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[GDC 2019]「Slay the Spire」とユーザーコミュニティの熱い関係。「作ること」をそのまま「売れること」に変える,その秘訣とは
「ローグライクなデッキ構築型1人用デジタルカードゲーム」という大変にユニークなデザインで世界的な人気作となった「Slay the Spire」(以下,StS)だが,本作がヒットするまでの道のりは決して平坦ではなかった。実際にそこでどんな努力が成され,そして何がうまくいき,何がうまくいかなかったのか。デベロッパであるMega Crit Games, LLCのCo-Founder,Casey Yano氏の講演を紹介する。
インディーズゲームの小部屋:Room#568「Slay the Spire」
「インディーズゲームの小部屋」の第568回は,Mega Crit Gamesの「Slay the Spire」を紹介する。本作は,ランダムで生成されるマップをカードバトルで切り抜けていくという,ローグライクなカードゲーム。遊びやすいルールと奥の深さを兼ね備えた,高い中毒性を持った時間泥棒なゲームだ。
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- PC
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「過去30日において4025件のレビューがあり,99%がポジティブ」
大学時代からゲームを制作し,KongregateではFlashゲームのヒット作を生み出したこともあるというYano氏。だが,そんな彼をして「StSはいくつもの『なぜ?』」があるゲームだと語る。
実際,StSは3つの要素が中心に構成されている。
- ローグライク
- デッキ構築型
- 1人用デジタルカードゲーム
これを説明すると,多くの人から「どれか1つの要素が不要なのではないか」「どれか1つの要素を変えたほうがいいのではないか(物語性に富んだシナリオを提供したほうがいいとか,デッキ構築型ゲームはルールや概念が難しいとか,オンライン対戦を実装したいいとか)」という意見が出てくるそうだ。
このように,決して直感的とは言い難い構造を有するStSだが,蓋を開けてみるとSteamにおける全レビュー(約2万件)のほとんどが「面白い」と評価し,直近の4000件はなんと99%が「面白い」と評価するという,常識外れと言うべき高評価を得る作品となった。
とはいえ,StSはリリース直後からこのような高評価が得られるゲームとして完成していたわけではないという。むしろ,アーリーアクセスが始まった直後のStSは評価以前の問題として,ほとんど注目されない作品でしかなかったのだ。
一般論で言えば,「知る人ぞ知るマニアックな良作」で終わる可能性が高かったはずだ。そんなStSがこれだけのプレイヤー層を広げ,そのほとんどから高評価を得るに至った理由とは何だろう?
マーケティングは大事,と言うのは簡単だが
StSの成功。その背景の一つとして,Yano氏はAmazonで働いていた時代に学んだ「顧客との間にフィードバックのループを作ることの大切さ」があると語る。実際,氏の講演は「どのようなフィードバックループを作っていったか」に集約されていると言ってもいいものだった。
だが,まずはそもそも論として,「PCゲームにおいてマーケティングとは何か」という点からYano氏は分析を開始した。
辞書的な意味で言えば,マーケティングには「製品やサービスを人々に宣伝・販売・配送すること」のすべてが含まれる。しかし,Steamでゲームを販売する場合,「販売」と「配送」はSteamが代理で行うので,デベロッパに要求されるのは「宣伝」ということになる。つまり,いかにして自分達のゲームを人々に知ってもらうのかが,大きな論点となってくるというわけだ。
そして従来のマーケティング戦略では,電子メールによる告知,SNSでの広告,看板のような現実世界における広告など,その多くが「写真を見て,こんな商品があると知ってもらう」「欲しいと思ってもらう」手法が主流となっていたとYano氏は語る。
だが,「画像を使って宣伝する」ことだけをどんなに頑張っても,予算に限界があるインディーズゲームはほぼ間違いなく苦戦する。何らかの工夫なしには,「ここにこんな面白いゲームがある」ことを知ってもらえないのだ。
さて,StSは幸いにして,制作過程においてはそこまで劇的なトラブルはなかったという。2017年11月にアーリーアクセスが始まったが,その約2年前から制作が行われており,大量のプロトタイプが作られてはテストされ,「これでいける」と確信してからはビジュアルやサウンドを充実させていき,また声優に音声や効果音(怪物が吠える声など)をアテレコしてもらうなどして,完成度を高めていった。
