企画記事
[インタビュー]グランツーリスモは,どこまで現実に近づいたのか。リアルとバーチャルの“二刀流”ドライバー,イゴール・大村・フラガ選手に聞く
最新作「グランツーリスモ7」(PS5 / PS4)のグラフィックスは,もはや現実と見分けがつかないところまで来ているが,車の挙動という点では,どれだけ現実に近づいているのだろうか?
それにはグランツーリスモのプレイに加え,実車でその性能を限界まで引き出して走った経験がある人の証言が必要になるだろう。
そこで4Gamerでは,「グランツーリスモ ワールドシリーズ」での優勝経験があり,今年は日本で開催されるレース,SUPER GT(GT300クラス)とスーパーフォーミュラ・ライツに参戦しているイゴール・大村・フラガ選手にインタビューした。
リアルとバーチャルのレースを知り尽くしたフラガ選手が感じている,双方の共通点や違い,そして,レース活動の要所要所でグランツーリスモが登場するフラガ選手の経歴も語ってもらったので,読み進めてほしい。
グランツーリスモでは,限界を超えてしまったことが
“ごまかせない”
4Gamer:
シーズン中にもかかわらずお時間をいただき,ありがとうございます。
グランツーリスモのプレイヤーはたくさんいますが,その中で実際の車を限界ギリギリでコントロールした経験がある人は,そう多くないと思います。その1人であるフラガ選手に,実際のレースと,グランツーリスモの違いや共通点をうかがいたいと思います。
まずは最新作である「グランツーリスモ7」が,過去作から進化したと感じているポイントを教えてください。
グラフィックスの面ではもう現実と区別が付かないような世界になっていますし,車の動きや,タイヤの摩耗といったところも,現実に近づいてきていると感じています。アクセルとブレーキのタイミングをはじめとしたテクニックを,リアルの方でも生かせるようになってきて,全体的にすごく進化していますね。
4Gamer:
全体的に進化しているとのことですが,何か例を一つ挙げるとすると,どういうところがよりリアルになったのでしょうか。
フラガ選手:
「グランツーリスモ6」(PS3)や「グランツーリスモSPORT」(PS4)の頃からすごくいいと感じていましたが,最新作でさらによくなったと感じるところは,ステアリングを切り始めたときのフィードバックですね。より路面からインフォメーションが伝わってくるというか。また,車が滑った後の挙動は,「グランツーリスモSPORT」よりごまかしがきかなくなったというか,繊細なドライビングが必要になったと感じています。
4Gamer:
実際のレースとゲームでは,体力面をはじめとしたさまざまな違いがあるとは思いますが,そういったことはひとまず置いて,“ステアリングやペダルの操作に対する車の反応”といったところに絞ると,「ほぼほぼ違いがない」というところまで来ているのでしょうか。
フラガ選手:
そうですね。もう本当に近いところまで来ています。そして,グランツーリスモの凄く優れた部分というのは,車の選択肢が本当にたくさんあって,それぞれの特徴が再現されていることなんです。
実際のレースだと,1シーズンをずっと同じ車で走ることが多いですし,ほかの車を試そうと思っても,お金もかかるのでそう簡単にはいきません。グランツーリスモにはたくさんの車とコースがあるので,ドライビングの引き出しがすごく増えるんです。実際のレースで今までと違う車,癖がある車に乗ることになっても,多少応用するだけで普通にドライブできるというか。
4Gamer:
例えばフォーミュラカーと箱車(市販車ベースのレースカー)の違いといったところですか。
フラガ選手:
はい。フォーミュラカーは箱車に比べると軽くてサスペンションも硬めなので,すごく応答性が高くて,スパッとコーナーに入っていけるんです。ダウンフォースも効くので,「行けるだけ行くぞ」みたいな感じです。
一方で,そのダウンフォースのバランスを崩さないために,アクセルの離し方などがすごく重要になってきます。いきなり離すと荷重が前方にかかって,そこでバランスが崩れたりするので。
箱車はフォーミュラカーに比べると重くて,サスペンションが柔らかめなので,揺れが大きくなって,フォーミュラカーのようなコーナーの入り方はできません。その分,ちょっと行きすぎた操作になっても,車にはダイレクトに来ない感じです。
4Gamer:
そういった特徴がグランツーリスモでも再現されているということですね。実際のレースと同じ車,同じサーキットでグランツーリスモをプレイして,セッティングを詰めるとき,例えばこのコーナーは全開で行けるとか,このコーナーのブレーキングポイントはここになる,といったところは同じになってくるんでしょうか。
