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PS4版「コール・オブ・クトゥルフ」をより深く楽しむための6つのトリビア。すべての探索者とキーパーに贈る,先行インプレッションを掲載
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印刷2019/03/21 00:00

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PS4版「コール・オブ・クトゥルフ」をより深く楽しむための6つのトリビア。すべての探索者とキーパーに贈る,先行インプレッションを掲載

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 海外では2018年10月に発売されたホラー・アドベンチャーゲーム「Call of Cthulhu: The Official Video Game」PC / PS4 / Xbox One)の日本語版,「コール・オブ・クトゥルフ」PS4)が,オーイズミ・アミュージオより2019年3月28日に発売となる。

 本作のタイトルである「Call of Cthulhu」は,20世紀前期に活動したアメリカの怪奇小説家,Howard Phillips Lovecraft(ハワード・フィリップス・ラヴクラフト / 以下,ラヴクラフト)が,1926年の夏に執筆した代表作のタイトルである。また,ラヴクラフトとその友人や後続作家達が,自分らが創造した太古の神々や魔術書などの固有名詞を互いの作品で共有するというお遊びを通して作りあげていった架空の神話大系「クトゥルフ神話」,そして,この神話を題材として米Chaosium(ケイオシアム)が開発したテーブルトークRPGの原題でもある。

 今回取り上げるPS4版「コール・オブ・クトゥルフ」は,このテーブルトークRPG版をベースにしたものであり,本稿ではその内容を紹介するとともに,背景となる「クトゥルフ神話」の世界観を解説していく。その中でPS4版をプレイするにあたって,頭に入れておくとより楽しめるだろうトリビアも紹介しているので,プレイのお供にぜひご一読いただきたい。

※「Cthulhu」の日本語表記には諸説あり,筆者は英語圏での一般的な発音に合わせた「クトゥルー」を用いるようにしている。だが本稿では,ゲーム内表記に合わせて「クトゥルフ」とした。

本作のタイトルロゴは,テーブルトークRPGの「Call of Cthulhu」(邦題:クトゥルフ神話TRPG)と同じものが用いられている。つまりChaosiumの公式ライセンス作品というわけだ
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「コール・オブ・クトゥルフ」公式サイト



1924年10月,マサチューセッツ州ボストンにて


 ではまず,PS4版「コール・オブ・クトゥルフ」の舞台から紹介していこう。
 本作の主人公はアメリカ合衆国の北東部,マサチューセッツ州の州都であるボストンの一角に小汚い事務所を構える,エドワード・ピアースという名の私立探偵だ。ときは第一次世界大戦の記憶もまだ生々しい1924年の10月。戦争中,敵軍の砲火によって壊滅的な打撃を受けた部隊,「ロスト・バタリオン」の数少ない生き残りである彼は,忌まわしい記憶と夜ごとに襲い来る悪夢に苛まれ,睡眠薬と酒に溺れる日々を送っていた。
 そんなある日,契約先であるウェントワース探偵事務所から免許剥奪の可能性をちらつかされたピアースの事務所を,ボストンでも名の知れた裕福な実業家,スティーヴン・ウェブスターが単身訪れる。彼の娘であり,チャールズ・ホーキンスに嫁いだ高名な画家のサラが,家族三人そろって自宅で謎めいた死を遂げたというのである。

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 ウェブスターからの調査依頼を受けたピアースは,事件が起きたボストン沖の小島,ダークウォーター島へと向かう。行く手で何が待ち受けているのか,知るよしもないままに――。というのが,本作の導入部分である。クトゥルフ神話の原典小説,および伝統的なスタイルの「クトゥルフ神話TRPG」に触れたことのある人にとっては,いかにも,と感じるスタートではないだろうか。

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 さて本作がテーブルトークRPGをベースとしていることはすでに述べたが,そっくりそのままというわけではない。テーブルトークRPGから引き継いでいるのは,おおよそ以下の3点である。

■「クトゥルフ神話TRPG」ベースの世界観


「クトゥルフ神話TRPG」(エンターブレイン刊,価格:税込6090円)※リンクはAmazonアソシエイト
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 創始者とも言うべきラヴクラフトの時代から,「クトゥルフ神話」には公式の世界観と呼べるものが存在せず,作家達は思い思いの設定を新たにこしらえ,既存の設定をアレンジして自由に作品を創造していった。しかしゲームの背景世界として採用するとなると,背景設定のすべてをプレイヤーの取捨選択に丸投げするわけにもいかない。とりわけ登場するモンスターの性質や外見描写,能力値などは統一しておく必要がある。
 そこでChaosiumのゲームデザイナーであったSandy Petersen(サンディ・ピーターセン)は,「クトゥルフ神話TRPG」の制作にあたって独自に「クトゥルフ神話」の体系化に取り組み,それを基本ルールブックにまとめた。これが1981年に発売された「クトゥルフ神話TRPG」である。