実際に動くものが完成したのは,アーリーアクセス開始の数か月前。そこからはSNSを用いた宣伝,プレスキットの配布,公式Webページの作成,公式ページで登録可能なメーリングリストの発足,アーリーアクセスの開始に向けたムービーの作成など,一般的な「やるべきこと」はすべてこなした。また,この段階では未来のプレイヤーからの手応えもよく,とくにSNSでの宣伝は高インプレッションを叩き出したという。
とはいえ,現代のSNSにはすばらしいビジュアルを有したゲームが溢れている。あるものは美しく,あるものはインパクトがあり,動画にしてもスクリーンショットにしても印象的な宣伝が,ほぼ常時SNSのどこかに存在すると思って間違いない。
ただ,Yano氏は「我々のゲームはビジュアルで勝負するタイプのものではない」と語る。また,デベロッパとして有名でもないので,「○○を作ったあのスタジオの第2作」といった宣伝もできない。一方でUnityのような高機能のゲームエンジンが無料化されてから,インディーズゲームの世界に挑戦するチャレンジャーの数は増え続けている。まさに「これは困った」と言うしかない状況である。
「遅れてきた大ブレイク」の秘密
そこで,Yano氏らが選んだのは「積極的にリアルイベントに参加する」ことだった。
昨今,ゲームショウやゲームカンファレンスは世界中で開催されており,インディーズゲームに特化したイベントも少なくない。それらに出展者として積極的に参加し,会場に足を運んだゲーマー達にStSを遊んでもらうことで,ゲームを知ってもらおうという作戦である。
この施策の持つ意味として,Yano氏は「実際に遊んでもらって,その場で意見を聞ける」ことの価値の高さを指摘した。ゲームを実際に遊んでいるところを見れば,プレイヤーがどこで躓いて,何を楽しんでいるのかを直接観測することができ,さらに「その日,初めてStSに触れたゲーマーが楽しそうに遊んでいるのを見ると,開発者にとって大きなモチベーションとなる」というわけだ(イベントでは第1ステージだけが遊べるデモを展示したが,同じ人が何度もStSのデモを遊んでいくことが珍しくなかったそうだ)。
また,こういったイベントにはゲームメディアも取材に来ているため,各メディアやゲームジャーナリストとコネクションを作るにあたっても,イベントへの参加は有益だったと述べた。
さて,一方で「一般的にはやるべきと言われているが,微妙だった施策」もある。なかでも「これは厳しい」と言わざるを得ないのが,トレイラーだったという。
言うまでもなく現代は動画の時代であり,ゲームの宣伝にあたって動画は欠かせない。この理解に基づき,映像制作会社にトレイラーの制作を依頼し,アーリーアクセスの前段階において「Slay The Spire Preview Trailer」(一般的なトレイラー)と「Slay the Spire - Developer Preview」(ゲームの概要やルールを説明した約10分のトレイラー)を公開した。
だが,Yano氏は「そもそもカードゲームのトレイラーという時点で無理があった」と告白する。確かに,美しいビジュアルや派手なエフェクト,スピーディな演出が交錯するRPGやFPSに比べて,「このカードゲームは面白そうだ!」と思わせる(しかも,StSはかなりマニアックかつユニークなゲームシステムだ)トレイラーというのは,なかなかハードルが高いと言える。
悲しいかな,前述のトレイラー2本のうち,後者「Slay the Spire - Developer Preview」は視聴回数が986回(2019年3月19日現在)という驚くべき低調さを未だに発揮し続けている。これほど世界的に大きな成功を収めたゲームのトレイラーであるにもかかわらず,だ(ちなみに,前者「Slay The Spire Preview Trailer」の視聴回数は2万1744回。少なくはないが,決して多くもない)。
また,結果的に「あまり効果がなかった」と判定せざるを得ないものとしては,「メディアに対するメール」も挙げられる。StSのアーリーアクセスが始まる前の段階で,600通のプレスリリースを発信している。そのうち,300通はゲームメディアに対するものだ。
しかしながら,アーリーアクセスが始まってから2週間が経過してもなお,StSの売上本数はお寒い状態が続いた。Yano氏は「一般的にSteamの新作は『最初の2週間での売上が勝負』と言われる」と語っていたが,その大事な期間の売上が数百本だったという。実際,開発チームには「これは駄目かもしれない」という空気が漂っていたそうだ。
それでも,開発チームは地道な開発を続けた。
- 毎週のアップデート
- ベータブランチの立ち上げ
- バグの修正
- カードのリデザインなどバランス調整
- ゲーム要素の追加
- 全ステージを完成させる
といった形でゲームを改良し続け,正式ローンチに向けたコンテンツ制作を継続していったのである。
