![]() |
2026年7月17日より海外で封切りとなり,本邦でも9月11日に公開される映画「オデュッセイア」を試写で観てきたのだが,まさにそういう状態に陥っている。とにかく「すごい映像体験」だった。
そして,いい映画を観ると「こういう体験をゲームで遊べないかな」などと考えてしまうのが,ゲーマーという生き物の性(サガ)。いや,筆者だけじゃないよな? ……などと思っていたら,こんな海外のニュースが目に飛び込んできた。
「『アサシン クリード オデッセイ』のプレイヤーが8年目にして突如急増,人気再燃中。映画の効果か」。なるほど,みなさん考えることは同じらしい。
![]() |
古代ギリシアのイメージを覆す「ノーラン映画」らしい重厚な映像美
とはいえ個人的には,「アサシン クリード オデッセイ」の煌びやかな古代ギリシアの描写と,今回の映画のノリをそのまま重ねるのは,ちょっと違うかもなと感じている。
「オデュッセイア」で描かれるギリシア軍は黒を基調とした装具で,一般にイメージされる金(真鍮)と赤とは方向性が異なる。もっとダークファンタジー寄りだ。同じアサクリシリーズでも,ヴァイキングがテーマの「アサシン クリード ヴァルハラ」のほうが近い気もする。
![]() |
むしろ筆者が連想したのは,「ドラゴンズドグマ」シリーズだ(作中でサイクロプスが印象的に描かれるのも含めて)。古代ギリシアと聞いて脳内に浮かぶ「絢爛な神殿と青い地中海」のイメージは,一度脇に置いてみてもいいかもしれない。
![]() |
話を映画に戻そう。本作は「ダークナイト」3部作や「インターステラー」「オッペンハイマー」などを手掛けた巨匠クリストファー・ノーランが脚本・製作・監督を務める作品である。本邦のファンが期待する通り,重厚長大で味わい深い,いつもの「ノーラン節」が炸裂している。
しかも,今回はスケールがとんでもない。製作費2億5000万ドル,宣伝費1億2500万ドルというノーラン監督史上最大規模のプロジェクトとなり,全米公開初週末で興行収入1億2400万ドル超を記録。マット・デイモン主演作品としてもノーラン監督作品としても新記録を樹立した。
これは「ダークナイト ライジング」を上回る,ノーラン監督のキャリアで最大級のワールドワイド・オープニングとなっている。トム・クルーズまでもが絶賛のコメントを寄せているというのだから,その熱狂ぶりがうかがえる。
![]() |
余談だが,作中に登場するギリシア軍総大将アガメムノンの黒い甲冑姿が,SNSなどでは「ダークナイト(バットマン)っぽい」と話題になっていた。
ただ筆者の印象は若干違っていて,ダークナイトよりもティム・バートン版のバットマンのような「舞台装置にすら見える絶対的存在」に思えた。もちろんバットマンに似せたわけではないだろうけど。
![]() |
映画の魅力──絶賛の裏にあるちょっとした引っかかり
さて,欧米の人々にとって「オデュッセイア」とは高尚な古典などではなく,誰もが子ども時代に触れる定番中の定番の物語だ。それを巨匠ノーラン監督が手がけた。だからごくストレートに,誰もが観たくなる映画として,ごく当たり前に大ヒットしている……というのが実際のところなのだろう。
![]() |
では映画としての評判はどうなのか。結論から言うと,ほぼ手放しの絶賛ムードである。各メディアやレビューサイト等でノーラン作品中でも最高レベルの評価を叩き出し,「ノーラン史上最高傑作」「前例のない超大作」といった声が相次いでいる。
体験の質そのものも尋常ではない。本作は全編「IMAX 70mmフィルム」という特殊なフォーマットで撮影されている。この規格での上映に対応できる劇場は,世界にわずか41館のみ。そのために航空チケットを買って上映に通うファンまで現れているのだとか。ある観客は,この上映体験を「複製画ではなく本物の名画を見るような感覚」と表現しているそうだ。
![]() |
俳優陣への評価も高い。主演のマット・デイモンの苦悩に満ちた演技は「キャリア最高」との評が寄せられ,アン・ハサウェイやトム・ホランド,ロバート・パティンソンらの演技も軒並み称賛されている。中でもパティンソンは,悪役としての存在感で「場面ごともっていく」ような感覚すら受けた。
![]() |
……と,ここまで並べると「パーフェクトな映画」のように思えるかもしれない。ただ絶賛一色というわけでもなく,主人公オデュッセウスと息子テレマコス,2人の旅を並行して描く構成のバランスにやや粗さがあるという指摘も出ている。この指摘は,本稿の後半にも関わってくるので,頭の片隅にでも置いておいてほしい。
いずれにせよ,ノーラン作品としても興行成績は過去最高ペース。オデュッセイアに関する基礎知識があろうがなかろうが,問答無用で心に訴えてくる映像体験,ということは言えそうだ。
![]() |
そもそも「オデュッセイア」ってどんな話?
