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“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった
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印刷2011/08/20 00:00

企画記事

“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった

制作機材を入れ替えることの怖さ

制作機材を入れ替えることの喜び


伊藤氏:
 ところで前山田さんは,どんな機材を使っているんですか?

前山田氏:
 僕はWindowsです。64bitと32bitのPCで「Cubase」(※46)を中心に,ソフトシンセで作り上げています。伊藤さんは?

画像集#023のサムネイル/“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった
伊藤氏:
 僕は最近まで,Windowsの「SONAR」(※47)を使ってきました。スクウェアの頃はMacで「Vision」(※48)を使っていたんですが,Visionがなくなってしまったので,泣く泣く「Digital Performer」(※49)に行くしかなかったんですよ。ところが,PowerMacからIntel Macに切り替わったタイミングで,ソフトシンセが全然使えなくなってしまって,一念発起してソフトシンセも使えるSONARにしようと。それが3年ぐらい前ですね。
 ただ,Windows 7になってから不具合も出てきたので,またMacに戻って,今度は「Logic Pro」(※50)にしようと思って,今まさに切り替わりの時期です。

前山田氏:
 システムを変えるのって,もの凄くタフな作業じゃないですか?

伊藤氏:
 確かにストレスはありますけど,新しいことを覚えられるというワクワク感もありますから。

前山田氏:
 お若いですねぇ。柔らかいですねぇ。

伊藤氏:
 いやいやいや(笑)。そういうワクワク感が好きなんですよ。何事においても。使い慣れたシステムを一気に変えることで,また違う自分が見えてくるんじゃないかというのを重視しています。

前山田氏:
 うわぁ,それマジ,リスペクトします。凄いと思います!
 エンジニアの方に,今のシステムに満足していても,一年に一回は絶対に総入れ替えをするという方がいらっしゃるんですよ。そうしないと新しいことを覚えていけなくて,音源に関しても何にしても,ずっと同じことを繰り返してしまうとおっしゃっていたんです。それを聞く度に凄いなぁと思っていたんですが,伊藤さんもでしたか……。
 でも,そうなんですよね。ずっと曲を作っていると,スタメンの音源がある程度固まってくるんですよね。ストリングスはこれ,スネアはこれ,ピッコロはこれみたいに。結果,どうしてもパターン化してしまうんですよ。それを考えると,確かに環境を変えるって重要ですよね……。でも冒険ですよね。タフだなぁ。

伊藤氏:
 ええ,最初の2〜3か月は地獄ですね(笑)。

前山田氏:
 ですよね。まずショートカットからして違うじゃないですか。

4Gamer:
 インタフェースが変わってしまうというのは,作業能率に直結しますもんね。

前山田氏:
 僕には無理だなぁ……無理だなぁ……。でも,それをしなきゃダメなんだろうなぁ……。

4Gamer:
 いやでも,いまだに作曲環境としてATARIを使っている人もいるそうですし(笑)。

前山田氏:
 ああ,そうなってしまう! そうなってしまうんですよね。なので,環境をガラッと変えるのも……大事なんだろうなぁ。
 でも,心に負担がかかりませんか? それ。

伊藤氏:
 もちろん,負担はあります。でも,それを乗り越えて曲を完成させたときには,自分の中で達成感を味わえるんです。すると,「もうこれでいける! 新しい自分が見えた!」となるわけです。
 音楽に限らず,去年の年末ぐらいからTwiCasでラジオっぽいことをやっているんですけど,それも同じことなんですよ。

4Gamer:
 え,どういうことですか?

画像集#024のサムネイル/“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった
伊藤氏:
 僕は昔,FMで「JET STREAM」(※51)なんかを聴いていて,城 達也(※52)さんみたいなラジオパーソナリティになることも一つの夢だったんです。結局,音楽を仕事にしてこれまでやってきましたが,ふと気付くと,自分の部屋からそういった形の発信もできる環境が整っていたんですよね。
 そういうとき,恥ずかしいけどやってみようというのと,恥ずかしいからやめておこうというのと,どっちをとるか? で,僕はやってみようと思うタイプなんです。僕は音楽家であって,喋りの専門家ではありませんけど,やってみたら違う自分が見えるかも? という好奇心が強いんですよ。で,実際にやってみたら,やっぱり面白いんですよね。

4Gamer:
 聴いている側としても面白いです!

伊藤氏:
 ありがとうございます。まあ,そういうことをやっていたら……たぶん直接は関係ないんでしょうけど,別の方向からWebラジオのパーソナリティ(※53)をやってみませんか? というお話をいただいたりして。詳しく聞いてみると面白そうなので,よしやろう,と。

前山田氏:
 本当に固まらないんですね。保守的にならないんですね。
 僕はどうも保守的になってしまいがちで,それはいけないと思っているんですけど,キャリアを積めば積むほど固くなっちゃう部分があるんです。伊藤さんは,どうして挑戦する気持ちを維持できるんですか?

