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そもそも表現というのは,全部タイムトラベルなんですよ――「タイムトラベラーズ」の原点は,「時をかける少女」にあり!? 大林宣彦監督の思想にイシイジロウ氏が迫る
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印刷2012/09/29 00:00

インタビュー

そもそも表現というのは,全部タイムトラベルなんですよ――「タイムトラベラーズ」の原点は,「時をかける少女」にあり!? 大林宣彦監督の思想にイシイジロウ氏が迫る

僕は,今の平和というものを信じていないんです。

訳が分からないんです(大林監督)


4Gamer:
 ちょっと話を戻しますが,大林監督の作品には,亡くなった方が生きている人間として描かれていることも多いですよね。この空の花も,やはりそういう描写が多い作品ですが,その理由を教えてください。

大林監督:
 普通の映画だと,鏡に映らないとか,影がないとか,死者であることを表現するための文法すなわち便法に則るんですけど,僕はそういう文法もまったく守らないんです。
 むしろ,同等に共存しているし,ひょっとしたら死者のほうが切実に,あるいは立派に生きていて,生きている人間のほうが生きていることの素晴らしさを自覚していないとか,そういうものを描いてきました。

画像集#007のサムネイル/そもそも表現というのは,全部タイムトラベルなんですよ――「タイムトラベラーズ」の原点は,「時をかける少女」にあり!? 大林宣彦監督の思想にイシイジロウ氏が迫る

イシイ氏:
 確かに「ふたり」や「異人たちとの夏」でも,死者が生き生きと描かれていました。

大林監督:
 これには理由があるんです。僕が物心ついた頃は戦争のさなかにいたんですよ。だから当時は,戦争にいいも悪いもなくて,戦争をしていることが普通だったんです。
 さらに言えば,自分も大きくなったら戦争に行って,鬼畜米英をたくさん殺して,24歳で戦死するのが,良い国民だと信じていたんですね。子供だけじゃなくて,大人だってそう思っていたわけです。仮に,この戦争は間違っているなんて誰かが言ったら,その人が殺されるだけで。若い人達には信じられない話でしょう?

4Gamer:
 もちろん,そういう時代があったことは知識として持っていますが,信じられるか? となると,信じがたいというのが正直なところです。

大林監督:
 それでね,戦争というのは終わるものではなくて,勝つか負けるかしかないんですよ。勝てば官軍,負ければ地獄というやつでね。勝てば敵の国の財産を全部自国のものにできるけれど,負けたら全部持って行かれてしまう。それどころか,戦争が終わってからもずっと報復が続いたりしてね。
 日本が負けたとき,僕らはみんなそれを覚悟していました。母親と二人で短刀を目の前に置いて,膝を正してね。夜が明けるまでに母親は僕を殺したうえで自害するんだ,でも負けたからしょうがない,と。
 ところが,翌日やって来たアメリカ人達は色の白いニコニコした人で,チョコレートやチューインガムをくれるんですよ。で,アメリカ映画を観させられてね。そういう占領政策だったんです。

4Gamer:
 終戦直後はアメリカのイメージを高めるような映画ばかりが上映されていたというのは,習ったことがあります。

大林監督:
 そう。だから「風と共に去りぬ」も1952年に日本が“独立”するまで上映されてないんです。なぜなら,奴隷が出てくるから。アメリカに奴隷がいるということを,日本人に教えないようにしていたんですよね。僕らはとにかく,牧師さんが子供達を善導するものや,ミュージカル映画を観させられて,「こんなに素敵な国の人達と戦争をした我々がバカだった」と思わされたんですよ。
 それからしばらくは暮らしも貧しかったんですけど,ある日突然,食卓にステーキが出るようになったんですよ。進駐軍に分けてもらったのかな? と思ったら,朝鮮戦争の特需で日本が復興してきたっていうんです。

4Gamer:
 朝鮮特需が高度経済成長につながったと言われていますよね。

大林監督:
 そう。だから,戦争に負けたから地獄になるかと思っていたら,チューインガムにチョコレート,明るく楽しい映画,そして隣の国の戦争のおかげで日本は復興して,平和になったんです。
 でも,この平和って何なんだ? という違和感があったんですよ。だから僕は,今の平和というものを信じていないんです。訳が分からないんです。