フラガ選手:
めちゃくちゃ似てきます。実際の数値は別の話として,セッティングの大まかな色を決めるぐらいのことは,グランツーリスモでも十分にできます。
例えば,車がターンインしやすくなるよう,フロントのスプリングを柔らかめにしてタイムが縮んだなら,リアルでもその方向性のセットアップに持っていけば,同じように速く走れるようになります。
4Gamer:
実際のレースだと,チームが所有しているシミュレーターを使ってセッティングを行うところもあると聞きますが,シミュレーターはグランツーリスモと似ているものなのでしょうか。
フラガ選手:
そもそもの目的が違うので,別物と言っていいと思います。最近,特にヨーロッパのチームがシミュレーターを導入しているんですが,そのチームが参戦しているカテゴリーの車と,そのレースで走るサーキットしか入っていません。グラフィックスもあまり気にしていない感じで,本当に車の動きだけに特化したものです。
4Gamer:
純粋なシミュレーターだと“引き出しを増やす”というところは難しいかもしれませんね。さきほど,「グランツーリスモ7」で進化したと感じるポイントをうかがいましたが,今後さらに進化すると思うところはどこになるでしょうか。
フラガ選手:
タイヤの表現になると思います。実際のレースでも,タイヤにはまだ謎な部分があるくらいなので。
4Gamer:
具体的には,どんなところでしょうか。
フラガ選手:
実際のレースでは,特に新しいタイヤでギリギリのアタックをしていると,タイヤが1度滑り始めても,そこからグリップが少し回復することがあるんです。ほんのわずかな領域で,そこを過ぎるとまたグリップの“崖”が来て吹っ飛んでいっちゃうので,同じドライバーでも使えたり使えなかったりなのですが。予選の一発勝負では,そのほんのわずかなグリップを使ってタイムを削った人がトップに行くという感じですね。
そのあたりは,シミュレーターでもなかなか再現できていない部分です。
4Gamer:
それはトップドライバーでないと分からない世界ですね。
グランツーリスモでも,セッティングの方向性を決めることはできるという話がありましたが,フラガ選手が実際のレースのセッティングで,グランツーリスモを参考にすることはあるのでしょうか。
フラガ選手:
走り出しのセットアップなどはエンジニアさんにお任せして,僕自身はコースに出た瞬間に高いパフォーマンスを発揮するための準備を,グランツーリスモでしたりしています。
時間が限られているので,コースを走り出してから自分のドライビングを探っているようでは間に合いません。すぐにタイムを出しに行けるような,万全な準備を目指しています。
4Gamer:
そこはチームで作業を分担ということですね。逆にグランツーリスモのレースでは,何でも1人でやることになると思いますが。
フラガ選手:
グランツーリスモの公式戦は,セットアップなしのレースなので,そこで悩むことはありませんが,タイヤの選択や給油量といったところは自分の判断になります。そのおかげで,最近はリアルのレースでも,ドライビングだけではなくて,もうちょっと広い視点でレースが見られるようになったと実感しています。
自分と違う作戦をとっている,明らかに速い車が後ろから迫ってきたなら,敢えて競わずにパスさせて,レース全体のタイムをなるべく縮めるようにするとか。自分の状況を把握できていると,ピットに入るタイミングをチームと無線で相談するときも,やりやすくなります。
4Gamer:
フラガ選手がグランツーリスモで勝ったレースの中には,「作戦勝ち」と感じられるものもあります。例えば,ほかのドライバーの多くがミディアムタイヤを選ぶ中,ソフトタイヤでスタートして,序盤で一気に差をつけてしまうとか。そういった作戦はどのように考えているのでしょうか。
フラガ選手:
まずは,「どう走ればレース全体のタイムを縮めることができるか」がベースになります。そこにスターティンググリッドの位置をはじめとした状況も考慮に入れて,ほかのドライバーとあまり絡まず,自分の走りをなるべく長くできるような作戦をとることが多いです。ただ,それもコースによっては変わってきて,長いストレートがあるところなら,スリップストリームで“引っ張ってもらう”のを狙うこともありますし。
4Gamer:
他車と一緒に走った方が結果的に速くなるケースもあるんですね。
フラガ選手:
