インタビュー
クソゲーだから,覚悟のうえで買ってほしい――「moon」移植版配信開始記念,木村祥朗氏&西 健一氏インタビュー
パンドラの箱を開き,
印籠を取り出した「moon」の移植
4Gamer:
そして遂に「moon」の移植版が配信されるわけですが,どんなお気持ちですか?
木村氏:
正直,怖くて仕方ないですね(笑)。
西氏:
「moon」の再発売はまさにパンドラの箱だよね。出して良かったとなるのか,そうはならないのか分からない。とくに昔のプレイヤーには思い出補正が掛かっているところがあるから,そこをよく決断したなと思うね。
“「moon」の木村”と言われていた印籠を取り出して,世に問うところに行ったんだよ。
木村氏:
移植の作業中に昔のテキストを読むじゃないですか。で,ちょっと物思いにふけることがあるんですね。「ああ,これで『moon』のご加護は受けることはできなくなるんだ」って。
当時遊んでくれた人達の中で美化されていた「moon」の記憶。これも今遊んで見ると実は大したものじゃなかった……みたいなことにもなりかねないですから。
西氏:
祥ちゃんが「moon」の伝承者になったようなものだよね。移植の企画を立ち上げて,いいにしろ悪いにしろいろいろな風を一身に受ける決断をしたんだから。もうさ,祥ちゃんが「moon」なんだよ。
4Gamer:
移植にあたっては,関係者の全員からOKが出たんでしょうか。
西氏:
妙なことを許さない門番のつもりでみんなに移植の是非を聞いたんだけど,そうしたら全員からOKが出たんだよね。
木村氏:
時期がずれていたら,誰かからNGが出る可能性もあったので,奇跡的なタイミングだったのかも知れません。
4Gamer:
ではなぜ,いま「moon」の移植をしようと思われたのでしょうか。
木村氏:
僕に「moon」の記憶が残っていて,みんなが移植をしていいと思ってくれたギリギリのタイミングだからでしょう。今「moon」の移植をやらないと,今後なんて分からない。
Onion GamesがNintendo Switchの開発経験があったのも幸運でした。ここで正しく「moon」を修繕できたことは未来につながるわけです。だから,たとえ売れなくても,今,作っておく意義はあったんだ……というハートで乗り越えることができたんですよ。
西氏:
俺も2015年に子供ができてさ。まだゲームは触らせていないけれど,最初の1本は俺が作ったゲームにしたいんだよね。彼が理解できるようになるのは10年くらいあとかもしれないけど,今このタイミングで移植しておかないと,10年後に「moon」を遊べる環境がなくなっちゃうかもしれないっていうのはあったよね。
木村氏:
そういえば西さんと僕の子供は同じ年に生まれたんですよね,偶然にも。
そうそう,子供が熱を出したときに家でデバッグしてたら,横から画面を見て「カクンテ人って可愛いね!」「トミー好きだから,捕まえないで!」なんてことを言ってくれた。もう,「moon」を作って良かったと思いましたし,背筋がゾワゾワっとしましたよ。
西氏:
いい話をしようとして(笑)。
4Gamer:
今回の移植では発売当時のままのゲームが出ますが,追加要素を入れようという考えはありましたか?
西氏:
みんなでアフターエピソードを一つずつ持ち寄って追加しようという話はあったね。
木村氏:
可能っちゃ可能だったんですが,追加要素よりも完全移植することに集中すべきだと考えて,それはやめました。Nintendo Directの動画では「オリジナルスタッフが完全監修」って言われていましたけど,監修どころじゃないですね。オリジナルスタッフの僕や倉島,セロニアスモンキースの安達さん,谷口さんが直接作業して開発してるんです。監修というか開発してデバッグしてます(笑)。
4Gamer:
デバッグもなんですね!
木村氏:
ええ,そうなんですよ。
それにしても,昔書いたスクリプトを読み返していくのは懐かしかったですね。例えばフレッドなんかは,開発当初は本番のダンスのシーン以外にリアクションや会話が入っていました。製品版ではなくなってますけど,内部的なデータは残ってるんです。あらためて見ていくと「ああ! あの時,太郎ちゃんが作ってたやつが入ってる!」って感慨がありました(笑)。
とにもかくにも,移植の作業を進めていくうちに「moon」のスクリプトを再び書けるようになって,不完全になっていた場所,壊れていたところは,修正できました。
4Gamer:
原作者自らの移植というのは,作品にとっても,ファンにとっても幸福なことだと思います。「moon」から22年,名前だけは聞いたことがあるという人も多いと思いますが,今回の移植を新しい世代の人にもプレイしてほしいという思いはありますか?
