インタビュー
「ZOWIEはこれからも変わることなく,e-Sportsとコアゲーマーに注力する」。BenQのゲーム製品担当者インタビュー
BenQといえば,押しも押されもせぬゲーマー向け液晶ディスプレイのトップブランドだが,2015年9月に,プロゲーマー向け周辺機器ブランドとして知られるZOWIE GEARを買収し,「ZOWIE」部門としたのは記憶に新しいところだろう(関連記事)。
ZOWIE買収後初のCOMPUTEXということで,ゲーマー向けディスプレイの新作を期待していたのだが,残念ながら,新製品の展示はゼロ。ただ,その代わりに,BenQでゲーマー向け製品部門を率いるChris Lin(クリス・リン)氏と,同氏の上司で,ディスプレイ部門を率いるEnoch Huang(イーノック・フアン)氏に話を聞くことができたので,本稿では,その内容をお届けしたい。
Chris Lin氏(Associate Director, IT Display Products Gaming Product Division, BenQ) |
Enoch Huang氏(IT Display Products Business Unit, BenQ)。ディスプレイ部門の“親玉”である氏は,ラスト5分のみ参加となった |
「新しいZOWIE」をBenQはどうするのか?
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。
基本的な質問ですが,BenQはなぜZOWIEを傘下に収めたのでしょうか。
Chris Lin氏:
我々BenQのゲーマー向けディスプレイ製品シリーズは,世界で最も著名なブランドになりました。すでに確固たる地位を築いている自負が私達にはあります。
ただ,この分野でより製品を成長させ,ブランド基盤をより強固なものにしていきたいと考えたとき,私達としては,e-Sports向けやコアゲーマー向けディスプレイ製品で約5年もの間開発協力してきたZOWIE(※編注:買収前の旧ZOWIE GEAR)を傘下に収めることが最良だと判断した次第です。
4Gamer:
旧ZOWIE GEARはプロゲーマー向けのマウスやマウスパッド,キーボード,ヘッドセットを展開し,いまおっしゃったように,BenQとの協力で市場投入してきたディスプレイでも実績がありますが,残念ながら今回のイベントで新製品は展示されませんでした。
Chris Lin氏:
BenQとしては,この数か月にわたって,BenQの製品ラインナップにおけるZOWIEブランドの整理を行ってきました。コアゲーマーの気持ちを最もよく理解しているZOWIEの方針を尊重し,ディスプレイのXL型番を「PCゲーマー向け」,RL型番を「家庭用ゲーム機向け」と位置づけし直しています。
また,ご存じのとおり,旧ZOWIEのマウスやマウスパッド,ケーブルマネジメント(※ケーブルアンカー,マウスバンジーともいう)製品はBenQ ZOWIEブランドとして一体化しました。
4Gamer:
いまマウスとマウスパッド,ケーブルマネジメント製品の話が出ましたが,旧ZOWIEはキーボードやヘッドセットも以前展開していましたよね。ブランドとして新生したことで,新しい製品ジャンルへの進出はあり得るのでしょうか。
Chris Lin氏:
2つのブランドの融合はまだ始まったばかりですから,「それ以外」のジャンルに向けた開発はこれからです。皆さんを脅かせるのに十分な,新ジャンル製品の開発を進めていますよ。
4Gamer:
その製品のリリース時期や,ロードマップを教えてもらえませんか。せめてヒントだけでも。
Chris Lin氏:
ダメです(笑)。
4Gamer:
さて,BenQがZOWIEを吸収したことで,ハードコアなゲーマーの一部は,「大企業に買収されたZOWIE」がこれまでのものから変わってしまうのかと心配しています。
このあたり,実際問題としてはどうなんでしょうか。
Chris Lin氏:
BenQは,製品の性能(Performance)と品質(Quality),位置付け(Position)という3つ要素を重視して製品開発をしている企業です。BenQの傘下となったZOWIEにも,この3要素が適用,要求されることは間違いありません。
ただし,ZOWIEの確固たるブランド力を,BenQが自ら壊すことはあり得ません。ZOWIEは,世界で最もプロゲーマーやe-Sportsプレイヤーから認められた製品ブランドですからね。
4Gamer:
旧ZOWIEを立ち上げたVincent Tang(ヴィンセント・タン)氏以下の開発スタッフに変化は生じているのでしょうか。
Chris Lin氏:
主要な開発スタッフは以前と変わりません。ZOWIEはカジュアルなゲーマーではなく,e-Sportsプレイヤー,そしてコアゲーマー向けのブランドであり,彼ら彼女らのために製品開発を行うのだという精神や文化は,これまでもこれからも変わりません。
4Gamer:
ZOWIEの製品は,開発に時間がかかり,私達報道関係者に当初お伝えいただいていたリリーススケジュールから遅れることがよくありましたよね。BenQのゲーム製品部門としては,そのあたりをどうハンドリングするつもりですか。