それ以外にも事前にプランをいろいろと用意しておいて,レースのスタート後も,状況に合わせて作戦を変えていきます。「グランツーリスモ ワールドシリーズ」くらいになると,ドライバーのスキル差はほとんどなくなってくるので,そういった面での判断力が勝負を分けると感じています。
4Gamer:
そういった判断をするためには,ほかの車とのタイム差を把握することが重要になると思いますが,グランツーリスモの画面には,すべての車とのタイム差が表示されるわけではないですよね。そこはどうしているのでしょうか。
フラガ選手:
サーキットのマップと,そこに表示される各車のアイコンからタイム差を計ることはあります。ピットインのタイミングを決めるには,作業を終えてピットアウトした時の状況を考える必要もあるんですが,事前の練習で把握したロスタイムが例えば20秒だったら,自分が新しい周回に入ってから20秒後に,マップでスタート/フィニッシュライン付近の状況を確認して,「下位集団の前で復帰できそうだから,この周回で入ろう」とか。
4Gamer:
レースをしながら,そこまで見て判断するのは大変ですね。
フラガ選手:
めちゃくちゃ大変です。「グランツーリスモ ワールドシリーズ」の決勝などでは,集中力を保ったまま2,3レースを立て続けに走ることになるので,それが終わるともうベッドに倒れ込みたいくらいですね。体は疲れていないのに,脳が疲れちゃって。
実際のレースになると,チームが他車とのタイム差などを無線で教えてくれるので,そういった面では若干楽になります。
4Gamer:
チャンピオンを争っていると,終盤のレースではライバルとのポイント差を考える必要も出てくるのではないかと思います。
観戦している側は,「今ライバルが何位に上がったから,チャンピオンになるには何位以上が必要だ」みたいなことを思ったりするのですが,フラガ選手はそこまで考えてペースを調整することがあるんでしょうか。
フラガ選手:
そういったことを考えて走る選手もいると思いますが,僕自身はそこまでしないですね。基本的には,「自分がちゃんとパフォーマンスを出し切れば勝利につながる」「少しでも上の順位を目指す」という考え方なので,ポイント差によって作戦や走りを変えることはありません。自分の力を出し切るだけでも,レース中にいろいろと考えることが多いので……。
4Gamer:
逆にノイズになってしまいますか。
フラガ選手:
そうですね。やっぱりレースでは,すごく集中しなきゃいけないので。コーナーごとに気を付けるところがありますし,ストレートを走っているときも,タイム差やライバルが今履いているタイヤを画面表示で確認して,それを基に作戦を考えたりといったことが必要なので,関係ない情報はなるべく排除したほうが走りやすいです。
4Gamer:
リアルとバーチャルのレースでは,アクシデントが自分の命に関わるか,という点でも大きな違いがあると思います。プロドライバーになると,恐怖感は消せるものなのでしょうか。
フラガ選手:
完全には消せなくて,その車やレースに慣れていても,常にどこかで恐怖感を抱えています。ただ個人的には,恐怖感は消したり,乗り越えたりするものではなくて,むしろ持っていないといけないものだと思っています。恐怖感によって集中力が高まる部分もあると思うので,それを受け入れてレースに生かす感じです。
4Gamer:
その点,グランツーリスモでは恐怖感が薄くなると思うのですが,そこで走りや気持ちに違いは出てきますか。
フラガ選手:
たしかに恐怖感は少ないのですが,グランツーリスモの場合は違う緊張感が出てくるので,自分の中であまり大きな変化はありません。練習で走行した時間で言えば実際のレースよりも長くなるので,「あれだけ頑張ったんだから,いい結果を出したい」という思いも強くなりますし,レース中の接触などについては,実際のレース以上にシビアなペナルティが課されることもあるので,アクシデントを避けたいという気持ちも変わりません。
4Gamer:
9月に公開が予定されている映画「グランツーリスモ」では,「GTアカデミー by 日産×プレイステーション※」からプロデビューしたヤン・マーデンボロー選手をモデルにしたストーリーが描かれるようですが,マーデンボロー選手のように,eモータースポーツからリアルのドライバーになるために必要なものは何でしょうか。まずは体力というのは想像できますが……。
※日産,PlayStation,ポリフォニー・デジタルによる,グランツーリスモのプレイヤーからプロドライバーを発掘・育成するコンテスト
フラガ選手:
そうですね。僕の場合は,普段の筋トレや有酸素運動に加えて,レーシングドライバーやオリンピック選手のトレーナーを担当されている仲田 健さんに月に2,3回指導してもらって,しんどいトレーニングをやっています。
