インタビュー
シブサワ・コウ,「川中島の合戦」から「三國志13」までを語る。コーエーテクモを引っ張るクリエイターは,筋金入りのコアゲーマーだった
昔から「信長」と「三國志」好きの読者が多い4Gamerとしては,やはり何か聞かねばなるまい。というわけで,最初は軽い気持ちで「三國志が延期しちゃいましたね……」という風情で,シブサワ・コウ(コーエーテクモゲームス 代表取締役会長 襟川陽一氏)と雑談しようと思っていたのだが,話はあっちへこっちへと飛び回り,創業当時の話などを含めていろいろと意外な話を聞くこととなった。
いささかつかみどころのない話が続いてしまうが,以下にその全文を掲載しよう。コーエーテクモゲームスの“会長”が,我々と同じコアゲーマーだということがよく分かると思う。
「三國志13」公式サイト
4Gamer:
お久しぶりでございます。
“お久しぶり”のときにのっけから言うことでもないんですが,「三國志13」の発売日が12月10日から延びました。初代「三國志」と同じ日に出せなかったのは,ちょっと残念でしたね……。
そうですね。もう少しやりたいことがあったので,いま最終の仕上げをしているところです。
4Gamer:
どのあたりで引っかかったんでしょう? というか,そもそも襟川さんはどこまで関わってらっしゃるんですか?
襟川氏:
それを聞かれると困るのですが,全部やっていますよ(笑)。
4Gamer:
ぜ,全部……?
襟川氏:
そうですね。引っかかっているところというのなら,AIです。序盤,中盤,後半……と全国を統一するまでのバランス調整が一番大切なところなのですが,そこのAIをもっともっと強化できることが分かったので。
4Gamer:
なるほど。目立たなくてもとても重要な部分ですね。でも信長に続いての延期だったので,苦渋の決断だったんではないでしょうか。
襟川氏:
そうですね。プレイヤーの皆さんにお約束もしていましたし,本当に12月10日に出したかったですね……。いまこれを言うのもお恥ずかしい話なのですが,その分,1月の発売にはぜひともご期待いただきたいと思います。
4Gamer:
今回は,30周年という節目の年ですよね。これまでも,もちろん気合いを入れて作ってきたと思うんですが,30周年に向けて,何か“特別な心づもり”はあったんでしょうか。
襟川氏:
1985年に一番最初に作った「三國志」は,1983年に発売した「信長の野望」との違いを出すために,人間ドラマを重視しようということで,各武将の個性に特徴を持たせるというところが開発のスタートでした。ですから,30周年の記念タイトルを作るにあたっては,改めて人間ドラマを中心にしようと考えました。
4Gamer:
いかにも,数々の英雄が活躍する三国志らしいフォーカスポイントですね。
襟川氏:
重要な武将についてはそれぞれエピソード(=ストーリー)を用意して,プレイヤーが体験できるようにしています。特に劉備や曹操といった有名武将については,自分がなりきって楽しめるようなモードを用意しました。そこが一番意識したことです。
4Gamer:
そもそも三国志自体が“戦記もの”ではなくて人間ドラマみたいな話ですしね。
襟川氏:
そうですね。ですので人間同士の付き合いや相性など「絆」の要素を重視して,絆によってゲームの展開が変わったり戦いの展開が変わったりする要素を入れています。常に人間が中心という,人間ドラマの要素をさまざまな局面で入れたことが,本作の幹になっているわけですね。
4Gamer:
……聞いてると,遊ぶのがちょっと大変そうですが(笑)。
襟川氏:
いえいえ,やると面白いですよ(笑)。
4Gamer:
でもパラメータの調整だとか,本当に大変そうです。
襟川氏:
そうかもしれませんね。でもそれをやることによって,本当に三国志の時代にタイムスリップして,その当時に生きていた武将になりきれるわけなんです。
4Gamer:
先ほど「手を入れたいところはAIバランス調整」とおっしゃってましたが,ということは,バランス以外はほぼ開発が終わっているということですか?
襟川氏:
はい。だいたい終わっています。
4Gamer:
おお,ある意味朗報ですね。むろんご自身でもプレイしているわけですよね。
襟川氏:
もちろんです。まだ若干のバグも残っていますので,念には念を入れて修正し,バランス調整をベストの状態にして,お客様にお届けするという最後のツメのところです。
4Gamer:
でも信長の野望にせよ三國志にせよ,“歴史物”ですよね。これは素人考えに過ぎないんですが,歴史物って勝手気ままに要素を追加できないから,作品を重ねるのはとても大変ではないかと思っているんです。
襟川氏:
なるほど。
4Gamer:
新しいNPCを勝手に追加したり,ゲームの舞台となる土地を大幅拡充したり,そういうことができないじゃないですか(笑)。決められたルール(=事実)の中でゲームのバージョンを重ねていくわけですよね。
襟川氏:
と思うでしょう?