 それから38年,この独自の世界観はルールブックの改訂や数多くのソースブックを通して数多の神話作品を貪欲に取り込み,発展を続けてきた。今回発売となるPS4版「コール・オブ・クトゥルフ」の背景設定は,こうした「クトゥルフ神話TRPG」の世界観に基づいたものとなっている。つまり,「クトゥルフ神話」の原典とされる小説群とはやや異なる,独自の世界観なのだ。

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■正気度


 「SAN(サン)値」の通称で知られる「正気度」は,「クトゥルフ神話TRPG」特有のゲームシステムである。SANは「Sanity」の略称であり,つまり字義どおりキャラクターの“正気”の度合いが数値で表される。この正気度は,禁断の知識の一端に触れたり,凄惨な光景や恐ろしい怪物に遭遇することで減少することがあり,最終的に正気度が0になるとプレイヤーキャラクターは発狂――事実上のデッドエンドとなる。
 「クトゥルフ神話TRPG」がベースのPS4版にも正気度は存在するが,数値ではなく渦巻き状のゲージとして表現されている。このゲージは「トラウマ」となるイベントに遭遇することで減少していき,ある閾値を超えると選択できなくなる行動が増えていく。正気度が尽きても即ゲームオーバーというわけではないようだが,正気度をなるべく高く保ったほうが,主人公が生還できる可能性は高そうだ。
 なお開発中のニュースでは,主人公が持つ「フォビア(恐怖症)」を選択できるシステムが予告されていたが,製品版では廃案となり,デフォルトの「閉所恐怖症」のみになったようだ。

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■スキルシステム


 プレイヤーが操るキャラクターは,テーブルトークRPGなら自由に作り出すことができるが,デジタルゲームではそうはいかない。キャラクターの名前や性別,職業は固定で,テーブルトークRPGの用語で言うならプレロールドキャラクターといったところだ。
 ただしスキル(技能)については,CP(キャラクターポイント)を割り振る形である程度は自由に設定が可能だ。ゲーム中に登場するスキルは以下の7種類で,「クトゥルフ神話TRPG」そのままとは言えないが,よく使用するものがコンパクトにまとめられている。

  • <話術>:雄弁さによって対話相手に影響を与える能力。TRPG版の<説得>に相当。
  • <目星>:本作では隠しオブジェクトを発見する能力。これはほぼそのまま。
  • <筋力>:肉体的な力を引き出す能力。本作には能力値がないためスキルとして扱われる。
  • <調査>:TRPG版の<図書館> <鍵開け> などを含む,総合的な調査スキル。
  • <心理学>:人間の行動に関する知識。これもほぼそのまま。
  • <医学>:医療知識。おおむねTRPG版の<応急手当>に相当。
  • <オカルト>:オカルト科学の知識。どうやら<クトゥルフ神話>を含むようだ。

 キャラクターメイキングでは初期値として8CPが与えられ,1CPをスキルに割り振るごとに5増加させられる。スキルの数値はおおむねこれがそのまま成功率になるので,1CPにつき5%アップと考えればよい。

<医学>と<オカルト>については,例外的にキャラクターメイキングの時点でCPを割り振れない。これらのスキルを上昇させるには,ゲーム内で書物などのアイテムを見つけるか,特定の行動を取る必要がある
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 こうして取得したスキルは,ゲーム中ことあるごとに使用され,物語の進行に大きく関わってくる。例えば,島に上陸したピアースは,調査を進めるべくある場所に潜入することになるのだが,そのための手段はいくつも用意されている。ただ,手段が分かっていたとしても,それを実行に移せるかどうかとなると,話は別だ。
 とある人物の協力が得られればすんなり忍び込めると分かってはいても,<話術>が低ければうまくいくかどうか分からない。あからさまに怪しい進入路を見つけても,<筋力>が低ければ扉を開くことができない。また<調査>が低いと,そもそも扉を見つけることができないかもしれない。
 ゲームを進めていけば,新たに獲得したCPでスキルを伸ばすことも可能だが,とくに序盤においては,最初にCPをどのスキルに割り振るかによって,取れる行動が大きく変わってくる。スキル判定に失敗したからといって,進行が詰むようなことはない(失敗することで得られるトロフィーもある)が,選択肢は広いに越したことはないはずだ。