4Gamer:
一番しんどいトレーニングって何でしょう。
フラガ選手:
何だろうな……。それぞれのしんどさがあるので,基本的に全部しんどいです(笑)。自分の体力を向上させたいのであれば,やっぱり今の限界を超えるトレーニングが必要なので。毎週筋肉痛です(笑)。
4Gamer:
レーシングドライバーは,コーナーリング時の横Gなどに耐えるために首を鍛えると聞きますが,フラガ選手の首もなかなか太くて,鍛えられていそうですね。
フラガ選手:
でも,一昨年と昨年の2年間は実際のレースに参加していなかったので,ほかのドライバーに比べると,まだちょっと細いですね。最近になって,やっと戻ってきたなという感じです。もちろん自分でもトレーニングするんですけど,実際に乗っているから鍛えられる部分もあったりするので。
4Gamer:
単純に筋トレすればいいというわけではないんですね。体力面以外だと,eモータースポーツからリアルのドライバーになるために必要なものは何でしょうか。
フラガ選手:
実際のレースをガイドしてくれる人を見つけることです。グランツーリスモのドライバーたちは,すごく大きなポテンシャルを持っていますが,実際のレースになると,走り方にしても,マインドセットにしても,多少変わってくる部分があるので,そういったことをちゃんと教えてくれる人が近くにいるといいと思います。
4Gamer:
マインドセットというお話がありましたが,実際のレースだと,具体的にはどういった心構えが必要になるでしょうか。
フラガ選手:
やっぱりチームとのいい関係を築くことが必要です。
結果を出すためには,メカニックさんやエンジニアさんの努力も欠かせないので,彼らのモチベーションを高めて,チーム一丸となる雰囲気を作る,周りを引っ張る存在にならないと。
4Gamer:
ドライバーは,チームの中心にならなくちゃいけないんですね。
では,実際のレースで活躍されているドライバーがグランツーリスモに参戦したら,すんなりと速く走れるものでしょうか。
フラガ選手:
それは難しいですね。僕の場合は子どもの頃からグランツーリスモをプレイしていましたし,最初に「GTアカデミー」に挑戦したときには,すでに実際のレースへのも参戦経験もありましたが,トップのラップタイムからは1.2秒落ちくらいで,アメリカリージョンのファイナル進出枠にギリギリ入れるくらいだったんです※。めちゃくちゃ頑張らないといけないんだって痛感しました。そこからトップレベルにたどり着くまでには,1年以上必死になって練習する必要がありました。
※当時フラガ選手は18歳未満だったため,規定によりファイナルには参加していない
4Gamer:
リアルのドライバーがグランツーリスモで苦労するのはどのあたりになるでしょうか。
フラガ選手:
一番の差は,インフォメーションがすごく少なくなるところです。シートを通して体に伝わってくる振動などがなくなるので,リアルのレースだけを経験している人だと,車の状態や限界がつかみにくくなるんです。
また,さきほどタイヤのグリップの話をしましたが,それと似たような感じで,実際のレースでは限界を少し超えてしまっても“ごまかせる”部分があります。
ですがグランツーリスモでは,少しでも超えてしまうとタイムロスにつながるような感じです。なので,タイヤのグリップが100あるとしたら,99.5とか,99.8とか,そういったギリギリのところまで攻めつつ,絶対に100は超えないというシビアなドライビングが必要になります。
4Gamer:
実際のレースより難しい面もあるんですね。これまでお話をうかがって,実際のレースとグランツーリスモにはそれぞれの難しさがあって,同列に語るべきものではないとも感じましたが,あえて質問させてください。
ゲーマーの間では「eスポーツはスポーツなのか」という問題がよく話題になって,人それぞれに意見があるのですが,グランツーリスモとリアルのレースの両方を走っているフラガ選手は,これについてどう考えていますか。
フラガ選手:
すごく難しいところですね。スポーツには「体を動かして運動する」という意味も含まれてくるので……。ただ,そこを除くと,例えば自分に必要なマインドセットや,レース前の緊張感はリアルもグランツーリスモもまったく変わりません。
もっと大きな視点で,人生においてどう努力するか,自分の力をどう出すのかといったところで言うと,もしかしたらリアルよりもグランツーリスモのほうで多くを学んだんじゃないか,という気はしています。
グランツーリスモでは,レースに対しての準備や,トレーニングのルーティンといったところも全部自分で管理しないといけないので,そういうところは磨かれましたね。
