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「もう会社化したほうがいいですよ」と言われて学生時代に起業
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さっそく,創業当時のお話をうかがいたいのですが,1993年に大阪の堺で創業されたんですね。
谷口行規氏(以下,谷口氏):
ええ。堺にある大阪府立大学の学生だった時に起業しているんです。
4Gamer:
学生時代の起業ということは,一度もどこかにお勤めになったことはないんでしょうか?
谷口氏:
どこかの社員になったことはないですね。元々は広島出身で,16歳ぐらいから広島にあったゲーム会社と業務委託契約を結んで,ゲームを作りながら高校に通っていました。
4Gamer:
当時はまだPlayStationも発売されていない頃ですよね。
原 典史氏(以下,原氏):
1980年代後半の頃なので,ハード的にはファミコン時代,スーパーファミコンが出てくるちょっと前ぐらいだと思います。
谷口氏:
広島にいた頃,周囲が作っていたのは,セガのSG-1000のソフトでしたね。あとはセガ・マスターシステム。開発機材も8インチのフロッピーディスクとかを使っていました。
4Gamer:
懐かしいですね(笑)。当然,インターネットも無かった時代ですよね。
谷口氏:
何にも無かったですね。インターネットというより,当時は電話機を使ったパソコン通信で,受話器を専用の機械にガチャッとはめて,FAX音みたいな「ピーギャララララ」って音を出しながらやるみたいな,そんな時代です(笑)。
4Gamer:
その後,大阪の大学に進学してから起業されたと。
谷口氏:
大学でも最初の頃はまだフリーランスのプログラマーでした。22歳ぐらいの時に,大阪のゲーム会社と契約を結んだんですが,そこからの収入が結構多かったので,税理士さんに「もう会社化したほうがいいですよ」と言われてしまいまして。それで,会社を立ち上げたという経緯です。なので,最初は自宅が会社でした。
Windowsの勉強をしていたら契約が打ち切りに?
4Gamer:
1993年当時は開発環境を整えるのも苦労されたと思いますが。
谷口氏:
まだまだMS-DOSの時代で,Windowsはあまり知られていない状況でしたね。会社を作った当初から「これからはWindowsの時代だ」と思っていたので,大阪の会社と契約していた頃に英語で書かれた,辞書のように分厚いWindowsのAPIのマニュアルを読んでいろいろと勉強していたんです。そうしたら,「あいつ何か変なことしてるぞ」ということで,あっさりと切られてしまって。
4Gamer:
それは一大事ですね。どう切り抜けたんですか?
谷口氏:
仕方なく,過去の知り合いなどに営業をかけていったんですが,何をやるにしても一人では手が足りないので,アルバイトを雇ったりもしました。ちょうどその頃,業界内で「ソニーが新しいハードを作っているらしい」という噂が広まってきたんです。
4Gamer:
それがPlayStationだったわけですが,ユークスは起業から2年後にはPlayStationでプロレスゲームを開発していますよね。
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僕は当時,ユークスがPlayStation初期に作ったプロレスゲームをクライアント側から見ていたんですが,その時から「こんなにポリゴンを描ける会社ってすごい」と思っていましたね。
4Gamer:
原さんはいつ頃に入社されたんですか?
原氏:
ユークスが誕生してから5〜6年経ったぐらいですかね。僕自身は前の会社で,ずっと「テトリス」を作っていたんです。2Dゲームばかり作り続けてきたので「ユークスならポリゴンができるのかなあ?」という思いがありましたね。
4Gamer:
おお,「テトリス」ですか。
原氏:
ちょうどユークスにお世話になるかどうかという時期に,ザ・テトリス・カンパニーからも声を掛けていただいたんですが,そこで「テトリスも大好きなんですけど……」と思ってしまって(笑)。ちなみに,谷口から「一緒にやろうよ」と誘われた時に「大阪も大好きなんですけど……」と返したら,「じゃあ,横浜に作ってやるよ」と言ってもらえて。今,横浜にもユークスの開発拠点があるのは,それが理由ですね。
4Gamer:
実際にユークスに入社されて,どんな会社だと感じましたか?
原氏:
僕はそれまでメーカー側の人間だったので,「こんなに違うんだな」と思うところがいろいろありましたね。谷口には,メーカーの立場からの考え方を周囲のスタッフに伝えてほしいと言われました。逆に,自分は3Dを使ったことがなかったので「3Dとは何ぞや」というのを勉強させてもらいました。
買い出し係を決める「ファイプロ」対決がプロレスゲームの原点
4Gamer:
ユークスといえばプロレスゲームというイメージなのですが,プロレスとの出会いはどんな感じだったんですか?