とはいえである。そもそも「オデュッセイア」やトロイア戦争と言われても,こちらの感覚だと「トロイの木馬で敵をだまして勝った」くらいの断片的な知識しかない人が大半ではないだろうか。
筆者はもう少し知っているつもりだったが,ヘラクレスやテセウス,オルフェウスなどが登場するアルゴ号の探検(アルゴナウティカ,アルゴノートなどとも呼ばれる)とちょっと混ざっていたくらいだ。そちらはギリシア神話のオールスターが集結し,神々の思惑や怪物たちなどの困難に立ち向かう「スパロボ」みたいな話で……ん? 結局あまり違わない気もする。
![]() |
とにかく,実はあのトロイの木馬の策を考えたのが,ほかでもない「オデュッセイア」の主人公オデュッセウスである。知将オデュッセウス。ギリシア連合軍の将のひとりとして海を渡り,東方の交易都市トロイアを陥落させた,奇跡の勝利の立役者。
日本で例えるなら,お供を従え海を渡って鬼ヶ島を征伐,宝を持ち帰った桃太郎クラスのヒーローと言えばイメージが湧くだろうか。あるいは,平氏を追討し,壇ノ浦で滅ぼした源義経が近いかもしれない。策で戦況をひっくり返した知将なのも共通している。
もちろん厳密には違う部分も多いのだが,欧米文化においては説明不要なくらいメジャーな題材・人物というのがポイントだ。
そして映画化された「オデュッセイア」が描くのは,戦いの後の「帰路」の話。桃太郎で言えば,鬼ヶ島を攻略したあと,おじいさんおばあさんの元へ帰るまでである。そもそも桃太郎で帰路のエピソードはほぼ描かれていないけど。
トロイア戦争には神々の代理戦争的な一面もある。オデュッセウスの策はことごとく当たるものの,それゆえに神々の怒りを買ってしまう。
神々に見放された帰路。それがどれほど過酷なものか,平氏滅亡後の義経の運命を思い浮かべるとイメージしやすい。鎌倉(オデュッセウスの場合は故郷イタケ)に帰りたい。しかし絶対権力者・頼朝の意向(ゼウスやポセイドンなど神々の意思)により,それは容易には果たされない。
そして映画では,この長く過酷な帰り道に,もう一層のレイヤーが重ねられている。
![]() |
なぜ海外では「スッキリしない話」が名作とされがちなのか
「長く過酷な帰り道? なんで海外ではそんな辛くて重たい話が大ヒットしているんだ?」と不思議に思うかもしれない。ここでゲーマーにとって身近であろう例を挙げさせてもらおう。「レッド・デッド・リデンプション2」(RDR2)のメインストーリーだ。
発売から8年近く経過した“古典”という前提で話を進めるが,以下はRDR2のネタバレを含むので未プレイの方はご注意を。このネタバレなくだりを飛ばしたい人はこちらをクリックしてほしい。
![]() |
ダッチ率いるギャング団「ヴァンダリン」は,時代の流れの中で崩壊。物語を進めていくと,主人公アーサー・モーガンは結核に蝕まれて死に,ジョン・マーストンの家族(とおじさん)だけが仮初めの安らぎを得る。
正直,初めてプレイしたときに「圧倒された」「すごい」とは感じても,「いいお話だったなあ」と思えた人は少ないのではないだろうか。もちろん筆者だってそのひとりだ。
![]() |
現代の日本人が好む「考えさせるお話」の型のひとつは,異なる“正しさ”同士がぶつかり合う物語だろう。ガンダムしかり,進撃の巨人しかり。ちいかわだってそういう面がある。
しかし海外には,また別の強力な型がある。聖書の物語をモチーフのひとつとして,物語に組み込んだパターンだ。