Chris Lin氏:
BenQは品質を重視するメーカーであると同時に,ユーザーの期待を裏切ることを嫌がる企業でもあります。なので,そのあたりは「努力」していく姿勢になっていくと思います(笑)。
ゲーマー向けディスプレイの新製品が今年展示されない理由
4Gamer:
BenQがCOMPUTEX TAIPEI 2016に合わせて開催するメディア向けイベントには数年にわたって参加していますが,今年はゲーマー向けディスプレイ関連の新製品がありませんでしたね。これはどうしてでしょうか。
2016年は,HDR(High Dynamic Range)やBT.2020の広色域,144Hzを超える垂直リフレッシュレートといった技術トレンドが多いので,きっとそういう製品があると期待していたのですが。
Chris Lin氏:
その点については(誤解を解くために)1つ断言しておきましょう。BenQ ZOWIEのゲーマー向けディスプレイ製品シリーズは,最新技術の採用を優先していません。
4Gamer:
つまり,HDRや広色域,144Hzを超える高い垂直リフレッシュレートといった要素は,e-Sportsプレイヤーやコアゲーマーの十分な関心をまだ集めていないということですか。
HDRの対応ゲームはまだ市場にそれほどありませんよね。対応グラフィックスカードの選択にも気を使う必要があります。あえて言うならば,まだe-Sportsの現場で標準と見なされる要素にはなっていません。
e-Sportsの世界では「勝つか,負けるか」がすべてなのです。私達もディスプレイメーカーですから,IPSパネルのほうが発色に優れることはもちろん知っていますよ(笑)。
ただ,BenQ ZOWIEのゲーマー向けディスプレイでは,高速応答性に優れるTNパネルをあえて採用しているのです。それは単純に,TNパネルが「勝利に最も近い」選択だからですね。
BenQ ZOWIEとBenQの製品とでは,同じ「ディスプレイ」という製品ジャンルであっても,その開発のコンセプトの起点はまったく異なると言ってもいいでしょう。HDRとか,そういう新技術に対応したディスプレイは当面の間,BenQブランドのほうに任せることになると思います。
4Gamer:
先ほどもお話しいただきましたが,「ZOWIEの開発スタイルは変わらない」ということですね。ZOWIEブランドのゲーマー向けディスプレイでは,今後もプロゲーマーが開発に参加するという理解でいいでしょうか。
我々BenQの持つノウハウと,ZOWIE側が持つノウハウを結集して製品開発を行いますから,そうした部分に変化はありません。
具体的な名前は挙げませんが,他のメーカーのゲーマー向けディスプレイの開発スタイルはこうです。「メーカーのエンジニアが基本設計をして,それに対し,プロゲーマーのような専門家達がチューニングのアドバイスをする」。
しかし,BenQ ZOWIEは違います。まずプロゲーマーが要求仕様を出します。それを実現するためにエンジニアが知恵を絞って開発を進めていくのです。付け加えると,ZOWIE側の開発チーム自体にもプロゲーマーや元プロゲーマーが在籍しています。
プロゲーマーが開発において果たす役割が,他社と比べると圧倒的に大きく,そして,e-Sportsで勝利するための製品を開発する。この点でZOWIEは,BenQ傘下になる前と後とで何も変わりません。
4Gamer:
先ほど製品の位置づけが多少変わったというお話も出ましたが,どちらかといえばXLシリーズはFPS向け,RLシリーズの最新モデルは格闘ゲーム向けですよね。一方で世間ではMOBAが花盛りだったりもするわけですが,実際問題として,現在のZOWIEではどういったゲームを想定してディスプレイを開発しているのでしょうか。
Chris Lin氏:
特定のタイトルのためという製品開発は行っていませんが,e-Sportsの大会で採用されるようなタイトルは,BenQ ZOWIEとしてすべて想定しています。
ゲームジャンルで言えば,ZOWIEはFPSゲーマーに向けた製品が多かったわけですが,現在はご指摘のMOBAや,STG,格闘ゲームなどのジャンルに対応する製品の開発も行っています。
4Gamer:
MOBA以外にも開発中なんですか! それは楽しみにしています。
ちなみに,「テトリス」とか「ぷよぷよ」のような,落ちモノ系パズルゲームはどうですか。日本では対戦ゲーム競技として人気があるんですが。
Chris Lin氏:
世界規模で多くの競技者が増えてくればいずれ,といったところですかね。直近の選択肢としては考えていません。
BenQブランドにおける直近の開発動向
4Gamer:
(※ここでHuang氏が登場し,インタビュイーとして参加してくれた)Huangさんには,ZOWIEではなく,BenQのディスプレイビジネス全体について伺いたいと思います。
今回のプレスイベントで,HDRやBT.2020,144Hz以上のハイフレームレート対応などのディスプレイ製品の発表がありませんでした。ZOWIEブランドで最新技術動向を追いかけることはしないとのことでしたが,BenQとしてはいかがでしょう。