谷口氏:
最初の頃は,僕のマンションでPlayStation向けのタイトルを開発していたんですが,そこでみんなの昼食のお弁当を誰が買いに行くかを「ファイヤープロレスリング」で決めるというルールがあったんです。お昼休み前になると,みんなでトーナメント戦を始めるわけですよ(笑)。
4Gamer:
そんなところに原点があったんですね!
谷口氏:
しかも,最初に開発していたのはプロレスゲームじゃなくて2Dアクションゲームでした。でも,やっぱりポリゴンを使ったゲームを作りたくて,自分達で何かやろうと考えたときに,ポリゴン表現で人の心を動かすことをしようと。それで,お芝居も考えたんですがそれではゲームにならないので,「じゃあプロレスは?」ということになったんです。
4Gamer:
当時のこだわりみたいなものはありましたか?
谷口氏:
「新日本プロレスのライセンスを取ってプロレスゲームを作る」というのがこだわりでしたね。ポリゴンでかなり本物っぽくできそうだったので,ちゃんとライセンスを取って,選手の名前を使って作りたかったんです。なので,逆にそれを飲んでくれるところとしか組めないという。
4Gamer:
ライセンスを取ろうと思ったということは,かなり自信アリだったんですね。
谷口氏:
当時はポリゴンを使ったプロレスゲームがほかに無かったですしね。格闘ゲームというくくりで見ても,アーケードの「バーチャファイター」くらいでしたので。
4Gamer:
ユークスでは,それからずっとプロレスゲームを作っていますね。
谷口氏:
ただ,日本のプロレスでは一番多く売れた時でも30万本ぐらいだったんです。これを超えるのは日本だけでは厳しいなというのがありましたね。
4Gamer:
そのあたりから海外展開を視野に入れ始めたと。
谷口氏:
「新日本プロレスリング闘魂烈伝」がいい反響を呼んでくれたので,海外からもいろいろとお話が来ていました。レスラーの顔や髪の色,パンツの模様などを変えて海外で売りませんか? といったお話もあって,実際にやってみたこともあるのですが,開発からは「アメリカのプロレスをやるなら,一から作り直したいよね」という意見が出ていました。
4Gamer:
アメリカのプロレス団体との契約となると,かなりハードルが高そうです。
谷口氏:
それについては面白いエピソードがあって,THQがある時,弊社のタイトルをE3で勝手に展示しているという話を聞いて,僕が直接,話をしに行ったんです。そこで,「これを開発した会社なんですけど,うちは許諾していませんよ」という話をしたら,そこから「実は開発をお願いしたいんだけど」となっていきまして。
4Gamer:
なんという超展開。
谷口氏:
それで,最初は先ほどと同じように「レスラーのパンツの色を変えて……」という話だったので,一度はお断りしました。そうしたら,その1年後にTHQから「WWFのライセンスが取れたので,それで作ってほしい」という話が来たんです。「一から作るならいいですよ」ということで,そこから話が進みました。
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もっとリアリティが欲しい――日本と海外の違い
4Gamer:
WWF(のちにWWEに改称)を題材にするにあたって,意識したことはありましたか。
谷口氏:
アメリカのプロレスは完全にショーだと割り切っている部分があるので,そこをどうやって再現していくのか,徹夜でビデオを見たりして研究していましたね。
原氏:
WWEがすごく好きなスタッフがいて,その人が編集してくれたビデオを1週間ずっと,みんなで見ていました。僕自身の印象としては,「これ,プロレスというよりドラマだよね」という感じでしたね。だから,表現すべきところはプロレスなんですが,それにプラスして「お芝居」をきちんとゲームの中に入れることを目指してやってきました。
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4Gamer:
プロレスラーはキャラ勝負の部分もありますからね。技一つ取っても,それぞれ名前が違ったり,ちょっとだけ見せ方が違っていたり。
原氏:
そうなんですよ! どう考えても立ち上がれるタイミングなのにダウンしたままで,対戦相手はその手前で今からかける技名を叫んでいる,みたいな。ゲームとしては成り立たないシチュエーションが多くて大変でした(笑)。
でも,大事なのは「見ていて楽しい」と感じさせる部分。WWEの“E”はエンターテイメントの“E”なんです。だから,僕達もその精神に則ろうと。それもあってリングの中だけでなく,入場からオーディエンスを巻き込んだりといった,リング以外の部分も作ろうとなりました。
4Gamer:
プロレスのすべてを味わうために頑張ろうと。
原氏:
さらに現実のWWEでは,ビンス・マクマホン(WWE社長)が「会社の株をかけて俺と勝負しろ!」と宣言したりといったストーリーが始まることもあるので,それならストーリーモードも設けてみようとか,選手をクリエイトしたいという海外の要望があったのでそのモードも入れてみようとか,どんどん広げていく形で開発してきました。
4Gamer:
海外の需要に対応する難しさは,どのあたりに感じましたか。
