インタビュー
ドワンゴが会社ぐるみでハマッた「ブラウザ三国志」。社員が“異様な空気”と口を揃える,当時の様子とは――「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第7回
僕らはきっとドワンゴの名を堕とす
佐野氏:
まぁ話を戻しますけど,そうやって「社内」の面々に対して手を打ったものの,我々が天下統一を狙う勢力になるためには,どうしても“強者”の頭数が足らない状況でした。このゲームって,例えば,朝の5時に敵に攻められたとして,30分以内にそれに対処しなければ滅んでしまう。そういうゲームですから,中途半端に人を集めても仕方がないんです。
川上氏:
そこで佐野くんが提案してきたのが,“ネット原住民”を手なづけようって話で。
4Gamer:
ネット原住民?
佐野氏:
いや,なんか川上さんが「強力な傭兵部隊がほしい」みたいなことを言っていたので,だったらお金はないけど時間があるゲーマー達に,Webマネーでも渡しておけばいいんじゃないかって話をしたんです。「一人頭5000円ぐらいあげてゲーマー集団を手懐けると,強力な軍団ができますよ」って。
そう。それは素晴らしいアイデアだと思ったので,工作資金を5万円くらい渡して(笑)。
4Gamer:
それは……完全な買収じゃないですか(苦笑)。
佐野氏:
何ヌルイ事言ってるんすか。勝つために必要な行為ですよ!
川上氏:
いやまぁ,一応言い訳をすると,最初に考えていたのは「とにかく目立つことをしよう」ってことだったんです。派手にやったらきっと目をつけられて,袋だたきにされて滅ぼされるだろうと。そしたら仕事に戻ろうって。そういう作戦だったんですよね。
佐野氏:
実際,僕はゲームを進めていくにあたって,実はけっこう具体的に「ゲームの筋書き」の予想を立てていたんですよ,だいたい,ゲーム開始から一週間後ぐらいのタイミングだったと思うんですけど,ワールドの情勢もだいたい見えてきた頃です。
4Gamer:
この辺で連合を組まれて,こうなって,ああなって,滅亡か,あるいは天下統一……みたいな?
佐野氏:
そうです。結果としては,あのプロットはかなり正確でしたよね?
川上氏:
そうだね。かなりの精度だった。まぁなので,とにかく“滅ぶことも視野”に入れて,僕らは派手に暴れ回ることに決めたんです。最初から滅ぶ気も満々だったから,怖いものもなかった。
佐野氏:
だから,「盟主の川上さんがいつでも死ねるようにしておこう」みたいな話もあって。
※盟主の城が落とされると,その同盟は敗北となって,属国になってしまう
川上氏:
だから,僕自身の領地は他の大きな同盟に囲まれていたんですけど放置していました。普通に考えたら,相当危険な状態になっていたんですが。あと,さらに「我々が信用できないなら,僕の本拠地の隣接地全部に城を建てても構わない」とか,他の同盟に持ち掛けたりしてたんです。ゲームが長引くと仕事に差し支えるので,裏切られて滅んでも全然良かったというか,それを期待していたんです。でも,なんか「なんて謙虚な人達なんだ!」とか,変な勘違いをされてたよね。
佐野氏:
そうそう。「ここまで我々を信用してくれてるのなら,我々はそれに報いなきゃいけない」みたいな感じの反応が返ってきて,「えっ」みたいな。無駄に名声が高まっていった。
千野氏:
まぁ一部の人達からは,「こいつら,何か企んでるんじゃないか」みたいな疑惑を向けられたりもしていたみたいですけどね。
川上氏:
まぁともかく,僕らは“殺る気”満々,“滅ぶ気”満々でゲームを進めていたわけですけど,一方では,大きな問題もあって。
4Gamer:
問題?