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 なお,本作ではセーブデータを4スロット分保存できるが,セーブ自体はゲームの進行によって自動で行われるため,「途中からやり直す」ことが事実上不可能となっている。キャラクターの成長方針を途中で変えようと思っても,結局は最初からやり直すハメになるので,ゲーム開始前には,下記のようにある程度決めておいたほうがいいだろう。

  • 肉体派:とりあえず,大抵のことは筋肉でどうにかする脳筋タイプ。<筋力>を特に上げておく。<調査>もある程度欲しいところ。
  • 社交派:舌先三寸口先八丁。NPCの信頼や協力を得て,さくさくと物語を進めていくタイプ。<話術><心理学>を上げておく。
  • 技巧派:身につけた手先の技術が物を言うタイプ。<目星><調査>を上げておく。肉体派もしくは社交派との兼用が必要かも。


「コール・オブ・クトゥルフ」を楽しむための6つのトリビア


 物語の中心的な舞台となる,ホーキンス家の邸宅が存在するダークウォーター島は,本作オリジナルの架空の島である。特定の先行作品をモチーフとしたものではなく,物語の背後に見え隠れするクトゥルフ神話的な用語やシンボルについても,事前知識を必要とするものというより,「雰囲気」を作り上げるための小道具として活用されているようだ。
 ただし,そこは海外の作品ということで,アチラの人間には馴染みがあっても,日本人ではなかなかピンとこない部分も少なくない。ここでは物語の歴史的な背景について,少しばかり解説してみることにしよう。この6つのポイントを押さえておけば,より「コール・オブ・クトゥルフ」を楽しめるハズだ。

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1.ラヴクラフトカントリーとボストン


 アメリカ合衆国の北東の端に固まるマサチューセッツ州,ロードアイランド州,ニューハンプシャー州,バーモント州,コネチカット州,メイン州を合わせた地域は,ニューイングランド地方と呼ばれている。
 ピューリタンの一派に属する102人の英国人達――ピルグリム・ファーザーズが,新たな「神の国」を建設するべくメイフラワー号で故国を後にし,マサチューセッツ州のプリマス湾に上陸したのは1620年。この土地に彼らが建設した「共有地(コモン)」と呼ばれる街こそが,アメリカ最初の植民地である。彼らはやがて,このプリマス植民地から各地に散らばっていくことになる。

ニューイングランド地方 "Map of USA with New England highlighted" by en:User:Wapcaplet is licensed under CC BY 2.0, from Wikimedia Commons
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 クトゥルフ神話の創造者であるラヴクラフトは,ロードアイランド州の州都プロヴィデンスの出身で,隣のマサチューセッツ州を中心にニューイングランド地方の各地へとしばしば旅行に出かけては,滞在した土地や,そこをモチーフとする架空の町や村を作品の舞台にした。例えば,物語の舞台としてたびたび登場する架空の都市「アーカム」は,アメリカ史の恥部と言われる1692年の魔女裁判の舞台となったマサチューセッツ州セイラム(事件が起きたのは正確にはセイラムの近くにあったセイラム・ビレッジで,現在の地名はダンヴァース)が,「インスマス」はマサチューセッツ州北東部のニューベリーポート,グロスターなどの港町がそれぞれモチーフになっている。そのため,これらの土地はクトゥルフ神話ファンの間で「ラヴクラフトカントリー」と総称されている。

 ピアースが探偵事務所を構えるボストンは,都市の地下に巣食う食屍鬼の恐怖を描くラヴクラフトの「ピックマンのモデル」の舞台であり,本作で重要な役割を果たす画家サラ・ホーキンスを彷彿させる異形の画家リチャード・アプトン・ピックマンがアトリエを構えていたのは,ボストン北部に広がるイタリア系移民の町,ノースエンド地区だ。


2.ダークウォーター島の正体


ナンタケット島の船着き場(撮影:森瀬 繚)
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 実際のボストンの沖には,トンプソン島,スペクタクル島,ロングアイランド島などいくつかの小さい島が存在しているが,19世紀の頭に捕鯨の補給基地として栄えていたという点を鑑みるに,マサチューセッツ州南東に位置するナンタケット島が,ダークウォーター島の直接のモチーフと思われる。

