インタビュー
「ICO」と「ワンダと巨像」のリマスター版を迎えて。上田文人というゲームデザイナーは,何を考えて作品を創るのか――日本が誇るゲームデザイナーがみっちり語る2時間
どこかに「引っかかり」があるもの,記憶に残るものを
――作ってるうちに「なんかこれ普通のゲームだよな」と
4Gamer:
ICOは2001年当時十分にセンセーショナルな作品でした。皆が「コンピュータゲーム」という言葉で思い浮かべるものとは異なる何か,と言いますか。
しかしICOは「じわじわくる」タイプの作品で,それがゆえに通好みなのかもしれませんが,それとは逆に鮮烈なイメージを与えて,多くのゲーマーにアプローチできた作品がワンダだと思います。
上田氏:
あれはなぜなんだろう。リアリティが高かったからなんですかね。
4Gamer:
上田さんのおっしゃる「リアリティ」についてキチンとお聞きするべきかとは思いますが,たぶんそういう理由だと思います。もしかしたら3Dアクションという構図が単に理解しやすかっただけかもしれませんが。
単にリアリティっていう言葉だけ聞くと,なんだか写実的な何かを想像しちゃいますけど,そういう意味じゃないですよね,もちろん。
上田氏:
ええ。結局,創作物っていうのは錯覚ですよね。いかに錯覚させるかということです。ですから,錯覚のさせ方が上手に出来たっていうことですかね。
例えばホラー映画を観に行っても,それなりの年齢になれば「一切自分に危害が加えられない」ことくらい分かってるわけですよね。画面から何かが飛び出してくるわけはないですし。それでもなお「怖い」と思うのは,それは錯覚ですよね。
4Gamer:
そうですね。さすがにもう,ゲームをプレイしながら声を出すことはほとんどないんですが,とくにワンダは,最初の「巨像」を見たときや,何番目だったか鳥の巨像にしがみついてるときとか,コントローラを握りながら声をあげてしまいました。「落ちる落ちる落ちる落ちる」って(笑)。あれこそが錯覚からくる没入感ですよね。
上田氏:
そう言っていただくと,ちゃんと錯覚してもらえてたんだ,成功したんだ,って思えますね。
4Gamer:
没入感という意味では,ちょっと話がズレちゃうんですけど,実は私,ワンダを自力ではクリアしたことがないんです。巨像を倒してもちっとも楽しい気持ちにならないんですよね。楽しくないどころか,ちょっと気分的にツラい。それでなかなか先に進めづらいというか。
一体目を倒して,頑張って二体目も倒して,三体目も倒して……でもなんかツラくなってきてやめて,しばらくしてまた最初の巨像が見たくなってまた始めて。
上田氏:
なるほど(笑)。
4Gamer:
ワンダという作品は,ICOと違って「爽快なアクションゲームを作る」という方向付けで開発が始まったように記憶してるんですが,でもこれあんまり爽快じゃないんです(笑)。
上田氏:
確かにワンダは,スタート当初はそういう意図を持って始められました。ICOは,「雰囲気は良いんだけどね」とか「ちょっと変わった作品」とか「個人的には好きだけどあんまり人には勧められない」とか,そういう評価を持たれているような気がしたので。
4Gamer:
それは日本での評価の話でしょうか。
上田氏:
僕はだいたい日本の人から聞くんですけれど,そういう意見が多かったんです。あと,ICOはセールス的にも予想ほどはいかなかったんですね。それで,やっぱりビデオゲームっていうものは,コアなゲーマーが支えているんだって思ったんです。
4Gamer:
でもICOは,元々からして「ゲーム」ではなくて「新たなコンピュータエンターテインメント」を作ろうとしていたわけですし,狙いそのものがズレたわけではないですよね。
上田氏:
ええ,そこはそうです。
おっしゃるとおりICOは,ゲーマーじゃない人――例えば一般のOLさんとか――そういう人たちが興味を持ってくれるようなコンピュータエンターテインメントを作りたいと思って,そういう人をイメージしながら,そういう人たちが遊ぶ姿をイメージしながら作ったわけですけど,結果として,そういう人たちにはあまり届かなかったんですよね。
4Gamer:
何が問題点だったと思いますか?
