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印刷2017/03/04 00:00

インタビュー

「マブラヴ」原作者の吉宗鋼紀×マフィア梶田×BRZRK対談――“立脚点”が人を強くする。6億5000万円の借金を恐れない理由が語られた中編を掲載

強かな大人に支えられて成長する主人公(プレイヤー)


画像集 No.012のサムネイル画像 / 「マブラヴ」原作者の吉宗鋼紀×マフィア梶田×BRZRK対談――“立脚点”が人を強くする。6億5000万円の借金を恐れない理由が語られた中編を掲載
マフィア梶田:
 でも,経験を元にしたストーリーをシナリオ化する技術っていうのは,ストーリーを語ることとは,まったく別のノウハウだと思うんですよ。例えば「マブラヴ」だと,日常会話だけじゃなく,軍事的会話や演説なんかが多いじゃないですか。悠陽殿下とか。

BRZRK:
 ラダビノッド(パウル・ラダビノッド。作中に登場する横浜基地司令官)の演説もいいですね。

マフィア梶田:
 当然,吉宗さんの前であんな演説した人がいたわけじゃないですよね。例えばああいうのは,どうやって書いたんですか?

吉宗氏:
 そういえば予算委員会の答弁で,悠陽を実在の人物であるかのように語った政治家がいましたね。あと,選挙でラダビノッドの演説をそのまま使って,さらにCarry On(「オルタ」の挿入歌)まで流して感動させ,逆転当選した人が(笑)。

BRZRK:
 どっちも同じ人じゃないですか(笑)。その議員さんと対談してましたね?

吉宗氏:
 しましたね(笑)。

マフィア梶田:
 ある意味,本物の政治家に使われるくらいの演説クオリティなわけです。

吉宗氏:
 スピーチライターとかやったほうがいいですかね?(笑)。

マフィア梶田:
 それなんです。誰でも作れるものじゃないんですよ,アレは。

吉宗氏:
 基本的には,先ほど話した方法で,テーマ昇華を念頭に,キャラの人生観や立場を時系列イベントの状況に置いたときなんて言うだろうと考えます。その上で,世界中の名言から方向性に合うものを探してきてアレンジすることもありますね。
 例えば伊隅みちる(「オルタ」に登場する部隊長。「君がいた季節」のキャラクター)が武に言った「命は大切だ。だが,愛しすぎると腐る」というセリフは,確かヨーロッパのどこかの国で,戦場に赴く父親が子供に言った言葉の引用です。

伊隅みちる
画像集 No.032のサムネイル画像 / 「マブラヴ」原作者の吉宗鋼紀×マフィア梶田×BRZRK対談――“立脚点”が人を強くする。6億5000万円の借金を恐れない理由が語られた中編を掲載

マフィア梶田:
 すごく重い言葉ですよね……。

吉宗氏:
 最近では「カイジ」が元祖みたいになっていますが(笑)。この父親の心境は「英霊の言の葉」と同じですよね。もう,その状況だけで泣ける。そんなテーマに沿っている世界中の伝えたい名言を盛り込んでいるんです。検索などで,その名言がどういう状況だったかを知るきっかけになってほしいと思って。

マフィア梶田:
 「マブラヴ」って,UNLIMITED編とALTERNATIVE編になると主人公の武がひたすら説教される話で,いろいろな人から諭されていきますよね。でもこれって,本当は商業的にウケさせる作りではないように感じるんですよ。

吉宗氏:
 ウケるというのは?

マフィア梶田:
 プレイヤーを気持ちよくしてやろう,というゲームではないですよね。

吉宗氏:
 多くの人にとって現実は苦いもので,エンタメでわざわざそんなものをやろうとは思いませんよね(笑)。なのでウチは,周りをコーティングするスイーツ部分を最上級マシマシメガ盛りにしているんです。それで,吐き出せない状態になってからやっと苦味が出る構造で。

マフィア梶田:
 ああ,もう食っちゃったよ! どうしてくれるんだ! ってことっすか。

吉宗氏:
 そうそう。胃の中に入ってから刺激物だって分かるような。

マフィア梶田:
 でも,ゲーム中は説教を食らっているのに,それを聞かずにはいられないんですよ。あれって人心をコントロールする術とかがあるんですか?

