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[CEDEC 2021]ドワンゴの川上量生氏が「AI時代における現実の再定義」と「エンターテイメントの社会的意義」を語った基調講演をレポート
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印刷2021/08/24 18:44

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[CEDEC 2021]ドワンゴの川上量生氏が「AI時代における現実の再定義」と「エンターテイメントの社会的意義」を語った基調講演をレポート

 2021年8月24日から26日の3日間,ゲーム開発者向けのカンファレンス「CEDEC 2021」がオンラインで開催されている。本稿では,その初日に実施された基調講演「VR・AI時代の新しい現実(リアル)」の模様をお届けする。
 本講演ではドワンゴ 顧問の川上量生氏が,「AI時代における現実の再定義」と,再定義された現実における「エンターテイメントの社会的意義」について語った。

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川上量生氏
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AI時代における現実の再定義


 川上氏は最初に,我々が暮らす今の時代を「現実とバーチャルの境界が分からなくなっている時代」と表現し,いくつかの事例を紹介した。例えば昨今の実写映画とCGアニメは,映像の見せ方こそ異なるものの,製作に使われているCGなどの技術はほぼ同じである。ちなみに,これは押井 守監督が20年くらい前に予想していたことだという。

 また「ソード・アート・オンライン」のように,ゲームの世界を舞台とする物語が大きなブームになったという事例もある。若い世代に人気のある物語の定番と言えば“学園もの”もその1つだが,これは多くの人に「学校に通った」という共通体験があるから受け入れられやすいというのが理由として考えられる。
 したがってゲームの世界を舞台にした物語が流行するのは,今やゲームの世界のようなバーチャル世界を共通体験に持つ人がそれなりに多くなっていることを示していると,川上氏は説明した。

 また,「恋人は漫画やアニメなどのキャラクターで良い」という人たちも増加していると川上氏は語り,これを「人間が情報に恋することができるという証明」とした。
 さらにはマーケティングにも,従来のように人間の心理や行動を読む手法だけでなく,SEO(Search Engine Optimization,検索エンジン最適化)を使って,Googleなどのロボット型検索エンジンの行動を読む手法が普通に使われるようになっている。

ほかにも,現実とバーチャルの境界が分からなくなっている事例が紹介された
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 川上氏によると,これらの事例は「人間とは情報処理をする主体である」ということを示しているという。すなわち,これらの事例は人間を生物として考えると奇妙に思えるが,人間を現実だろうがバーチャルだろうが情報を処理する何かだと考えると,極めて自然だというわけである。
 以上をまとめて,川上氏は「生物としての人間の肉体と,情報生命体としての人間の精神を別のものとして理解したほうが,正しく未来を予想できるようになって来た」とし,「肉体と精神の二元論というより,情報生命体としての精神を本体と考えるべき」と語った。

 実際,肉体と精神を分けるという考え方は古代ギリシャの時代からあり,SFの世界でも70年近く前からずっと扱われてきている。川上氏は,1952年に発表されたアーサー・C・クラークの「幼年期の終り」で,「人間はいずれ有機物の肉体を捨て,精神だけの存在になる」「そうした精神だけの情報生命体は融合して1つになる」ということが描かれていると説明。アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」に出てくる「人類補完計画」も,同じような世界観における設定であることを紹介した。

 こうやって説明を聞くと,「人間が情報処理をする主体であり,いずれは肉体を捨てる」ということは,自然に起こりうると考える人は決して少なくないかもしれない。しかし,川上氏はこの考え方が社会の未来を見据える一般的な前提になっていないとし,その大きな理由を「これまでのコンピュータプログラムの延長線上で,人間の意識や精神のようなものを説明する妥当なモデルが存在しなかったから」と説明した。
 一方で川上氏は,「ディープラーニングが登場したあとのAIには,そうした妥当なモデルを作る材料がすでにそろっているのではないか」と考えているという。


情報生命体として人間を再定義する


 川上氏は,「ここからは私論であり,妄想の類なので鵜呑みにしないでほしい」と前置きしつつ,持論を述べる。
 まず川上氏は,情報生命体の基本単位として「意識」を採用した。その意識が情報を処理する場合に,もっともシンプルなモデルは「情報が外界から意識に来る」というものだ。川上氏によると,このモデルによって意識の性質が分かるという。

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 大前提として,もし情報処理システムである意識が“自分”という概念を認識しているとすると,その“自分”は外部から来る情報の中にあるということになる。これは哲学などでもしばしば出てくる考え方だが,言い替えれば「意識とは,意識の外部にある情報の一部を“自分”として認識する存在である」と定義できる。

 この定義をもとに意識の性質を予想した結果として,まず「意識は“自分”とは別の存在である」ということが挙げられた。川上氏は,「人間はおそらく,自分の肉体が“自分”だと考えている」とし,「しかし人間の意識は脳の中にあり,その中でもおそらく前頭葉と海馬を中心とする部分にある。したがって意識は,“自分”とは違うところに存在している」と語った。

 また「意識は物理的存在とは独立して存在しうる」ことも挙げられた。例えば意識のシミュレーションをするケースでは,肉体から遠く離れたコンピュータで演算することも可能だ。川上氏は「意識は,物理的にも“自分”とは別の存在である」とした。

 「“自分”の範囲を,生物としての肉体に物理的に固定して紐付ける情報処理は,意外と難しいはず」という予想も挙げられた。
 川上氏は,「外部の情報から“自分”とは何なのかと認識するために,意識はかなり複雑な情報処理をしている。人間はたまたま肉体を“自分”だと認識しているが,情報処理の面からは相当難しいことをしているはず」と言い替え,「人間は“自分”と自分の肉体とをうまく一致できていない」と指摘する。
 例えば多くの人にとって,自分の手足を切り落とすことはそうそうできることではないが,髪の毛や爪の先であれば簡単に切ることができる。これを川上氏は,「人間の意識は,自分の髪の毛や爪の先は,あまり“自分”だと考えていないから」と説明した。