聡明で機知に富んだリーダー・ダッチ。そんな彼が,本来なら鼻にかけさえしないように思える「人間のクズ」マイカの誘惑に負け,雑な仕事をするように変わっていく。
![]() |
豪胆でタフな西部の男・アーサーがそれに抗おうとしても,病には勝てず,彼は死んでいく。遊んでいるときは「なぜこんなことに?」「辛すぎる旅だ……」などと感じていたが,終わってから振り返ってみると,こういうことを象徴している話でもあるのだろうと見立てられた。
・ギャング団と西部 → かつて人が暮らしていたというエデンの園
・マイカ → 人を誘惑し知恵の実を食べさせた蛇
・ギャング団の崩壊・離散 → 失楽園
・アーサーの運命 → 原罪を背負う者は,老いや病で死ぬことを避けられない
実際,キリスト教圏の「RDR2」評を探してみると,似たような考察はそれなりに見つかる。作品をキリスト教的な象徴の連なりとして読み解く声は根強く,あながち筆者だけの深読みというわけでもなさそうだ。
![]() |
ある考察ブログでは,タイトルからして聖書の言葉を借りている「RDR」シリーズは,預言者,罪人,殉教者などのアーキタイプを反映したキャラクターを通じて,罪と贖罪,犠牲,審判というテーマを力強く描いていると評していた。
また別の考察では,アーサーとその仲間たちの物語は,人を正しい道から遠ざける誘惑や過ちの体現として描かれているとし,新約聖書との類似を指摘していた。
![]() |
もうひとつ,海外作品では古典を現代の感覚で語り直すアプローチも珍しくない。その代表例がインディーゲーム「HADES」シリーズだ。
「HADES」が人気になったのは,ギリシア神話を忠実になぞっているからだけでなく,神話という「器」を借りて現代的な価値観や家族観を語り直しており,そのギャップに魅力があるからだろう。
![]() |
冥府の王ハデスと息子ザグレウスの関係は,“毒親と抑圧された子”という,きわめて現代的な家族の物語としても当てはまるし,登場人物たちの恋愛模様も,古代ギリシアの奔放さというより,現代の多様な関係性のあり方をそのまま反映しているように見える。
アキレウスとパトロクロスという神話由来の英雄同士の関係も,若干意訳気味ではあるが,しっかり描かれていた(ちなみに,アキレウスとパトロクロスもトロイア戦争に従軍し,オデュッセウスとともに戦った同時代の英雄だったりする)。
![]() |
ノーラン版「オデュッセイア」は「HADES」とは異なり,古典の重厚な手触りをそのまま観客に届けている。とはいえ,描かれているのは英雄の物語だけではなく,家族の物語でもあり,受容のされかたの構造は似ているとも言える。
海外作品をこうした視点から見てみると,「日本人にとってキャラクターの考えや行動がスッキリしない」「悪役が妙に典型的に見える」といった違和感にも,かなりの割合で説明がつくことが多い。なぜなら主人公にとって真に乗り越えるべき敵は,外にいるのではなく,己の内側にもあるものだから。
![]() |
映画「オデュッセイア」もまた,そんな傾向が少なからずある物語だった。この映画の根底には,古典をキリスト教的に解釈した「罪と贖い」のテーマが横たわっている。
オデュッセウスの帰還が困難なのは,神々が試練を与えているからだけではない。「自分は家族のもとに帰ることが赦される良き人間なのか」という苦悩もあるからだ。
だからこそ海外では,ノーラン版「オデュッセイア」はスペクタクルな映像体験としてだけでなく,「観たあとに考えさせられる映像体験」としても評価されているわけである。