4Gamer:
 ……。

画像集#018のサムネイル/そもそも表現というのは,全部タイムトラベルなんですよ――「タイムトラベラーズ」の原点は,「時をかける少女」にあり!? 大林宣彦監督の思想にイシイジロウ氏が迫る
大林監督:
 僕達は,平和になった日本で最初に大人になった世代なんですよ。そして高度成長期には,日本人が日本の文化を壊し始めたんですよね。どんどんアメリカ型の近代化が進められていって,昔ながらの風景や生活様式がなくなっていってしまった。
 その間も僕は,ずっと居心地が悪かったんです。さっき僕は,24歳で死ぬものと思っていたと言いました。与謝野晶子もね,日露戦争で死んだ弟のことを,「君死にたまふことなかれ」という詩の中で,「親は刃をにぎらせて 人を殺せとをしへしや 人を殺して死ねよとて 二十四までをそだてしや」と残しているんです。
 日本がどんどん戦争へと進んで行く時期だったんだけど,やっぱり親や身内は,家族がお国のためとはいえ死んでいくことを悲しんでいたんですよ。だけど僕達は子供だったから,よし,24歳までに戦死しよう! と,そう思っていたんです。

4Gamer:
 それが名誉なことだと信じていたんですね……。

大林監督:
 それこそが,最も素晴らしいことだと思っていましたからね。それに,人間というのは面白いもので,24歳までが人生だと思っていると,そこまでにちゃんと大人になるんですよ。
 それに比べると,高度経済成長期に戦時中は子供だったはずの僕達の世代が,いつの間にか24歳も過ぎて,30歳も40歳も過ぎているのに,24歳の彼らが命を張って守った日本の文化を壊していたんです。これはとんでもない。せめて僕が,彼らが遺した日本を守ろう。それが自分の仕事だ。そう思って,町おこしのために古い町を壊し始めた尾道で,あえて古い町を描いた映画を撮ったんです。

4Gamer:
 いわゆる「尾道三部作」を制作する背景には,戦争で亡くなった人達の思いを無駄にすまいという気持ちがあったんですね。

大林監督:
 そう。ここでまた,ゲームのような作戦ですよ。古い町を生かすからこそ描ける物語を作って,それを現代の若い人達が気に入ってくれれば,これは勝ちだと。その町並みを残せるはずだ,って。
 でもね,町を綺麗に新しく作り替えていこうという行政からは,だいぶ反発されました。

イシイ氏:
 そうなんですか……。
 僕なんかにとっては,尾道三部作に描かれている尾道こそが尾道で,あそこに行ってみたいなんて思っていたので,むしろ観光客誘致のきっかけになると思っていたんですが。

大林監督:
 いや,尾道では全然歓迎されてませんから(笑)。町の立場も分かるんですけどね。とくに1970年代なんかだと,古い文化を守ることより,町をとにかく新しくしようということが,一番正しいと信じられていたわけですから。
 そういうことに接していると,僕なんかのように昭和11〜15年ぐらいに生まれた世代の敗戦少年というアイデンティティを持っていると,これはおかしいぞ? と思い続けるわけですよ。
 でもそういう空気も21世紀になると変わってきて,以前は「こんな何もないところに来てくださって申し訳ない」と言っていた人達が,「ここは街灯が少なくて夜が暗いから,月が綺麗でしょう」とか「星座を見て帰ってください」とか,そういうことを誇り始めたんです。そういう言葉を聞くうちに,里人達が,どうも物金だけで復興してきたのは間違いで,日本の独自の文化を忘れていたことに気付き始めたんだな,時代が変わったんだな……って思うんです。


未来を担う子供達を育てること

それが最初の復興である(大林監督)


4Gamer:
 つまり,大林監督の中には,戦争で亡くなった人達への思いがベースにあって,この日本が持つ文化や風景を守るべく,“ふるさと映画”を撮り続けてきたということなんですね。

