インタビュー
社会に全力で立ち向かいたい人のための,PS3「WHITE ALBUM2」インタビュー。シナリオ・丸戸史明氏,原画・なかむらたけし氏に聞く,その思惑
時間がいちばん残酷で,優しい?
4Gamer:
これはどうしてもお聞きしたかったのですが,学生時代のエピソードから,何年か先の未来にまで三角関係を持ち越すという本作の構造を見ると,先行する作品が思い出されるところがあります。本作を制作するにあたって,そういう同ジャンルの作品を意識されることはあったのでしょうか。
丸戸氏:
意識しなかったといえば嘘になりますね。恐らく皆さん同じタイトルを頭に思い浮かべていると思うのですが(苦笑),ただ構造という意味では「2」はかなり違いがある。あれは一番ショッキングな「仕掛け」がごく序盤にあって,それが良かったわけですけど,本作の場合,その「仕掛け」――codaの存在は,一番最後にとってありますよね。
4Gamer:
確かに。つまり,その「仕掛け」をあえて最後に持ち越す形にするところが,丸戸さんの作風だと?
丸戸氏:
うーん。作風かと聞かれれば,そうかもしれないです。
4Gamer:
個人的には,そういう着実に積み上げられたキャラクターの歴史と,張り巡らされた伏線による生々しい人間ドラマが,丸戸作品の持ち味だと感じているんです。
丸戸氏:
でも生々しさというのは,僕にとっては,本来アクセントに過ぎないはずなんです。作品のカラーに合わせてシナリオの方向性を調整するのが,外部ライターである僕の本来の仕事ですからね。でも今回に限っては,そういうことを意識しないで良いとアクアプラスさんに言ってもらえて。
4Gamer:
それもある意味,すごい英断ですよね。
丸戸氏:
まったくです(笑)。だから今回は,ハッピーエンドにしなくちゃとか,そういうことはまったく考えませんでした。それなら行けるところまで行ってみよう,という感じで取り組んだ結果が,今ここにある「2」なわけです。
4Gamer:
気になっているのは,本作における時間の役割なんです。三角関係を扱った作品では,一つの落としどころとして,時間がすべて流しさってしまうという解決方法があるじゃないですか。でも雪菜なんかは,時間では何も変えられないと,作中ではっきり言っていたりする。丸戸さんご自身としてはいかがですか。やはり雪菜と同じ考えなのでしょうか。
丸戸氏:
いや,それは僕もありえると思いますよ。……いや,単に分からないだけなのかな。結局「2」では,そこまで踏み込めなかった,というのが正しいかもしれない。そもそも答えが出ない問題なのかもしれないです。
4Gamer:
なるほど……。やっぱりそういう物語に対する真摯さが,丸戸作品を丸戸作品たらしめているという気がします(笑)。もちろん,先行作品に対するリスペクトも,多分にあるのでしょうけど。
丸戸氏:
そうそう,意識した作品という意味では,もっと原点に近いものがあるんですよ。「きまぐれオレンジ☆ロード」の映画で「あの日にかえりたい」って,あったじゃないですか。
4Gamer:
ああ! 三角関係の結末を描いたアニメとしては,まさに古典ともいえる名作ですね。……原作の全否定に近い内容ですから,原作ファンにはすこぶる評判が悪いみたいですが。
※「きまぐれオレンジ☆ロード あの日にかえりたい」……人気漫画を元にしたテレビシリーズの人気をうけ,1988年に制作された劇場用アニメ作品。監督は望月智充氏。原作/テレビシリーズでは描かれなかった,主人公達の恋愛の結末が描かれている。その作風はひたすらに重く,明るいラブコメ路線を崩すことのなかった原作からは,大きく逸脱したものとして賛否を呼んだ。
丸戸氏:
そうそう。当時僕は,あの原作をもの凄くイライラしながら見ていて――といっても,本棚に全巻揃えていたくらいだから,愛憎半ばしているというのが正しいんですが――でもこの映画版だけは,手放しで絶賛できる。意識したという意味では,「2」はむしろこの作品の流れをくんでいるんだと思います。
4Gamer:
ああ……あの雨の中,ずっと恭介(きまぐれオレンジ☆ロードの主人公)を待ち続けているひかるちゃん(同,ヒロイン)を,分かっててガン無視するシーンがまさに。うう,もう思い出すだけで胃が痛くなってきました(笑)。
丸戸氏:
もう,最高ですよね! 望月監督のああいう感じの仕事は,僕もすごく好きなんですよ。
4Gamer:
なんだか,すごく納得してしまいました(笑)。ちなみに余談なんですが,「2」の物語は,最初の企画書の時点から,今のような話だったんですか?