4Gamer:
あれ,そうじゃないんですか?
襟川氏:
実はそんなことはないんですよ。私にもまだまだアイデアがありますし,泉から水が湧き出るかのように,開発チームのそれぞれのメンバーがみんなアイデアを持っています。なので,ネタに困ったりとかそういうことは全然ないんですよ。
4Gamer:
噂には聞いてましたがそれほどとは……。
襟川氏:
そもそも開発チームのメンバーは,自分なりの「信長の野望」や「三國志」を作りたいからここに来たわけであって,彼らにも“野望”があるんですよね。
4Gamer:
三国志風に言うなら「志」(こころざし)ですね(笑)。
襟川氏:
そう(笑)。今こそ,長年暖めてきたアイデアをゲームに入れたい……というのを,みんながみんな持っているわけなんです。
4Gamer:
これほどまでに長く続いているシリーズだと,ずっと遊んでいるプレイヤーも多そうで,プレイヤーの皆さんからの意見も相当コアなものが来るのでは。
襟川氏:
もちろんです。お客様からもさまざまな形で意見が出てきます。前回のあれはダメだからこうしたほうがいいといった厳しいご意見,励ましの意見や新しいアイデアまで,ありとあらゆるものをたくさんいただけるので,それを集めるだけでも,ものすごいアイデア集になるんですよ。
4Gamer:
なるほど。しかも,時代が移り変わったからこそ,新しく実現できるようになったアイデアなんかもありますよねきっと。
襟川氏:
ありますね! とくに技術の進歩は日進月歩ですから。例えば3Dで表示できるようになったり,物量的なところで武将や城の数を増やせたり,それまでできなかったことが,コンピュータやゲーム機の性能が向上したことで実現できるようになっています。
おっしゃるように,昔出来なかったことが,今のマシンだから出来るということは結構ありますね。
4Gamer:
なにせ30年ですからねえ……。その当時イマイチ意味が分からずも楽しく遊んでいたような人が,新しいアイデアを持って入ってきて開発の中心になっていても全然おかしくないわけです。
30年続くシリーズを,作らせてもらっているということ
しかし信長なんかもそうですが,30年続いたシリーズって,ほかに何がありましたっけ……?
襟川氏:
なにがありましたかね……。今年(2015年)で「スーパーマリオ」が30周年かな? あと「ドラゴンクエスト」も来年(2016年)で30周年だと思います。
4Gamer:
豪華メンバーですね。
襟川氏:
しかしなによりありがたいのは,30年間にわたってファンの方々に応援していただけたことです。何事にも栄枯盛衰はありますし,ゲーム自体にもライフサイクルがあるというのは現実ですから。そのなかで,13作目となる三國志を作らせていただけるのは幸せです。これは,本当にファンの方々のおかげです。
4Gamer:
途中で方針に悩むことはなかったんでしょうか。
襟川氏:
といいますと?
4Gamer:
そこまで長く続いていると,昔から遊んでいる人を満足させるという方向性と,新規のプレイヤーが楽しいと思える方向性は,微妙にズレが出てくると思うんです。長く続く雑誌なんかもそうですが。そのあたりの舵取りが,ちょっと難しそうに思えるんです。
襟川氏:
なるほど。
そうですね……1つ例を挙げると,三國志には「君主プレイ」と「全武将プレイ」があります。ご存じのように三國志シリーズは,もともと“君主プレイ”のゲームシステムでスタートしましたが,途中から各武将でプレイできるように変わりました。そこからまた君主プレイに戻ったり,武将プレイに戻ったり,時代と共に変えてきました。
4Gamer:
そして,三國志13では全武将プレイに戻ったわけですね。
襟川氏:
ええ。とくに今回は,人間ドラマということで,君主プレイよりも,武将プレイのほうがいいだろうなと。
4Gamer:
確かに,そのほうが引き立ちますよね。
少し話を戻しちゃうんですが,三國志13の情報を追っかけていると,プレイが辛そう……というか“ゲームが重そう”に見えてしまうんですね。あまりにいろんなことが出来て,あまりにいろんなフィーチャーが内包されているので。
ですので,私のような「昔遊んだっきりだなぁ」というレベルのプレイヤーだと,ちょっと腰が引けてしまうんではないかと。とはいえもちろん,ここで妥協すると,これまでのファンが満足できないわけで。
襟川氏:
なるほど,そういうことですか。
であれば心配はいりません。先ほどから“武将プレイ”を強調していますが,もちろん最初から君主の立場を選んでの君主プレイもできますし,そちらならそこまで大変ではないんじゃないでしょうか。
4Gamer:
コアなファンには,もちろんコアなりの遊び方もある,と。
襟川氏:
皆さんが遊ばれている「弱小の武将からスタートして,だんだんのし上がって君主になっていく」という楽しみ方も,もちろんできますよ(笑)。
4Gamer:
プレイヤーが自分で難度を決めればいいわけですね。これに関しては「大は小を兼ねる」といった感じでしょうか。
ぜひまた久方ぶりのMac版を!