上田氏:
うーん……単に知名度の問題というのもあるでしょうし,当時はまだ,ゲームに対する固定のイメージみたいなものもあったかもしれません。あとはやはり,自分の感覚がズレてたところもあるんでしょうね。もっと噛み砕かないと,もっと分かりやすくしないといけなかったのかもしれません。
ICOのそういう反省点から,ワンダはもっとゲーマー寄りのものにチャレンジしようとした作品なんです。ゲーマーに受け入れられるためには,やはり操作性であったりとか,あとは快感であったりとか,そういうものがたくさんないといけないというところからスタートしてるわけです。
4Gamer:
舵の切り方がダイナミックですね。
上田氏:
でも作ってるうちにですね,「なんかこれ普通のゲームだよな」となったわけです。そこが自分の悪い癖なのかもしれないんですけど,どこかに「引っかかり」があるようなものを,記憶に残るようなものを,作らないといけないな,と。そんな紆余曲折を経て,ああいう作品に仕上がったんです。
4Gamer:
大変よく理解できたんですが,倒したときの雰囲気を,何もあんなに悲しげなものにしなくても……。
上田氏:
そうですよね……。
でも映画とかもそうなんですけども,切り取り方によって変わるものであって,何が正しいのかは分からないものってありますよね。
4Gamer:
現実世界でも普通にありますね。
上田氏:
ええ,報道の仕方だとかそういうものも含めて。
4Gamer:
私の個人的な切り取り方は,巨像を倒す作業って,野生動物を殺している気分に近いんですね。彼ら(巨像)が安穏と暮らしている場所にずかずかと入り込んで,一方的に殺戮していくわけじゃないですか。巨像は何も悪いことはしていないのに,あくまでも人間(この場合,ワンダ)の都合と欲望を満たすためだけに殺されていくわけです。
巨像が割と動物っぽくて生々しく動いてリアリティがあるから,余計にそう思うのかもしれませんけど。
上田氏:
なるほど。おっしゃりたいことは分かりますが,僕はその切り取り方には賛同できません。僕らはそもそもたくさん動物を殺して生きているわけですしね。――なんか誤解を生みそうな表現ですけど。
4Gamer:
いえ,さすがにこの文脈で誤解する人はいないでしょう。
上田氏:
なんだろうな……金魚は可愛いしネコに食べられたら怒るし悲しいけど,アジは食べてもいいんだ,みたいな話もあるわけですよね。そこにどういう命の差があるんだろう,とかは考えますが,ことさらにそこを問題として指摘しようとは思いません。
4Gamer:
はい,理解できます。
上田氏:
それで,そういうことって普段僕らは意識してないわけですよね。例えば道ばたでハトが死んでて,それをカラスがついばんでるのを見て「うわぁ……」と思う一方で,スーパーマーケットに行けば「動物の死体」がずらりと並んでるわけです。
4Gamer:
そうですね。しかもバラバラ死体。
上田氏:
でもそれはなんとも思わないわけで,そういうものをひっくるめて「おかしいなあ」と思います。とはいえそういうものを表現しようとは思わないんですけど。要は,切り取り方によって,これだけ違うんだという話ですね。
なのでワンダに関して言うと,その「切り取り」の幅を広げるためにも,ゲーマーからだけの視線ではなくて,違ったところからの視線も入れないといけないな,とは思ってました。
4Gamer:
巨像が怖い顔じゃないのもその流れの中での決定ですか? 目元なんかもちょっと優しい感じがしますし,こっちを睨んでも割と可愛いんですが。
上田氏:
話をちょっと蒸し返すと,あれが仮に怖い顔をしてるからといって,別に倒していいとは限らないですよね?