原氏:
例えば,日本では○ボタンで決定ですが,アメリカは×ボタンで決定します。これはチェックするという意味で×ボタンなんですが,そういった細かい部分から文化の違いがあります。ほかにも,色の感じ方に違いがあって,日本人はコントラストのはっきりした色を好みますが,普段サングラスをかけている海外の人達が見ている色は全然違うんです。
4Gamer:
なるほど。
原氏:
最初はこちらも,日本方式で普通に作っていたんですよ。体力ゲージを付けて,やられたらピヨピヨさせてみたり。でも,「これではゲームにしか見えない」「もっとリアリティが欲しい」ということで,全部作り直しました。かなり大変でしたが,日本の技術とアメリカの考え方を組み合わせて新しいものを作るというのは,やっていて楽しかったですね。
4Gamer:
日本のゲームが海外で成功する秘訣は何だと思いますか?
谷口氏:
現地の人の嗜好とか,どんなモノで喜ぶのかといったことを,まず勉強しないといけないと思います。弊社の社員もそうですが,海外に住んでいる人は同じものを見ても,日本人とは捉え方が違うということを理解するのに,結構時間がかかるんですよ。
原氏:
そのこともあって,弊社では社員旅行で海外に行けたりするんです(笑)。谷口が,海外のいろんなものを味わって,感じて,現地の人と話をしてこいと。ひと口に海外と言っても,アメリカとヨーロッパではまったくスタンスが違いますし,アジアも含めて,ひとくくりに“海外”と捉えてはいけないことも実感できました。
谷口氏:
最近はベトナムに行きましたね。その前はフィリピン。
原氏:
海外で子供がゲームを買うというのがどれほど大変なのか,その子供達が50ドルを握って,ゲームソフトを買いに行くときに選んでもらうためにはどうしたらいいのか,僕もヨーロッパに行って見させてもらったんです。自分達のゲームを,どんな子供達が,どんな顔で買ってくれるのかを目の前で見ることで,すごく勉強になりましたね。
新日本プロレスの子会社化で思ったこと
4Gamer:
2005年に新日本プロレスを子会社化されましたが,それをニュースで知った時にはビックリしました。
原氏:
僕もビックリしました(笑)。
4Gamer:
あれはどういう経緯だったんでしょうか?
谷口氏:
「もう本当に来週ヤバいんです。買ってください」という感じで,新日本プロレスの方が訪ねて来られたんです。弊社がここまで来ることができたのはプロレスあってのことですし,とくに最初に新日本プロレスのライセンスを使わせていただいたこともあるので,ここで「知らない」とは言えないなと思いまして(笑)。
4Gamer:
社内のスタッフや役員の方達からはどんな反応がありましたか。
谷口氏:
だいぶ荒れたよね。
原氏:
新日本プロレスを買うことそのものより,買ってどうするのか? について議論になりました。ただ,僕達から見ると,これは谷口的には恩返しなんだろうなという思いはありましたね。プロレスに支えられてここまで来て,版権を使わせてもらうことでリアリティをさらに加速できましたから。その機会をくれた新日本プロレスを支えられるならと。
4Gamer:
日本のプロレス史そのものと言ってもいい団体ですからね。
谷口氏:
将来もプロレスゲームを作って,できれば新日本プロレスの人気が復活して,日本でプロレスゲームがまた売れるようになればと。それに新日本プロレスが無くなったら,日本のプロレスはもう無くなってしまうんじゃないかという気持ちもありましたね。
「えっ,ゲーム作らないんですか?」内田氏とAR performers
4Gamer:
2015年には「ラブプラス」の内田明理さんがユークスに移籍されましたね。
原氏:
内田とは,KONAMIから発売された「ランブルローズ」で一緒に仕事をさせてもらった時から本当に仲が良かったんです。内田がKONAMIを退社する際に「ユークスさんで働ければ嬉しいんですけどね」というような話をしてくれたので,それなら一緒にやりましょうと。むしろ,うちでいいんですか? みたいな(笑)。
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そして,そこから生まれたのが「AR performers」ですね。
原氏:
その時,内田が谷口に熱く語ったのが「AR performers」なんです。まあ,僕は横で聞いていて「えっ,ゲーム作らないんですか?」って思いましたけど(笑)。2.5次元の枠を超えた,新しいアーティストとして見ていただけるものを目指して,今,一生懸命作っています。
4Gamer:
谷口さんは,最初にこのアイデアを聞いた時にどう思いましたか。
谷口氏:
面白いんじゃない? って(笑)。
原氏:
ホント,こんな感じでしたね(笑)。
「AR performers」は,ほかのARコンテンツとは違うというところを見せつけたいと思っています。実際,彼らはお客さんに対してリアクションをするんです。「そこのアナタ,ありがとう!」みたいなリアクションをしてくるので,観客のほうも驚いて「あれ? もしかして見られてる?」という感じでザワザワしました。あの瞬間は本当にすごかったですね。
4Gamer:
映像だと思って見ていたものがリアルに反応してくれたら,ビックリしますね!
