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「ゲーマーのためのブックガイド」は,ゲーマーが興味を持ちそうな内容の本や,ゲームのモチーフとなっているものの理解につながるような書籍を,ジャンルを問わず幅広く紹介する隔週連載。気軽に本を手に取ってもらえるような紹介記事から,とことん深く濃厚に掘り下げるものまで,テーマや執筆担当者によって異なるさまざまなスタイルでお届けする予定だ。
ピークは過ぎたと言われつつも,小説にコミックにアニメにと,作品数を見ればまだまだ人気の異世界ファンタジージャンル。
一般的には「中世ヨーロッパ風ファンタジー(Medieval Fantasy)」とカテゴライズされるが,実のところ,その多くは現実の中世ヨーロッパを忠実に再現したものではなく,“中世ヨーロッパ”という言葉のもとに様式化されたフィクショナルな世界観が採用されている。これは太古の地球を舞台とした「指輪物語」からしてそうなので,この記事を読んでいる読者にとっても周知の事実であろう。
この傾向は,なにも昨日今日始まったものではない。こうした必ずしも中世を時代背景としない「中世風ファンタジー」「中世風ロマンス(Medieval Romance)」は19世紀の時点から存在し,十把一絡げに扱われてきたのである。
とはいえ,この様式化されたヨーロッパ風世界──昨今のネット用語に合わせてナーロッパと呼んでもいい──を跳梁跋扈するモンスターに目を向けると,これは悪魔やドラゴン,グリフォン,ユニコーンといった一部を除いて,中世ヨーロッパを生きた人々が思い浮かべる存在とははっきり異なっている。
なぜなら現在のゲーム系ファンタジーに登場するモンスターの多くは,1970年代から1980年代にかけて,「ダンジョンズ&ドラゴンズ」や「女神転生」シリーズといったRPG作品が整備した,言ってみればパッケージングされた怪物たちだからだ。
今回紹介する「中世モンスターのはなし 装飾写本でたどる」は,中世(と言いつつ,序文に“5世紀〜16世紀”とあるので近世初期も含む)のヨーロッパで制作された装飾写本から選びぬかれた,およそ100点ほどのモンスターのカラフルな細密画を集めたイラスト集である。
「中世モンスターのはなし 装飾写本でたどる」
著者:ダミアン・ケンプ,マリア・L・ギルバート
訳者:堀口容子
版元:美術出版社
発行:2026年2月
価格:2640円(税込)
ISBN:978-4568105964
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総ページ数は100ページほど。はっきりした章分けはされていないが,内容の傾向からまとめると「歴史書や地誌に登場するモンスター」「アレクサンドロス大王の伝説に登場するモンスター」「聖書や聖人伝説に登場するドラゴンを中心とするモンスター」「地獄の悪魔たち」という順に,ざっくり並んでいるようだ。
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かつて広大な領土を支配したローマ帝国の衰退後,大航海時代が到来し,キリスト教の宣教師や商人たちが異境の地に実際に足を踏み入れるようになるまでの間,西欧世界ではグレコ=ローマン時代の古代の地誌が,非キリスト教圏である遠隔地について知れる,唯一の情報源であった。そのため,ただでさえ空想に彩られた怪物的な生物や民族の姿が,いよいよもって誇張されて装飾写本に描かれることになった。
そうした中でも,本書で紹介されているパノティイ(耳長族)や一本足のスキアポデス(共にプリニウス「博物誌」などで言及),キュノケファロイ(犬頭族,ヘロドトス「歴史」などで言及)などは,中世の装飾写本にしばしば登場するものの,現代のファンタジーでお目にかかることは,ほぼないと言っていい。
マケドニアのアレクサンドロス3世が,東征の際に馬頭の民族や額に大きな角を生やした民族,1つ目巨人族,多頭のドラゴンと戦ったといった,装飾写本を文字どおり彩る逸話の数々も,日本のゲーマーの間ではあまり知られていないはずだ。
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アレクサンドロス大王にまつわる物語自体は,岩明 均氏の漫画「ヒストリエ」や,「Fate」シリーズなどを通して現在はそれなりに知られているが,こうした作品の多くはアッリアノスの「アレクサンドロス大王東征記」やプルタルコスの「対比列伝」など,古典期の史料を下敷きにしていることがほとんどだ。
これに対して,中世ヨーロッパで知られていたアレクサンドロス大王の来歴は,東征に従軍したカリステネスに擬せられた著者による,実際には3世紀頃に書かれたとされる「アレクサンドロス・ロマンス」(邦題は「アレクサンドロス大王物語」)をはじめとした,かなり脚色された後世の物語群が下敷きになっている。先のモンスターたちは,こちらに登場するものなのだ。
ところで,中世装飾写本の魅力の一つにドロルリー(Drôlerie)というものがある。
写本の制作者は羊皮紙などにまず文字を描きこんでから,あらかじめ決められていた挿絵を後から描きこむのだが,絵師たちは残された余白の部分で存分に創意を発揮し,文章とは無関係の小さなイラストを描きこむことがあった。これがドロルリーである。
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SNSでしばしば話題になる“騎士とカタツムリ”や“武装したウサギ”といった図像も,ポピュラーなドロルリーの図案の一つだ。
そして本書の表紙の中心に,いかにもいわくありげな様子でにらみをきかせている「スター・ウォーズ」のヨーダ風のモンスターも,実のところ「スミスフィールド教皇教令」(14世紀頃,フランス)の余白に描きこまれた,テキストと無関係のイラストである。
いったい何を描いたものなのか,今は亡き絵師本人以外に知る者はいない。本書には,そんなドロルリーの数々がそこかしこに配置されていて,我々を存分に楽しませてくれる。まあ,前述したテーマ別によりすぐられたものなので,文章とまったく無関係というわけではないのだが。
なお「中世モンスターのはなし」はあくまでもイラスト集であり,事典のような構成にはなっていない。つまり個々の図像やその出典などについて,より深く知りたい向きには,いささか物足りないかもしれない。
とはいえ眺めているだけで面白く,中世ヨーロッパ人が思い描いたモンスターの姿を概観するには,これほど恰好の書籍はないだろう。中世ファンタジーの源泉をたどるための入門書として,そしてアニメやゲームをより深く楽しむ副読本として,ぜひ手に取ってみてほしい一冊だ。
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