決定的な転機が訪れたのは,アーリーアクセス開始から3か月が経過したときだった。中国のとある有名な実況者がStSをピックアップし,そこから中国で爆発的にStSが売れ始めたのである(当時は英語版しかなかったので,中国でもコアゲーマーが食いついたと考えて間違いない)。
この流れはアメリカにも伝播し,かくして現在,我々が知る大成功へとつながっていったというわけだ。
フィードバックループをマーケティングに組み込む
実のところ,「中国の有名な実況者がStSをピックアップした」ことは完全に偶然というわけではなかった。
アーリーアクセス開始前,開発チームは600通のメールを送り,そのうちの300通はゲームメディアに対するものだったが,残る300通は実況者に向けたものだった。このメールにStSのアーリーアクセス版が遊べるキーを添付しており,そのうちの1本が(3か月後になったとはいえ)当たったというわけだ。
ただ,Yano氏は「実況者に対するアクセスも,数撃ちゃ当たる方式で送ったわけではない」と指摘する。開発チームは「KeyMailer」というサービスを活用したという。これはデベロッパが実況者を各種条件で検索し,キーを送れるというものだ。
このサービスにより,「StSのようなゲームを楽しんでくれそうな実況者にキーを送った」というわけだが,これは考えてみれば当然のことである。例えば「Hearthstone」を好んで配信している実況者であれば,その視聴者もまた「Hearthstone」のようなゲームが好きな可能性が高い。結果,StSが視聴者に「刺さる」可能性もまた高いというわけだ(もちろん,実況者にそのゲームを配信してもらえる可能性も上がる)。
ちなみに,実況プラットフォームとしては「Twitchが最も効果的だった」(Yano氏)とのこと。このあたりはプラットフォームごとにメインの客層が違うため,StSにとってTwitchの客層が最もフィットしたという側面があると思われる。
もう一つ,StSが大ヒットとなり,99%のプレイヤーから高評価を受けるような作品となった背景には,制作側の努力もあったという。
何かを作る人間にとって「良いものを作ったから売れる」というのは,大いなる夢と言える。だが,StSでは(初速こそ必要になるが)「良いものを作ること」が「売れること」につながる仕組みが,アーリーアクセス以後の段階においてシステムとして作られていたのだ。
その根幹は「フィードバック・修正・アップデート」の繰り返しである,とYano氏は語る。以下,具体的に何が行われたのかを見ていこう。
●毎週のアップデート
1週間ごとに新しいパッチを発行し,さまざまな修正や改善を行った(ベータブランチでは週5回のアップデートを行ったとのこと)。
ここで重要なのは「用意していたものを順次,小出しにしていく」のではなく,「プレイヤーから報告があったものを修正する」というループが組み込まれていることだ。このために,優れたQAチームも用意していたという。
そして,プレイヤーからの報告は「とても有益だった」とYano氏は語る。というのも,StSは複雑なゲームであり,開発チームがまったく認識していなかった不具合が報告されることも珍しくなかったからだ。同様にローカライズにおいても,コミュニティの有志による翻訳が大いにプラスに機能したという。
プレイヤーの「ゲームを良くするために貢献したい」という気持ちを,開発チームが「ありがとう」と受け取り,「このように対応しました」というフィードバックで返すというループは,ゲームのコミュニティが持つ熱量を否応がなしに高めていく。
もっとも,この「毎週のアップデート」には弱点もあったという。「めちゃくちゃ忙しい」「スタッフが病気や怪我,あるいは冠婚葬祭なり警察沙汰なりで身動きをとれなくなると大変なことになる」というのは当然として,「複数の週が必要となる規模の修正や追加が難しい」というのは,事前に知っておくべき問題点と言えるだろう。
●ありったけのSNSを活用する
Steamの掲示板,Reddit,メーリングリスト,Twitter,Facebook,Discord,Twitchなど,「コミュニティ」の基盤となるプラットフォームは複数存在する。StSの場合,これらのすべてにコミュニティを設立し,すべての告知はすべてのプラットフォームに対して行った。Yano氏が「大変です。とにかく大変」と語るとおり,気が遠くなるような仕事量である。
ともあれ,なかでもDiscordのチャンネルは使い勝手が良かった(開発チームとプレイヤー側の距離が近い環境が作れた)とYano氏は語る。
また,フィードバックをするにあたって,BOTはとても有用だったそうだ。例えばバグの報告を受けたら,BOTが「ありがとうございます。この報告の管理番号は○○です」といった固定メッセージを返すという仕組みを用意した。「ありがとうございます」はさておき,管理番号が与えられることで,報告した側としてはなんとなく「受け取ってもらえた」感が出るのは大きい。
