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印刷2018/08/29 15:31

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[CEDEC 2018]貴重な資料を廃棄の危機から救う。「ビデオゲーム黎明期の開発資料を紐解く ナムコ開発資料のアーカイブ化とその活用」レポート

 開発者向けカンファレンス「CEDEC 2018」の3日めとなる2018年8月24日,「ビデオゲーム黎明期の開発資料を紐解く ナムコ開発資料のアーカイブ化とその活用」と題された講演が行われた。バンダイナムコスタジオ フューチャーデザイン部の部長を務める兵藤岳史氏が登壇し,倉庫の片隅で放置されていた「マッピー」など初期ナムコの名作の開発資料を救いだし,整理するという話が語られた。

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「CEDEC 2018」公式サイト



ナムコ伝説を物語る開発資料が廃棄の危機に


バンダイナムコスタジオ フューチャーデザイン部 部長の兵藤岳史氏
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 バンダイナムコスタジオの前身であるナムコは,1955年に中村製作所として設立され,デパートの屋上遊園地の運営などの事業に携わっていた。1978年にビデオゲームを発表し,シューティングブームを支えた「ギャラクシアン」や,女性客を意識したデザインが親しまれた「パックマン」,ゲームの世界に謎と神秘を取り入れた「ゼビウス」などの作品が大ヒットを記録したことで,ゲーム業界に確固とした地位を築いた。
 ゲーム史に残るレジェンド級の作品を連発したナムコだけに,当時の開発資料はさぞや大切に保管されているのだろう……と思いきや,兵藤氏が明かした実態はその正反対だった。開発資料は川崎市にある倉庫の片隅に置かれ,廃棄寸前だった。夏には30°を超え,冬は零下にまで冷える倉庫は,およそ資料の保存に適したものではなかったという。

開発資料は,川崎市の倉庫に保管されており,廃棄寸前だった
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ナムコの業容拡大に伴って資料保存のルールが希薄化し,さらに相次ぐ引っ越しによって資料が散逸,過去の資料に対する見解の相違などもあって,資料が死蔵されていた
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初期の開発資料にはナムコのDNAが刻まれている,と兵藤氏は指摘する
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 そんな資料を再度整理,保管することになったきっかけは,元ナムコの岸本好弘氏が,自身の携わった「バラデューク」の資料を求めて会社に訪れたことだ。岸本氏と共に資料を探した兵藤氏だったが,上記のような実態を知り,保管の必要性を痛感したという。
 そこで,「ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト」の発足を会社に訴えた。プロジェクトでは,開発資料の保存,活用はもちろん,「エモーショナルエクイティ」(感情的資産。雇用者などがその会社に寄せる感情の量)を増大させることも目的として挙げられた。
 資料的な価値はもちろん,そこに記された開発者達の苦労や思いが後身の人々に勇気を与えるというわけだ。そして「開発資料の半永久的保存」「データベース化して整理」「社内で活用」「社外へアピール」という方針が具体的に定められた。

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 その一方「昔の資料に何の価値があるのか」「利益を生み出してくれるものではない」という声も挙がり,兵藤氏によれば「喧々諤々の論議が繰り返された」が,最終的に会社から予算を引き出すことに成功した。筆者のようなゲーム好きから見て,ナムコの初期作品の開発資料などはお金を払ってでも閲覧したいお宝に感じられるが,いろいろな意見があるということだ。


ナムコ開発資料アーカイブプロジェクトが開始。資料から見えてくる開発者達の姿


 ナムコ開発資料アーカイブプロジェクトは,社史や年史を編纂する出版社に頼んで資料を整理するところからスタートした。

プロジェクトで発見された当時の資料。「パックマン」(左)や「ゼビウス」(右)など,伝説的なタイトルが並ぶ
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 資料の総量はダンボール箱で約360箱,総数は6700件だった。これを元に目録を製作し,ラベリングとリスト作りを行った。ここまでで,約720万円の費用がかかったという。
 出版社のスタッフはビデオゲームの専門家ではないため,資料に使われているジャーゴンやスラングの解説に苦労したと兵藤氏は語る。

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 苦労の甲斐あって,当時の開発現場にまつわるいろいろな事実が,整理された資料から読み取れた。講演で兵藤氏が例に挙げたのが「マッピー」で,これは,ナムコのマイクロマウス(迷路脱出ロボット)をモデルとした主人公「マッピー」が,盗賊団のアジトである屋敷に乗り込み,盗まれた品々を取り戻していくというアクションゲームだ。