西氏:
パンドラの箱を開けたからには昔のプレイヤーさんも,新規の人にも遊んでほしいよ。
木村氏:
ただ,覚悟はしたうえで買ってほしいです。小説や漫画を読んだとき,時間をかけて内容を理解することで初めてたどり着ける扉がありますが,「moon」はそうした体験ができるゲームのはずです。
西氏:
「誰にでも遊べる楽しいゲームです」とか「皆さん,ぜひ遊んでください!」じゃなくて,「アンテナに引っかかった人は我慢しつつ遊んでください」と書いてほしい(笑)。
絶対に人を選ぶゲームだし,イマ風に接待してくれるゲームじゃない。だけど,遊んでいけばキミの扉が開くかも知れないよ,と。
まあ,クソゲーですよ。歩いてるだけで「アクションリミット」が尽きて死にますし(笑)。昨今のスマホのソーシャルゲームだとプレイヤーさんが離脱しないように報酬をどんどん出しますけど,「moon」は苦労の末に謎を解くゲームですから。
ただ,すべての謎にヒントを出すようにはしてます。自分で考えたり,友達とコミュニケーションを取りつつ遊ぶといいかもです。とにかくプレイヤーさんの好きに遊んでいただいて構いません。
4Gamer:
タイミングがちょっと合わなかっただけで,その場で一晩中待ち続ける……なんてことも起こりますからね。
木村氏:
時短したいですよね,そこ。ソーシャルゲームだとありえないです。いや1997年当時もありえなかったですけど(笑)。ただ,このゲームの場合“待つこと”と,「MD(ムーンディスク)」で音楽を聴く行為は柔らかく噛み合っていて,好きです。ぜひこの世界の時間の流れを味わいながら遊んでみてほしい。
4Gamer:
オリジナル版を作ったあと,「もっとヒントを出せばよかった」とか,「簡単にすればよかった」というような思いはありましたか?
木村氏:
当時,本当にヤバイというタイムリミットに向けて作業をしてたので,終わらせるだけで精一杯でしたね。12か月で終わるはずの開発が18か月に延びたんですから。
西氏:
それでも,綺麗にまとまっていると思うよ。
木村氏:
Nintendo Directで「伝説のRPG」って紹介していただいたのがTwitterで3万RTを越えて,「moon」を知らない人も「凄いことが起こってるぞ」って言い始めたんです。あぁ,なんか怖いなと。期待されるって怖いことなんだなと思いました。
ここから先は僕たちが何を言おうと,実際に遊んだ人のみが答えを知ってるはず。怖い怖い。
4Gamer:
オリジナル版の当時と比べてゲームをメタ視するような作品も非常に増えましたし,そういったものが受け入れられやすい土壌にはなっていると思うんですよね。その土壌を整えた作品の一つが,「moon」じゃないかとも思うんです。
木村氏:
本当にそうであるなら,作った甲斐もあります(笑)。
4Gamer:
具体的には言わないですけど,個人的にも「moon」の影響をバリバリに受けてますし。
木村氏:
そういう話を聞くと本当に嬉しいですね。架空の世界での物語を作るとき,そこには現実の世界を見つめ直すヒントがないと意味がないと考えているんです。ファンタジーの物語を読み終えたあと,ふと隣のオジサンを興味深く眺める眼差しができるような物語でないと,存在意義がない。ファンタジーでの経験がリアルに影響するような感じ。
だから物語やセリフは,読んでくれている人とその周囲に響いてくれればと願いながら書いているところもあるんです。
4Gamer:
だからこそ,不思議な磁場のあるゲームになっているのかもしれません。
西氏:
ラブデリックを作ったとき,俺は「モテたい」と思っていたんだよ。当時ゲームは低く見られていて,業界人達も職業を隠すような風潮があったんだけど,それがイヤだった。
木村氏:
うーん,僕には「モテたい」という考えはなかったですね(笑)。それとこれとは別だった。ただ作りたかった。
西氏:
ゲームを作るには,できるだけ広い層の人に遊んでほしいじゃない? マニアックにもオシャレにも,行きすぎないことが大事。「moon」のあとは一番モテた感があったね。ラブが落ちていたんだよ(笑)。
死ぬギリギリまで開発者でいたい
本当の戦いはこれから始まる
4Gamer:
「moon」の移植版が発売されたあと,お二人はどのような活動をしていくのでしょうか?