自分が持っているすべてをレースにつぎ込んでいる
4Gamer:
日本やブラジルをはじめとして,世界各地でレースを走ってきたフラガ選手の経歴も興味深いので,ぜひ詳しいところを聞かせてください。1998年に石川県の金沢市で生まれて,子供時代をそこで過ごしたとのことですが,レースを始めたのはいつですか。
フラガ選手:
3歳くらいのときに,僕にカートを勧めようとした父にサーキットへ連れて行かれて,僕も気に入りました。ですが,親としてはその歳で運転させるのは若干心配なところもあったようで,まずは誕生日プレゼントとして,当時発売された「グランツーリスモ3」(PS2)とステアリングコントローラをもらったんです。
4Gamer:
最初の運転,レースはグランツーリスモだったんですね。
フラガ選手:
そうですね。どれがアクセルで,どれがブレーキなのか,ステアリングを切ると車はどう曲がるのか……みたいな,本当の基礎をグランツーリスモで身につけた後に,カートを始めて。でも練習や大会がない平日は,学校から家に帰るとグランツーリスモで遊んでいました。
4Gamer:
カートでは,日本のレースはもちろん,2008年にアジアカートオープン・チャンピオンシップでも優勝するなど,かなりの好成績を残されていますが,その直後にリーマンショック等の影響もあって,思うような活動ができなくなったと聞きました。
フラガ選手:
やっぱりモータースポーツは経済的にすごく“重たい部分”があって,カートは2008年でやめることになりました。その後ブラジルに戻って,2014年にカートではない4輪でレースで復帰できましたが,その間もグランツーリスモはプレイし続けていました。
4Gamer:
ブラジルでレースに復帰した頃に,グランツーリスモのほうも競技として本格的に始めたそうですが,そのきっかけは何だったのでしょうか。
「GTアカデミー」を知って,「プロになるチャンスだ」って思ったんです。それまでのグランツーリスモは趣味でしたが,スイッチがマジモードに変わりました。
F3などのレースで走っていても,実際にはスポンサーからのお金を全部チームに支払っているような状態なんです。その頃はスポンサーを集めるのも難しくて,借金したり,エンジニア経験もある父が,祖母のためにキットから組み立てた思い出の飛行機も売らざるを得なかったりと,両親に負担をかけながら,かろうじて1年乗るという状況だったので,何とか次のステップに上がりたいと思っていました。
4Gamer:
グランツーリスモで本格的な活動を始めた頃の,周囲の反応はどうだったでしょうか。実際のレース関係者の方も好意的に受け止めてくれましたか。
フラガ選手:
はい。例えばメカニックさんたちにも「自分も昔からプレイしているんだよ」という人が多かったので。それ以降も,新しいチームに入ったときは,グランツーリスモのおかげで打ち解けた雰囲気になることが多いですね。
4Gamer:
実際のレース業界でも,グランツーリスモのネームバリューは大きいのでしょうか。
フラガ選手:
影響力は大きいと思います。僕自身の場合で言えば,グランツーリスモでの実績を積んだことで,スポンサーを獲得するためのプレゼンテーションがやりやすくなったと感じます。
4Gamer:
実際のレースに加えて,グランツーリスモでの活動まで含めて見てくれるスポンサーもいるんですね。
話を戻して,フラガ選手はブラジルの後,メキシコやアメリカのレースに参戦しましたが,どのような理由で選んだのでしょうか。
フラガ選手:
ブラジルF3のチャンピオンになったとき,次は海外,できればヨーロッパで走って,やがてはF1と考えたんですけど,そのためにかかる費用はすごく高くて,現実的ではなかったんです。
一方でメキシコには,ブラジルで所属していたチームとつながりがあったので,ヨーロッパよりは少ない負担で走れそうだということで参戦しました。そこからアメリカにもつながりができて,インディカーの下位カテゴリーに参戦したんです。そのシリーズでチャンピオンになるともらえる奨学金のようなものが,次のシーズンの参戦費用の大部分をカバーできそうな金額だったので,それを目指しました。
4Gamer:
やはり実際のレースでは,資金の問題がつきまとうんですね。2018年にはそのアメリカのUSF2000シリーズで4位になり,「FIA グランツーリスモ チャンピオンシップ」※のネイションズカップでも優勝して,2019年は念願だったヨーロッパのF3に参戦されましたが,実際のレース活動で,グランツーリスモでの優勝がプラスに作用したところはあるでしょうか。