川上氏:
いや,「ドワンゴ同盟」という名前のままであくどいことをやったり,侵略行為を繰り返すと,いろいろと世間体的にマズイんじゃないかって。そういう議論が真面目にあったんです。
4Gamer:
一応,上場企業ですから……。
佐野氏:
僕らはきっとあくどいことをしすぎて,ドワンゴの名を堕とすだろうと。
川上氏:
だから,侵略行為をする前にどうしても同盟の名前を変えたかった。そこで,近隣の同盟と合併することにしたんです。
佐野氏:
そして「第9クエスト平和同盟」ってところと合併して,皆さんお馴染み(?)の「ドワクエ9同盟」が誕生したわけです。
4Gamer:
……あんまり変わってないような。
ドワンゴは言ってみれば国家社会主義
川上氏:
まぁそんな感じで,諸々の準備も整っていったところで,佐野くんに「そろそろ何かやりたい」って話をしていたんです。
佐野氏:
というか,ゲーム開始から2週間くらい経ったあたりで,みんながだんだんゲームに飽きて来ていたのを感じていたので,何かイベントが必要だった。で,そんなタイミングで,どうでもいい領土紛争が「土佐」「魏武」っていう,二つの大同盟との間で持ち上がったんですよね。
川上氏:
そう。僕が超喜んで,「これだ!」と。そういう火種を待っていた,みたいな。
佐野氏:
ええ。なので,僕が川上さんに,「これ,ちょっと書簡を投げてくださいよ」とお願いしたんです。明らかにイチャモン的なことを向こうに言ってもらって。オブラートに包みながらも「対処しなければ殺す」みたいな内容で。
川上氏:
威圧する感じの,宣戦布告に近い文章でね。
佐野氏:
当然のように僕らの要求は無視されるわけですけど,そこで一応の大義名分が整ったので,戦争を仕掛けることになるわけです。僕らは,その交渉が決裂することを前提に,やりとりの裏で軍備を増強していきました。
千野氏:
そもそも,ゲームの序盤で戦争を仕掛けることのメリットは本来ないから,相手側もまさかの展開だよね。
川上氏:
勝つことじゃなくて楽しむことが目的だったからね。僕らは失うモノが何もなかったし。
佐野氏:
はい。で,交渉開始と同時に,前線基地を敵の目の前に大量に構築したんですよ。
川上氏:
オンラインゲームの醍醐味というか,一気に城が建っていくのは壮観だったよね。
千野氏:
30個くらいは建ちましたよね。
川上氏:
うん。ただ,ここで「ドワンゴの結束力が証明された」……と言いたいところなんだけど,実はこれ,ドワンゴ社員はほとんど機能してなかったんですよね。主力は,これ以降もずっと,途中参加してくれた原住民ゲーマーさん達でした。
佐野氏:
30個ほど城が建ったんですけど,実際に戦闘に参加したのは10人前後ですかね。とりあえず城建てろって言われて,建てるところまでは社員も付いてきたんですが,それ以降は……。ドワンゴで真面目に戦っていたのは役員とか幹部クラスだけで。
千野氏:
あの時って,結局僕らが負けちゃったんでしたっけ。
佐野氏:
いや,そんな状況でも僕らが優勢だったんです。だけど,相手の盟主を落とすところにまでは至らなかった。引き分けです。
川上氏:
それに,戦争が重要な最終局面に差し掛かろうってときに,ちょうど「FINAL FANTASY XIII」が発売されて。みんなそっちを遊び始めちゃったもんだから,さらにアクティブ率が下がってしまったんですよね。だから,僕らが勝てなかったのは「FINAL FANTASY XIII」のせいです!
4Gamer:
えええ(笑)?
川上氏:
いや,というのもね。今回の連載のテーマに絡めて話をすると,「ブラウザ三国志」ってゲームは,プレイヤーの稼働率をいかに高めるかが勝敗を分けるゲームなんですけど,これって実際の会社の経営にも通じると思うんですよ。
4Gamer:
ようやく,本筋の話が(苦笑)。
佐野氏:
ああ。実際,ゲームをやってる最中もよく話していたんですけど,国家社会主義と民主主義の違いみたいな話ですよね。
4Gamer:
んん,どういう意味ですか。
佐野氏:
いや,政治体制って大事だなって話ですよ。我々(ドワンゴ)は,言ってしまえば国家社会主義的な存在で。
千野氏:
いやいやいや。ちょっと! その表現はどうなの(苦笑)。
佐野氏:
一つの民族,一つの国家,一人の指導者!
川上氏:
いやでもね,実際,会社とかでもさ。民主的にやっていると,どんどん稼働率やモチベーションが下がっていくことが多いんだよね。
4Gamer:
でも,ドワンゴって「みんなでワイワイやってそうなイメージ」がありますけど。そのドワンゴにして,実情はそういうものなんですか?
