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[CEDEC 2021]「Ghost of Tsushima」のローカライズで得た6つの教訓を紹介。え,政子殿が怒りまくっているのは日本版だけ?
このセッションではソニー・インタラクティブエンタテインメント PlayStation Studios International Production & Localizationのローカライズスペシャリスト 坂井大剛氏と,ローカライズプロデューサー 関根麗子氏が,「Ghost of Tsushima」(PS5 / PS4)の日本語化を通じて得られた,ほかのプロジェクトにも応用可能と思われる知見を披露した。
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SIEのローカライズプロセス
セッションの冒頭では,SIEのローカライズプロセスが紹介された。それによると,まずデベロッパから届いた台本や音声ファイル,カットシーン用の動画などの素材を管理しつつ,台本を翻訳して音声ファイルの尺合わせをし,日本語のセリフを作っていくとのこと。尺合わせとは,原音の尺に合わせて日本語を調節することを指している。
この尺合わせと翻訳を繰り返して,ある程度セリフができあがったら,収録用の台本を作成し,音声収録に入る。台本はゲーム内の時系列順に届くわけではないので,主人公の仁がこの時点でどれくらい侍寄りなのか冥人寄りなのか,ということを音響監督や役者と確認しながら収録を進めていったという。
音声収録が一段落したら,キャラクター名や技名,フレーバーテキストなどゲーム内のテキストを翻訳する。さらに収録した音声と翻訳したテキストを実装したビルドをチェックし,修正や再収録をして完成となる。
ローカライズの期間はタイトルの規模によって異なり,数か月から1年前後と幅がある。「Ghost of Tsushima」の場合は開発の遅延やコロナ禍の影響により,1年近くかかったそうだ。その長い期間,SIEのローカライズチームのスタッフ達は,チームの目標である「ユーザーに感動を届けること」を念頭に作業を進めていたという。
教訓其の一:開発側とローカライズ側とで共通のゴールを持つこと
「Ghost of Tsushima」のローカライズは,一筋縄ではいかなかったという。そもそも舞台となる鎌倉時代でどんな日本人がどんな話し方をしていたのか分からないし,またスタッフはあまり時代劇にも詳しくなかったとのことだ。
本作のローカライズにおいて何よりも重視したのは,デベロッパであるサッカーパンチプロダクションズが何をやりたいかを知ることだったという。サッカーパンチが掲げていた目標は,「異国の文化を扱う以上,敬意を払って描写すること」「世界中のプレイヤーが楽しみ,共感できる作品にすること」の2つ。
それは言い換えると,「日本人が違和感を覚える,トンデモジャパンにしないこと」「時代考証や正確性を優先した歴史レッスンではなく,エンタテインメントであること」「ハリウッド的ではない時代劇のエンタメを作ること」という意味だ。
何を伝え,何を成し遂げたいのか,デベロッパの目標を理解し,デベロッパとローカライズチームが共通のゴールを持つことが教訓の其の一として挙げられていた。
教訓其の二:“ユーザーに理解してもらうこと”を達成できなければ,それ以上のことは伝わらない
「トンデモジャパンにしない」という目標は,かなりの覚悟がないと立てられないという。と言うのも,これまで日本を舞台にしたコンテンツのうち,海外で作られたものの大半は,日本人が違和感を抱くようなものだからだ。
サッカーパンチは早い段階からSIEの日本チームに相談し,デザインやサウンド面,対馬などの取材に関する協力要請を行っていたという。具体的には日本ならではの環境音の収録や,アイコンのデザインなどは日本チームが手がけているとのことだ。
また,サッカーパンチからの依頼の中には,ローカライズチームが引き受けたものもあり,NPCが妻に宛てて書いた手紙など文字が書かれているアイテムや,ミッション開始時に表示されるスタンプなどの翻訳がそうだ。
それらの翻訳をするときに常に念頭に置いていたのが,サッカーパンチが掲げた目標の「歴史レッスンではなく,エンタテインメントであること」と,ローカライズチームの目標である「ユーザーに感動を届けること」だったという。
例えば上記のNPCの手紙は,この時代の庶民にしてはきちんと書かれているし,漢字も多い。これは時代考証的にはあり得ないのだが,そこをしっかりやってしまうと現代人には読みづらいものになってしまう。そこでサッカーパンチの目標を指針に,多くの人にとって分かりやすくなるほうを選んだとのことだ。