※グランツーリスモシリーズの公式世界大会「グランツーリスモ ワールドシリーズ」の第1回
フラガ選手:
そうですね。ネイションズカップで優勝して,グランツーリスモのスポンサードを受けられることになりましたし,メディアにも注目されて,いろいろな人が声をかけてくれるようになりました。そういった中で,アメリカでの活躍を見たヨーロッパのチームからオファーが来たので,もしかしたらF1への道も開けるんじゃないかということで参戦したんです。
そこでもシリーズランキング3位になって,ヨーロッパでのオフシーズンにニュージーランドで開催されたトヨタレーシングシリーズでは,現在F1で走る角田裕毅選手など,世界から集まったライバルを抑えてチャンピオンになったんですよね。
フラガ選手:
はい。その直後にレッドブルからジュニア(育成)ドライバーにならないかと声をかけてもらったんですが,そこでもグランツーリスモでの活躍が影響したんじゃないかと思っています。
当時僕は21歳か22歳だったと思うのですが,基本的にレッドブルは10代の人しかジュニアには入れないので。
4Gamer:
リアルとeモータースポーツの両方で活躍していることに,可能性や魅力のようなものを感じてもらえたのかもしれませんね。レッドブルはF1のトップチームを運営していますし,ジュニアチームも数多くのF1ドライバーを輩出していますから,そこに入れたのは自信になったのではないですか。
フラガ選手:
ただ,それ以降のレースでは,いろいろなタイミングが合わないところがあって,2021年と2022年は所属チームがない状況になってしまったんですけど。グランツーリスモで走っていることが,これからもいろいろなところで生きてくるんじゃないかなって思います。
4Gamer:
その2年間は非常に辛い時期だったと思いますが,どんな思いで復帰に向けて動いていたんでしょうか。
フラガ選手:
いろいろ考え出すと気持ちが落ち込んでしまうので,自分は今までベストを尽くしてきたんだから,なるようにしかならないし,ならないんだったら,まぁしょうがないな,みたいな。
そう自分に言い聞かせながら,次のチャンスを得るにはどこがいいのかということは常に考えていて,日本がベストだろうと判断したんです。ただ,コロナ禍の影響で日本への入国がすごく厳しくなっていたので,2022年の終わり頃にやっと来れたという感じです。
4Gamer:
そんな中でも,グランツーリスモの「TOYOTA GAZOO Racing GT Cup 2022」でチャンピオンになりましたが,実際のレースを走れない中で,グランツーリスモでの活動は救いになりましたか。
フラガ選手:
そうですね。リアルではないですが,世界レベルの争いをしているので,ドライビングが“錆びない”ですし,何かしら注目を浴び続けないと,実際のレースに復帰するのも難しくなっていくので,その2年間はもうバーチャルに特化して頑張りました。
4Gamer:
もう一度日本で活動しようと決めた理由は何なんでしょうか。
フラガ選手:
自分をアピールしやすいと思ったからです。海外にいた頃は,覚えてもらいやすい「イゴール・フラガ」の名前で走っていたんですが,日本で活動するにあたって,日本のみなさんにもっと親近感を持ってもらいたいと思って,母の姓が入った本来の名前である「イゴール・大村・フラガ」で活動することにしました。
4Gamer:
その名前がきっかけで,フラガ選手に興味を持った人も多いと思います。日本での活動としては,まず昨年の10月に「SUPER FORMULA e-Motorsports アンバサダー」に就任されましたが,具体的な活動内容を教えていただけますか。
フラガ選手:
eモータースポーツとリアルのモータースポーツをつなげて,モータースポーツ自体の面白さ,楽しみ方を発信しています。SNSの動画だったり,コラムを書いたり。レースが開催されているサーキットまで行って,直に伝えることもあります。
4Gamer:
日本では「車離れ」が叫ばれるようになってから久しくて,モータースポーツもその影響を受けていると思うのですが,なぜそうなっていると思いますか。
フラガ選手:
実はブラジルでも車離れのようなことは起こっているんです。
最近は,自動車メーカーから発売されるスポーツカーの数がかなり減ってきたと感じています。僕が子供の頃は,街を歩いているときに「この車,とてもかっこいいな」と思うことが度々あったんですが,それも少なくなっているんじゃないかと感じています。
モータースポーツについて言えば,やっぱりサーキットって都市部からは遠いところにあるので,近付くことがすごく難しいんですよね。