 アメリカ合衆国は,今でこそ商業捕鯨に反対する立場を取っているが,かつては世界有数の捕鯨国だった。彼らが主に狙ったのは良質の鯨油を大量に蓄えているマッコウクジラで,17世紀に沿岸部の獲物を狩り尽くしてしまうと,今度は太平洋に乗り出していった。江戸時代の末期,合衆国が日本との交易を強く求めた背景には,捕鯨船の補給を行う寄港地の獲得という目的もあったのである。
 19世紀の中頃まで,ナンタケット島は世界有数の捕鯨港として栄えた東海岸最大規模の港町であり,ハーマン・メルヴィルの「白鯨」,エドガー・アラン・ポオの「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」といった冒険物語の出発地もここだった。

 ピアースを島に運んでくれる定期船の船長で,ダークウォーター港の港長でもあるジェームズ・フィッツロイの事務所には,「白鯨」の映画作品などでお馴染みの銛や,鯨油の買い取り相場が書き込まれた黒板といった,かつて捕鯨で栄えていた時代を想起させる品々が並んでいる。

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 なおゲーム内のダークウォーター島には,失われた民族の遺構が残っているという設定だが,ナンタケット島もまた,白人がやってくる以前は先住民族のワンパノアグ族が居住していた。このワンパノアグ族は,クトゥルフ神話の物語群においてしばしば言及される部族である。

ナンタケット島の捕鯨博物館内に展示されている,19世紀頃の街のパノラマ模型(撮影:森瀬 繚)
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3.意味深な像の秘密


 ダークウォーター港の片隅には,この島の守護聖人であるという聖ブレンダンの像が立っている。「航海者ブレンダン」の異名で知られるこの聖人は,5〜6世紀頃のアイルランド生まれの修道士である。
 10世紀初頭に刊行された「聖ブレンダンの航海」によれば,ブレンダンはあるとき,海上のどこかにある楽園の島を探すべく,十数人の修道士と召使い達を率いて大西洋に漕ぎ出した。さまざまな不思議な島をめぐり,恐ろしい怪物に遭遇し,数々の危難をくぐり抜けたのち,彼らはついに楽園の島に辿り着くのである。
 ブレンダンの航海記はその後数世紀にわたりヨーロッパの各国で刊行されて民衆に親しまれ,今日では航海者,旅行者の守護聖人とされている。なお,聖ブレンダン一行が見つけた楽園の島こそ,現在の北米大陸なのだという説も存在し,アメリカ合衆国のアイルランド系移民達は彼をコロンブス以前にこの地に辿り着いた先人と仰ぎ,心のよりどころにしたということである。

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4.クトゥルフ神話と禁酒法時代


 アメリカ合衆国では,1920年から1933年までの間,合衆国憲法修正第18条のもと,医療・工業など特殊な用途を除く,嗜好品としてのアルコールの製造,販売,輸送が全面的に禁止されていた。そのため酒の密造やもぐりの酒場が横行し,アルコールの闇市場で肥え太ったマフィアやアイリッシュ・ギャングが贈賄や買収を繰り返したことで,警察や裁判所の腐敗につながっていった。
 ゲーム中で,事務所で飲酒している主人公をクライアントが胡乱(うろん)な目で見たり,ダークウォーター島の酒場「座礁クジラ」の店頭に「PROHIBITION!(禁酒!)」の文字が踊る新聞記事が飾られたりしているのは,そうした時代背景に基づいている。

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 とはいえラヴクラフトは幼少期からアルコールを毛嫌いしており,彼の作品中に飲酒シーンが出てくることは滅多にない。クトゥルフ神話の入門作品として映像化も多い「インスマスを覆う影」には,酔いどれの老人が重要な役割を果たすキャラクターとして登場するが,彼はその数少ない例外の一つなのだ。
 にもかかわらず,クトゥルフ神話と禁酒法時代のイメージは,現在では強く結びついている。これは多くのラヴクラフト作品の舞台が禁酒法時代だったことも確かではあるが,それ以上にChaosiumの「クトゥルフ神話TRPG」が,「禁酒法時代が舞台のゲーム」であることを前面に押し出したことに起因している。

