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男性の考える「少女」とはまるで異なる“女性の少女観”とは。コンテンツ文化史学会が2011年第1回例会「『少女』の歴史,ときめきの軌跡」を開催
今回は,「『少女』の歴史,ときめきの軌跡」というテーマを掲げ,女性誌/乙女ゲーム/漫画それぞれのコンテンツと,女性との関係性についての発表がなされた。読者の大半が男性という4Gamerみたいなメディアでは,ともすると“少女”という言葉が偏った意味で使われがちな気もするのだが,そうした期待(?)をよくも悪くも裏切る興味深い内容となっていた。
東京大学大学院 嵯峨景子氏
「1910年代の女性誌にみる少女文化の形成」
まず嵯峨氏は,「少女および少女文化を研究するうえでマストの存在とされている」と述べ,本田和子氏の「少女論」を紹介。本田氏は,1982年に刊行された著書「異文化としての子ども」などで,社会から切り離された自閉的なものとして少女と少女文化を論じているが,それをベースにこれまでさまざまな議論が繰り広げられてきた。
嵯峨氏は,自身の少女雑誌の研究から,本田氏の少女論に異を唱える。そもそも少女という概念は,近代日本における良妻賢母思想から生まれたものであり,学校で教育を受けながらまだ結婚に至らない時期をカテゴリ化したものと,嵯峨氏は説明する。
続けて嵯峨氏は,教育制度が確立され識字率が高まったことで,雑誌が創刊され,やがてジャンルの細分化に伴って1902年に少女向けの雑誌が登場した過程を紹介。そうした少女雑誌は,文芸創作欄や読者欄を設け,投稿・投書による読者の誌面参加を促していたのだが,それを土壌に少女文化が発展を遂げたと嵯峨氏は述べる。
上記の内容を踏まえ,嵯峨氏は自身の研究を,少女文化の美学を語るのではなく,それが成立した背景にある国民国家や社会との関連から考察するものと説明する。また一般に少女文化の隆盛は1920〜30年代といわれるが,それ以前の1910年代に着目する──すなわち,その年代の少女雑誌を分析することで,少女文化の出現と意味を問い直したいと続けた。
数ある少女雑誌のなかでも,嵯峨氏が今回の発表で取り上げたのが「少女世界」だ。この雑誌は,作家・教育者でもあった編集者の沼田笠峰氏を中心に,読者投稿企画に注力していたとのこと。「少女世界」では,読者を中心に「少女読者会(たかね会)」を結成したが,そのメンバーには少女小説の代表作「花物語」を著した吉屋信子もいた。
嵯峨氏は「花物語」の文体が少女小説の読者投稿のそれと類似していることを提示するとともに,吉屋信子本人が投稿者時代を回想した文章を紹介し,彼女の文体の確立には編集者の作文指導が介在していたと指摘した。
しかし編集者の指導も,時代とともに変化していく。1908〜1911年頃は優美な辞句を使った「美文」を奨励していたが,嵯峨氏は,少女に他者から愛される“愛らしい存在”であることを求める時代背景と深い関連があったと指摘。続く1912年には「堅実な思想を発表するには,優美な言葉よりも堅実な文体が望ましい」「装飾の前に,内容を充実させる」といったような,思想に重きを置いた指導がなされていたという。
そうした事例を踏まえ,嵯峨氏は,少女文化の特徴とされるロマンティックな文体や表現様式の確立には,社会的な少女観の転換および男性編集者の介在が影響を及ぼしていると指摘する。その一方で少女達は,社会から求められた規範や様式を昇華し,独自の美文表現を発展させ,それを少女雑誌の投稿欄を介して共有していったというわけだ。
嵯峨氏は,総括として再び「花物語」に言及し,美文によって表現された少女的な情緒が,必ずしも従来いわれてきたような社会性の欠落や文化の自閉性からのみ生み出されたものではなく,むしろ他者との関わりの中で形成されていったことをあらためて指摘した。
コーエーテクモゲームス 塚口綾子氏
「少女が愉しむ恋愛ゲーム」
塚口氏は,同社が企画・開発する“ネオロマンスゲーム”を,女性向け恋愛ゲームと説明し,“恋愛すること”“恋愛を愉しむ”という2点に重きを置いていると述べる。今回の発表では,シリーズ化されている「アンジェリーク」「遙かなる時空の中で」「金色のコルダ」を中心に話が進められた。