BRZRK:
 投げかけられる言葉が自分の琴線に触れるというか……重なる部分があるが故に聞き入ってしまうんじゃないかなぁ。

マフィア梶田:
 ああ,確かに。

吉宗氏:
 まず,多くのプレイヤーが無自覚なアイデンティティ喪失状態なんだと思います。いまは承認欲求の時代と言われてますけど,それって自己確立欲求であって,誰かに認めてほしいということですよね。ここで,説教クサいものと現実を突きつけるものに対峙したとき,焦る人とさらに目を背ける人に分かれるんだと思います。焦る人はのめり込み,目をそらす人は怒る。その意味ではまったくの無関心,良くも悪くも何も感じないという人は一部だと思います。
 焦る人って,自分の空虚さが怖いから,そこで誰かが得する話をしていると,それを聞かないと自分だけ損するという心理が働いて不安になるんじゃないでしょうか。だから,この先にもっと得する話があるんじゃないかと思って最後まで聞いてしまう。

BRZRK:
 あー,分かる気がします……。

吉宗氏:
 目を逸らす人は,自己防衛を動機に「ほら,やっぱりクソだよ」と言えるネガチェックのためにやり続けるんだろうなと。接客ビジネスではクレーム対応は最大のチャンスといいますが,否定的な人が転向すると濃いファンになってくれるので,延期している間に強度を最大にしたんですよね(笑)。

マフィア梶田:
 なるほど。良くも悪くも,中身を見ずにはいられないというか。

吉宗氏:
 昔,落合信彦さん(著名ジャーナリスト,小説家)の影響で,翻訳ものの諜報機関やディスインフォメーションの本を良く読んでたんですけど,結局,諜報も広報宣伝もプレゼンも,人間相手のジャンルで大事なのは心理学なんです。

マフィア梶田:
 具体的に言うと?

吉宗氏:
 ものを売る場合,自分たちが作るものを誰に渡すのか,ターゲットを想定して,そこにどう思ってほしいのか,どうやってそう思ってもらえるように仕掛けるのか。そのプランがすべてですね。内容やクオリティは継続購買に結びつくだけで,良いものだからって理由だけでは,続編でもない限り絶対売れません。そういうプロセスを考えないで作った物は,いくらいいものを作っても知られることなく消えていく。
 実際ウチでも,僕がオンザジョブトレーニングとして広報のノウハウだけを教えて,直接関わらなかったタイトルは,あんまり振るわなかったものが多いんです。

マフィア梶田:
 作品のクオリティは悪くなくても,ですか?

吉宗氏:
 新規に立ち上げた別ブランドということもあって,広報の説明不足や方針のミスマッチが大きかったですね。最近仲良くなった同業社長には「あの新ブランドの新作見たとき,アージュは萌えオタの味方じゃないくせに,なに萌えゲーのフリしてんのって思ってたよ」って言われました(笑)。同時に「君のぞ」や「マブラヴ」のクオリティと比較して期待外れというケースも多かったので,逆にマイルドにしすぎて追い込み方や説教が甘かったのかもしれません。
 まあ,娯楽にウチの傾向を求めていないプレイヤーさんには,それまでのネットの評判で,最初に候補から落とされている感じだったのでしょうね。

マフィア梶田:
 いろいろと自身に突き付けられちゃいますからねぇ。

吉宗氏:
 でも,梶田さんもBRZRKさんも,そのあたりを突きつけられても逃げなかったですよね。

BRZRK:
 いやもう,本当にそうですね。

マフィア梶田:
 実際にプレイしていて,「誰かにこれを言ってほしかった!」って思いましたよ。見事に人心掌握というか洗脳されちゃって(笑)。

吉宗氏:
 いや,洗脳って(笑)。さすがに事前にすべてを計算していたわけじゃないですよ。発売後に傾向分析した結果を話している部分もありますから。でも,洗脳っていうくらいハマってもらえたのなら,それはそれで嬉しいですが。

マフィア梶田:
 「マブラヴ」に出てくる大人達って,すごくちゃんと大人をしているじゃないですか。ああいうところもやり続ける上で大きかったかもしれませんね。

BRZRK:
 あー,分かります。いろいろな意味で大人のキャラが多いんですよね。一見ズルいことをやっている人でも,それぞれの信念を持っているという。

マフィア梶田:
 夕呼先生(香月夕呼。作中の天才物理学者で国連軍横浜基地の副司令)や美琴の父親(鎧衣左近。帝国情報省外務二課長)なんかは,その筆頭ですね。

香月夕呼
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画像集 No.029のサムネイル画像 / 「マブラヴ」原作者の吉宗鋼紀×マフィア梶田×BRZRK対談――“立脚点”が人を強くする。6億5000万円の借金を恐れない理由が語られた中編を掲載