弊社は今年,プロフェッショナル用と業務用ディスプレイの新製品リリースに注力しました。
写真家,ウェブデザイナーに向けた「SW2700PT」がその1つですね。10bitカラー対応,AdobeRGB対応の広色域対応だけでなく,Webデザインなどに向けて簡単にsRGB色空間へ変更できる機能も持っています。
もう1つ,目に優しい「Eye-Care」シリーズとして「EW2775ZH」も投入しました。これは,長時間ディスプレイを注視することになる業務従事者向けの製品です。
HDR対応をはじめとした最新技術に対応した新製品は,2016年第4四半期のタイミングで発表ができるかと思っています。期待していてください。
4Gamer:
楽しみにしています。
もう1つ。COMPUTEX TAIPEI 2016における大きなトレンドの1つとしてVR(Virtual Reality,仮想現実)があります。BenQとしてVR事業への参入は考えていますか。
Enoch Huang氏:
我々は,直視型ディスプレイ機器メーカーということもあり,VRについては冷静な視点で見ています。VRは直近だと,一般ユーザー向けに浸透する可能性は低く,ニッチな分野向けになるのではないでしょうか。
ただ,そのニッチを無視するわけではありませんし,プロ用途での可能性を感じています。医療従事者向けや,教育・訓練用途などは,VR技術が重要になるので,そうした分野への製品開発は検討していかなければならないでしょう。
4Gamer:
となると,一般ユーザー向けの市場に向けて動く予定はいまのところないということですか。
一般ユーザー向けのVR製品について,「私達は提供のタイミングを窺っている段階です」以外にお話しできることは何もありません。
ただ,BenQとして,VR関連で1つ問題だと考えているのは,VR対応ヘッドマウントディスプレイ(以下,HMD)メーカー各社が,独自の仕様やSDK(ソフトウェア開発キット)に基づいたシステムを採用していることです。
逆に言えば,一般ユーザーは,統一規格になっていないVR対応HMDからどれを選ぶか考えなければならず,これがVR HMD製品を購入しづらくしているのが現状だと思います。
OSとSDK,その両方において標準的なVR仕様が規定されたときこそが,(市場参入に向けた)最良のタイミングということになるでしょうね。
4Gamer:
ありがとうございました。
BenQのブランドとなったZOWIE――Chris Lin氏は「BenQ ZOWIE」と好んで使っていた――は,旧ZOWIE GEAR時代から変わらず,e-Sportsシーンやコアゲーマー向けの製品を展開する。そして,開発体制は互いのよいところを持ち寄って融合していくというのが,BenQによるキーメッセージだ。
MOBAやSTG,格闘ゲームをターゲットにした,次の動きに期待したいところだ。
BenQというディスプレイメーカーについては,短い時間ながらも,“ラスボス”から貴重な情報が得られた。直視型ディスプレイ機器メーカーなので,VRに関しては慎重なのは想像ついたが,その理由に挙げられた「VR規格の足並みがそろっていないうちは,BenQとして手が出しにくい」というのは一理ある理由である。
そしてその観点からすると,MicrosoftがWindows向けのVRおよびAR(Argumented Reality,拡張現実)およびMR(Mixed Reality,複合現実)ソリューション規格「Windows Holographic」をサードパーティに開放するとCOMPUTEX TAIPEI 2016で発表したのが,BenQに何か動きを起こすかもしれない。このあたりは,また来年の取材の機会にでも聞いてみたいものだ。
また,Enoch Huang氏が,2016年第4四半期にもBenQがHDR対応ディスプレイを出す可能性に触れていたことには興味がそそられる。これについても,首を長くして待ちたい。
※同席していた担当編集による追記
ZOWIEのコアなファンからすると,「BenQがいくら融合と唱えたところで,Vincent Tang氏がいないのでは……」と思うかもしれないが,実のところ,インタビューの現場にTang氏は同席しており,インタビューの前後には,雑談にも付き合ってくれている。正直,氏をSteelSeries時代から知る担当編集としては,インタビューの内容よりも,氏が同席していたというこの事実に一番安堵したというのが正直なところだ。
Tang氏は「BenQのゲーム部門」におけるスポークスパーソンの座から下り,いまはZOWIE側の開発チームを率いて,製品開発に専念している。旧ZOWIE GEARは,氏が立ち上げたブランドであるだけに,Tang氏が新ZOWIEを率いている限りは,今後もブレることなく,ターゲットとなるユーザー向けの製品開発を進めてくれるだろう。
ZOWIE公式Webサイト(英語)
BenQ日本語公式Webサイト
COMPUTEX TAIPEI 2016取材記事一覧
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