画像集#019のサムネイル/そもそも表現というのは,全部タイムトラベルなんですよ――「タイムトラベラーズ」の原点は,「時をかける少女」にあり!? 大林宣彦監督の思想にイシイジロウ氏が迫る
大林監督:
 そう。敗戦後の物金だけの復興に対する異議を,“ふるさと映画”という形で次第に山の里で撮るようになりました。尾道を離れて,大分や長野に行ってね。
 というのも,海は海外に手を広げて文明と経済効果を受け入れようという地域なんですよね。明治以降の日本人はみんな海彦になって,日本を文明大国,経済大国にしたけれど,山に行くとみんな同じ山を見て手を合わせてるんですよ。きっとそこには,日本人の約束があったんですけど,忘れていたんですよね。うちの奥さんが山の里の生まれだから,そういう風に言っていて。

4Gamer:
 そして,ふるさと映画を撮り続けて,長岡にたどり着いた,と。

大林監督:
 ええ。日本は約140年前の明治時代,独立した国家として開国して世界に向けて手を広げましたけど,その前に日本を統一するための戊辰戦争があったんですね。

4Gamer:
 明治新政府軍が,旧幕府勢力・奥羽越列藩同盟と戦ったという。

大林監督:
 そう。そして長岡は,戊辰戦争で負けた里なんです。勝った側は,物と金さえ豊かになればいいという発想をするんですけど,負けた里は「里人がちゃんとしなきゃいけない。負けたからといって絶望しないで,この里に誇りを持って,大人を信頼して,未来を豊かで平和な国にしよう」と子供を育てるのが,最初の復興なんです。それが,長岡藩士の小林虎三郎が言ったという「米百俵」という考え方です。

4Gamer:
 「百俵の米も,食えばたちまちなくなるが,教育にあてれば明日の一万,百万俵となる」と言って学校を建てたという故事ですね。

大林監督:
 でも,子供達が育って戊辰戦争から復興したところに,太平洋戦争が起きて,長岡も空襲や模擬原子爆弾の被害に遭ってしまったんです。だけどそのあとも,同じように米百俵の思想で,復興のために花火を上げて,子供達に「元気を出せ!」とやったわけ。
 そうしたら今度は2004年に中越地震があって……そのときだってやっぱり,一円だって惜しい時期に,大型のフェニックスという花火を上げて,被災者への慰霊と未来への希望を表現したんですよ。

4Gamer:
 フェニックス花火はYouTubeなどで見たことがあって,あまりのスケールの大きさに驚いたことがあるんですが,そういう願いが込められているものなんですね。

大林監督:
 そうなんですよ。
 さらに長岡という里は,敗戦を経験したからといって単純に「戦争は良くない」とは教育しないそうなんですよ。それだと,「なぜ世界中から戦争がなくならないのか?」という,子供達からの問いには答えられないということでね。だから,「勝てば敵の財産や国民,文化や文明を自分のものにできるんだよ。でも,我々はせっかく負けを体験した里なんだから,勝てばそれでいいと思わない人間になれ」という教育をしているんです。
 この長岡の教育に出会ったことも大きくて,ふるさと映画の思想の一つの集大成として,長岡花火と中越地震,太平洋戦争,さらに戊辰戦争なんかを通じて,負けた里の知恵を生かして人間を育てることこそが復興である,そういう映画を作ろうと思ったんですよ。


変わらないままの状態に戻すことが復興ではない

そこからさらに一歩進まなければならない(大林監督)


4Gamer:
 そしてその映画の制作過程で,3.11が発生した……と。

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大林監督:
 ええ。ほかの映画なんかは全部,それどころじゃないということで撮影中止になっていきましたけど,僕の場合は「今こそ作らなきゃいけない映画だ」と思ってね。
 それにあの日以降,僕達の誰もが表現能力を失っていた時期に,唯一,被災地の人達が表現をしていたと思うんです。親が死んでも子供がいるからまだいい。子供が死んでも,遺体が見つかったからまだいい。自分より不幸な人が大勢いるんだから,自分は泣かないで,手をさしのべよう,と。そして世界中からの支援に対して,恩返しをできるように復興しよう,と。
 こうした我慢,思いやり,感謝,さらには未来に向けて希望を持つ勇気。これらは日本人が古来持っていたものなのに,いつの間にか忘れていたものなんですね。そのことに,3.11は気付かせてくれたんです。