原氏:
普通だったら会場が盛り上がってるシーンで,「えっ?」という空気で観客が静まったときには,作っている側としてはニヤッとしました。観客に向かって「今日が誕生日なんだ,おめでとう」と話しかけたり,「○○さん,どこにいる? そこにいたんだ」と呼びかけたりといった,その場にいないとできないようなアクションをしていったら大変驚いてもらえて。
谷口氏:
本当にそこに存在しているような感覚になりましたからね。
4Gamer:
ムービーで少しだけ拝見しましたが,会場の歓声もすごかったですね。
原氏:
宣伝もあまりなく,急に見に来ていただいた状態だったにも関わらず,お客様にお願いしたアンケートでは95%以上の方から「すごく良かった」という評価をいただきました。それを聞いた開発チームも喜んでいましたね。
4Gamer:
今後はどんな展開を予定しているんでしょうか。
原氏:
この子達をいろんなところでデビューさせたいですね。ゲームはもちろん,内田の言葉を借りれば,例えば「紅白歌合戦に出たい」というのもあります。歌手として,アーティストとして,ドラマなどのオープニングやエンディングを歌うところまで持って行ければと考えています。
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いろんなことに興味を持って視野を広げる
4Gamer:
ところで,ユークスにはルールや方針みたいなものはあるんですか?
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「人にできないことをやれ」みたいな感じでしょうか(笑)。まあ,本当はいろいろあるんですが,自分達がやりたいことをやるために,いくらでも変えていっていいという考えなので,「絶対にこれ」というルールは決めていないんです。
原氏:
やはり,みんな好きなことをやっているという気持ちがあるので,それを仕事に結びつけることを目指しています。ただ,待っているだけではダメだというのはありますね。デザイナーだからデザインの仕事だけ,プログラマーだからプログラミングだけ,企画だから企画立案だけ,というのではなく,いろんなことに興味を持って視野を広げるというのが,谷口が常に言っていることなので。
4Gamer:
これから業界を目指す人にも覚えておいてほしいポイントですね。では最後に,ユークスとしての今後の方向性について教えてください。
谷口氏:
ユークスの未来は社員達が作っていくものなので,僕はどちらかというと首を縦に振るのが仕事です。「いいですか?」と聞かれたら「いいよ」,「こんなことをやりたいんですが」と来たら「やろうよ」って。なので,将来は僕が決めるというより,原以下,会社の人間が面白いことをやっていければいいかなと考えています。
4Gamer:
社員達が未来を作っていくというわけですね。
谷口氏:
どんなことにも言えますが,好きでやり始めたことでも最後まで突き詰めてやっていくと,いつの間にかお金になるんです。すごく競技人口が少ないスポーツをやっていたとしても,日本一,世界一になるとそれで食べていけるようになります。ユークスはそういう気持ちで世界一のプロレスゲームを作って,生計を立てている会社なんです。
これから先はもっといろんなもので世界一になって,それは好きなもので達成しないといけないと思っています。もちろん,僕が好きかどうかじゃなくて,社員みんなが好きかどうか,でですね。
4Gamer:
本日はありがとうございました。
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