4Gamer:
もちろんです。単に「受け取り方の幅を広げる」ための施策なのかな? と思いまして。
上田氏:
デザイン的な狙いはありますよ。ほかのゲームのモンスターとの差別化っていう意味もありますし,ゲームデザインから来るものもありますし。
4Gamer:
ゲームデザインから来るものとはなんでしょう。
上田氏:
例えば巨像と目が合ったりして,目を矢で撃とうとするじゃないですか。眼球とかあったりすると,本能的な行動として撃つ人もいると思うんです。
4Gamer:
生き物の根源的な恐怖ですしね,「二つの目で睨まれる」という行為は。
上田氏:
でもそれはゲームデザイン上,意図していない行動なわけです。リアリティを追求する立場からすると,目を撃って目に矢が刺さったら,巨像の視界がなくならないといけないわけです。
なのでゲームデザインとして,そういう表現は取りえないし,あとハードウェアのスペック的にもツラいんですよね。眼球を入れてそれをぐるぐる回して,そこにスペキュラーとかハイライト入れて……というのは,なかなか難しかったんです。
4Gamer:
なるほど。いつぞやのインタビューの繰り返しになってしまって申し訳ないんですが,本当にあらゆることに「意味」がキチンとあるんですね。
上田氏:
まぁなんで悲しい雰囲気なのかっていうと,それは自分の嗜好っていうか癖ですが(笑)。
4Gamer:
お,ここでやっと「嗜好」が(笑)。
そもそもワンダは話の設定自体が,魂を失った女の子を蘇生させるっていう内容なわけですよね。これまでのそういった蘇生術を扱った創作物では,人間を生き返らせるなんていう行為はグッドエンドで終わっていないわけで……。
4Gamer:
大きな代償を払うわけです。
上田氏:
まぁとはいえ実際は,そうやって倒すのがツラい人がいるのであれば,ゲームのモチベーションを高めるって意味で言うと,もっとこう「倒してよかったね!」っていう演出を取らないといけないとは思うんですけどね。
4Gamer:
ファンファーレとか鳴ってくれないと。
上田氏:
戦闘中は,ファンファーレじゃないですけど「頑張れ頑張れ」っていう感じありません?
4Gamer:
ありますね。だから急所を刺すときのあの巨像の振る舞いや,倒れるときのあの演出で,なおのこと我に返ってしまうんです。「なんで倒しちゃったんだろう……」って。
上田氏:
そこも狙いではありますが……。
娯楽の中には,そういうものもありますよね。それも含めて娯楽の魅力なわけです。とくにビデオゲームは,そういうものをベースにしてるものが多いですよね。
4Gamer:
もちろん否定はしません。
上田氏:
そう。ゲームの魅力の一つですよね,僕が思うに,仮想空間で無責任になれるっていうのが,ビデオゲームの魅力の一つだと思うんですよ。
4Gamer:
なるほど。「好き勝手」とはよく聞きますが「無責任」は初めて聞きました。
上田氏:
責任取る必要がないですよね。どんな選択肢を選んだとしても,その責任を取る必要がないというのが,ビデオゲームの魅力だと思うんです。
4Gamer:
じゃあたぶん私は変なシンクロ(感情移入)をしてしまって,無責任になりきれてないんですね。
上田氏:
でもその感情移入や没入感こそが,結局は先ほどの「錯覚」であったり感動であったりにつながるわけで,そこは絶対的に必要なんですよ。
4Gamer:
巨像は動き方がまた,トリコの前身のような,割と動物っぽい動きですし。
上田氏:
巨像は色々反省点もあって,もっとすごいもの作りたいというところがトリコの立脚点なんです。
4Gamer:
反省点……っていうと言葉が悪いですね。「もっとよくしたかった点」はどのあたりですか?
上田氏:
うーん……いっぱいありますね。いっぱいありますが,まずは自由度が低かったです。巨像をオーサリングする上での自由度も低かったですし。
4Gamer:
でもそれは今と比較したときの話ですよね。
上田氏:
そうですね。周りの地形に対してのリアクションとかがあんまりないんですよね。巨像って,あの限られた空間でしか動かせないんです。
トリコのムービーとかを見てもらうと分かるんですけど,狭い所に頭をつっこんだりだとか,そういうことを表現することによって,そういうことを積み重ねていくことによって,存在感や実在感というものがどんどん上がっていくわけじゃないですか。そういう部分をもっと表現できれば,もっとリアルに,それがさも存在してるように多くの人が錯覚してくれたんじゃないかな,という点が一番ですかね。
4Gamer:
そこまでして上田さんに,モニターの向こう側にリアリティを追求させる根本には何があるんですか?