ほかにも予想される意識の性質が挙げられた
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 それでは,“自分”とは何なのか。川上氏は「外部からの情報を何らかの形で加工したもの」と仮定する。その説明の例として,「意識が複数の目的関数をそれぞれ最適化し続ける複数のニューラルネットワークで構成されているとする。すると,その目的関数の集合が大事にしているものとして,創発的に生まれる概念が“自分”であるという理解が自然」と語り,「すなわち“自分”とは,目的関数の集合にほかならない」とまとめた。
 そのうえで,川上氏は“自分”を意識することについて「目的関数の集合から生成される目的関数が存在しており,さらに別の目的関数から利用されていること」とし,「それであれば自意識を持つAIは作れるのではないか」との見解を示した。

このセッションで使われる目的関数の意味も示された
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 川上氏によると,目的関数の集合のなかにはおそらく“自分っぽさ”という目的関数もあり,それが“自分”というものの正体ではないかという。
 さらに川上氏は,目的関数の集合から“自分”を生成する簡単なモデルとして「囲碁プログラム」を引き合いに出した。囲碁プログラムは,今の石の配置は有利なのか不利なのかを判断する「局面の評価関数」と,自分がどの手を打ったら良いかを判断する「着手候補の評価関数」という2つの目的関数を組み合わせたものが多いとのこと。その2つの目的関数が大事にしているものとして創発的に生まれる概念は,陣地の大きさを示す“地”ということになる。したがって,囲碁プログラムにとっての“自分”とは“地”であると解釈できるわけだ。
 そして人間は,おそらく膨大な数の目的関数の集合を持っていると考えられるので,そのぶん“自分”が生成される過程も複雑になっていると予想できる。

 また“自分”が目的関数の集合だとすると,「統一された“自分”という簡単なモデルが存在しているように思えるのは,たまたまであり錯覚」とのこと。川上氏は「複数の目的関数がすべて矛盾しないことは考えられない」とし,「“自分”とはそもそも矛盾した存在であることが,自然に理解できる」「“自分”という簡単なモデルは基本的に存在せず,あったら良いな,というのが実態」と説明した。

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“自分”という概念を応用すれば,AIに「愛」「笑い」「倫理」「プライド」「社会」を持たせることも可能ではないかという川上氏の考えも紹介された
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「情報生命体である意識は繁殖するか」という問いの答えは「繁殖する」というのが川上氏の見解
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再定義された現実におけるエンターテイメントの社会的意義


 話題は,「意識という情報生命体にとってのエンターテイメントとは何か?」ということにもおよんだ。川上氏は,エンターテイメントには2つの社会的役割があるとし,まず「教育装置」としての役割を紹介した。その典型的なものが「ビルディングスロマン」(教養小説)で,これは主人公が冒険を通じて精神的に成長していく過程が描かれているといった小説のことだ。こういった小説を読むことによって「自分とはなにか」「社会でどう生きていくか」を教養として学んでいく。つまり,情報生命体にとっては「社会で生きていくために役立つ目的関数をコピーするための学習データを提供するもの」というわけだ。

 もう1つの役割として紹介されたのは,「痛んだ目的関数の修復」である。現代の激しい競争社会の中では勝者は一握りに過ぎず,多くの情報生命体が敗者となる。敗者となった情報生命体に,自身の現在の状況や未来の予想を表す情報をデータとして入力すると,多くの目的関数が低い自己評価をするだろうというのが川上氏の見解だ。そうした「自己評価をする目的関数を上書きする学習データ」を提供するのが,エンターテイメントコンテンツである。

 川上氏は,「ヒットするコンテンツとは,痛んでいる目的関数を上手に書き替えているもの」と説明した。
 例えば「引き籠もりだからこそモテる」「努力しないで成功する」「優柔不断な主人公が,可愛い女の子から『優しい』と褒められる」といったように,現実ではまずあり得ない設定をうまくエンターテイメントとして機能させたコンテンツは,今や多くの支持を集めている。これらのコンテンツは,川上氏に言わせると「目的関数をメタに書き替える学習データと解釈可能で,自己評価を上げることに貢献している」とのこと。また,マーケティングの視点からも,新しいヒットコンテンツを生み出す参考になるのではないかと話していた。

 さらに川上氏は,人間の意識が自分の肉体外からの情報も“自分”として情報処理しているケースがたくさんあるはずだと指摘。それら肉体外の“自分”の多くはあまり操作できないが,IT技術の進歩により操作可能な対象は増えていくとの見解を示した。
 その1つがゲームである。多くの人はゲームをプレイしているとき,自分の肉体と切り離された情報である操作しているキャラクターを“自分”と認識していることだろう。川上氏は「今は肯定されないかもしれないが」と前置きして,「そのように“自分”が自分の肉体以外のところに存在するという価値観が今後広がっていく。その広がりを先導するのが,ゲームなどのエンターテイメント」とまとめていた。

“自分”という概念の応用で,ゲーム実況者のAI化やコミュニティのマネジメント,倫理観や愛を持つAIの作成が可能になるのではないかという見解も示された
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「新世紀エヴァンゲリオン」の「人類補完計画」が実行されたらどうなるかという予測も行われた。川上氏は,「情報処理の主体としての意識というモデルで考えれば,今とそこまで大きな違いはない」との見解を示した。ただし情報量が多いので,人間の脳では処理しきれないだろうとのことだ
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「CEDEC 2021」公式サイト

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