剣と魔法の博物館 モンスター編 / 第96回：キューピッド（Cupid）

　キューピッド（Cupid）は背中に翼をはやした幼児，あるいは少年の姿をしており，手には黄金の弓矢を持っている。その矢で射られた者は情熱をかき立てられ，目にした者に恋をしてしまう。ただし，キューピッドはやんちゃで気まぐれな性格なので，間違えた相手を矢で射てしまったり，狙いを外してしまったりして，ちょっとした恋のトラブルが起きることも多い。また鉛の矢も持っており，これで射られた場合は，恋に対して拒絶的になるという。これらの矢は非常に強力な力を持っており，神ですら，その効果から逃れることはできないとされている。
　一般的には，キューピッド＝子供の天使と勘違いされていることが多いが，本来はギリシャ/ローマ神話に登場する愛の神である。当初は原初神で，その姿も青年のものだったが，ルネッサンス期には子供の姿で描かれるようになった。なお，母親は美の女神アフロディーテ（ビーナス）とされているが，父親に関してはアレス（マルス），ゼウス（ユピテル），ヘルメス（マーキュリー）など，いくつかの説がある。ちなみにキューピッドという名前は，ローマ神話に登場するクピド（Cupido）の英語読みであり，ギリシャ神話ではエロスと呼ばれている。

　神話においてキューピッドは，しばしばトラブルメーカー的な活躍（？）を見せる。ここではいくつかの逸話を紹介してみたい。
　あるとき太陽神アポロ（アポロン）は，キューピッドの弓を見て小馬鹿にしたことがあった。キューピッドはこれを根に持ち，なんとか仕返しをしてやろうと考えた。
　ある日のこと，キューピッドは黄金の矢をアポロに放ち，ダフネという女神には鉛の矢を撃ち込んだ。アポロはダフネに恋をしてしまったが，ダフネは恋を拒むこととなり，アポロから逃げ回った。しかしアポロに追い詰められて逃げ場を失ったダフネは，月桂樹に姿を変えてしまったのである。月桂樹になってしまったダフネを見たアポロは大いに悲しんだ。アポロの頭に月桂冠があるのは，ダフネへの気持ちを忘れないためと言われている。

　キューピッドは，黄金の矢で自分自身が痛い目（？）に遭ったこともある。ある国に，美しい3人の姫がいた。とくに末っ子のプシュケーは，美の女神ビーナスが嫉妬するほど美しかった。
　ビーナスはキューピッドを呼ぶと，黄金の矢で彼女を撃ち，最悪の相手に恋心を抱かせるようにと命令したのである。ところが，キューピッドはプシュケーの美貌を目の当たりにして手元が狂い，自分に黄金の矢をかすめてしまったのだ。もちろん，キューピッドはプシュケーに惚れてしまった。
　ビーナスの命令上，プシュケーと恋仲になるわけにはいかなかったので，キューピッドは考えた末，一計を案じた。神託と称してプシュケーの両親に，彼女をある場所に捧げよと伝えたのである。両親は，きっと娘は怪物にでも食われるに違いないと思いながら，泣く泣くプシュケーを差し出した。そして一陣の風と共に，プシュケーの姿はかき消えてしまったのである。
　キューピッドはプシュケーを自分の神殿に迎えると，自分の名前は教えず，また決して顔を見ないようにと約束をさせて二人の生活をスタートした。夫の顔を見られないものの，何不自由ない生活が続いていった。
　そんなある日，心配している姉達を安心させようと，プシュケーは宮殿に姉達を招くことにした。姉達はプシュケーの生活を妬み，夫には悪い秘密があるのでは？　きっと怪物なのだと悪口を言いたい放題だった。そんな姉にそそのかされ，プシュケーは寝ている夫の顔をランプで照らしてしまったのだ。目を覚ましたキューピッドは，約束を破られたことに気づき，やむを得ずプシュケーと別れたのである。
　このエピソードには続きがあり，今度はプシュケーが許しを請うために，ビーナスが提示した難題に挑戦するというものになっている。そして数々の協力者を得て試練をくぐり抜けたプシュケーは，最終的に神となり，晴れてキューピッドの妻となるのだ。