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私はちゃんと,幸せです。「放課後ライトノベル」第125回は『クワガタにチョップしたらタイムスリップした』で未来にタイムスリップ
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印刷2013/01/19 10:00

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私はちゃんと,幸せです。「放課後ライトノベル」第125回は『クワガタにチョップしたらタイムスリップした』で未来にタイムスリップ



 今,昆虫が熱い
 昨年の「このマンガがすごい!」で1位を獲得し,話題となった『テラフォーマーズ』。火星で異常に進化したゴキブリと,さまざまな昆虫の能力を移植された人類のバトルが熱い。また,ほかにも昆虫系マンガでお勧めなのが,女子高生の殺し屋を主人公にした『アラクニド』だ。昆虫の名前を持ち,独自の方法で獲物を狙う殺し屋たちの凄惨な死闘が描かれている。ちなみに,女性陣が物理的に悲惨な目にあうのが『テラフォーマーズ』で,精神的に悲惨な目にあうのが『アラクニド』である。

 これらの作品の面白さに共通するのは,意外性である。誰もが知る有名な昆虫があっさりやられてしまったり,逆に「こんな力で戦えるのかよ」という虫が思わぬ力を発揮したりと,大自然の偉大さを思い知らせてくれる。

 そんなわけで,今回の「放課後ライトノベル」では虫が秘めた意外な能力を描いた作品を紹介しよう。その名も『クワガタにチョップしたらタイムスリップした』。……ちょっと,いろいろ意外な能力すぎやしませんかね。あと,表紙に書かれている「家の裏でマンボウが死んでるP」ってどういう意味でしょうか?

画像集#001のサムネイル/私はちゃんと,幸せです。「放課後ライトノベル」第125回は『クワガタにチョップしたらタイムスリップした』で未来にタイムスリップ
『クワガタにチョップしたらタイムスリップした』

著者:タカハシヨウ
イラストレーター:竜宮ツカサ
出版社/レーベル:講談社/講談社BOX
価格:1260円(税込)
ISBN:978-4-06-283823-8

→この書籍をAmazon.co.jpで購入する


●最悪だと思ったら,もっと最悪な一日へ


 17歳の高校生,淡路(あわじ)なつみ。名前に反して夏が嫌いで,クワガタが好き。そんな彼女の悩みは2つ。歯並びが悪いことと,絶望的にドジなこと。
 歯並びはしょうがないとして,ドジなことだけはどうにかしたい。しかし2016年7月21日,彼女の気分は最悪であった。思いとは裏腹にいつも以上にドジを連発し,さらに周りにまで迷惑をかけてしまい,普段は笑ってくれる友人にさえ愛想を尽かされる。

 そんな最悪の一日を過ごした彼女は,下校途中,河川敷の橋の下でペットのヒラタクワガタ・ヘリウム(という名前)と一緒にしょぼくれていた。ダメダメだった一日を思い返し「やりなおしたいなぁ、色々……」と呟きながら,ヘリウムの背中に軽くチョップをするなつみ。すると景色は一転,まるでなつみの思いが通じたかのように,一人と一匹は時空を越え,タイムスリップしたのだった! ……ただし過去ではなく未来へと。

 そこで彼女たちを待っていたのは,無機質な空に,常軌を逸した色と構造の建物が並んだ街並み。さらには怪しげな音を立てながら,こちらに迫ってくる謎のマシーン。何もかもが未知にして大ピンチの状況を,渾身のドロップキックでどうにか切り抜け,元の世界に戻れるようヘリウムの背中を何度も甘チョップ。するとその時,「そこのリアス式歯並びの君!」という大変失礼な言葉がかけられた。声がしたほうを振り向くと,そこには前衛的生け花のような髪型をした男が立っていた!


●シュールな世界観と,尖った言語感覚に注目せよ!


 なつみに声をかけた男の正体は警察官。アバンギャルドな髪型に反して,茂盛剛蔵(しげもりごうぞう)という実に重々しい名前だ。彼はなつみの持つクワガタを見て仰天している。それもそのはず,ここはなつみがいた世界から50年後の2066年で,タイムスリップ能力を持っていることが判明したクワガタは乱獲されて,すでに絶滅しているのだという。

 元の時代に戻るため,なつみはこの時代にいる未来の自分に会いに行こうとする。もし,ここに50年後の自分がいるのであれば,なつみは無事に元の時代に戻れたということになるし,未来の自分ならばどうやって元の時代へ帰ったかも知っているはずだ。しかし,生来がドジっ娘のなつみ。さまざまなミスを犯して未来の自分に会いに行く途中であっさり迷子になる。はたして彼女の運命やいかに!?

