2026年7月3日,京都で開催された「IVS 2026 KYOTO」のセッション「Where Finnish and Japanese Innovation Meet」では,量子コンピュータや衛星といった最先端領域で存在感を放つフィンランドと,日本がどう組めるのかが,現場を知る3人によって語られた。
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モデレーターを務めたのは,Digital GarageのPrincipalであるニクラス・タワスト(Niklas Tawast)氏。フィンランドと日本の双方に通じる立場から,投資家としての視点も交えつつ議論を導いた。
登壇したのは,FIN-JPN TWISTでエグゼクティブアドバイザーを務める志垣 圭氏と,フィンランドの上席商務官兼戦略アドバイザーである中島 健介氏。ともにフィンランドと日本の橋渡しを長く手がけてきた実務家だ。
日本が知らない,フィンランドの「本当の顔」
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「多くの日本のビジネスパーソンは,フィンランドというとムーミン,サウナ,幸福度,マリメックあたりで止まっている。とくに大手企業の役員クラスは,ほとんど分かっていない」
むしろ内閣府や経済産業省など,政府のほうがフィンランドの価値を深く理解しているという。
うまく付き合っている日本企業もあるにはいる。だが,そうした企業ほど成功事例を表に出したがらないと中島氏は言う。
「“日本の底上げのために一緒に話しましょう”と誘っても,一か月経つと,法務部と広報部に止められたと断られる。せっかくの知見が共有されない」
一方でフィンランド側にも課題がある。
「日本と似ている(真面目で,サウナや温泉があり,互いに控えめ)と感じているがゆえに,良い技術なら黙っていても伝わるだろうと油断してしまう」
実際,革新的なスタートアップを日本の大手のR&Dに引き合わせても,最初は技術の勘所(USP)が伝わらず,中島氏が終盤に「この技術の強みはここだ」と引き取って,ようやく議論が盛り上がる,ということが多いのだという。
「恐ろしく正直」な国民性と,協力に必要な“設計”
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「ある国では,皆が自分を250%に盛って見せるので,普通にやっていると割り引かれてしまう。フィンランド人にはそれがなく,一度言ったことはきちんと守る。日本のビジネスパーソンには,非常にやりやすい相手です」
ただし,似ているから自然に協力できる,というのは半分本当で半分うそ。コミュニケーションは取りやすいが,協力や提携が自然に生まれるわけではない,とも氏の見解だ。良い関係を続けるには,ステークホルダー同士のエンゲージメントや共通のインセンティブ,長期的なコミットメントを誰が担うのかまで,きちんと“設計”する必要がある。
「なんとなくの親和性だけでは,どこかで空中分解してしまいます」
フィンランドの強み6つと,「失敗を祝う日」
では,フィンランドのイノベーションを支える要素とは何か。志垣氏は,来場までの電車で考えたという6つを挙げた。
すなわち,強いスタートアップのマインドセット,スピード感,実証実験の文化,フラットな組織,産官学連携のエコシステム,そして失敗を恐れない姿勢だ。
なかでも実証実験の文化について,志垣氏は「とりあえずやってみる,が骨身に染みている」と語る。
「80%が賛成ならまず動く。ただし,反対した残り20%の話も後からきちんと聞くので,実装まで持っていける」
失敗への態度も独特で,国立の技術研究所には“失敗を祝う日”まであるという。減点を恐れて動けなくなる組織とは,対照的な発想である。
「トリプルヘリックス」は日本の産官学と似て非なるもの
5つ目に挙がった産官学連携について,中島氏が補足を重ねた。フィンランドをはじめ北欧では,これを「トリプルヘリックス」と呼ぶ。
「日本にも産官学連携はあると言われるが,実は似て非なるもの。日本のそれは,政府が大学に資金を出す,企業が研究室に出資する,といった“1対1”の関係にとどまりがちです」
本来のトリプルヘリックスは,産業,公共,アカデミアが動的に連携し,中心に重なり合う領域(オーバーラップ)が生まれ,そこからイノベーションが立ち上がるものだと中島氏は説明する。
「フィンランドではスマートシティも宇宙も量子も,10年前は何もなかったところに,これでワールドクラスのエコシステムができている」
