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[CEDEC 2017] 診察室でゲームが「処方」される未来へ。医療の視点からゲームの力が語られたセッションをレポート
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印刷2017/09/02 13:50

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[CEDEC 2017] 診察室でゲームが「処方」される未来へ。医療の視点からゲームの力が語られたセッションをレポート

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 CEDEC 2017の最終日である2017年9月1日,「診察室でゲームが「処方」される未来へ −医師の視点からみる『ヘルスケア × ゲーム』の先進事例紹介と展望」という講演が行われた。
 登壇したのは,東京大学 大学総合教育研究センター 特任講師の藤本 徹氏,ハイズ HIKARI Lab 事業戦略部 部長の鈴木裕介氏,慶應義塾大学 精神神経科 HIKARI Lab 精神科医の鈴木航太氏の3人。ゲーム業界が医療現場をサポートできる可能性,そしてうつ病への対処を学ぶゲーム「SPARX」iOS / Android)や,排便報告でカードを引ける「うんコレ」などが語られた講演の模様をレポートしよう。


ゲームとヘルスケアの歩み


 まずは藤本氏が,ヘルスケア分野におけるゲーム活用の歴史を紹介した。
 ゲームを社会的に役立てようという試みはアナログゲームの世代から進められてきた。模倣性やシステム的側面を主眼に置いた「シミュレーション&ゲーミング」と,楽しさを重視した「エデュテイメント」という2つの流れがあったが,それが2000年代になると,楽しみながら教育や医療問題について学べる「シリアスゲーム」として融合。2010年代には現実の課題解決にゲームデザインの技術を役立てる「ゲーミフィケーション」という考え方が生まれた。

東京大学 大学総合教育研究センター 特任講師の藤本 徹氏
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 2004年にゲームの医療応用をテーマとした会議「Games for Health Conference」,2008年には医療ゲームの研究・助成を行うプログラム「Health Games Research」がスタートしたことで,この分野は一気に発展を遂げたという。

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親が離婚した子供をセラピーする探索ゲーム「Earthquake in Zipland」,子供のがん患者が体内でがん細胞と戦う3Dゲームを通して病気の知識を得る「Re-Mission」,カウンセラーの教育を支援する「At-Risk」といった作品が生まれている
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恐怖症やパニック障害の治療にゲームやVR技術を取り入れているカリフォルニアのVRMC(The Virtual Reality Medical Center),そして州内の公立校に「DanceDanceRevolution(DDR)」を取りいれたウエストバージニアなど,取り組みも大規模化
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弱った心や身体の回復を支援する「Super Better」や,HIV予防の知識を学ぶ「SwaziYolo」ではスマートフォンが使われている
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国内では九州大学を中心としてリハビリにゲームを導入する取り組みが進んでいる
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 効果についての実証研究も行われており,ゲームで認知スキルや空間認識能力が向上することや,「SPARX」にカウンセリングと同等の効果があることが認められているという(詳細は後述)。

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ゲーム業界のノウハウで,「半分の半分の半分の法則」から脱却


 鈴木裕介氏は「ゲームの力で日本の医療を助けてください」壇上から呼びかけた。人々の健康維持へのモチベーションは低く,ゲーム業界が得意とするUX(ユーザーエクスペリエンス,ユーザーの得られる経験や満足)デザインの力を借りたい……というのが氏の考えだ。

ハイズ HIKARI Lab 事業戦略部 部長 鈴木裕介氏
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 医療業界には「半分の半分の半分の法則(rule of halves)」なる言葉があるそうだ。これは病気にかかっている人の数に対し,治療を継続する人があまりに少ないということを表すもの。
 病気にかかっているが100人いたとすると。病院に行って診断してもらう人が半分の50人,実際に治療を受ける人がその半分の25人,治療を続けて予後が良好な人に至ってはそのまた半分のわずか12人……ということだ。単なるたとえ話というわけでもなく,実際に患者の数を調査しても,この法則に近くなってしまうのだという。

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 全員が受診し,治療を受け,これを継続していくのが理想だが,現実がそうならない理由の1つに,健康維持へのモチベーションが低いことにある。患者は「病院に行くのも,ずっと治療を続けるのもハードルが高い」と感じているのだ。

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 医師は患者に「運動しましょう」「痩せましょう」「塩分を控えましょう」と呼びかけるのだが,実は医師の側も大して効果を期待していないという。怠惰・大食・刺激的な味……といった強すぎる誘惑に対し,患者の行動を変えるためのノウハウを持っていないのだそうだ(逆に,こうした問題へのノウハウを持つフィットネスクラブには,通う人が後を絶たない)。言い換えれば,医療現場には「行動変容のプロがいない」「行動変容を促すUXデザインをする人がいない」ということになる。

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 一方,ゲーム業界はユーザーの行動を変えることに対して,真摯に取り組み続けている。「どうやって自社のゲームを始めてもらうか」「いかにしてゲームを遊び続けてもらうか」といったことを考えない開発者はいないだろう。
 ここに鈴木裕介氏は可能性を見いだす。医療業界とゲーム業界が力を合わせれば,ゲームとヘルスケアを有効に組み合わせられるのではないかというわけだ。