上で少し触れた「息子テレマコスとの並行構成のバランスの粗さ」への指摘も,見方を変えれば,この“父と子,二つの魂の旅”を丁寧に描こうとした監督が苦心し,バランスをとろうとした結果なのかもしれない。
おそらくこの映画を観て最初に思うのは,「すごい!」「圧倒された!」,そして「長い!」といったところだと思う。そこはいつものノーラン映画ともいえるが,今回はスケールも没入感も,ワンランクどころかツーランクは上と思っていい。IMAX 70mmフィルムが捉えた映像は,できるかぎり上質な環境で味わうべきであろう。
![]() |
クライマックスののち,最後のシークエンスで少しモヤっとしたものが残るのは,監督が狙った体験なのだろう。ここまでお伝えしてきたとおり,海外で「響く」物語の型のひとつは,外側の敵ではなく,自分の内側にある業や誘惑と対峙し続けるものだ。観客はそこに「深み」を見出す。
本作を楽しむのに,オデュッセウスに関する知識,あるいはキリスト教的な価値観は必ずしも必要ない。ただ,それらを補助線にすると,より深いところへと到達できる作品であることも確かだ。
冒頭で触れた,ギリシア軍の黒々としたビジュアルも,金と赤の“絢爛豪華な神話”から,内側の罪や贖いを見つめる“重い人間ドラマ”へと舵を切った,その意思表示とも受け取れる。
とはいえ,映画やゲーム,ひいてはエンタメの楽しみ方は自由なもののはずだ。話題作を観て「すごい!」「圧倒された!」「でも長ぇ!」で終わるのだって,個人的には120%正解だと思う。
それでも……いやだからこそ「全ゲーマーはこれを観るべき」などと雑にはまとめたくない。それくらい極上の映像体験だったノーラン版「オデュッセイア」。9月11日の日本公開後,どんな評価が飛び交うのか。今から楽しみで仕方がない。
オデュッセイア
公開日:9月11日(金)日本公開
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
監督・脚本:クリストファー・ノーラン
ホメロス「オデュッセイア」に基づく
製作:エマ・トーマス、クリストファー・ノーラン
エグゼクティブプロデューサー:トーマス・ヘイスリップ
撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ
プロダクションデザイン:ルース・デ・ヨンク
編集:ジェニファー・レイム
音楽:ルドウィグ・ゴランソン
VFXスーパーバイザー:アンドリュー・ジャクソン
特殊効果スーパーバイザー:スコット・R・フィッシャー
衣装デザイン:エレン・マイロニック
出演:マット・デイモン、トム・ホランド、アン・ハサウェイ、ロバート・パティンソン、ルピタ・ニョンゴ、サマンサ・モートン、ゼンデイヤ、シャーリーズ・セロン
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
公式サイト:https://odyssey-film.jp
公式 X:https://x.com/odysseyfilmjp (@odysseyfilmjp)
2026/アメリカ/英語/172分/カラー/日本語字幕:アンゼたかし/吹替翻訳:木村純子/字幕・吹替監修:藤村シシン/原題:The Odyssey/G区分
9月11日(金) 全国ロードショー
2D(字幕/吹替)、IMAX(字幕)、DolbyCinema(字幕)、
4DX(字幕/吹替)、MX4D(字幕/吹替)、35mm(字幕)の全6種9バージョンで公開







































