当日は30名以上にもおよぶJスタのクリエイターが参加し,招待された約100名のファンと交流。その合間にはトークライブやクイズ大会なども行われた。本稿では,その模様をレポートしていこう。
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このファンミーティングは,昨年の東京ゲームショウのあとに行われた同イベントに続く2回目の開催となった。イベントは2部制で,昼の時間帯はウェイティングタイムとして,SIEの社員食堂が「ゲームラウンジ」として開放。歴代から最新までのJスタのタイトルや,PlayStation Classicなどを自由にプレイできた。
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そして夕方からのパーティータイムでは,会場を同社ホールへと移し,食事をしながらクリエイターとの交流会がスタート。会場にはJスタ作品の年表や秘蔵の資料をまとめられたヒストリー展示や,グッズ販売コーナーなども設けられていた。
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今回のイベントに参加したクリエイターは以下のとおり。こちらはあくまで登壇時に紹介されたクリエイターで,ほかにも多くのクリエイターが飛び入りのような形で参加していた。
MC:長井伸樹(「Jスタとあそぼう」プロデューサー)
MC:結(女優・タレント)
本村健太郎(「New みんなのGOLF」「Déraciné」「ワイルドアームズ」シリーズ シニアプロデューサー)
梅村典子(「New みんなのGOLF」「ソウル・サクリファイス デルタ」「白騎士物語」アソシエイトプロデューサー)
波間貴史(「みんなのGOLF VR」アソシエイトプロデューサー)
田中和治(「The Tomorrow Children」アソシエイトプロデューサー)
山際眞晃(「Déraciné」「Bloodborne」「TOKYO JUNGLE」プロデューサー)
ドゥセ・ニコラ(「ASTRO BOT:RESCUE MISSION」クリエイティブ・ディレクター/プロデューサー)
フェリシアン・ノジエル(「ASTRO BOT:RESCUE MISSION」アーティスト)
森田玄人(「ASTRO BOT:RESCUE MISSION」リードゲームデザイナー)
鳥山晃之(「Déraciné」「ASTRO BOT:RESCUE MISSION」プロデューサー)
山本正美(「勇者のくせになまいきだ。」シリーズプロデューサー)
松田太郎(「ゴミ箱 -GOMIBAKO-」「箱! -OPEN ME-」ディレクター)
増田延郎(クリエイティブプロダクトサービス部 サウンド課 サウンドデザイナー)
大内慎一(プロダクトテクノロジー部 ゲームツール開発課プログラマー)
曽我部亮(クリエイティブプロダクトサービス部 ビデオ課課長)
外山圭一郎(「GRAVITY DAZE」シリーズ/「SIREN」シリーズ クリエイティブ・ディレクター)
斎藤俊介(「GRAVITY DAZE」シリーズ キャラクターデザイナー/アートディレクター)
池田桃子(「GRAVITY DAZE 2」アソシエイトプロデューサー)
和家佐恭介(「GRAVITY DAZE 2」アソシエイトプロデューサー)
山口由晃(「SIREN NT」/「GRAVITY DAZE」/「KNACK」シリーズ アートディレクター)
飯島貴光(「KNACK ふたりの英雄と古代兵団」シニアゲームデザイナー)
高橋智之(「KNACK ふたりの英雄と古代兵団」「ぼくのなつやすみ2」ゲームプレイプログラマー&マネージャー)
河野温子(「KNACK ふたりの英雄と古代兵団」アーティスト)
長谷川浩司(「ワンダと巨像」「KNACK」シリーズ リードアーティスト)
井澤 允(「人喰いの大鷲トリコ」リードプログラマー)
大迫由貴(「人喰いの大鷲トリコ」アーティスト)
土屋啓吾(「LocoRoco」シリーズ アートディレクター)
河野 力(「LocoRoco」シリーズ ディレクター&ゲームデザイン)
加藤和男(プロダクトデベロップメント部 部長)
盛田 厚(ジャパンアジアリージョンオフィス プレジデント)
吉田修平(ワールドワイド・スタジオ プレジデント)
(紹介順,敬称略)
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トークライブでは,「Jスタ年表 徹底解説! 出でよ生き字引!」と銘打って,山本正美氏,外山圭一郎氏,山際眞晃氏,本村健太郎氏,飯島貴光氏,吉田修平氏の6名が登壇。「最も○○なタイトル」として,自身が手がけていない思い入れのあるJスタタイトルについてのトークを展開した。
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その最初のタイトルに挙がったのは,1996年発売の「パラッパラッパー」。「最も懐かしいタイトル」として挙げたのは山際氏で,当時予備校生だった自分が友人とともにゲーム業界を目指すために,研究用に山際氏がPlayStationを,友人がセガサターンを購入し,そのときに最初に遊んだのが「パラッパラッパー」だったという。その友人もゲームクリエイターとして現役であり,いつか一緒に作品を作ることを夢見ているそうだ。
続いては飯島氏が,「最も音楽が好きだったタイトル」として,1997年発売の「攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL」を挙げた。元々テクノやエレクトロミュージックが好きだったという飯島氏は,同作のサウンドを電気グルーヴの石野卓球氏をはじめとするメジャーなテクノミュージシャンが手がけていたことに衝撃を受け,その音楽をずっと聴いていたという思い出を語った。