教訓其の三:開発側の目標を達成するために,“ローカライズ側ではどうやってそれを達成するのか”を決めれば,作品に統一性が生まれる
サッカーパンチの目標を達成するべく,ローカライズチームが打ち立てた方針は,「感情ファースト」と「感性と分析の両立」の2つだ。
前者は端的に言うと「エモいかどうか」が判断基準となるのだが,その理由としては「Ghost of Tsushima」が感情メインの物語だったためだ。物語のなかで仁はずっと葛藤しているし,政子は常に怒っている。理知的な主要人物は,敵の大将であるコトゥン・ハーンくらいだ。また,そもそも時代劇自体が侍の矜持や江戸時代の人情話を描くエモいジャンルだったことも理由の1つに挙げられた。
感性については,まず時代劇を知ることから始めたようだ。時代劇を知るということは,それらの知識を蓄えることであり,例えば時代劇らしい言葉や言い回しを自身の中に根付かせれば,すばやくアウトプットできるようになる。
そのため坂井氏は,最初に「子連れ狼」の原作者・小池一夫氏のワークショップに参加し,時代劇作りのヒントを学んだそうだ。そのなかでももっとも響いたのは,「昔のことなんて誰も知らないから正解はない。面白いことが大事だ」という旨の言葉だったという。もちろんその言葉には,「正解がないからといって何をやってもいいわけではない。自分の中にブレない軸を持て」という意味も込められている。その言葉を聞いて坂井氏は,「何かの真似ではなく,自分の時代劇を作ればいい」と気づかされたそうだ。
続いて坂井氏はサッカーパンチが参照した黒澤 明監督の映画や大河ドラマなどの時代劇などに触れ,時代劇らしい言葉や芝居にアタリを付けていったという。そうやって時代劇に対する感性のベースを作りつつ,同時に時代劇を知らない人も理解できるよう客観的な視点を心がけていたそうだ。
そして分析は,事実を把握することだが,これはひたすら本を読んで学んでいったとのこと。そうやって当時の風習や社会の仕組みなどを知ることで,ローカライズの実務に応用できる枠組みを作っていったという。
例えば鎌倉時代の武士と庶民はそれぞれどんな生活を送っていたのか,どんな性格だったのかを知ると,ゲーム内の武士と庶民を同じカテゴリーとしてキャラクター付けするべきではないことが分かったという。こうした分析は,感性の肉付けに役立つそうだ。
以上をまとめて,感性と分析については「例え事実と違っていっても,大多数の人にとって感情移入を妨げるほどの違和感がなく,さらにエモさが伝わればいい」という説明がなされた。
それをさらに深掘りすると,より多くのユーザーの心に響かせるためには,時代劇に馴染みのない人にもしっかり言葉を届ける必要が生ずる。そう考えると,感性を養うためにアタリを付けた時代劇らしい言葉や芝居がかなり絞り込まれてくるという。
すなわち本作で目指すべきローカライズとは,「マニアを唸らせるような時代劇」ではなく,「大多数の人が何となく感じる“時代劇っぽさ”」と「エンタメとして多くの人が分かる楽しさ」の最適なバランスを探すということになる。そしてこれは,サッカーパンチの目標とも一致するというわけだ。
そうしたローカライズの好例が,上記で少し触れたミッション開始時に表示される「仁之道」や「浮世草」といったスタンプだ。英語だとそれぞれ「Jin's Journey」「Tales of Tsushima」で,直訳すると「仁の旅」「対馬の物語」となるのだが,それを表示してもあまりエモくはない。そこで仁が自身の道を進むことや儚い浮世ををイメージさせる言葉に置き換えたという。
また物語全体は大きく3つに分かれており,英語ではAct 1〜3となっているが,これも修業における段階を示す「守破離」に置き換えた。すなわち「守の段」は仁が師である志村の教えを守ろうとする話であり,「破の段」は師の教えをベースに冥人として成長していく話,そして「離の段」は師の教えから離れ,独自の新しいものを生み出す話という意味になり,本作の物語の流れとも一致するというわけだ。ちなみに守破離という言葉は鎌倉時代よりもあとに生まれている。
一方,サッカーパンチが決めた設定でも,明らかに時代考証的におかしいケースは了承を得て,変更していたとのこと。例えば仁の乳母は英語ではYurikoというのだが,当時の常識では一介の乳母に“子”という名前を付けることはない。そのため日本語化に当たっては百合に直している。
教訓其の四:なんでもOKではなく,ユーザーの共感を重視してルールを設ける
方針が決まっても,実際にローカライズをするにあたって,「言葉をどうするか」「芝居をどうするか」「テキストをどうするか」といった内容は未解決のままだ。
まず言葉については,そもそも時代劇に寄せすぎた語り口はオープンワールドと相性が悪いという。なぜならユーザーは,アクションをしながら会話を聞くことになるからで,会話の内容に付いていけないようでは本末転倒というわけだ。