中島氏は15年以上前から,このモデルを大阪市や福岡市,東京都などに提案してきたが,なかなか根づかなかったという。
「担当者が変わると続かない。いまは札幌が真剣に取り組もうとしているところです」
韓国,インドネシアやマレーシアも本気で狙っており,「早くマスターしないと抜かれてしまう」と危機感を示した。
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もっとも,日本に強みがないわけではない。中島氏が挙げたのは,大規模インフラを実行できるエンジニアリング力だ。
「フィンランドは自国内のエンジニアはピカイチだが,人口565万人ではアジアに大量の人材を送り込めない。だからフィンランドのイノベーション力と,日本の大規模インフラ実行力を組み合わせれば,10年以内に東南アジアで多くの仕事が取れる。これは断言できます」
連携が“打ち上げ花火”で終わる理由
国と国をまたぐ連携には,独特の落とし穴もある。志垣氏が「失敗例として扱うのは嫌なのだが」と前置きしつつ挙げたのが,MOUの締結と調印式の写真撮影がゴールになってしまうケースだ。
「握手と写真で終わってしまう。イベントには出張費も会場費もつくのに,肝心のフォローアップに予算も人もつかない」
致命的なのは,案件のオーナーが不在になることだという。
「検討する人や,間で動かす人はいても,社内の最終的な意思決定者が不在のまま最初の“打ち上げ花火”を上げてしまう。最初の写真は美しいが,二枚目,三枚目がない」
重要技術と経済安全保障,政府が担う役割
近年,話題の中心にあるクリティカルテックやデュアルユース領域では,政府の役割が決定的に重くなると中島氏は言う。フィンランドでは,貿易振興を担っていた組織(日本のJETROに近い「Business Finland」)が外務省へ編入された。
「防衛テックやサイバーセキュリティ,量子などは,もはや安全保障に直結する。企業同士のマッチングで済む,生易しい話ではありません」
日本へ持ち込む際にも,外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づく審査やセキュリティクリアランス,経済安全保障上のチェックが避けられない。
「日本は米国や英国との連携が前提にあるので,“なぜフィンランドなのか”を合理的に理由づけし,場合によってはロビイングも必要になる。民間の熱意だけでは動きません」
量子技術などでは,省庁や政治家への働きかけで環境を整えてから技術を紹介している,とも明かした。
なぜ北欧マネーは日本のスタートアップに来ないのか
話題は投資に移る。日本から北欧を含む欧州へは資金が流れてきた一方,逆方向,つまり北欧から日本のスタートアップへの資金は,まだ細い。その理由を問われた志垣氏は,言語や制度に加えて「案件のビジビリティの低さ」を挙げた。
「情報が入ってくるチャンネルがない。加えて,Exit(出口)の読みにくさや,案件へのアクセス不足もあります」
中島氏はExit戦略の弱さを深掘りする。
「日本国内だけでなく,海外市場でどう出口を描くか。その明確な戦略とロードマップを持つスタートアップが少ない。北欧は市場が小さいぶん,創業時から世界を見るボーングローバルが当たり前。日本は市場が中途半端に大きいので,どうしても内向きになりがちです」
プレゼンの弱さも,くり返し話題に上った。志垣氏は,欧州最大級のスタートアップイベント「Slush」などに日本の自治体や大学,若者が参加する動きを歓迎しつつ,「ピッチは15秒版,35秒版,70秒版まで用意させるが,Q&Aの訓練まで含め,きちんとプロの手を借りるべき」と指摘した。
モデレーターのタワスト氏も「言語やビジビリティの壁を越えれば,大学発やバイオ,スペーステックなど面白い会社は多い。Day1からグローバルマインドセットを持ち,外へ発信してほしい」と応じ,日本の起業家がフィンランド発のアクセラレータに参加する“逆方向”の動きも増えていると付け加えた。
日本で成功したフィンランド企業の共通項
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日本で成功したフィンランド企業には,共通点があるという。中島氏が挙げたのは「圧倒的な,オンリーワンに近い技術」だ。その代表例が,悪天候でも地表を捉えられる合成開口レーダー(SAR)衛星のICEYEである。「IHIと提携し,日本国内での衛星コンステレーション構築に動いています」と中島氏は語る。
