レビュー
[レビュー]単なるノスタルジーではない,あらゆる創作者に向けた愛あるメタフィクション。絵本風ADV「The Plucky Squire」を語りたい
「The Plucky Squire」(PC / PS5 / Xbox Series X|S / Nintendo Switch)は,そんな子供の頃の,小さいながらも温かな興奮を,しっかりと思い出させてくれるゲームです。2024年10月現在,Steamレビューでは「非常に好評」を獲得しており,SNSでも話題を呼んでいました。
舞台は小さな子供部屋の机。その真ん中に置かれている絵本から始まります。題名は,「The Plucky Squire 〜ジョットと不思議なカラクリ絵本〜」。
絵本を介したメタフィクション
絵本の主人公は,見習い騎士であるジョットです。「モージョー」という,創造力が豊かな世界に住んでいます。非道な魔法使いであるハムグランプから世界を守るため,彼は日々戦っています。
ジョットは物書きでもあり,彼の冒険を本にして書き残していました(だから剣がペン先なんですね)。彼の書く物語はモージョーの世界では大人気で,世界中の人が夢中で読んでいました。
ジョットの活躍はこれまで通り,平和に続くはずでした。しかし,ハムグランプが魔法で絵本を書き換えてしまいます。世界は混乱に陥り,ついには主人公であるジョットも,絵本の外へ追い出されてしまいました……。
しかし彼は並の英雄ではありません。絵本の中と外の世界を行き来しながら,ハムグランプに立ち向かっていくのです!
「The Plucky Squire」は,2次元世界と3次元世界を行き来しながら進んでいく,メタ的な要素が濃いゲームです。でもそれは,例えば「The Stanley Parable」のような,「現実とは一体何なのか」を疑う世界観ではありません。どの世界も確かな現実であり,どの世界にいる登場人物も確かに生きている,という世界観から構築されています。そのため,2次元世界と3次元世界を行き来するジョットは,どちらの世界においても確かに生きた存在なのです。
本作のシステムは(2Dであれ3Dであれ),基本的には「ゼルダの伝説」の2Dシリーズを彷彿とさせるような,見下ろし型のパズルアクションです。プレイヤーはジョットを操作し,敵を倒しながら,ステージごとに用意されたパズルを解いていきます。
アクションの難度はそれなりに歯ごたえがありますが,敵を一発で倒せる「ストーリーモード」も存在しているため,「アクションは苦手だけどストーリーを楽しみたい!」という人は,そちらを選ぶのもアリでしょう。
またプレイ時間はコンパクトで,筆者は10時間程度でクリアできました。しかし後述するコレクトアイテムや,思いもよらないことで開放される実績などもあるため,やりこみ要素も含めると非常に充実したプレイ体験ができる作品です。
そして,ゲームの肝はパズル要素にあります。このパズルがメタ要素をふんだんに活用しており,遊びごたえのあるものになっています。いくつかを紹介してみましょう。
本作では,舞台が絵本であることを常に強調します。
演出の一つとして,本作では絵本世界のステージ上に地の文が現れていきます。なかには地の文が虫食いになっているところがあり,物語そのものがパズルとして登場するのです。
プレイヤーは絵本の中を探索して,虫食いのピースを探していきます。そしてそれは,必ずしも予定調和的なものではありません。思いもよらない言葉が状況を好転させることもあります。プレイヤーは言葉の力を使って,物語を動かしていくのです。
また,ジョットは絵本のページをめくる能力も手に入れます。
これを使って,別のページにあるものを持ってきたり,別の道を探したり,といったアクションができるのです。絵本は絵を楽しむものでもあります。絵を見るためだけにペラペラとページをめくったり,物語の進行を問わずにページを戻して読み返すのも,ゲームの楽しみ方の一つだと言えるでしょう。
さらには,絵本自体を傾ける能力もあります。「そんなことして何になるの?」と思うかも知れませんが,このアクションが役立つ場面は大いにあるので,実際にプレイして確かめてみてください。
このように,本作では絵本という舞台を生かしたさまざまなギミックや能力が存在しています。このシステムは,絵本の外に存在する世界を意識したメタ的なゲームデザインであるだけではありません。絵本の中と外は別個の現実でありながらも,互いに影響を及ぼし合える,ということを示唆してくれる夢のあるファンタジーなのです。
多彩なレファレンス元
「The Plucky Squire」はこのようなメタフィクションにおける可能性を示してくれるゲームですが,決してそれだけでは終わりません。このゲームの特色はまだあります。それは「多ジャンルとの混合」です。
本作は見下ろし型のパズルアクション以外にも,さまざまなジャンルのミニゲームが存在しています。
まずはこのようなボクシングゲーム。ファミコンの「パンチアウト!」を彷彿とさせます。相手のパンチを避けながら,ジャブやフックを打ってカウンターを狙うのがコツです。
プレイヤーが固定されたシューティングゲームもあります。たくさんの虫がジョットめがけて飛んでくるので,ボタン長押しで弓を引き絞り,チャージショットで一撃必殺を狙いましょう。
「リズム天国」シリーズのカラテ家ライクなリズムアクションも搭載しています。ここではジョットの仲間であるスラッシュがプレイヤーキャラになります。敵の攻撃からリズムよく身を守りながら,硬い壺を叩き返してダメージを与えていきます。
他にも横スクロールシューティングなどなど,豊富なジャンルのミニゲームがたくさん含まれています。ゲームによってジョットたちの姿が変化するのも面白いポイントです(ジョットが必ずムキムキになるのは茶目っ気なのでしょうか……?)。