4Gamer:
 なるほど……。

大林監督:
 だからさっきの話しに戻ると,僕はこの映画を作っているときに3.11に遭遇したけれども,混乱することはなかったし,むしろ東日本の人達に背中を押されて,今このタイミングに作るべき映画だということで,これもまた,すべてのつじつまが合ったんです。

4Gamer:
 とはいえ,大林監督が過去に手がけられてきた映画と比較しても,かなり自由な作りになっている気がしました。このタイミングで,そういう冒険ができた原動力はどこにあったんでしょう?

大林監督:
 こういうことが起きたときに,もう劇映画を作るわけにはいかないと思ったんですよ。例えば情報量を10分の1にすれば,劇映画にもできたかもしれない。だけど,それではこの切羽詰まった気持ちも薄めることになってしまう。
 誤解を恐れずに言うとね,人災というものは憎しみしか生みませんよ。でも自然災害は,時として奇跡を生むんです。それは阪神・淡路でも中越地震でもそうでした。人間というのは,どんなに科学技術を発展させてきても,自然の脅威の前ではあまりに小さく無力です。でも無力であることを悟る,自分の分を悟るというのは,何かを学んで,賢くなるチャンスなんですよ。
 原子力の問題もそうでしょう。分が過ぎたことをやっていると,それが災害になってしまうということを理解して,起きてしまったことを忘れるんじゃなく,それをどう未来につなげていくかが大事なんです。

4Gamer:
 今でも被災地の方々はたいへんな苦労をされているということが,報道などから伝わってきていますが……。報道の頻度は確実に減ってきています。

大林監督:
 そう。すぐ風化しますからね。風化させないと,人は生きていけないというのは,確かにあるんですよね。でも,あの自然災害による大きな犠牲と引き替えに得ることができたものまで,風化させてはいけないんです。
 復興というのは,変わらないままの状態まで戻すことではないでしょう。もう一つ先に進まないことには,本来の意味での復興にはならないし,さまざまな大切なものを失ってしまったという,それだけのことになってしまう。だからこそ,あのときの切羽詰まった気持ちを持ち続けないといけないんです。

4Gamer:
 決して簡単なことではないですが,よく分かります。

大林監督:
 それに,風化をさせないためには,現実のジャーナリズムより,芸術のジャーナリズムのほうが適していますからね。
 例えばピカソのゲルニカは,実際にある村の戦争の記録だけど,あれをリアルに記録するだけであれば,やっぱり風化していたでしょう。でも,不思議で美しい芸術に仕上げられたことで,戦争を知らない子供達だって,死んだお母さんや殺された兵士のことなんかが分かってきて,戦争をやめよう……という気持ちになれるんです。

画像集#017のサムネイル/そもそも表現というのは,全部タイムトラベルなんですよ――「タイムトラベラーズ」の原点は,「時をかける少女」にあり!? 大林宣彦監督の思想にイシイジロウ氏が迫る

4Gamer:
 そうとらえると,この空の花という映画の持つ意味合いが,より深く理解できるような気がします。

大林監督:
 芸術というのは,美しいから風化しないという意味で,優れたジャーナリズムなんですよ。
 僕は映画作家である前に,一人の人間として映画を生かすためには,映画の魅力をジャーナリズムにするのが一番いいなと思っているんですよね。映画なら,どんなに重たい残酷なことでも,不思議と美しく描けますから。それによって人々が忘れない,目を背けない,そういうジャーナリズムになると思っているんです。
 だから,この空の花ではエンドマークを付けていません。この映画は,物語に終わりのある映画にはならないけれども,観た人の人生の一つになればいいと。

4Gamer:
 この空の花という作品を観ることが人生の一部であり,ある意味ではスタート地点であり……ということですよね。

大林監督:
 僕は今,映像社会学という授業を学校で教えているんですね。映画は社会にとって役に立つ鏡なんだぞ,ということをね。今回の映画には,映画で映像社会学の論文を書いたっていいじゃないかと。そういう気持ちもありました。

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