伊藤氏:
 たぶん,どこにも所属していなくて,自分だけだからでしょうね。成功も失敗も自分の責任のみだという気楽さがありますから。もちろん,それ故に生じる重さもあるんですけど。

前山田氏:
 なるほど……。とはいえ,僕も似た部分があって,やりたいと思うんだったら,やったほうがいいんじゃないかっていうのはあるんですよ。だから,いきなり「Qさま!!」(※54)に出てくださいとオファーしていただいたときも,「よし出ましょう,頑張るぞ!」って。結局,何も出来なかったんですけど。

4Gamer:
 落ち込んでましたよね。

前山田氏:
 爪痕を残せなかった! って(笑)。
 でも,せっかくの人生なので,いろいろやってみたいんですよ。もちろん,本業の“作曲家”をきちんと残すという意識は重要だと思っています。ただ,それさえあれば,何をやってみてもいいんじゃないかなという気持ちがあって。

伊藤氏:
 そうなんですよね。結局,自分自身の問題なんですよ。
 やったことに対する評価も,誰が何と言おうが,自分が気持ち良かったり,あるいは楽しいということを伝えられるのであるなら,それでいいんじゃないかなって。

前山田氏:
 そうですよね! 今日,僕,これで強くなれました。他人の評価なんてどうだっていいんです。2ちゃん見てへこんでる場合じゃないんですよ。

伊藤氏:
 だって,自分あってのことですもんね。こういう仕事って。

前山田氏:
 そうなんです。やらされているわけじゃないんですよね。やってるんです。そして,させてもらっているんですよね。

伊藤氏:
 それを大いに楽しまないと,勿体ないですからね。


誰もが作品を発表しやすい現在

プロに必要なのは“誇りと自信と愛情”


4Gamer:
 TwiCasのお話が出たところでお聞きしたいことがあります。
 前山田さんはニコニコ動画出身……というと語弊はありますが,やはりニコニコ動画と切り離せない部分があると思います。一方,伊藤さんはTwiCasでいろいろやってみている,と。
 誰もがその気にさえなれば,何かを発表できる環境が整っている現在,プロとして活動している方が,アマチュアと同じフィールドに立つことになったとき,プロとアマチュアの差はどこにあるんでしょうか?

前山田氏:
 それは僕もおうかがいしたいです。

伊藤氏:
 自分が表現していくうえでの,作品をリリースをしていくうえでの……,“誇りと自信と愛情”でしょうか。それで食べられるだけの,キャリアも含めて。

画像集#025のサムネイル/“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった
前山田氏:
 メモしないと……誇りと自信と愛情……凄くいい言葉です。

伊藤氏:
 それがどれだけ強いかじゃないですかねぇ。なんつって(笑)。

4Gamer:
 ただやりたいだけの人とは,そこが違うと。

伊藤氏:
 やりたいだけだと,マスターベーションになってしまいますからね。

前山田氏:
 発信する方法が簡単になったことで,ニコ動発のアーティストも歌い手さんも増えたじゃないですか。どこにも所属せずに作品をアップロードしたり,同人活動として頒布したりしているだけなのに,いざCDを出したらけっこうな枚数が売れたという方もいます。
 だからこそ,最近,アマチュアとプロの境目はどこなんだろう? と思っていたんですけど,これですね。自分の作品に対する,誇りと自信と愛情をどこまで持てるかが重要なんですよ。

伊藤氏:
 実はこれって,アマチュアとプロの境目の話だけじゃないと思うんですよ。
 音楽業界もゲーム業界も,リスナーや購買層に媚びすぎているんじゃないかと思うんです。リニューアルやリバイバルが増えているのは,そういうことなんですよね。いろんなしがらみであったり,経営的に必要なことであったりはしますし,求められていることでもあるとは思います。
 ただ,どこかクリエイターの「挑戦しよう」という意識がなくなってきていると感じますし,受け手からの「昔のゲームのほうが面白いから,それだけ出してればいい」みたいな意見に寄りかかり過ぎなんじゃないかなって。
 そういう部分でも,誇りと自信と愛情がなくなってはいないか? と思えるんです。

前山田氏:
 J-POP業界も同じですね。
 一つの大きな流れが出来ると,それに乗っかってしまったり,昔を振り返るばかりだったり。それって,この流れをもっと大きくしようとか,あえて別の流れを作りだそうとか,そういういうことでもなくて,何となく流れがあるからそれにあらがうのはやめようみたいな,どこか諦めみたいなものを感じるんです。
 つまりそれって,自分達が作ろうとしているものに,誇りも自信も愛情もないということですよね。

4Gamer:
 ゲームも音楽も,パッケージ市場が縮小しているのは事実としてあって,その中で何とか企業として収益を上げようとしたときに,冒険はやめておこう……みたいな風潮があるのは常々感じています。