吉宗氏:
 まあ夕呼は真のヒロインとも言われていますね(笑)。例えば,ウォーケン(アルフレッド・ウォーケン。作中の米軍指揮官)なども,帝国の立場から見れば傍若無人な振る舞いをしていますが,アメリカの立場に於ける正義と信念があって,それが一貫してブレない。これこそ“立脚点”を持つ者の強度で,人気が出たのも頷けます。

マフィア梶田:
 立脚点をしっかり持っている人って,ほんとに芯が強いですよね……。

画像集 No.010のサムネイル画像 / 「マブラヴ」原作者の吉宗鋼紀×マフィア梶田×BRZRK対談――“立脚点”が人を強くする。6億5000万円の借金を恐れない理由が語られた中編を掲載
吉宗氏:
 12・5事件(オルタで発生するクーデター未遂事件)は2周めのアドバンテージを使い果たした武にとって,最初のターニングポイントになるエピソードです。実力以上の評価を得た状態なのに未知の難局に対峙してうろたえていた武が,本物の大人達の対立構造の中で,公的思惑と私的倫理観の板ばさみになります。「すべてを選ぼうとすることは何も選んでいないのと同じ」というEXTRA編で純夏に突きつけられた状況が,違う形で突きつけられる対構造なんです。ですがUNLIMITED編とは違い,例え虚勢でも全体状況に積極的に関与したからこそ,ロールモデルとなる大人達が周囲でフォローし,政威大将軍の助言をも得られた。

BRZRK:
 なるほど,あそこはそういう対比構造になっていたんですね。

吉宗氏:
 EXTRA編とALTERNATIVE編で対比構造になっているところは多いですよ。例えばEXTRA編で,純夏と冥夜(御剣冥夜。作中のヒロイン)が温泉の露天風呂で会話をしていて,武が壁を隔てた男湯でそれを聞くしかできない状況があるんです。あれは「オルタ」の桜花作戦で,あ号標的との対話から決着シーンと対になっています。

マフィア梶田:
 え,そうだったんですか!? あー,でも,いろいろな意味でなるほど!

吉宗氏:
 このエロゲーでよくあるお約束的な状況と,重要なシーンを対比させた理由は,どちらもある意味,人生における大変な選択だからです。その対比構造に気づいた人が,どこか他人事っぽくなる戦争での選択を,平和な世界での身近な選択に重ねることで,より身近で印象強く,意味を深く受け取れるようにしたつもりです。
 武は, 12・5事件で部隊の危機に直結しているのにトリアゾラム(重度加速病の薬。劇薬で死亡ケースも)を悠陽に打てなかったですよね。でも,あの事件以降に過酷な経験を重ね,ラストのあ号標的との対峙では,人類の命運をゆだねられながらも,仲間を見殺しにするかの葛藤を繰り返し,最後には歯を食いしばって引き金を引く。
 あれだけの経験をして,たった数ミリ程度しか成長しなかったんですよ。でも実際,人が成長したり変わるのって,そんなに簡単じゃない,過酷な道ですよ。一見厳しいようですが「オルタ」はそれを認めているんです。大切なのは度合いではない。過酷な変化を続ける意志こそがもっとも称讃されるべきだと。

BRZRK:
 「撃つのが遅い!」「あれだけ経験して成長してねえのかよ」と揶揄する意見もありますね。

吉宗氏:
 もちろんどのような感想も意見もプレイヤーの権利ですので尊重します。でもそれを聞く度に思うのはさっきと同じで,同じ状況で本当にやれるのかな,と。「見ている辛さを終わらせて自分が楽になるため」じゃないのかな,と。身近な人の生死より,人類の益を本当に優先できるんですね,と。

BRZRK:
 自分が,そんなに成長できているのかと。

吉宗氏:
 そう。きちんと経験に比例した成長ができて,人類愛があって苦しむ女の気持ちを察せるような立派な人が,身の丈を超えた過酷な経験をし続けている高校生の苦しみを理解できないとか,成長速度の個人差を許さないとか,ちょっと信じ難いでしょ(笑)。
 同じような話で「武のために死んでいった者達は無駄死にだった」的なのがあるんですが,武のためだろうが何だろうが,自発的にそれを選んだ故人の自己決断とその自由意志を何だと思ってるんだろうなとか,よく考えます。

画像集 No.011のサムネイル画像 / 「マブラヴ」原作者の吉宗鋼紀×マフィア梶田×BRZRK対談――“立脚点”が人を強くする。6億5000万円の借金を恐れない理由が語られた中編を掲載


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