ちなみに,StSでは8万件を超えるフィードバックがあり,これらはバグ修正にあたって極めて有益だったという。「プレイヤーの中でもごく少数しか気づいておらず,かつ致命的な影響が出るバグ」というのは,どうしても残りがちになるため,「熱心なコミュニティ」による人海戦術が自動的に行われる意義は非常に大きい。
●ユーザーエクスペリエンスの改善
StSは多層的なゲーム要素を持った作品であり,しかもデッキ構築型カードゲームというかなり複雑なルールを有するゲームシステムが作品のコアとなる。このため,ゲーム内部でルールやメカニズムをすべて説明しようとすると,なかなかに大変なことになる。
StSではカードに出てくるゲーム用語を,色を変えて強調表示しているだけでなく,そのゲーム用語にマウスカーソルを合わせると「どんな意味を持っているか」が表示されるという仕組みになっている。
また,ルールで禁止されていること(できないこと)をプレイヤーがしようとした場合,同じアクションを2度繰り返したら,自動的に「なぜそのアクションが実行できないのか」が表示されるようにもなっている。こういった機能を通じて,プレイヤーは自然とゲームの仕組みが理解できるというわけだ。
ここで左端のカードを使おうとすると…… |
2回目はこの画面になる。左の画面の段階で「現在使用できないカードは赤枠,使用できるカードは黄色枠」になっていることにも注目 |
●言葉は少ないほうがいい
イベントが発生する場合,何が起こったかを説明するテキストの文字数は少なければ少ないほど望ましい。
また,イベントに選択肢があるなら,それによって何が起こるかも選択肢の内部に書き込んでしまう。これによってプレイヤーは「本来,悩むべきこと」に集中できる。
●ローカライぜーション
現在,StSは十数種類の言語に対応しているが,アーリーアクセス開始時には英語版しか存在しなかった。その過程にはファンによる自主的なローカライズが大きな助けとなったが,こうした自発的なローカライズを最大限(かつ最速で)活用するには,すべてのゲームテキストを外部データとして読み込めるようにしておかねばならない。
また,たとえメッセージを外部データとして持ったとしても,言語によっては追加の作業が必要になる場合もある。実際,「今なお対応作業中」の言語もあるということで,ローカライズはテキストの翻訳だけに留まるものではない,としか言いようがないところだろう。
●動作環境
StSは要求スペックの低いゲームだが,世界にはこちらの想像を越えてプアな環境で遊んでいるプレイヤーもいる。また,WindowsだけがOSのすべてではない。
なかでも問題になるのは解像度で,1366×768の画面でゲームを遊んでいるプレイヤーは全体の13%に及ぶ。解像度は,とくに文字の大きさの設定(ある一定の面積にどれくらいの文字数を入れるか,など)に強い影響を及ぼす。低解像度を前提にしすぎると超高解像度のプレイヤーが困るし,高解像度を前提にしすぎると低解像度のプレイヤーが困る。
このように,StSでは「プレイヤーの声を聞くこと」「ゲームを作っていくこと」「ゲームを作り込んでいくこと」(=「良いものを作ること」)が,そのまま「プレイヤーから高い評価を受けること」につながる構造が作られている。「99%の高評価」という結果は,まさにその構造がうまく機能した結果と言えるだろう。
さて,StSの今後だが,現状では「動作するプラットフォームを増やす」方向で開発を進めているという。具体的にはNintendo Switchとモバイルだ(ちなみに,32bit版Windows対応についてYano氏は「もう,32bit版Windowsで動くものなんて世の中にほとんど存在しないんだから,対応しなくていいんじゃないかな」と冗談混じりで語っていた)。「タッチパネル対応」という部分がいろいろと難しいようだが,プレイヤーに満足してもらえるものを目指しているという。
StSの成功は,もちろん運の要素がゼロではなかったとはいえ(有名な実況者が誰一人としてピックアップしなかった可能性はゼロではなかった),周到な計画と準備,そして現代的なゲーマーに対する理解があってこそのものと言える。StSはそのコンセプトの段階ですばらしい作品だが,「コミュニティの力を借りて磨き上げる」「それによってコミュニティから高い支持を集める」というプロセスがあればこそ,今の完成度に到達したとも言えるだろう。
総じて,StSの成功は「ゲーム実況とゲームコミュニティの持つ強さ」(Yano氏)に裏打ちされたものだったと言える。Yano氏の講演は,それらが持つ強さをどうやって活用すればいいのか,またどんな仕組みを作っておけば活用できるようになるかを具体的に示したという点において,極めて価値のある講演だった。
GDC 2019公式サイト
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