筆者の目から見たこれらの表現は,2Dゲームという大きなジャンルに対する,愛あるオマージュに映りました。「私たちはこのゲーム(たち)で育ってきたんだ!」というスタッフの熱意がありありと感じられます。
リファレンス元をプレイしたことのある人はそれらを思い出してニヤニヤしてしまうでしょうし,プレイしたことのない人たちにとっては,本作が元ネタへの入口となってくれるでしょう。
また,それが世代的な経験をあえて強調するようなドット絵やチップチューンでの再現ではなく,「The Plucky Squire」らしい,かわいらしい独自のアートスタイルと音楽で再解釈されているのも,面白いポイントです。単なるノスタルジーからくる表現ではなく,本作が「はじめてのビデオゲーム」となる子どもたちに向けた,ぴったりの表現なのではないでしょうか。
そしてこれだけ凝ったミニゲーム部分も,ゲームが苦手な人はスキップできる思い切った仕様が実装されています。本作においてミニゲームはあくまで枝葉であり,本筋は物語やパズルにある,という考えがあるようです。
ただそれらのミニゲームの存在は,メタ要素の多いストーリーに対する一種の清涼剤として作用しており,ゲームプレイに豊かな彩りを添えています。
ステージごとに隠されているコレクトアイテムも興味深い存在といえるでしょう。ステージを隅々まで探し回ると,「芸術の巻物」と呼ばれるアイテムを見つけられます。それを集めると,本作の初期のコンセプトデザインなどが描かれた開発資料を閲覧できるようになるのです。
ここまではほかのゲームでもよくみられますが,「The Plucky Squire」ではそれをただの裏話として読ませない作用が働いています。そこで重要になるのが,開発資料に寄せられたコメンタリーです。このコメンタリーが,ゲームの外側の哲学を作品内部に映し出しているのです。
ここでは,「この設定は最初からあったものか?」「完成品とどのような違いがあるか?」などの開発の裏話が語られています。これが「すでに完成したゲーム内」にアイテムとして置かれていることが重要です。
本作は物語の中と外を縦横無尽に駆け回り,物語を変えていく夢のあるメタフィクションです。そうした作品の外側にあるはずの制作過程が,ゲームの中に置かれている。それによって,このゲームの持つメタ的視点が,プレイヤーや制作者の次元にまで手を伸ばしてくるのです。
メタ表現の接近は,足元が脅かされるような恐怖ではなく,「現実はフィクションによって改変可能だ」と思わせてくれるようなワクワクとした浮遊感をプレイヤーに与えます。この感覚は「The Plucky Squire」特有のものでしょう。
こうした本来ゲームにおいて「クリア後のお楽しみ」に過ぎないはずのコレクト要素に関しても,ゲームのもつ哲学が垣間見えるのです。
創作者へのエンパワーメント
本作のストーリーは,創作と人との関係性に対する深い愛情を示しているように思えます。本稿ではネタバレを控え,物語のキーとなる要素だけ紹介することにします。
本作の舞台は子供部屋の机。そして絵本や部屋のものには,すべて持ち主がいます。本作でキーパーソンとなってくるのが,子供部屋の持ち主であるサムです。サムがこの絵本をどのように愛しているのか,そしてその物語がまるっきり変わってしまったとき,どんな未来が待っているのか? 本稿では多くを語れませんが,ぜひ注目してプレイしてほしいポイントです。
筆者の所感では,本作の持つ哲学は「何かを創作している人」に対するエンパワーメントになるのではないか,と感じました。それはプロやアマチュアを問わず,どんな人にもあてはまるはずです。
自分が好きだった物語に,自分とは違う形ではあれど,しっかりと「命」が宿っている。そういった一種の祈りのようなものが,ゲーム全体を駆動させるエネルギーになっています。何かを書き連ね,あるいは何かを思い描く人にとって,この表現は確かな創作へのエネルギーになるはずです。
ちなみに筆者が一番好きなキャラクターは,悪の魔法使いであるハムグランプです。彼の引き起こした行動こそが,プレイヤーが本作のメタ性を顧みるきっかけになります。彼は絵本の中では決まって悪役で,ジョットの引き立て役である自分の役割や物語を憂い,絵本を自分のためだけのものに作り変えようとします。もちろんそれはほかの登場人物にとっては悪いことですが,その力強さや狡猾さには,魅力的に映る部分がありました。
ノスタルジーではなく,今を生きるあらゆる創作者たちへ
総評として,「The Plucky Squire」はただ子供時代を懐かしむためのものではなく,このゲームをプレイする創作者たちの未来に向けたゲームなのではないかと感じました。
本作を貫くメタ的な表現は「物語のキャラが実は生きているかもしれない」という想像に,ミニゲームを通じた多ジャンルの横断はそれぞれの元ネタへの入口として,また開発資料は創作に対する制作側のアティチュードを見せる手がかりとして,それぞれ強く作用しています。
どの作用も創作において必ずなくてはならない,というものではありませんが,物語やキャラクターに確かな「息吹」を吹き込むものです。その「息吹」は,プレイヤーにフィクションの力を一瞬でも信じさせる手がかりとなります。
そしてそれは,このゲームを通じて未来の創作者たちへと届き,形を変えて彼らの創作にも入り込むでしょう。これは新しくものづくりをする人々の原動力として受け継がれていく,一種のミームなのです。
本作はそのゲームシステムから,発売当初からXなどで話題を集めましたが,決して瞬間的なバズのみに左右される作品ではないと感じました。開発スタジオである「All Possible Future」の名前の通り,プレイした創作者たちの未来への指標や,思い悩んだ時に振り返る指針として,長く輝いていく作品になるのではないでしょうか。
「The Plucky Squire」公式サイト
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