布袋寅泰氏のファンだったという木村氏が「最も遊び尽くしたタイトル」として挙げたのが,1998年の「STOLEN SONG」だ。「Vピック」というギターのピック型コントローラーを使ってプレイするリズムゲームで,Vピックを太ももに叩き付けて遊びまくって,そこが赤いアザになってしまうほどやり込んだタイトルだと語る。友人の家に行くたびに布教のためにゲームをプレゼントしていて,合計で5回ほど買ったという逸話も明かしている。
次に外山氏が「最も復活してほしいタイトル」として挙げたのが,1999年発売の「パネキット」だ。自分以外にも多くのファンが復活を望んでいるという名作とのことで,開発部署で作られていた当時は得体の知れない内容だったが,実際に遊んでみたらその自由度の高さに驚かされたという。外山氏は「早すぎたマインクラフト」と例え,機会があるたびに復活希望の声を上げているそうだ。
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その同年に発売されたポケットステーション対応の「どこでもいっしょ」を,「最もうらやましかったタイトル」として挙げたのは吉田氏。当時,自身が手がけていた「クラッシュ・バンディクー3」や「サルゲッチュ」などでもポケットステーションに対応したが,「どこでもいっしょ」はデバイスの長所と短所を考え尽くしたデザインだと称賛する。
さらに自身が率いていたチームの女性メンバーが,同作でトロが去ってしまったことに泣いているのを見て,ゲームを遊んで本気で涙を流させる演出もまた,うらやましいところだったと述べている。
そんな吉田氏が手がけた1999年の「レジェンド オブ ドラグーン」を,本村氏は「最も続編に関わってみたいタイトル」として挙げた。自身はPlayStationのRPGとして「ワイルドアームズ」を手がけていたが,この「レジェンド オブ ドラグーン」が海外で高く評価されたことを評している。
吉田氏によると日本発売の約半年後にリリースされた同作の海外版は,よりゲームをプレイしやすいように細かな調整が行われており,日本では40万本,北米では100万本以上のセールスを記録したそうだ。
ここからはPlayStation 2の時代へと突入。外山氏が「最も驚いたタイトル」として,2001年発売の「ICO」を挙げている。外山氏は同作が社内で開発されていたことをまったく知らず,ゲーム雑誌でその存在を初めて知り,そのときは海外から権利を購入して発売するのかと思ったそうだ。
さらにその発売日が,同氏が手がけた「夜明けのマリコ」と同日で,ともに斬新なタイトルながらその方向性のあまりの違いに「自分は一体何やっているんだ?」と複雑な気持ちになった作品だと語る。
山本氏が「最も負けられないと思ったタイトル」という,ライバル意識を持って挙げたのが2003年の「オペレーターズサイド」だ。マイクを使って遊ぶゲームで,同じ頃にアクワイアと「デカボイス」を製作していた山本氏は,この「オペレーターズサイド」が「ファミ通」誌で「プラチナ殿堂」の高評価を得た様子を見て「負けられない」と思ったそうである。
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2004年にはPlayStation Portableが発売されることになるのだが,そのローンチタイトルの1本である「みんなのGOLF ポータブル」を「最もやり込んだタイトル」として挙げたのは吉田氏。当時アメリカに在籍していた吉田氏は,発売されたPSP本体とソフトを日本から送ってもらい,RPGのように少しずつ進められるゲームシステムに感銘し,家だけでなく移動の最中もずっとプレイしていたという。
PlayStation 3が発売された2006年の「最も(勝手に)仲間意識を持っていたタイトル」として,山本氏は「ロコロコ」を挙げている。山本氏は翌年にPSPで「勇者のくせになまいきだ。」を発売していて,同年発売の「パタポン」とともにPSP独自のタイトルとして仲間意識を感じていたそうだ。
社内開発の完全新作でありながら,見たことのないユニークな作品,プラットフォームを引っ張っていく可能性もあったことに嫉妬を覚えたこともあったと告白している。
そして最後に山際氏が「パラッパラッパー」と同様に自身の運命に影響を与えた「最も人生を変えたタイトル」として挙げたのが,2008年の「リトルビッグプラネット」だ。
念願のゲーム業界に就職した山際氏だったが,前会社在籍時に何か新しいことをやりたいと悩んでいる時期があり,そのときに同作の掲載記事を見てその斬新さに感動し,「こんな面白い(ゲームを作る)会社ってあるんだなと」と思い,すぐに転職を考えたという。そんな山際氏を面接したのは山本氏だったという意外な事実も飛び出し,トークは終了となった。
しばし歓談の時間を挟み,イベントのラストでは「Jスタ ウルトラクイズ大会」と称し,来場者参加型の○×クイズ大会が行われた。数々の難問が出題される中,最後はクリエイターと来場者による「New みんなのGOLF」対戦の結果がクイズになるなど,イベントラストの盛り上がりを演出した。
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最後に登壇した吉田氏は「皆さん,楽しんでいただけましたか?」と会場に問いかけると大きな拍手が上がり,それを受けて「うちのスタッフは,きっとその3倍は楽しんだと思います。今はSNSなどでお話しする機会も増えましたが,実際に会って話していただけると,本当にこの仕事をやっていてよかったと思います」と,参加した開発陣の気持ちを代弁。「また会える日が来ることを楽しみに,一同がんばってゲームを作っていきます」と挨拶し,イベントを締めくくった。
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