それでも時代劇ではあるので,「語り口は現代的。ただし鎌倉らしい時代劇の言葉を使う」というルールが設定された。
さらに細かくは「中世(平安末期・鎌倉・室町)の言葉を中心に」「中古(平安)以前の言葉でも現代で通じるものは採用」「江戸生まれの言葉を排除(江戸時代はメジャーすぎる)」「明治以降の言葉もできるかぎり排除(ただし理解を優先)」と定めたという。
その一方では,「下文」や「契状」といった古い言葉も採用している。いずれも正しく意味を理解している人は少ないと思われたが,時代劇っぽさがあること,文脈と絵面から何となく理解できるだろうということで使うことにしたそうだ。
しかし,すべての登場人物のセリフにこのルールが適用されたかというと,そうではなかったとのこと。登場人物は武士チームと庶民チームに分けられ,前者にはルールを比較的厳格に適用したが,後者にはある程度現代っぽい言い回しを容認したという。
その理由は,武士と庶民の立ち位置の違いを表現するためである。すなわち武士は面目や名誉へのこだわりが強く,現代人が見ると異質に映るため,現代口語とは異なる言葉を使わせることで違和感を表現したそうだ。
一方,庶民はメンタリティが現代よりなので,ユーザーが共感できるよう現代的な話し方や近代の言葉をチョイスした。例えば,ゆなの使う「○○さ」という語尾は現代的な言い回しだし,“楽”という言葉も“容易い”という意味で使われるようになったのは1700年代頃だという。
ゲーム中に登場する「和歌」と「伝承の語り」のローカライズについても説明がなされた。この2つは,敢えてユーザーの理解を無視して古語をふんだんに取り入れたとのこと。その理由として,「ユーザーを時代劇のなかに入った気分にさせたい」とサッカーパンチが希望したこと,そして和歌も伝承も「Ghost of Tsushima」の時代以前から存在するものだったこと,そして古語や古文を交えたほうが中世の感じが伝わりやすいことが挙げられた。
その一方で仁の和歌に使う言葉は,“平安時代のいかにも”というものではない。これは武士が貴族のようにエモーショナルに和歌を詠むのはイメージが合わないこと,そして仁が作中で「和歌は得意ではない」と言うことが理由である。
また伝承の語りは,もともと表示される絵を追っていれば流れが分かるので,最悪BGMとして聴いてもらえればいいとし,古文が使われている。さらに,英語にはなかった七五調のリズムを入れたり,江戸期の要素を入れたりと,アクセントを加えているそうだ。
教訓其の五:開発側の目標を達成できるなら,大胆なプラン変更はあり
「Ghost of Tsushima」のローカライズで一番頭を抱えたのは,芝居をどうするかということだったという。これについては役者のオーディションや音声収録を通じて,少しずつ方向性を決めていったそうだ。大筋が決まったのは,オーディションでゆな役の水野ゆふさんと竜三役の多田野曜平さんが,泥水を啜ってギリギリで生きているような演技を見せてくれたときだったとのこと。また,その演技が本作のテーマである「泥・血・鋼」とも一致したので,王道ではなく「泥臭さ」をその後の役者選出の基準にしたそうだ。
それでは役者にどんな芝居をしてもらうか。英語ではかなり感情を抑えた演技になっているが,それでは日本人が持つ時代劇のイメージと合わないし,エンタメ性も失われてしまう。そこで,ローカライズ方針である感情ファーストの芝居を選択したそうだ。このときから,「Ghost of Tsushima」の日本語版を作るのではなく,日本版「Ghost of Tsushima」を作ることを意識し始めたという。
音声収録の前には,冒頭に記したとおり,登場人物がどういった心境でこれから何をしようとしているのかなどを,役者や音響監督と入念にすり合わせたとのこと。その過程で役者が持つ登場人物のイメージを知り,共有することは,ローカライズのクオリティ向上に貢献したという。
教訓其の六:“神は細部に宿る”を忘れない
最後に語られたのはテキストのローカライズについて。ここは感性と分析を生かした部分で,「ゲーム全体の雰囲気を損ねない」「フレーバーテキストは書き手を考慮する」「ミッション名,技名,アイテム名の世界観」に注意を払ったそうだ。
例えば,下のスライド左側のテキストを書いたのは農民なので,漢字が少なく片言になっている。それに対して右側のテキストは僧侶が書いているので,漢字を多用した自然な文章になっている。そしていずれのテキストも時代考証的にはおかしいところがあるのだが,そこは分かりやすさを優先したそうだ。
最後に改めて6つの教訓が示されるとともに,坂井氏が「これから未知のローカライズにチャレンジする皆さんの参考になれば幸いです」と述べ,セッションをまとめた。
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