値観の相違」を描いているところ」(※注2)と話している。本当にそのとおりだ。「価値観の相違」を魔法使いたちは話しあうこともあるが,わかりあえることばかりではなく、決裂することもあるし,軋みもする。
※注2:「犬山紙子さん×山崎ナオコーラさん対談! “価値観の相違”を描く『魔法使いの約束』の魅力とは?」「ダ・ヴィンチWeb」2022年2月4日,https://ddnavi.com/interview/925516/a/ ,最終アクセス2024年10月15日。
そして別の世界からやってきた賢者は,やはり21人の魔法使いとは違う価値観を持っている。それでも,一緒にいて,生きてゆくにはどうすればいいのだろう。そういう問いが,「魔法使いの約束」には横たわる。
しかし,季節が変わり,日々が過ぎてゆく。〈厄災〉は,まためぐりきて,魔法使いたちの命を奪うかもしれない。不穏なこともたくさん起きる。魔法使いたち自身も,必ずしも穏やかなままではいられない。気まぐれで,思いもよらないことばかりの日々。けれども,一年間,賢者として,魔法使いたちと暮らしてみて,今年(2024年)のリケの誕生日である10月2日,リケがこう言った。
「今日の始まりを告げる鳥の鳴き声も,たくさんもらったお祝いの言葉や品々も……全部ぎゅっと抱きしめたくなるような一日でした。宝箱にしまって,どんな場所にも持っていけたらいいのにな。何度だってその箱を開けて,思い出せるように」
私はリケに,どこまでも持って行ける「宝箱」を,これからもみんなでつくろうねと声をかける。私はそんな「宝箱」を,子どもたちがいつまでも持っていられる世界があるようにと願う。何度でも何度でも,その生が祝われ,来年も再来年も,その生が生きられる世界になるようにと祈る。
戦争や紛争,虐殺がやまない世界で,宝物は粉々に壊される。だから,私はリケにまた答えたい。「宝箱」をつくろう。どんな場所に行って,どんなふうにあなたが生きても壊れない思い出を。それを持っていることで背中を支えてくれるものを。そして,大人である私は,戦争や虐殺をとめて,生きうる世界を必ずつくるからと誓う。子どもたちの誰もが現在や未来を信じられるようにするからと,約束する。
すると,ネロがこう言う。
「リケに誕生日プレゼントを渡したんだ。そしたら,『ネロが僕にくれる食べ物や贈り物はいつも新しい世界を教えてくれるからとても嬉しい』って言われてさ……。なんか俺の方が胸がいっぱいになっちまったよ」
リケとネロの言葉を聴いていると,賢者である私も胸がいっぱいになる。どんな生き方をしても,どんなあなたでも素晴らしいと伝え続けること。「価値観の相違」は,断絶の理由ではなく,もっとたがいを知るための,険しいが確かに開いた通路なのだ。だから,もっと新しい何かを,私たちはたがいに知っていける。
「魔法使いの約束」は,賢者が魔法使いたちと対等な立場でいられる物語でもある。もちろん,魔法の力は強大だ。けれども,「力」や「利害」ではなく,ぎりぎりのところであげられている声を聴きつづけること,普段なら曖昧にして誤魔化しそうな声を聴きつづけることが,この物語では描かれる。魔法使いたちの「傷」や「痛み」に踏み込むのでもなく、ないものにするのでもなくて,しっかりと見つめる。聴く。
トラウマ的な記憶と向きあうにはこの慎重さと思慮深さが必要だし, 傍らでただ黙って声があげられるまでを待つことの大事さも「魔法使いの約束」は教えてくれる。そして,賢者は伝えることをあきらめない人でもある。おたがいを大切にすることが,このゲームには描かれていて,私はたがいを知る勇気を「魔法使いの約束」からたくさん受けとっているように思う。
メインストーリー第1部,第1.5部,第2部,Anniversaryイベント,エチュードシリーズ,極光祈る犬使いのバラッド,パラドックス・ロイド,青春と花嵐のノスタルジー,カウリスなどなど,語りたいストーリーはあふれている。何よりも,ひとりひとりの魔法使いたちについてもっと話したい。こうして物語について誰かと話したくなることも, ゲームをすることの醍醐味なのだろう。
さまざまな人生を送っている人びとが,あるゲームの世界を体験し,物語に胸を震わせる。そうして胸が震えたこと,感じたことを誰かと話したくなる。ゲームをプレイすることは,別の世界で過ごす体験である。同時にゲームは,自分が生きている現実とはどういうことかを知り,自分でも気がつかなかった自分に気がつく瞬間をたくさんくれる。そして,物語の世界を生きて,誰かとその世界について話す時間ができるのも,とても大切なことだと思う。
「魔法使いの約束」について話す。その時間を共有することそのものが宝物になる。それはあなたの背中を支えてくれる「宝箱」をつくることだ。傷ついた日, 苦しくて仕方がない日, 「魔法使いの約束」がある。魔法使いたちとのやりとりで生き延びる。私はそんなふうにして,ゲームは誰かが生き延びるためにもあると思っている。あなたが「魔法使いの約束」をプレイしてどんなふうに思ったか,もしどこからで話せたら,ぜひ教えてほしい。夜じゅう続く友だちとのおしゃべり,昼休みの会話,何気ないLINEでのやりとり。それらはきっとあなたの傷を庇うのだから。
「魔法使いの約束」公式サイト
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(C)coly
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