3シリーズを対比したときに,最も大きく異なるのは主人公(プレイヤー)および恋愛対象キャラの扱いであると,塚口氏は指摘する。「アンジェリーク」はシリーズを通して主人公が変わっただけだが,「遙かなる時空の中で」はナンバリングごとに時代背景が異なるため主人公も恋愛対象も一新。「金色のコルダ」では,2作目は主人公続投で恋愛対象キャラを追加,最新ナンバリングで両者を一新するという形式を採用した。
また主人公のセリフについて,「アンジェリーク」では「そうしよっと」「やめよっと」「キャッ」といった合いの手レベルに留め,可愛らしさを演出していると塚口氏は述べる。
その対比ということもあって,「遙かなる時空の中で」では,少女漫画や少女小説のように口数を多くしたとのこと。没入感という点で,いろいろ考えることも多かったそうだが,プレイヤーが疑問に感じるであろう部分を主人公にしゃべらせるように仕上げたそうだ。
なお,1作目は平安時代が舞台だったため,恋愛対象の男性キャラが泣く場面も多い。そこで主人公は彼らの悩みを聞き,励ましたり怒ったりする展開となるのだが,それを“カウンセリング恋愛”と評されることもあったそうだ。
そして逆の没入感を試そうと,主人公に一切セリフをしゃべらせなかったのが,「金色のコルダ」である。つまり,恋愛対象キャラとの会話が成立するよう,プレイヤー自身に主人公のセリフを考えてもらうというわけだ。
しかし,そうしたゲーム内の無口さに加え,イエス・ノーの選択が「承知する/しない」という表記だったこともあって,“武士らしい主人公”という思わぬ評価を受けたこともあったらしい。
なお塚口氏によると,開発の過程ではきちんと主人公のセリフを用意しているとのこと。これがないと,ボイス収録の際に声優陣がどんな演技を求められているのか分かりにくくなってしまうからだ。
続いて,コーエーテクモゲームスのサイト「GAME CITY」にて実施されたユーザーアンケートをベースに,ネオロマンスゲームの購入動機の分布が公開された。
それによると,「出演声優」の項目がダントツに多いのだが,塚口氏はここ数年で大きく数字を伸ばしたと述べる。その理由を,塚口氏は声優ファンの比重が増えたことにあると分析。「この人の声で恋愛がしたい」という意見も多く見受けられることから,今後も重視していきたいと続けた。
塚口氏はボイスを入れることについて,ゲームに臨場感を持たせるためと説明。続けて「愛してるというセリフは,文字で見るよりも囁かれたいと考える人が多い」と述べ,恋愛ゲームには必ずボイスを入れるようにしているという開発上のポリシーを明かした。
なお,同社の恋愛ゲームタイトルがフルボイス化されないのは,全体のテキスト量が膨大であることも一つの理由となっているそうだ。
また設定やストーリーについては,どのタイトルも恋愛を前提に作り上げていくという。塚口氏は,主人公をどう表現するかが,世界観を決めるために最も重要なポイントと述べ,例えば「アンジェリーク」なら女王に関連する設定,「遙かなる時空の中で」なら龍神の神子にまつわる設定という感じで作っているとのこと。
主人公と恋愛対象の立場,最初の関係と最後の関係といったように,どんな状況で恋愛が発展していくのかが決まると,ゲームの雰囲気も見えてくると,塚口氏は述べる。
購入動機として2番目に多い「キャラクター」については,プレイヤー各自の欲求を満たす重要な存在であることから,最も配慮していると塚口氏は説明する。
またゲームがほかのメディアと異なる点は,恋愛の過程にプレイヤーの意思が反映されることだが,それを利用して恋愛対象キャラ全員と恋愛関係になることもできる。いわゆるハーレムプレイであるが,それを達成するプレイヤーには開発チーム一同,頭が下がると塚口氏は話す。
「そうした努力を惜しまないほど,キャラクター達を愛してくださるので,可能な限りそれに応えたい」と感謝の意を表す塚口氏だが,自身では全キャラ同時攻略を達成できたことはないとのこと。
その一方で,モバイル端末での女性向け恋愛ゲームの台頭にも言及し,携帯三大キャリアに加え,昨今ではソーシャルゲームでも盛り上がっていることを紹介。とくにソーシャルゲームプレイヤーの女性比率がおよそ50%に上ることに触れ,これまで展開してきたプラットフォームよりも女性に対する親和性が高いことを指摘した