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例として挙げられた発掘された企画書や仕様書のリスト。先頭に付く「KV」や「V」は,当時のナムコで使われていた分類符合で,前者は未承認,後者は会社の承認を受けたプロジェクトであることを示すとのこと。最下段の「最終仕様書」とは,ゲームが発売されたあとに作る資料で,製品版のドット絵や各種仕様などが記録されている
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 プロジェクトでは企画書,仕様書,変更仕様書,最終仕様書などが発掘されており,当時の開発の流れを振り返ることができる。「マッピー」でいうと,同作の特徴は屋敷に大きな吹き抜けがあり,トランポリンを使って階層を行き来するというシステムだ。飛んでいる間は敵に触れてもミスにならないので,独特の浮遊感を楽しみつつ,スムーズに階層を移動できる。
 いかに敵の移動とタイミングをずらして着地するか,という駆け引きを楽しんだ読者もいると思うが,見つかった資料では,企画が立ち上がった段階で「マッピー」最大のフィーチャーであるトランポリンは存在していない。

 1981年11月25日の企画書では階段を使ってフロアの行き来をしており,同年12月7日の企画書で初めてトランポリンが登場し,我々が知るマッピーの形に近づいている。また,企画書の分類符号も,会社から承認を受けていない「KV」から,12月7日の企画書では正式承認を受けた「V」に書き直されている。つまり,当時の開発資料を整理したことにより,マッピーを象徴する要素が発想された日付がある程度絞り込めたうえに,「トランポリンというアイデアにより,会社から承認が下りたのではないか」と推測できるわけだ。

「マッピー」最初期の,「パニックハウス」(マッピー捕物帖)と呼ばれていた頃の企画書。敵をドアで吹き飛ばすアイデアは見られるが,トランポリンはない
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1981年12月7日の企画書。トランポリンのアイデアが生まれ,製品版に近い仕様になっている。分類符号もKVからVに格上げされた
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 さらに,ロケテストの売り上げと担当者の考察,当時社長だった中村雅哉氏がテストプレイした際の反応などの記録も残っていた。
 ロケテストは1983年3月,「キャロット西荻」などで実施されたが,売上は,1月に発売された「ゼビウス」や3月発売の「ロックンロープ」よりも低く,当時の担当者は「抜群の売上を示すところまではいかなかった。ゼビウス全盛期であったことが理由ではないか」と分析している。
 当時のナムコには,発売前のゲームのテストプレイを中村氏が行うという文化があり,このとき中村氏はマッピーを気に入ってプレイを続けたものの,「一般プレイヤーもすぐに上達してしまい,寿命が短いのではないか」と指摘した。発売後の売り上げもこの中村氏の予想通りに推移をしたので,慧眼と言うべきだろう。

「マッピー」のロケテストの資料。「抜群の売上を示すところまではいかなかった」というコメントが生々しい
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当時社長だった中村雅哉氏が,「マッピー」をテストプレイした際の反応も記録に残されている
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ナムコでは全社を対象としたアイデアコンテストが行われ,1990年初夏に「本当のボールで撃ち合う遊園地の遊具」や「3D映像の空中戦ゲーム」などのアイデアが提出された(左)。ちなみに,空中戦ゲームを考案したのは現在のバンダイナムコスタジオ代表取締役社長である中谷 始氏。また,本当のボールで撃ち合う遊具は,コンテストの1位を獲得している(右)
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 ナムコ開発資料アーカイブプロジェクトは,これで終わりではない。兵藤氏は資料のデータベース化とデジタル化に加え,いずれ博物館のような常設展示で収益を得たり,他社や教育関係各所へ公開したりすることまで考えており,こうした取り組みを広く呼びかけていきたいと語った。
 「ゲームの開発資料を,自分のところにしまっておくだけでなく,オープンな文化遺産にしたい。こうした資料は将来,必ず研究対象となるので,保存に向けて努力することは自分達の義務であり,その過程でパイオニアの業績に触れることができるのは喜びだ」と兵藤氏は語り,講演を締めくくった。

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 日本のゲーム創生期,ユニークなゲームデザインやポップなビジュアルで一世を風靡したナムコ。その開発を物語る資料が廃棄寸前だったということに筆者は衝撃を覚える一方,兵藤氏らの努力には頭が下がる思いだ。
 兵藤氏によれば,以前にも開発資料の整理を試みた人がいたものの,業務ではなく個人として取り組んでいたため,途中で断念したという。貴重な資料の散逸を防ぐためには,今回のように会社の支援を受ける必要があるが,資料の整理や保管には費用がかかり,私企業が行うには,どこかの時点で収益が必要になる。博物館や書籍化などによる収益化と,教育関係を対象とした無償公開,両方の可能性を模索してほしい。
 1978年に「スペースインベーダー」がブームを起こしてから40年。関係者の年齢などを考えると,充実した資料を残すチャンスは失われつつある。兵藤氏の活動に理解を示す人が,多く現れることを祈りたい。

「CEDEC 2018」公式サイト

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