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5.空鬼(ディメンション・シャンブラー)の来歴


 物語の中盤,サラ・ホーキンスの絵画に執着する“ある人物”の自宅に赴いたピアースは,「空鬼(くうき)」と題された一枚の絵を見ることになる。

 この「空鬼」というのは,ラヴクラフトがHazel Heald(ヘイゼル・ヒールド)のために代作した「蝋人形館の恐怖」という作品の中で,わずかに言及されるのみの存在であった。そもそも「空鬼」という訳語自体が,「クトゥルフ神話TRPG」の日本語版によって当てられたものであり,原語のDimensional shambler(ディメンショナル・シャンブラー)は,日本語では〈次元をよろめき歩くもの〉くらいの意味になる。
 以下,拙訳著である「這い寄る混沌 新訳クトゥルー神話コレクション3」(リンクはAmazonアソシエイト)から,登場箇所の描写を引用しよう。

「暗闇の中を足を引きずりながら近づいてきたのは、全体的に類人猿じみているわけでもなければ、昆虫じみているとも言い切れない、巨大かつ冒瀆的な姿の黒々とした怪物だった。表皮が体にだらしなく垂れ下がり,生気のない原始的な眼が具(そな)わっているしわだらけの頭部は、酒に酔ってでもいるかのように左右に揺れていた。鉤爪を大きく広げた前脚が伸ばされていて,表情というものが全くないにもかかわらず,体全体が殺人的な悪意ではちきれんばかりになっていた」(森瀬 繚・訳 / 「蝋人形館の恐怖」より)

 事実上,「クトゥルフ神話TRPG」オリジナルのクリーチャーと言ってしまっても良い存在であり,公式ライセンス作品である本作ならではのチョイスだろう。果たしてこの「空鬼」は物語にどのように関わってくるのか。実際にその目で確認してほしい。

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6.エルダー・サインについて


 ダークウォーター島に存在するとある医療施設の奥深く,収容されていたはずの患者が姿を消したある病室の壁には,五芒星形の印が無数に殴り書きされている。この記号は,「クトゥルフ神話TRPG」では「旧き印(エルダー・サイン)」と呼ばれ,限定的ではあるが邪神の手下を退ける効果を発揮するものとされている。
 元々は,ラヴクラフトの後輩作家であるAugust William Derleth(オーガスト・W・ダーレス)とMark Schorer(マーク・スコラー)が共作した「湖底の恐怖」「モスケンの大渦巻き」(1931年)に登場するものだったが,これらの作品を読んだラヴクラフトが,自身も「インスマスを覆う影」(リンクはAmazonアソシエイト)の中に,この旧き印を登場させている。

「それで、持ってたに違いねえんだよ。他の島の奴らはさ。海の奴らが怖いって言ってた、大昔の魔法のしるしってのを。あのへんのカナケーたちがどんなものを手に入れてるか、わかったもんじゃねえなあ。なにせ海の底から、遺跡を乗っけた島が浮かんでくることがあるんだからな。大洪水よりももっと昔のやつがなあ。天罰ってなもんだ――ひとつ残さずぶっつぶされてた。本島にあったもんも、火山島のほうにあったもんもな。遺跡の中にあった、倒すにはでかすぎるようなやつだけが残ってた。そんで、ところどころに小さい石ころが散らばってた――お守りかなんかみたいでな――石になんか描いてあるんだ。最近だと鉤十字だとか呼ぶ模様があるだろ。あれに似たやつがな。そいつが古きものども(オールド・ワンズ)のしるし(サイン)ってやつなのかもしれねえな」(森瀬 繚・訳「インスマスを覆う影」より / 星海社刊「クトゥルーの呼び声」収録)

 なおPS4版「コール・オブ・クトゥルフ」中に登場する,奇妙に歪んだ五芒星の中央に菱形のような図形と塔のようなものが描かれた「旧き印」は,「クトゥルフ神話TRPG」のオリジナルデザインであり,使用にはChaosiumの許諾が必要だったりする。このあたりも,公式ライセンス作品ならではの要素と言えるだろう。

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「クトゥルフ神話」入門者と,描写にこだわりたいキーパーに向けた一作


 さて,今回のPS4版「コール・オブ・クトゥルフ」のプレイフィールを振り返りつつ,改めてインプレッションとしてまとめてみると,クトゥルフ神話作品特有の「何かが起きているのは分かるけれど,何が起きているのかは分からない,嫌な感じ」を,うまく再現した作品だと感じられた。
 不穏なビジュアルイメージの数々が想像力を喚起するものの,クトゥルフ神話特有の固有名詞がずらずらと並ぶことで物語の外側に注意を逸らされるようなことが少ないため,「クトゥルフ神話の雰囲気を知りたい」という人が,お試しでプレイしてみるのにも向いた作品ではないだろうか。