またメディアミックスにも早くから力を入れており,各シリーズでアニメ/映画/コミック/ドラマCD/舞台といった展開を行ってきた。現在,最も力を入れているのは,ゲームに出演する声優陣を招いたイベントとのこと。
次に,塚口氏が女性向け恋愛ゲームを企画・開発する際に,キャラクターや設定をどう扱うかという考え方も披露された。新しいシリーズを企画する場合には,当然ながらほかのシリーズにはない新しさや違いが重視される。
「アンジェリーク」をシリーズ化するにあたっては,同じキャラともっと恋愛をしたいという要望に応えたとのこと。その結果,恋愛対象キャラの数が作を重ねるごとに追加されることとなり,現在ではソーシャルゲーム版も含めると総勢20人になっているという。
「遙かなる時空の中で」は,2作目で世界観を継承しつつキャラを一新するという,当時の社内としては画期的な試みに挑戦したとのこと。その理由は,「アンジェリーク」シリーズで抱いた「“物語としての恋愛”をいつまで続けられるのか?」という危機感にあったと,塚口氏は説明する。
その一方では,シリーズ内でキャラクターのカラーとゲーム内での立場を統一し,キャラ一新とはいえ,馴染みのある世界観を構築するといった工夫もしている。
塚口氏は,キャラクターを一新することについて,「いろんな意味で論争が生まれやすい」と述べる。しかし開発チームとしては,常に全力投球でいいものを作ろうと考え,「今回は,この方法がいいだろう」という選択をしているだけだと続けた。
最後に,塚口氏は「少女が愉しむ恋愛ゲーム」として,女性向けゲームと乙女ゲームを定義。前者はターゲットが明確,かつジャンルではなくターゲットで括られるものであり,後者はプレイヤーが自分の中の乙女を愛するゲームであるとまとめた。
共立女子大学文芸学部教授 沼田知加氏
「『少女』文化から『女子』文化へ」
沼田氏は,従来の「少女漫画」とは,本田和子氏が論じた“無責任,無目的”という少女的なものとして認知されてきたと述べる。そんななか,2009〜2010年にかけて,雑誌「FRaU」にて「女子マンガ」なる新たなジャンルが提唱されたことを紹介。
その特集によると,女子マンガとは「現実は少女漫画のようなものではない」という絶望を経由して,“無責任,無目的”ではいられないことを自覚した女性が,現実を肯定して乗り越えていくための糧であるとのことである。
なお女子マンガは,1990年代に生まれたとされ,具体的には恋愛が世界のすべてではなく,人生の一部であることを前提に,女性の人生を多面的に描くような作品を指す。沼田氏によれば,従来は少女漫画と呼ばれなかった内容のものもフォローしているという。
沼田氏は,コミックス研究家のTrina Robbinsの文献を引用し,1990年代初頭の北米にて「パンクロック(オルタナティブロック)ムーブメント」と同時に発生した「ガール・パワームーブメント」によって,自らを「Grrrlz」と呼称する少女達に向けた「Grrrlz Comix」が登場したことを紹介した。
しかし,この4年間で北米の少女漫画をめぐる状況は大きく変化しており,著名新聞に一般の少女漫画読者の言葉が掲載されるようになるなど,隔世の感があったと沼田氏は述べる。
さらに沼田氏は,2009年にDr. Michael Bitzの著作「Manga High」の後半で,コミッククラブに所属する高校生達のライフストーリーと,彼らの描いた漫画作品を掲載していることを紹介。
そのなかの一人は,それまでほとんどコミックに触れたこともなかったそうだが,クラブに所属することで,明らかに日本の少女漫画から影響を受けた作品──主人公の名前は,なんとShizuka Tsurugiである!──を描くほどになったという。なお,「Manga High」は,日本でも岩波書店から2011年冬に刊行される予定とのことだ。
Michael Bitz「Manga High」 |
コミッククラブに入るまで漫画/コミックに触れたことがなかった学生,treasureの作品 |
最後に話は日本の漫画に戻り,沼田氏は,「オトメン(乙男)」「天然コケッコー」「おひとり様物語」「少女漫画」といった,漫画を描くという行為が題材になっている作品を紹介。沼田氏は作品中のリアルな漫画表現などに言及し,「メタレベルで描かれるほど,日本の漫画は成熟している」とまとめた。