画像集#026のサムネイル/“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった
前山田氏:
 そうなんですよ。その部分で僕にとって凄くラッキーだったのは,ももいろクローバーZとの出会いなんですよ。彼女達は今年の4月にメンバーが一人脱退して(※55),5人組になったんですけど,そのときの最初のシングルを「前山田さんにお願いしたい」と言ってもらえたんです。
 そこで,先ほどから話に出しているZ伝説という曲を作りました。正直,新しいファン層には凄く分かりにくい曲だと思います。それこそジェットコースターみたいな実験的な曲なんですけど,僕はこれに誇りと自信と……何より愛情を注ぎましたし,制作陣もそれを理解してくれたんですね。だからシングルとして切ってもらえたんです。
 こういう部分でも,僕の誇りと自信と愛情を分かってくれる人がいるというのは,もの凄くハッピーなことなんですよね。だから僕は,堂々としていられるんです。

伊藤氏:
 作り手の思いと,制作陣の思いがかっちりうまくはまったら,何年経とうが,「あの作品良かったよね」「もう一回,聴きたいな」って思ってもらえる作品になると思うんですよ。何年経っても。

前山田氏:
 ロマサガの曲を今聴いても「錆びないなぁ」と思うんですけど,きっとそういうことなんでしょうね。
 それ以外でも,先ほどお話ししたような昔の曲なんかを後追いでたくさん聴くんですけど,昔の曲として聴いているわけじゃなくて。錆びないなぁと思いますし,制作陣に愛があるなぁと思うんですよね。作り込まれているから。

伊藤氏:
 あと僕の場合,当時は隣のブースでFFを作っていましたから,あそこには負けない! という意識はもの凄く強かったですね。もう,同じレベルで見てましたから。「あっちはFFだからかなわなくても仕方ない」とかじゃないんですよ。冗談じゃない,負けてたまるか! みたいな。

前山田氏:
 僕の口癖じゃないですか。冗談じゃない! ふざけんな! って。何でこんな目に遭わなきゃいけないんだ,冗談じゃない。やってやるって。
 そういうのって必要ですよね。互いに愛情と誇りを持って作っているから,そこで凌ぎ合いができるんでしょうね。

伊藤氏:
 そういう気分で作り上げていくと,さすがにへとへとになりますけどね。

前山田氏:
 その分,達成感は半端ないんですよね。出し切った! って。

4Gamer:
 伊藤さんが「出し切った!」と思うのは,どんな瞬間ですか?

伊藤氏:
 やっぱり,それぞれのメインテーマ曲が出来たときは,背筋がピンと伸びたみたいな,大きい骨組みができたという達成感はありますね。聖剣にしろロマサガにしろ,それ以降のものにしろ。

前山田氏:
 それは聴き手にも伝わっていますよ!

4Gamer:
 ちょっとお話を戻します。
 今の時代って,誰もが手軽に作品を発表できる環境が整っている半面,それだけでお金を稼いで食べて行くのは難しいですよね。では,ものを作って生きていこうと思う人は,何をよりどころにしたらいいんでしょうか。

伊藤氏:
 結局は,“好きの度合い”じゃないですか?

前山田氏:
 好きなことでお金を稼げるようになってしまった以上,僕には答えにくいんですけど……やっぱり,好きかどうかですよねぇ。

画像集#027のサムネイル/“イトケン”こと伊藤賢治氏と“ヒャダイン”こと前山田健一氏が初遭遇。音楽的ルーツからゲーム音楽について思うこと,そしてプロ論に至るまで語り合ってもらった
伊藤氏:
 子供の頃って,好きなCDやレコードを聴いているうちに,お腹がすくのも忘れちゃうとか,つらいことがあっても音楽を聴いていればそれだけで幸せになれたとか,そういうことってありましたよね。
 ご飯を三食食べられなくても,打ち込んでいれば幸せを感じられるぐらいの強い気持ちで,それを好きだと感じられれば,頑張れると思うんです。
 なおかつ,これで食っていくんだ,一旗揚げるんだという覚悟でしょうね。誰に何と言われようと,どんな目に遭おうとこれでいくと。

前山田氏:
 ですね。それに加えるなら,一定の客観性だけは必要だと思うんです。
 伊藤さんがおっしゃったとおり,好きの度合いは深くなければいけないですけど,一定の客観性を持たないと独りよがりになってしまいますから。僕も若い子が作った曲やアレンジした曲を聴くことはあるんですが,やっぱり独りよがりな傾向があるんですよ。いい部分はたくさんあるのに,自分が言いたいことだらけになってしまっていて,聴き手のことまで気が回っていなかったりして。
 entertainって,楽しませるという意味の他動詞ですから,エンターテイメントとしての音楽の場合は,とにかく聴いてくれる人を楽しませるということを念頭に置くべきだと思ってます。それを突き詰めていったら,ラッキーなことに僕はご飯が食べられるようになりました(笑)。

伊藤氏:
 でも,そういうことですよ。楽しそうにものを作っている人がいれば,その楽しさを共有したい人,その人を手伝って一緒に楽しみたい人が集まってくるものだと思うんです。その規模が徐々に大きくなって,やがてビジネスになっていくんじゃないかな。

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