上田氏:
とても単純で,「自分が体験したいコンピュータエンターテインメント」じゃないですかね。そういうエンターテインメントを体験してみたいっていうのが,僕自身に強くあるからなんです。併せて,それを自分で表現したいっていう気持ちも強いので,こうして作っているわけで。
4Gamer:
実にシンプルでプリミティブですね。
上田氏:
まぁでも,物を作る人ってきっとそういうものなんじゃないですかね。
4Gamer:
そうですね。例えばウェブサービスとかでもそうですけど,自分が使いたくもないものを作る人はいないわけで,自分が読みもしないサイトを作る人もいないわけで。
上田氏:
まぁ理想はそうなんですけど,仕事としてやってる限りは……ね。
4Gamer:
まぁ,そこは(笑)。
ところでこの10年くらい,上田さんの嗜好や方向性というものは変わってないんですか?
上田氏:
今振り返ってみると,途中途中ではちょっと変わっていた時期もありましたね。
4Gamer:
その変化は,何かの形で作品に現れてるんでしょうか。
いや,ないです。例えばワンダのときの話をすると,ICOが終わってから「男ゲー」と「女ゲー」という二つの企画を考えていて,そのうちの「男ゲー」ってのがワンダなんですね。「女ゲー」のほうが,たぶん何かの変化の予兆なんだと思います。
4Gamer:
ブックレットにも書かれていましたが,その「女ゲー」というのは具体的にどんなものでしょう。主人公が変わっただけというわけじゃなさそうですし。
上田氏:
ワンダとは少し……いや,少しじゃないか。まったく違うゲームですね。パズルゲームで2Dで。
4Gamer:
それはまたずいぶんと。
上田氏:
タッチパネル使ったりして。まぁDSが出る前だったんですけど。
なんかもうコントローラ使うのはイヤだと思って,コントローラ以外のものを使った作品が作りたくて。でも,売れるところが想像できなかった(笑)。
今にして考えると,確かにそのときにやりたいと思ったものはそういうものでした。やったらやったで変わったのかもしれないですけど,ICO,ワンダ,そして今トリコ……と考えると……。
4Gamer:
一方向から見た結果論に過ぎないかもしれませんが,流れがちゃんと続いてるんですよね。
上田氏:
うん,なんなんでしょうね。うまく言えませんが,あのときそういうものに逃げなくて良かったと思います。
4Gamer:
流れが続くように定められてたんですよきっと。しかし「女ゲー」バージョンはそういう全然違うものだったんですね。
上田氏:
時間ができればいつかは作りたいですけどね。
4Gamer:
出来そうなんですか?
上田氏:
もしかしたら今なら問題なく出来るかもしれませんね。
ICOを4年くらい作って,スタッフもみんな疲弊して,僕自身もちょっとこう,色んなものを吸収する時間の余裕が欲しいなという思いもあり,次回作を作るとなったときに,リアルタイムポリゴンで,すごい空間を作って,お話を考えて,モーションを細かく作り込んで……みたいなものは,ちょっとやりたくないなという気持ちもあって。
4Gamer:
いくら好きでもいくら楽しくても,限界はありますよね。
上田氏:
それでそういうものとは違ったものを作って,充電して,そしてまた大きなものにチャレンジしよう,と思ってた企画なんですよね。
4Gamer:
しかし結果はそうなりませんでしたね。
上田氏:
そうですね(笑)。
4Gamer:
何かを吸収する時間はあったんですか?
上田氏:
いや,ないですねえ……ずーっと作ってるんです。それでも映画を観たりとかは休まずにやってますけど。そういうものがないと,自分の力にもならないですしね。
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