くらもちふさこ「天然コケッコー」 |
松田奈緒子「少女漫画」 |
女性向けゲームも男性のチェックが入ることで
バランスが図られている
まず塚口氏によると,シリーズタイトルでキャラクターや声優を一新するか否かについては,開発チームでは必ず議論になるとのこと。受け手であるプレイヤーそれぞれにさまざまな意見があると思うが,そこまでゲームのことを考えてもらえるのは嬉しいと感謝を述べていた。
また女性向け恋愛ゲームの企画・開発にあたり,塚口氏自身,二次創作に見られるような男性キャラ同士の恋愛を意識することは一切ないと述べる。
塚口氏は,「遙かなる時空の中で」において2人のキャラをセットにしたのは,さまざまな対立関係を構築するためであったと説明。男性キャラが並んだだけで恋愛関係にあると受け止められてしまうのは,主人公の女性とさまざまな男性の恋愛を描くゲームとして最大の欠点,との自論を述べた。
なお,塚口氏はそういった受け止められ方をされそうなシーンが登場したとき,一度手を止めて変更するかどうかジックリ考えていたとのこと。
ちなみに植木氏も,2人の男性キャラを対比させた構成で携帯電話用ゲームを作っていたとのことだが,これは容量の制約が最も大きな理由だったそうだ。
その一方で,植木氏は二次創作に取り組んでもらえること自体は嬉しいと述べる。とくに手作りの衣装によるコスプレは,開発者として非常に嬉しいとのこと。塚口氏は,手の込んだデザインのコスプレ衣装を見ると,ありがたいと思うと同時に,申し訳なく思うと話していた。
植木氏は,女性スタッフが少ないチームで開発を進めていたこともあって,“男性スタッフが考える女性向け”という感じになっていたと,自身の経験を話す。また携帯電話のゲームは移動時間や待ち合わせの合間にプレイすることが多いため,他人に見られても恥ずかしくないよう,ゲーム画面のデザインは洗練されたものとなるよう心がけていたという。
プレイヤーが女性向け恋愛ゲームから卒業するきっかけを問われた塚口氏は,まず十代後半と二十代後半に,プレイヤー人口のピークがあることを紹介。それ以上の年齢について,卒業というよりは,リアルの生活環境変化によってゲームプレイに割く時間がなくなっているのではないかと分析した。
加えて植木氏は,一度離れた人でも,再びプレイ時間を確保できるようになれば遊ぶようになるケースもあると指摘する。
さらに塚口氏は,仕事が忙しくなると据え置き機でのプレイ時間が取れず,携帯機やモバイル端末で遊ぶようになる人が増えると述べる。そうした手軽さを求める傾向が,上記のプラットフォーム移行にも繋がっているというわけだ。
なお,まったくの余談だが,塚口氏はPSPのフェードアウト時や電源を落としたときなどに,自分の顔が画面に映り込んでしまい,現実に引き戻されることに不満を漏らしていた。
さらに塚口氏は,全部を女性だけで判断することがどんな結果を生むのか想像がつかないので,いつか挑戦してみたいとも話していた。
ちなみに塚口氏も植木氏も,思いつきのアイデアでゲームの企画を進めることはないという。企業の中で企画・開発を進める以上,数字的な裏付けが絶対必要となると強調していた。
最後に問われた今後の女性向けコンテンツの展望について,塚口氏はソーシャルゲームにおける女性比率の高さに再び言及。これまでゲームに触れたことがなく,ソーシャルゲームで初めて女性向けゲームを知ったという人も増えているので,今は大きなチャンスが到来していると述べる。
また塚口氏自身はどんなゲームであっても,遊んだあとに考え方が変わったり,あるいは人生そのものが変わったりするような作品作りを目指しているという。とくに,思春期など少し人生に迷っている時期に,自分やコーエーテクモゲームスの作ったゲームで,操作一つで展開が変わる楽しさを体験してほしい,今は女性向けにそうした姿勢で取り組んでいるとまとめていた。
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イラスト/水野十子 (C) TECMO KOEI GAMES CO., LTD. All rights reserved.