同じ衛星分野では,別の企業としてKUVA Spaceの名も挙がった。こちらは地表をハイパースペクトルで解析し,構造物の材質までモニタリングできる技術で注目されているという。
ヘルスケアやバイオを見てきた志垣氏は,別の角度から補足する。
「フィンランド人は,コロンブスの卵のように見方を変えたものを作るのがうまい」
例に挙げたのは,空気を原料にタンパク質を生み出すSolar Foodsや,国立研究所VTTからスピンオフし,鶏を介さずに卵タンパクをつくる企業など。
「代替タンパクの分野で,発想に加えて,VTTを核にアルト大学やヘルシンキ大学が取り囲むエコシステムの強さがある。日本企業ががっちりアプローチしていて,断っているほど声がかかっていると聞きます」
見逃されている領域:量子とデジタルヘルス
まだ注目されていない有望領域として,中島氏が真っ先に挙げたのが量子技術だ。
2016年設立の量子コンピュータ企業IQMはすでにユニコーンとなり,かつて先行していた米国勢の実績を塗り替えつつあるという。
「ただ量子はまだビット数が少なく,実用まで10年はかかる。いまのトレンドは,量子コンピュータとスーパーコンピュータ,そしてAIを組み合わせたハイブリッドです」
素材開発や自然現象の解析など,スパコンでも膨大な時間がかかる部分にだけ量子を使う,という進め方が主流になりつつあると解説した。
志垣氏が推したのは,デジタルヘルスを含むヘルスケアやウェルビーイングの領域だ。
「連携がうまくいくのは,共通の課題で利害が一致したとき。少子高齢化や人材不足,過疎化は,日本とフィンランドが共有する課題です」フィンランドも人口密度は低く高齢化も進むが,人が人らしく生きるためのウェルビーイングを見据えた技術が強いという。
「日本企業の優れた技術に,フィンランドの発想をひとひねり加えると,ぐっと良くなる。ジントニックにライムを絞るようなものです」
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会場Q&A:CVCと「哲学からはじめる」姿勢
会場からは学生の質問も相次いだ。卒業研究でCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)をテーマにしているという学生は,日本のビジネスセクターはフィンランドのエコシステムへの理解が浅いという話だったが,それはCVC投資という面でも同じように理解が浅く,目が向けられていないのか,と尋ねた。
中島氏は「全般的にそうだ」と認めたうえで,「価値を見出すのは中間管理層や若手だが,最終的に投資を決める上層部が理解できないケースが多い。まず意思決定者の教育が要る」と答える。稟議を何段も重ねる組織ほど動きが遅く,「意思決定の速いオーナー系企業のほうが強い」との見立ても示した。
社会問題に関心があるという別の学生からは,先ほど中島氏が触れた「注目すべきホットトピック」について,ほかにどんな領域があるのかという質問が出た。
中島氏は学生へのメッセージとして,社会課題への向き合い方そのものに話を広げる。「北欧は視座が違う。日本企業の取り組みは,どうしても自社の収益の枠内にとどまりがちだが,北欧は哲学から出発するので,脱炭素にせよ廃棄物の活用にせよブレない。理念を掲げるだけでなく,実行が伴っている」。理念を貫くスタートアップこそ海外VCと組んで伸びる,と学生たちにエールを送った。
小国の知恵「戦略的不可欠性」
最後に,日本人来場者に持ち帰ってほしいメッセージが語られた。志垣氏は「スタートアップの方は,一度フィンランドに行ってみてください」と呼びかける。「サッカーならブラジルやスペイン,野球ならアメリカへ行くように,その場の空気感に触れることには意味があります」
中島氏が挙げたのは,フィンランドの「戦略的不可欠性」という考え方だ。氏の説明によれば,砕氷船の設計の8割,造船の6割をフィンランドが占めるといい,「560万人の小国が,相手の首根っこを押さえて上手にコントロールする。この小国の知恵は,日本政府こそ学ぶべきだ」と述べた。衛星も量子も,その延長線上にあるという見立てである。
通して聞くと,3人がくり返し立ち返ったのは,親和性や熱意だけでは連携は続かない,という一点だった。エグジットの設計,案件のオーナー,そして政府の関与まで含めて,どう“仕組み”を作るかには議論の重心があった。
「ムーミンとサウナ」の向こう側に,具体的な商機と学びが確かにあることは,十分に伝わってくるセッションだった。
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