木村氏:
僕に1回アドベンチャーゲームを作らせてほしいですね。たぶんいい仕事しますよ。ただ,「足るを知る」がモットーですから,会社を大きくするということにあまり興味はなくて,自由を奪われるほうが嫌ですね。
……ああ、でも僕はラブデリックの前後の世界から抜け出せていないんです。幻を追いかけているようなところがある。
4Gamer:
幻ですか。
木村氏:
昔,海外メディアから「あなたにとって,ゲーム作りとはなんでしょうか?」と聞かれたとき,僕は「Curse(呪い)だ」と答えました。永遠に作り続けていないといけない呪い。40歳のときにゲーム作りを辞めようと思って喫茶店とコンビニに履歴書を送りましたけど,一次面接にすらたどり着かなかったんです。そのとき,「僕はもうゲームを作ること以外できないんだ」って分かってしまって。
西氏:
いま俺は52歳で,あと何本ゲームを作れるか分からない。だから「とりあえず打席に立つ」ことが重要なんだなと考えてます。若いときはこういう物言いを軽蔑していたんだけど。
今度,別の仕事で組んだ人達と新しく会社を作るんだよ。人と仕事をすることや給料を払うための仕事に疲れてRoute24を作ったはずなのに,今度は一人でいることに疲れちゃった。生きていくのは大変だけど,最後に「楽しく生きたな」とまとめたいし,愚痴や文句を言いながら終わりたくない。
木村氏:
いつかはみんな死ぬんだから,ギリギリまでやれるようにするかどうかなんですよね。僕も最近は数学を忘れないように,寝る前には昔の参考書を読み返してます。理論を忘れていくと,人間の何かが欠けていくような気がして。ゲームを作り続けるためのある種のトレーニングです。
「moon」も今は遊ぶ手段がないから移植版を作ったけど,本当の戦いはここから始まるんです。
西氏:
伝説は一度壊さないと,次が始まらないからね。
木村氏:
これまでは僕らに「moon」を壊せる力がなかった。これで,発売されることでフラットになるんです
「moon」が再び世に出て,酷評されるのは怖いけれど……。「moon」が発売されちゃう新しい世界線に移動するのもいいかなって思います。
4Gamer:
では,移植版「moon」が高い評価を得たらどうされますか?
木村氏:
そのときは「moon」の続きを作ろうぜ! と調子に乗るだけですね(笑)。
4Gamer:
さっきまで「無理」とおっしゃっていたのに(笑)。
木村氏:
いやでも,無茶苦茶売れれば何か作ろうという話が出てきても不思議じゃないですよ。
常日頃から「『moon』の続編は作れない」と言っているのは,「moon」の物語的に続きはできないという意味なので。直接つながる物語でなければ,何かアイデアは生まれるんじゃないでしょうか。
4Gamer:
それはいいですね。
木村氏:
でもこの話をしていていつも思いますが,「moon2」ってすでにありますよね。僕にとっては「チュウリップ」が,太郎ちゃんにとっては「エンドネシア」が,西さんにとっては「ギフトピア」が「moon2」のようなものだったのかなって。ゲーム内で時が流れ,キャラが生活している世界という意味では,ラブデリックのメンバーはみんな既に「moon2」を作っているんです。
だから,今回の「moon」がヒットして,またみんなで次に何かを作ろうとなったら,それは「moon3」なのかも知れませんね。
実は,鈴木さんも松尾さんも,「もう一度ラブデリックの全員に西が招集を掛けろ」って言ってくれてるんだよね。「この年になってまた集まったら面白いから」って。ただ,気を付けないと単に「昔は良かった」って懐かしむだけになっちゃう。それは避けたいんだよね。
4Gamer:
それでは,最後に読者へメッセージをお願いします。
木村氏:
「moon」については,伝説のゲームだとかいろいろと言われてますけど,人を選ぶゲームです。情報を集めて,納得できた人だけに買ってほしいですね。本当に,歩いているだけで死にますから(笑)。
ただ,移植版はCD-ROMへのアクセスがないのでマップジャンプも早いし,歩行のフィーリングがちょっとだけ良くなってます。あとはMDをステレオ音源にしています。当時は容量の問題でモノラルでしか入れられなかったMDが,今回は本来アーティストがイメージしていた完全版の音源で入っています。そのほかは一切「余計なこと」をしていませんので,当時を知っている方も安心してください。
西氏:
「moon」を買ってほしいという気持ちもあるけど,覚悟して買ってほしい。今のゲームみたいに遊びやすくないからね。今の世相は荒れていて,子供やペットといった,何も言えない者を虐待している人がいる。さらに,フィクションの世界であれそういうものがまかり通っているのは良くないと思う。
こうした考え方に賛同できる人は「moon」を遊んでみてほしい。今はとにかく生きづらい世の中ではあるけれど,「moon」を遊べば何かが変わるかもしれない。
木村氏:
変わらないかもしれない。
4Gamer:
それを含めて,人を選ぶゲームである,ということですね。
長い時間,ありがとうございました。
“アンチRPG”な「moon」をオリジナル版未経験者がプレイ。人は選ぶが,心に深く刺さる無二な体験ができる作品だ
本日,Onion GamesからSwitch版「moon」がニンテンドーeショップで発売された。発表の瞬間からSNSでは復活を喜ぶ声が多数見られるが,未経験者が今プレイしても面白いのだろうか。本稿ではそんな「やったことないけど,興味はある」という人に向けて,未経験者の立場からプレイレポートをお届けしたい。
「moon」公式サイト
「moon」配信ページ(ニンテンドーeショップ)
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