丸戸氏:
全然違う話でしたね。舞台が九州で,ストリートライブをやっている主人公のギターに歌を合わせる女の子が現れて。一緒に活動を始めるんだけど,主人公ではなくて女の子の方に人気が出ちゃって次第に離れていく……みたいな。今よりも,もっと「1」に近い構図だったと思います。完全に思いつきだったので,企画にOKが出たあと,すぐに今の形に変えちゃいましたけど。
4Gamer:
ええっ。その状態でよくOKが出ましたね。しかもこういってはなんですが,ビジュアル的にはすごく地味な作品ですし……企画が通って本当に良かった。
丸戸氏:
そこがまず,奇跡ですよね(笑)。
幸せの向こう側へ
4Gamer:
さて,最後はPlayStation 3版の新要素,そしてWHITE ALBUMの今後の展開についてうかがっていきたいと思います。PlayStation 3版では,丸戸さんの書き下ろしによる新シナリオが収録されるとのことですが,これはどんな内容なんですか?
丸戸氏:
これに関しては,まだ未プレイの人も少なくないと思うので,匂わせる程度にしたいと思いますが,codaの後日談を描いたシナリオになります。さっきも言ったとおり,サブタイトルの「幸せの向こう側」というのは,「裏で泣いている人がいる」ということなんですが,でも「幸せの向こう側」が,不幸ばかりなのかというと,決してそういうわけじゃない。そういうことを書いたシナリオです。
4Gamer:
うーん,気になります。もう少し具体的には?
丸戸氏:
分かりやすく言うと,浮気エンドの後日談ですね。
なかむら氏:
春希くんがちょっと大変なことになったあとの,休職中のお話になります。かなり鬱屈したところからスタートして,その後いかに立ち直っていくか,という。だから,追加したイベントシーンも暗めのものが多いです(笑)。
丸戸氏:
でも内容的には,結構淡々と進むんですよ。これでようやく,最初に言った初代のWHITE ALBUMらしい,何もできないまま流される主人公が描けたんじゃないかと。少なくとも,そこに挑戦はしたつもりです。
なかむら氏:
そうは言っても,なんとか答えをだそうとするのが春希くんですからね。だた無力感に打ちひしがれるような感じではないです。というか,結局そこまではできなかった。
丸戸氏:
そうそう。答えを出そうとすると,そうはならないんだよね。僕も根は良い人なんで,宙吊りにはしない方向にしてあります(笑)。
4Gamer:
なるほど。追加シナリオとして,この分岐の先を書こうと思ったのには何か理由が?
丸戸氏:
構想自体は最初からありました。ファンディスクの追加シナリオといえば,だいたいエピローグから数年後という風に相場が決まってるじゃないですか。だから,今回は本編とファンディスク的シナリオの間を埋めるエピソードにしたかった。そうしたら,ここしかなかったんですよ。
なかむら氏:
ほかのルートだと,どうしてもイチャイチャしすぎてしまうので,WHITE ALBUMらしくないですしね。
4Gamer:
テキスト量やCG枚数的には,どれくらいの分量なのでしょうか。
丸戸氏:
追加シナリオのテキストだと200KBくらいですね。ちなみにICからcodaまでの本編の容量は,だいたい4.6MBぐらいだったと思います
なかむら氏:
追加CGでいうと,全体で30枚ぐらいでしょうか。既存シナリオに追加したものと,新シナリオ用に制作されたものを合わせての数ですね。
丸戸氏:
あと追加要素という意味では,これまでに発表されたノベルやボイスドラマが,ゲームを進行していくことでアンロックされるようになって入っているので,PC版をプレイ済みという人も,ぜひ遊んでいただければと。
4Gamer:
分かりました。楽しみにしたいと思います。「WHITE ALBUM 2」の今後についてですが,まさかPlayStation 3版で終わり,ということはないですよね?
なかむら氏:
まあPlayStation 3版が,一つの区切りであることは確かですが。でも,また何らかの形で続いていく……かもしれないので,そこはゲームをプレイしながらお待ちいただければと思います。PlayStation 3版の作業が終了して,個人的にはもう,このあと厄介なことにならなければいいなと思うばかりです(笑)。
丸戸氏:
それだと,もう続かないほうが良いみたいに聞こえるじゃないですか(笑)。
なかむら氏:
いやいや,もうこのプロジェクトに関わってかれこれ5年ですからね。かなり長くやってきた感慨があるんですよ。
丸戸氏:
「ToHeart2」だってもう10年近くやってきているんですから。「WHITE ALBUM2」だって,まだまだ大丈夫ですよ!