4Gamer:
ところで,PC版は必要スペックが結構軽いですよね。
襟川氏:
なるべくたくさんの方にプレイしていただきたいので,そこは開発現場の技術陣が頑張ってくれています。
4Gamer:
最近って,以前ほど多くの人が“速いPC”を持っているわけではない気もしますしね。それこそスペックを追うのが大変で,もうPlayStation 4などのコンシューマ機でゲームをするようになったといった話もよく聞きますし。
それもありますが,OSのサポート期間も無視できない要因だと思うんですよね。私どもも対応し切れるわけではないので,どうしてもサポートされているOS限定となってしまいます。
4Gamer:
まだWindows XPが現役という人もそれなりの数いますからね……。
ところでこれはOSとはちょっと違う話なんですが,Mac版をまた作っていただけないでしょうか!
襟川氏:
あぁ……(笑)。以前はMacintosh版の三國志も作っていたんですよね。
4Gamer:
存じております……というか遊んでました。漢字Talkのころですよね。なのでこうしてまたお願いしてみた次第なんです。
襟川氏:
懐かしいですね。あの当時は,(アップルコンピュータ・ジャパンの)マーケティング本部長は原田さんだったんですよ。
4Gamer:
原田さん,ってあの原田さんですか?
襟川氏:
たぶん同じ方を指していると思いますが,“マック”(アップル)から“マック”(マクドナルド)に移った原田さんです。
4Gamer:
今はベネッセの社長の。
襟川氏:
そうです。その原田さんが,確か社長のころだったかな? 三國志のIIIからVIIIの移植版を出しましたら,Macintoshで初めての三國志だとなぜか原田さんが狂喜乱舞してくださって(笑)。
4Gamer:
そんなにお好きだったのかな……(笑)。
襟川氏:
あのころはまだエルゴソフトも当社のグループ会社としてありましたから,(Macintosh用)ビジネスソフトの面でもゲームソフトの面でも,幅広くマーケティングを展開していてお付き合いが深かったんですよね。
4Gamer:
エルゴソフト懐かしいですねえ。EGBRIDGE好きでしたよ。アップルの純正IMEより歴史が長いので,昔のMacユーザーはみんな知ってるんじゃないでしょうか。
襟川氏:
ありがとうございます。まさかこの場でEGBRIDGEの再評価をされるとは(笑)。
4Gamer:
最近はMacもずいぶん普及していますから,ぜひご一考をお願いします(笑)。
35年前のパソコンは“100万円”
4Gamer:
しかし昔の話をしながら考えてたんですが,初代の三國志を出したのは1985年で,その時点で光栄を設立して7年目だったんですよね。
襟川氏:
そうです。創業は1978年でしたが,実際にゲーム開発を始めたのは1980年ですから,ゲームに手を付けて5年目のタイトルですね。
4Gamer:
最初は染料・工業薬品の販売会社だったのに。
襟川氏:
はい。夜は自分でゲームを作って遊んでいたという時代で(笑)。
子供心に思い出深いのは「川中島の合戦」なんですが,あれが1980年でしたっけ?
襟川氏:
1981年ですね。
4Gamer:
月刊マイコンがとても分厚かったころですね。
襟川氏:
マイコンとかRAM,I/O,アスキー……。
4Gamer:
まだパソコンなんていう呼び名はなくて,みんなが“マイコン”と呼んでいた時代。なんかこういうこと言うのもイヤなんですが,とても楽しい時代でしたよね。
襟川氏:
そうですねえ……。当時パソコンを持っている人は,自分でプログラムを組んで遊ぶという使い方だったので,パソコンとプログラミングがセットになっていましたね。今みたいに,パソコンとアプリケーションを買って仕事に使う……というのは,もっともっとあとの時代でしたから。
4Gamer:
雑誌にゲームのリスト(※)が載ってた時代ですしね。
※プログラムのソースコードを印字したもの
襟川氏:
そうそう。あと秋葉原に行って,Apple IIの疑似マシンみたいなものを自分で組み立てて……。本当に,パソコン自体が趣味でありお遊びの道具でした。
4Gamer:
当時私はまだ小学生とかですし,とうてい自分のお金で買えるものではなかったです。
襟川氏:
私が初めて手に入れたのがMZ-80Cというパソコンで,それが26万8000円ですからね。
4Gamer:
シャープのクリーンコンピュータ好きでした! BASICはもちろんですが,LogoとかLISPとかFortranとか,MZでいろんなものの存在を知った気がします。中学校の理科室でMZ-80Kを組み立てたなぁ……。
しかし当時は自分に買える代物ではなかったので気にもしなかったんですが,あのころのサラリーマンの初任給っていくらくらいだったんでしょう。
襟川氏:
私の初任給は5万5000円でしたね。で,平均値という意味ではたぶんそれよりもちょっと上くらいだから,7〜8万くらいだったと思います。
4Gamer:
初任給7万円の時代に27万円のコンピュータ……。その価値がもう,いまとは比較になりませんね。無理矢理いまの数値に直すと……100万円くらいかな?