 本作で際立っているのは,作者独自の言語感覚とシュールな世界観だ。「リアス式歯並び」という言葉もなかなか尖っているが,未来の世界で使われる,便利なデバイスの名前がヌペラヒャッホウだったり,なつみに迫る謎のマシーンの駆動音が「……シー……チキン! ……シー……チキン!」だったりと,いちいちおかしい。語り手のなつみも合間合間でユニークな比喩表現を繰り広げ,楽しませてくれる。

 また,クワガタがタイムスリップ能力を持つという設定もシュールなら,未来の人たちも頭部からビワを生やしていたり,ネギみたいな長さのサツマイモをくれたりと,いろいろ間違っている。しかし,そんな常人には理解しがたい情景描写をサポートするように,場面場面でポップなイラストが効果的に挟まれるのが嬉しいところ。「前衛的生け花みたいな髪型ってどんなだよ?」という疑問もすっきり解消してくれる。

 もちろん,ただ変てこなばかりではない。失敗続きで落ち込んでいるなつみを受け入れてくれる周りの人々はとても優しく,ダメダメな自分に対して未来の自分からかけられる言葉は温かく,すっと胸に入り込んでくる。そして何より,ペットであるヘリウムの心意気に癒される。一見シュールでありながら,なんとも味わい深く,読んでいて前向きな気持ちにさせられる一作なのだ。


●今後が気になるボーカロイドと小説の関係


 さて,ここで気になるのが,冒頭でも書いた「家の裏でマンボウが死んでるP」という怪しげな文字列。タイトルもアレだが,こちらもかなりぶっ飛んでいる。実はこれ,本作の小説部分を手がけたタカハシヨウと,イラストを手がけた竜宮ツカサによる,二人組ユニットの名前。動画投稿サイトで100万再生を突破したこのユニットによるボーカロイド曲,「クワガタにチョップしたらタイムスリップした」を小説化したものが本作なのだ。シュールに見せかけてジワリとくる歌詞,軽快な曲調,可愛らしいイラストなど,さまざまな要素が重なり合って,聴いた人に印象深いものを残す一曲だ。

 基本的な物語の流れはどちらも共通しているが,小説版では曲中で触れられていなかった高校生活の話や,ヘリウムに関するエピソード,未来世界の様子,なつみの細かい心情などがしっかりと描写され,作品世界の奥行きをより広げている。また小説版には,家の裏でマンボウが死んでるPの,ほかの楽曲に登場するキャラクターも姿を見せるという,ファンには嬉しいサービスも。
 さらに本作は通常版に加え特装版も発売されており,そちらには竜宮ツカサによる書き下ろしコミックや,人気声優の斎藤千和による原曲のアレンジバージョン,ボイスドラマが収録されたCDも封入されており,要チェックである。

 近頃は本作のようにボカロ曲を原作にした小説が増え,ヒットした作品も多い。だが,音楽と小説はあくまで別物であると考えると,こうした小説に抵抗を感じる人も少なくないだろう。
 だが,ライトノベルとは元々,ゲームやアニメ,マンガなど,さまざまな若者向けの娯楽を取り入れ発展してきたジャンルである。そう考えれば,若者に人気のボカロ曲を題材にした作品が登場するのも,ある種の必然と言えるだろう。今後この分野がどのように発展し,どのような傑作を生み出していくのか。これからの展開を期待して見守りたい。

■ボーカロイドを題材にした小説をまとめてチェック

『初音ミクの消失 小説版』(原作:cosMo@暴走P,著者:cosMo@暴走P,阿賀三夢也,イラスト:夕薙/一迅社)
→Amazon.co.jpで購入する
画像集#002のサムネイル/私はちゃんと,幸せです。「放課後ライトノベル」第125回は『クワガタにチョップしたらタイムスリップした』で未来にタイムスリップ
 以前,本連載の第84回で紹介した『南極点のピアピア動画』でも実際のボーカロイド曲が印象的な使われ方をしていたが,作中に登場するだけにとどまらず,楽曲がそのまま原作になってしまうパターンも数多い。そこで今回は,ボカロ曲から生み出されたさまざまな小説を紹介していきたい。
 まず初めに紹介するのは,ボーカロイドの代表的存在,初音ミクを主役に据えた『初音ミクの消失 小説版』(一迅社)。本作での初音ミクはボーカロイドではなく,アンドロイドとして実体を持って登場する。周囲の人々との交流を通じて人間らしさを学び,歌う喜びを知る彼女だったが,やがてある問題が持ち上がっていき……。同名の楽曲の歌詞とはかなり異なる物語になっているが,根底にある作者の初音ミクへの思いは一貫している。
 また,中世ヨーロッパ風の世界を舞台に,ボーカロイドたちを登場人物に据えた人気シリーズ『悪ノ娘』(PHP研究所)や,「初音ミクたちが学園生活をしていたら」というコンセプトを元に彼女たちの高校生活を描いた『桜ノ雨』(PHP研究所)など,ボーカロイドを主人公にした作品は多い。
 その一方で今回紹介した『クワガタ〜』のように,キャラクターとしてボーカロイドが登場しない作品も増えてきた。その中でも人気なのがじん(自然の敵P)による『カゲロウデイズ』(KCG文庫)。こちらは「メカクシ団」と呼ばれる「目」に関連する能力を持った団員たちによる群像劇だ。作者がこれまでに発表した楽曲はどれも世界観がリンクしており,独自の世界を築いていたが,小説ではこれまでに語られなかった場面や明かされなかった謎に触れて,より作品世界を広げている。売り上げは累計50万部を突破,さらにアニメ化も決定しており,今後もさらなるブームを引き起こしそうだ。

■■柿崎憲(ライター/昆虫博士)■■
『このライトノベルがすごい!』(宝島社)などで活動中のライター。冒頭に挙げた『テラフォーマーズ』や『アラクニド』の影響で,年末年始は実際の昆虫同士を戦わせる「虫王」シリーズを見て過ごしたという柿崎氏。「子供達の憧れのカブトムシが明らかにサイズが上のタランチュラや蠍にやられてしまう姿にグッときます」と,目を輝かせて語っていました。なんというかこう,夢も希望もありゃしませんね。
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