川上氏:
うん。そういうもんだと思いますよ。
例えば,みんなで意見を出し合うとしても,言った意見が通らなかったら,その人も面白くないじゃないですか。であるならば,最初から面白いことを言う人が一人いて,その人の話に“乗っかった方”が結果として面白くなりやすいんですよ。
川上氏:
そう! その誰かが言った「面白いこと」を実行したら「きっと面白いな」って思えることが大事。そういうものをみんなで共有してやるのがいいんです。
佐野氏:
ブラウザ三国志の場合,ゲームに勝つために「いかにしてみんなに楽しくやってもらうか」っていう部分をフォーカスして考えたわけですけど。いろんなモノを国有化というか,「この領地はお前の」とか「お前は斥候だけ作ってて」とか,そういう割り振りも全部やったんですね。
川上氏:
それぞれの目的を明確にした方が,みんなの活躍にもつながるって話だよね。
4Gamer:
だからこのゲームにおいては,みんなのアクティブ率を上げることが“ゲームの攻略”というわけなんですね。
川上氏:
あと,なんだかんだいって,ドワクエは戦争をしまくってたから強かったんですよ。結果的に,敵方だった土佐や魏武っていう同盟も,最初の戦争を踏まえて,疲弊するどころかさらに強くなっていたんだけど,これがなぜかって言ったら,戦争をしたことで盛り上がって,みんなのアクティブ率が上がったからだと思うんです。
佐野氏:
ただひたすら街の建設だけやってたら,飽きてやめちゃいますもんね。
川上氏:
「団結力が上がった」という表現がいいと思うんです。そもそも,最初の段階からチームワークというか,一体感みたいなものがあるわけないんだけど,そういうものがないと,何かとうまくいかないのも確かだと思うんですよ。別にこれは「ブラウザ三国志」に限らず。
4Gamer:
そうですね。
佐野氏:
だから僕らは,序盤で大規模な戦争を仕掛けることで,ゲーム中の兵や物資ってパラメータは失ったけど,より大事なものを手に入れてたという。そういう美談にしておきましょう。
川上氏:
……そこまで分かってるなら,普段の仕事もそんな感じでやってよ(笑)。
凄腕オンラインゲーマーの能力
川上氏:
いやしかし,久しぶりにオンラインゲームを遊んでみて実感したことだけど,オンラインゲームのプレイヤーは,人の気持ちをいかにマネージするかっていう,その辺の能力が本当に凄いよね。シングルプレイのゲームとは,やはりそこが大きく違う。感心したよ。
佐野氏:
ありがとうございます!
千野氏:
でも,こういう「ブラウザ三国志」みたいなドラマチックな経験って,佐野くんのゲーム人生の中でもそうそう無いんじゃないの?
佐野氏:
なに言ってんすか。僕のゲーム人生では日常茶飯事ですよ。
千野氏:
マジで?
佐野氏:
例えば,「World of Warcraft」だって100人(300キャラ前後)ぐらいでやってましたよ。
川上氏:
ほう? それはどんな感じでやってたの?
佐野氏:
僕って,基本的には開発屋あがりじゃないですか。だから僕のプレイスタイルは「システムありき」で,まず運用システムを作って,そこでみんなを管理して使っていって,その中で生まれる連帯感!みたい遊び方が大好きなんです。
千野氏:
ふんふん。
例えば,「World of Warcraft」の例で言うと,あれってMMORPGじゃないですか。当然,ギルド内であっても,アイテムで揉めるんですね。「誰がこれ取るの?」って。
千野氏:
はいはい。
佐野氏:
そこで,MMORPGの世界では「Dragon Kill Point」って言われているんですけど,要するに,ギルド内での“貢献度”を数値化して,そのポイントを使って出たレアアイテムをオークション形式で買うって考え方があるんです。ボス討伐に参加したら1ポイントとか,そういう感じです。
川上氏:
なるほど。
佐野氏:
で,例えば,まだ倒したことのない新しい強敵とかと戦う時って,基本的に参加者はモチベーションが低いんです。なぜなら,なかなか倒せないし,そもそも勝てるかどうかすら分からないから。そういうものにはポイントを多く付与させたりして,参加者のモチベーションを上げておいたりするんですよ。そうすることで,レアアイテムの権利問題を解消しつつ,日々のプレイにもモチベーションを持たせるというシステムなんです。
川上氏:
それは賢いやり方だなぁ。
佐野氏:
この仕組みの発案者自体は,一説には「EverQuest」の有名ギルドだった「Afterlife」って話もありますけど,詳しいことは分かっていません。ただ「Dragon Kill Point」の仕組み自体は,今現在では広く世界で使われていて,各ギルドでアレンジして運用するのが通例です。だから僕も,独自にシステムを作って,自分のギルドで運用していたわけです。
千野氏:
それってゲームとは別の,完全独自のシステムなの?
佐野氏:
はい。まぁただ,ゲームに内包されたシステムではないんですが,ゲーム内のインターフェースに組み込んで,ボタン一発で貰えるポイントを確認できるようにしたり。基本的には,システムは全部XMLで作られているので,そういうことができるんですよ。
川上氏:
ふうむ。やっぱ,オンラインゲームでのチーム戦やギルドのマネージメント能力って,完全に実社会でも適用できるよね。
千野氏:
マネージメントにゲーム要素を導入するみたいな話ですよね。
佐野氏:
そう思いますね。こういう仕組みがあることで,いろんなことが一目瞭然ですから。僕が所属していたのは,300人近くの大規模なギルドでしたが,揉め事とか一切無しでしたよ。
川上氏:
……だからさ,会社でもそういう感じでやってよ(笑)。
佐野氏:
それはそれ,これはこれです!