襟川氏:
その27万円に,フロッピーディスクやプリンターを付けたりすると追加で50万くらいになるので,ちょっとした財産ですよね。
4Gamer:
“ちょっとした”レベルではない気がします。さすがに,家にマイコンがある友達は限られていましたよ(笑)。
襟川氏:
ただ,当時から技術の進歩は速くて,その年にスゴイのを手に入れたと思っていたら,翌年にはすごく古く感じちゃって……(笑)。どんどん新しいものがでてくるんですよ。
4Gamer:
でもとくにあの頃は凄かったですからね。各社から毎年のように新しいコンピュータが出てくる。
襟川氏:
ですから,いったんパソコンの世界に入って,お金を使い出すと,抜けきれなくなって(笑)。毎年,何十万円分も買うことになっちゃうんですよ。よくあんなことしてたなぁ。
4Gamer:
当時は「これに役立つんだ」という明確なものもなかったし,かなりすごい道楽ですよね,いまにして考えると。
しかしMZ-80C懐かしいなぁ。まだテープに保存してた時代ですね。どこに何のプログラムを保存したか分からなくなるので,カセットテープの表にテープカウンターの数値を書き込んでた記憶があります。
襟川氏:
懐かしいですねえ。
4Gamer:
あといまから考えるとトンでもないことですが,あのころって会社の数だけ「OS」があったようなものなんですよね。
襟川氏:
確かにそうですね。NECさんも,富士通さんも,日立さんも,東芝さんも,それぞれ自分のところで新しいパソコンをどんどん作られて,毎年それを新製品として出されていましたよね。あのころはみなさん日本標準/世界標準を狙っていましたから,それぞれにみんな特徴を出していました。
4Gamer:
そんな時代に出てきた人といえば,襟川さん……というか「シブサワ・コウ」もそうですが,堀井雄二さんとかもそうですよね。
襟川氏:
そうですね。「ポートピア連続殺人事件」も遊びましたよ。
4Gamer:
あとは中村光一さんとか。
襟川氏:
あと,日本ファルコムの加藤さんもそうですね。先日,カドカワ70周年の記念パーティで久しぶりにお会いしましたが,すごくお元気でしたよ。
4Gamer:
我々若造にとっては,加藤さんというとちょっと怖いイメージでして……。
襟川氏:
いまは確か70歳になられたとかで,毎日会社に行って近藤さん(現社長)の邪魔にならないように,何だかの仕事をされているそうですよ(笑)。
4Gamer:
……邪魔にならないようにって(笑)。でもそうか,加藤さんもそんなころからやってらっしゃるんですね。ファルコムって元々マイコンを売ってたショップさんなんですよね。副業でゲームもやってらして。
そうですそうです。あと,任天堂の宮本さんが,私より2つ下だったかな。
4Gamer:
でも,その下の世代となると,40代くらいまであんまり思いつかないんですよね。私が無知なだけかもしれませんが。
襟川氏:
言われてみれば確かにそうかもしれません。宮本さんや堀井さん,加藤さん,それに私を含めた一群が,1980年代にゲーム作りを始めた人達で,幸いなことにそこからずっとゲーム作りを続けられているというのが,このグループです。その次というと……ぐっと若くなるんじゃないですか。
4Gamer:
中間がいないんですね。
襟川氏:
例えば当社の社長の鯉沼も44歳ですし,レベルファイブの日野さんも47歳ですね。
4Gamer:
あぁやはりその世代ですか。僕自身もその世代なのでなんとなく分かるんですが,小中学生のころに“ゲームの洗礼”を浴びて,そのまま一緒に育った世代といいますか。
襟川氏:
そうかもしれませんね。多感な子供のころに,マイコンやファミコンを初めて見て,その後スーパーファミコンやPlayStationのときにまだ学生だったような人達ですよね。
4Gamer:
ええ。子供のころ電気屋さんで見た,なんかよく分からないボタンがいっぱい付いてるこの機械はなんだろう,と(笑)。
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