そういった問題を解決できるかもしれないのが,eモータースポーツなんです。いろいろな車に乗ってレースの感覚を味わえるので,そこから車が好きになったり,レースに興味を持ったりといったことがあればいいんじゃないかなと思っています。
4Gamer:
フラガ選手にぴったりの仕事だと思います。努力の甲斐あって,今年SUPER GTのGT300クラスと,スーパーフォーミュラ・ライツで実際のレースに復帰されましたが,目標を聞かせてください。
フラガ選手:
両方のカテゴリーで結果を出して,次につなげたいです。うまくいけば,来年はGT500クラスやスーパーフォーミュラに上がれる,勝負どころだと思っています。
もちろんグランツーリスモの公式世界大会も,ネイションズカップとマニュファクチャラーズカップの両方に参戦するので,そこでもいい成績を残したいです。ネイションズカップはオンラインシリーズが終わって,8月11日と12日にオランダのアムステルダムで開催される「グランツーリスモ ワールドシリーズ Showdown2023」への進出が決定しました。
4Gamer:
もう少し長いスパンで考えたときの目標はどこになるでしょうか。
フラガ選手:
まずはプロドライバーになりたい,というところですね。
4Gamer:
自分たちからすると,例えばSUPER GTで走っているドライバーはプロという認識なんですが,フラガ選手の中ではそうではないんですか。
フラガ選手:
ドライビング技術での大きな差はないと思っていますけれど,プロドライバーはやっぱりレースで得たお金で暮らすものだと思っているので。
今もまだ,スポンサーから得た資金をチームに支払って契約して,なんとかレースに参加しているような状態なので,本当の意味でのプロドライバーになって,GT500やスーパーフォーミュラ,やがてはもっと大きな舞台に行きたいと思っています。
4Gamer:
走るカテゴリーは上になっても,自分の負担で走っているという点で見れば,あまり変わっていないということですね。
フラガ選手:
実は今年もそうだったんですけど,チームとの契約書に見切り発車でサインして,その後に必要な資金を出してくれるスポンサーが決まることも多いんです。「スポンサーがついてくれなくて,払えなかったらどうするの」と思われるかもしれませんが,そういうリスクを背負わないと,ほかのドライバーにシートを取られてしまうので。
4Gamer:
レース以外にやることが重すぎますね……。
フラガ選手:
スポンサーが見つかって,そのお金を支払っても,次は自分の移動費とか宿泊費を工面しないといけません。月に2回はレースなりテストなりがあるので,結構な額になってしまって。
4Gamer:
チームに所属しているドライバーなんだから,そのあたりの費用はチームが出すんだとばっかり思っていましたが,自腹とは……。
フラガ選手:
そんなふうに,自分が持っているすべてをレースにつぎ込んでいる感じなので,実は自分の車も持っていないくらいなんです。そういう面で言うと,グランツーリスモではレース外での懸念材料がないので,自分の走りに集中できますね。
4Gamer:
フラガ選手が一度日本を離れて,しばらくレース活動を休止することになったのもリーマンショックが発端でしたし,そういった自分とは直接関係がないはずの問題で道が閉ざされてしまうのはとても辛いと思うのですが,諦めずにここまで来たんですね。
フラガ選手:
レースが好きだし,少しでも走りたいから,多少の苦労とか困難は我慢できます。またフォーミュラカーに乗っている感覚が味わえるなら……と思って頑張ってきました。
4Gamer:
日本でレースに復帰して,フラガ選手を取り巻く状況が良くなってきたと感じているので,この勢いが続くといいですね。
では,最後に4Gamer読者へのメッセージをいただけないでしょうか。
フラガ選手:
はい。僕と同じように夢を持っている人に向けては,それに対してすごく努力すれば何らかの形で近づけると伝えたいです。それには,やっぱりいろいろな人の意見を聞いたり,どうやって今日の自分よりも成長できるかを意識したりといったことも必要になると思いますけど,そういったことは,最終的にいろいろなところに生かせるとも思います。
僕自身については,今年はリアルの方でもグランツーリスモのほうでも引き続き頑張っていくので,応援をよろしくお願いします。
4Gamer:
ありがとうございました。
――2023年6月6日収録
「グランツーリスモ7」公式サイト
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