なかむら氏:
確かにプロジェクトが大きく,長く続いてくれるのは,本当に恵まれたことでですよね。私としても,この仕事で得られたものは大きかったと思っています。
丸戸氏:
僕もPlayStation 3版の作業は終わっているハズなんですが,なぜか今日も夕方からアクアプラスさんに捕まっているわけで,まだまだ何かありそうな予感がします。ちなみに今後ファンディスク的なものをやるとしたら,僕の希望としてはWHITE ALBUMというタイトルはもう使いたくないなあ,というくらいです。
4Gamer:
それはまた,なぜですか?
丸戸氏:
もしこれから先の話を描くとしたら,それは幸せなお話になってしまいますからね。だから,悲しい物語は今回でやりきってしまおう。そういう思いで作ったのがPlayStation 3版なんです。だから次があるとしたら,「かずさの新妻ダイアリー」とか,そういうタイトルがいいですね(笑)。
4Gamer:
ああ,なるほど。確かにそれもいいですね(笑)。では最後に,PlayStation 3版でWHITE ALBUMの虜になったファンの皆さんに,メッセージをお願いします。
なかむら氏:
まずこのゲームに関わって自分が痛感したのは,本作をプレイしてくれる皆さんには,一般のギャルゲーとは違うところを見てくれている人達が多いな,ということなんです。アクアプラスとしては,必ずしもシナリオ重視のタイトルだけを続けているわけではないのですが,それでも皆さんに長らく支持をいただけているのは,こうした作品があってこそだと思っています。だからこそ,そういうプレイヤーさん達の期待に,僕等は応えていきたい。なので,これからも期待して見守っていただけければと思います。
丸戸氏:
僕としましては,まず「このゲームを買ってプレイするなんて,あなたってとんでもないMね」という言葉を,皆さんに贈りたいと思います(笑)。そんな皆さんのおかげで,僕の嗜虐性にもますます磨きがかかって,本当に感謝しています。これからも,この調子でゲーム作りに励んでいきますので,ぜひ期待していただければと。
ただ,最近は富士見ファンタジア文庫さんで「冴えない彼女の育てかた」という小説も書いておりまして,どうやらそちらも続いていくような感じです。そういった中で,どういうスパンで,またどういうバランスで作品を制作をしていくかを,ただ今模索している最中です。ですがいずれにせよ,今後も色々なところで読者の皆さんにお目にかかりたいと思っていますので,これからも応援をどうかよろしくお願いします。
4Gamer:
はい。今後の展開にも期待させていただきます。本日はありがとうございました。
WHITE ALBUM 2を改めてプレイして驚くことは,ノベルゲームとしての本作が,実にオーソドックスなものであるということだ。ゲームシステム的には何も奇をてらわず,また演出面に関しても,これまでのノベルゲームから逸脱するような部分は,ほとんどないと言っていい。それはシナリオについても変わらない。キャラクター達は,剣も魔法も,奇跡も存在しない世界――我々の住む世界と地続きの世界を生き,それぞれに社会と向き合っている。
にもかかわらず,この作品は圧倒的な迫力でプレイヤーに語りかけてくるのだ。その裏側には,丸戸氏やなかむら氏をはじめとした,本作の制作陣が作品に込めた確かなメッセージ――人間観がある。これを名作と呼ばずして,なんと呼ぶべきだろうか。
本作をプレイすることで得られる体験は,要約や紹介では決して味わえるものではない。PlayStation 3版の発売からすでに2か月が経過した時期ではあるが,ネタバレを恐れず本稿を読んでしまった好奇心旺盛な読者にこそ,本作をプレイしてもらいたい。「WHITE ALBUMの季節」が終わる前の今だからこそ,多くの人が本作を手に取って,春希達の数年にわたる物語に身を委ねてほしいのだ。そこには現実以上に現実的で,それゆえに感動的な人間ドラマが待っている。それだけは,筆者が保証しておこう。
――2012年11月5日収録
■■■村上裕一(ライター)■■■
1984年生。批評家。多聞クリエイティブ(http://bonet.info)代表。哲学や純文学から,アニメやライトノベルまでを射程とする。著書に「ゴーストの条件」(講談社BOX)。BOX-AiR小説新人賞ではプレゼンターを担当。Webスナイパーにて「美少女ゲームの哲学」を連載中。東 浩紀氏のゲンロンスクールにて来年2月より美少女ゲーム関連の出講を予定。「ユリイカ」「読書人」等でも執筆中。
「WHITE ALBUM2 幸せの向こう側」公式サイト
- 関連タイトル:
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