4Gamer:
僕も常々思うんですけど,こういうのは「ゲームがうまい」って言葉では表しづらいですよねぇ。
千野氏:
戦略家的ゲーマーとでもいうんですかねぇ。
「ブラウザ三国志」ツールの開発ラインがあった
4Gamer:
システムの話で思い出しましたが,ドワクエ同盟内では,結構独自の攻略ツールが出回っていましたよね。周囲の戦況を分かりやすく表示するマップ機能とか内政のサポートのシステムとか。ああいうのは誰が作っていたんですか?
佐野氏:
いくつかは僕が作っていたんですが,途中からは面倒になったので,設計までは僕がやって,実装は違う人に任せたりしていました。
川上氏:
なんせ,社内で「ブラウザ三国志」のツールを作るラインが用意されていたからね。
4Gamer:
ええっ?
佐野氏:
そうなんですよ。開発ラインの確保もそうなんですが,社内の企画書の中にブラウザ三国志の攻略ツールの企画が入り込んでいて,上層部から「佐野くん,あの企画書早く出してよ」みたいなことを言われたり。
川上氏:
かなり本気だったよね。途中から何の目的でやってんのか段々わからなくなってきたくらい。
佐野氏:
社内の開発会議のスケジュールでも,普通にブラウザ三国志のツールのブランチが入ってましたし。
千野氏:
そして,僕のところに「誰か開発者を貸してください」って言いに来るわけです。
佐野氏:
まぁでも,最初こそ業務的なノリがあったんですけど,途中からはみんな完全に趣味でやってましたね。後半もゲームを遊び続けていた人達は,ほぼ全員が「天下統一するぞ!」っていう気になっていた。
川上氏:
盛り上がったよねぇ,とにかく。
佐野氏:
まぁ,そうなるために色々と苦労しましたけどね。遊びやすい環境を整えて,“みんなでやってる感”を演出して。ただ,僕はみんなが自主的に動きだしたあたりから,「僕の役目は終わった」と感じて,徐々にフェードアウトしていきましたが。
結局,あのお祭り騒ぎはドワンゴという会社にとってどうだったんですかね。
川上氏:
本当にね。まぁ,宣伝にはなったよね。それが会社とってプラスの効果かどうかはよく分からないけど。
佐野氏:
まぁこの話を知りたいと思ってる人達には,共感が得られるし,きっとプラスですよ。株主とか投資家とか,もっと真面目な人達が見たらマイナスかもしれませんが,そういう人達はこんな話(記事)を見ていませんから。
川上氏:
でも,僕が一番びっくりしたのは,「東洋経済」がソーシャルゲームの特集をした時に,グリーとかディー・エヌ・エーとかmixiとかが紹介されていたんだけど,その中でドワンゴが“プレイヤーとして紹介”されていたことなんだよね。
4Gamer:
どういうことですか?
川上氏:
要するに,ソーシャルゲーム市場のキープレイヤーとしてドワンゴが紹介されていたんじゃなくて,盛り上がっている一例として,「ドワンゴが会社ぐるみでハマっているらしい」みたいな書かれ方してたの(笑)。
千野氏:
あったあった。
川上氏:
一応,ウチも「ニコニコアプリ」だとか,そういう取り組みをしているんだけど,そこはいっさい書かれてなくて。えー,みたいな。
一同:
(爆笑)
千野氏:
でも,面接でも結構言われましたよ。「会社ぐるみでそんなことやってて,とても楽しそうな会社だと思いました」って(笑)。
佐野氏:
まぁ端から見たら,あれは面白そうにしか見えないですよ。
川上氏:
じゃあ,ドワンゴにとってあれはプラスだったってことにしておこう。
佐野氏:
最終的に負けちゃったのも“おいしかった”と思いますしね。あれで勝ってたら,ちょっとイヤミですもん。
川上氏:
まぁ負けたのは,やっぱりドワンゴ社員が貢献できなかったからだと思うよ。会社の代表として大変申し訳ない気持ちでいっぱいです。
千野氏:
役員クラスは結構頑張ったんですけどねぇ……。
4Gamer:
一時期,社員の間では「ブラウザ三国志での活躍が給与に影響するんじゃないか」みたいな噂もあったようですけど。
川上氏:
さすがに「ブラウザ三国志」が直接仕事の評価それ自体にはならないとは思うけれど,人間の評価にはなるよね(笑)。それに,そこに参加することで生まれるコミュニケーションだったり,仲間意識みたいなものって,やっぱり何かにつながっていくとは思うんですけどね。
4Gamer:
会社のプロジェクトに“乗ってくる”人とかでも,似たような話はありますよね。失敗してもそこで培われる何かもありますし。
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