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 ただ,「この作品を通してクトゥルフ神話のことをもっと知りたい / 勉強したい」という向きには,多少の不満が残るかもしれない。また,マニュアルが付属しない今時のゲームタイトルにしては,チュートリアルがいささか不親切とも感じたので,海外製のアドベンチャーゲーム慣れしていないプレイヤーだと,とっつきの悪さを感じることもあるはずだ。

 そうした部分を考慮した上で,筆者が本作をお勧めしたいのは,現役で「クトゥルフ神話TRPG」を楽しんでいるプレイヤー,とりわけキーパー(GM)である。本作における恐怖の表現・演出からは,少なからず学ぶところがあるに違いない。また,前述のように意味ありげなビジュアル・イメージがふんだんに用意されているので,クトゥルフ神話を題材とするイラストや漫画を普段から描いている向きにも,お勧めしておきたい作品だ。

「クトゥルフ神話TRPG」公認ゲームの歴史


 Chaosiumの公式ライセンスのもとで開発・販売されたゲームソフトは,本作が最初というわけではない。
「Shadow of the Comet」
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 1993年,フランスのメーカー,インフォグラムからMS-DOS用のアドベンチャーゲーム「Shadow of the Comet」(後に「Call of Cthulhu: Shadow of the Comet」に改題)が発売されたのだが,これがChaosiumの公認を受けた最初の作品で,舞台となるのは1910年のインスマス。
 世間がハレー彗星の接近に沸き立つ中,ジャーナリストである主人公ジョン・T・パーカーは,発狂した天文学者ボルスキン卿の事件を追う内に,恐るべき邪教カルトの陰謀に足を踏み入れてしまう,という筋書きだった。
 インフォグラムはこの作品に先立つ1992年より,同じくクトゥルフ神話を題材とした「Alone in the Dark」シリーズを展開しており,「Shadow of the Comet」はエレクトロニック・アーツが日本向けにローカライズし,PC-98x1版が発売された。

 「Shadow of the Comet」に続き,Chaosiumのライセンス作品としてインフォグラムが1995年に発売したのが,南極大陸が舞台のアドベンチャーゲーム「Prisoner of Ice」だ。こちらはエクシング・エンタテイメントによってローカライズされ,「プリズナー・オブ・アイス〜邪神降臨〜」のタイトルで,1997年にプレイステーション版とセガサターン版が発売された。また,あまり知られていないが,同作はギャガ・コミュニケーションズからWindows 95,Macintosh両対応の日本語版も発売されている。

「Prisoner of Ice」
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 その後しばらくの間,「クトゥルフ神話TRPG」の公式ライセンス作品は市場に現れることがなかったが,やがて1本の新作情報が満を持して世界中を駆けめぐった。これがHeadfirst Productions開発の一人称視点アドベンチャー「Call of Cthulhu:Dark Corners of the Earth」PC / Xbox)である。作品そのものの情報は2001年頃に公表され,久しく待ち望まれたタイトルだったのだが,最終的に2K Gamesが発売元として確定するまでの間,契約がこじれたようで幾度もパブリッシャが変更され,ファンをやきもきさせたことでも有名な作品だ。

「Call of Cthulhu:Dark Corners of the Earth」
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 2006年にようやく発売された同作は,マニアの間での評判は非常に良かったが,現在に続く「クトゥルフ神話」ブームの到来には数年早く,残念ながら日本語版が発売されることはついになかった。
 のみならず,続編として計画されていた「Call of Cthulhu:Destiny's End」は,当初パブリッシャとして発表されていたHip Interactiveの倒産によって宙に浮き,同じく発表済みだった「Call of Cthulhu:A Mountain of Madness」ともども,立ち消えとなってしまったようだ。

 その後に登場したChaosiumの公認作品としては,2012年にスマホ向けに配信されたRed Wasp Designの第一次世界大戦が舞台のターン制ストラテジー「Call of Cthulhu: The Wasted Land」がある。

 ここで紹介したタイトルは,2019年3月現在,いずれもPC版がSteam上で配信されているので,コアな「クトゥルフ神話」ファンはチェックしてみると良いだろう。ただし日本語のサポートはないので,そのあたりについては自己責任で。

「コール・オブ・クトゥルフ」公式サイト

  • 関連タイトル:

    コール・オブ・クトゥルフ

  • 関連タイトル:

    Call of Cthulhu: The Official Video Game

  • 関連タイトル:

    Call of Cthulhu: The Official Video Game

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