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 ヘルスケアの世界は,規模が大きく,成長も望める市場だ。しかし問題点もあり,ヘルスケアをマネタイズするには,製薬会社や病院を相手にしたBtoBが主流だったが,ここは既にレッドオーシャンの様相を呈している。その一方でアプリを売るという流れが生まれ,既にいくつかの成果も出ているそうだ。

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 スマートフォンアプリ「Join」は日本で初めて保険診療での使用が認められたソフトウェアだ。一刻を争う脳卒中の治療において,医療関係者が情報を共有するのに使い,病棟や手術室の映像をリアルタイムで配信したり,救急車の位置情報をトラッキングできたりといった機能を持つ。
 また,禁煙治療アプリ「CureApp禁煙」は,呼気CO濃度測定器と連携し,喫煙状況に応じたアドバイスがもらえるというもので,医療機器プログラムへの登録を目標に臨床試験が行われている。「Join」と「CureApp禁煙」はともに医療関係者とソフトウェア開発者が協力して開発しているそうだ。

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 こうした例に続くために重要なのは,お金と手間と時間,そして何より医療関係者の協力だ。しっかりと医療的な効果を検証してソフトの価値を上げていくことは可能だと鈴木裕介氏は考えているという。

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 「Join」「CureApp禁煙」とは違い,ゲームとヘルスケアを組み合わせたアプローチを採用したアプリが「うんコレ」だ。うんコレは「自分の排便状況を報告する」ことでガチャを引き,集めたキャラクターで大腸がんと戦うというゲームで,大腸がん検診と観便(便を観察して健康チェックすること)の普及が目的だという。ゲーム的な考え方で行動を変えていけることの好例といえるだろう。

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 鈴木氏は「ヘルスケアとゲームはどちらも大きなパワーを持っており,うまく掛け合わせられるような接点を作っていくことが大事なのではないか」と両分野の連携に期待を寄せた。


RPGで認知行動療法を学び,うつ病が再発しにくい状態を作り出す


 続いては鈴木航太氏が登壇し,「SPARX」について解説を行った。「SPARX」は,先進国の中で一番10代の自殺率が高いニュージーランドで開発されたRPGで,ネガティブ思考の象徴「Gnats」と戦ったり,パズルを解いたりすることで認知行動療法について学び,うつ病の再発予防を目指す。

慶應義塾大学 精神神経科 HIKARI Lab 精神科医の鈴木航太氏
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 たまたまうつ病の症状が好転したとしても,悲観的解釈をしやすいままだと,何かの拍子に再発してしまいかねない。そこで,認知行動療法では「認知(考え)・行動・気分(感情)は互いに関連している」「事実は一つであり,解釈によって変化する」という考え方のもと,行動することで気分を変える,気分を変えて考え方も変化させるなど,複数の要素を連携させて,うつ病が再発しにくい状態を作り出そうとする。

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 ここで大事になるのが「事実は一つであり,解釈によって変化する」という考え方だ。例えば「コップに水が半分入っている」という事実があったとしよう。喉が渇いているなら「半分しかない」と悲観的に,そうでないなら「半分も入っている」と楽観的になるだろう。つまり,物事は捉え方によって悲しくも嬉しくもなるというわけだ。

 こうした考え方や,実際に使える呼吸法などを学べるのが「SPARX」で,ニュージーランドでは,対面カウンセリングと同等の効果が得られたとする論文も発表されている。日本版では30〜50代の男性ユーザーが多く,鈴木氏は「働き盛りで仕事にプレッシャーがある年代かつ,スマートフォンに親和性があることが理由ではないか」と推測した。

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 今後はさまざまな技術を組み合わせ,「AIとの自然な会話で認知行動療法の考え方が学べるアプリ」や「外出を促して行動を活性化し,気分を良くするARゲーム」「アバターによる情報交換などの交流」といった取り組みを考えているという。

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 病気に一番良くないのが放置してしまうこと。しかし,医師によるカウンセリングを受けるにしても「心配」「症状を認めることになる」といった感情が障害となることは多い。
 そんなときには,ゲームやアプリといったテクノロジーを使ってセルフケアができればいい……とい鈴木航太氏は考える。
 氏は「生活を取り巻くスマート機器から得られる情報は,診察室の対面で得られる以上のものがあるため,こうした情報をアプリで統合し,ゲーミフィケーションの形でユーザーにフィードバックすればいいのではないか」と提案。また,「現在はスマートフォンと現実世界にまだ乖離があるが,ホログラフと会話するだけで,セルフ・ヘルスケアができるようになれば状況も変わるだろうし,そうした世界を作っていきたい」と語った。

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 ゲームとヘルスケアは一見縁遠いイメージだが,「行動を変えていく」ことをキーワードとして考えると,親和性が高いのかもしれない。ゲーム業界が積み重ねてきた知見で,広く人々に親しまれるヘルスケアゲームが誕生する日も近いのではないか。

HIKARI Lab 代表の清水あやこ氏(左端)を司会に,「SPARX」の日本語版に携わったスマイルブームの取締役,徳留和人氏(右端)を加えてのパネルディスカッションも行われた。日本も海外も,医療にゲームを使うことに関してまだ偏見はあるものの,アメリカではそうした傾向も少なくなってきているという。また,ゲームとヘルスケアを組み合わせる場合,ゲーム側から「ここまで症状が進行しているのであれば病院に行くべき」というサジェスチョンすることも大事なのだという
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