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ゲーム開発にAIを使う,という話を聞くと,まず連想されがちなのは画像生成や自動制作の領域だろう。
だが,カプコンが今回示したのは,そういう話ではない。むしろ,単純な生成とは異なる方向性だ。
「表現の代替」という領域ではなく,開発現場に積み上がった確認,調整,共有の負荷について,新しい技術でどう改善していくのかという,非常に地に足のついたテーマだった。
どのような課題からどういう解決を導き出したのか。カプコンの井上真一氏と阿部一樹氏に聞いた。
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単なる省力化ではない。人間を「感性」に集中させるためにAIを導入
ゲーム開発は今,大きな課題に直面している。
大手パブリッシャは,俗に「AAA」と呼ばれる規模の大きなゲームを作らなければ,収益面で効率が悪い。一方でAAAタイトルは,規模の大きさゆえに,開発期間の長期化と高コスト化が問題になる。
この点については,以前にGoogle Cloudのゲーム担当グローバルディレクターを務めるJack Buser氏へのインタビューでも説明したとおり,現状はすでに「かなり危機的」状況だ。
「危機的状況にあるゲーム業界をAIが救う」Google Cloudゲーム部門担当者が語るゲームとAIの今
AIによるテクノロジーの変革は,ゲームも例外ではない。ゲーム業界で導入されつつあるAIとはどういうものであり,なぜ,どこに必要とされているのか。4月22〜24日にGoogle Cloudが米国で開催したイベント「Google Cloud Next 2026」で,同社のゲーム担当ディレクターに話を聞いた。
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- ライター:西田宗千佳
カプコンも状況は変わらない。開発期間短縮とコスト圧縮は急務である。
そこでAIを導入する……という話は,すぐに思いつくだろう。そして,「AIでCGなどのアセットを作る」という流れを考えてしまう。
しかしカプコンの井上氏は,「そういう使い方ではない」と話す。
井上氏:
AIは急速に発展し,より高度な知性を持ち合わせるようになっています。ときには大半の人間を超え,最高峰の人間も超えたという実感がありますね。
一方で,この知性に対して,我々エンターテインメント業界が非常に重要だと考えているのが「感性」です。
最高峰の知性を持ったAIも,感性の点では,まだ我々のクリエイターには及ばないというのが現状。ですので,感性に集中することのほうが,人的資本経営の観点からもリソースの集中で効率的であり,クリエイターとの共生にも重要です。
AIに絵を描かせるのは,感性の部分をAIに任せるようなものだ。それもできなくはないが,人間のクリエイターが作ったほうが良いものができるなら,AIを使わなくてもいい。
ゲームを作っているのはクリエイターであり,彼らを大切にするという意味でも,「ゲームを作るために必要な感性の部分は,あくまで人間が担当する」というのは理解できる判断だ。
では,感性の部分を人間が担いつつ,効率化を実現するにはどうすればいいのか。具体的にAIを使うのは「チェックする項目であったり,コミュニケーションの部分」(井上氏)だ。
AAA規模のゲーム開発はグローバルな作業であり,世界各地に関係者やクリエイターがいる。そこでのコミュニケーション負荷は大きいので,AIで改善するというのもよく分かる話だ。
ゲームが大きくなるほど爆発するのは「確認作業」
井上氏は,ゲームの大規模化における課題として「確認作業の増大」を挙げる。
井上氏:
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クリエイティブなものに付随する定型的な業務が指数関数的に増え,これがコンテンツの大規模化以上に,開発プロセスをさらに複雑なものにしてきています。
ゲームの表現力が向上し,フィールドが広くなり,キャラクターや装備の組み合わせが増えるほど,「ちゃんと動いているか」を確認する作業は途方もない量になる。
広大なフィールドでのビジュアル破綻の調査や,膨大なキャラクター×装備の組み合わせのチェックは,人間が手作業で行えば数千時間単位の話だ。
ここで重要なことは,こうしたチェックは「すべてを機械的に行えばいい」というものではない,という点だ。
ゲームはビジネスアプリケーションと異なり,インタラクションを軸にした「手触り」が重要になる。そのことがチェックにおいても重要になる。
井上氏:
我々が得意なアクションゲームに絞っていうと,即応性やレスポンスの要求がかなり高いので,単純なプログラムの速度以外にも確認すべきことはたくさんあります。ですから,組み合わせの数も一般的なソフトウェアよりも膨大になるんです。
さらに面白いのは,この確認作業自体にもクリエイティビティが関わっていることだ。
井上氏:
ゲームのタイトルを立ち上げるときには,こういうものを作ってこういう体験をさせたいというコンセプトがあります。チームが持っているコンセプトが製品を通して伝えられているかどうかを,品質管理の担当者に分かるかどうかが非常に重要であり,面白さを支える部分はそういうところです。
そうなると,テスターに求められるのは「仕様どおりか否か」のチェックではなく,「ディレクターの意図が伝わっているか」という感性的な判断になってくる。
チェックの中でも定型的な確認作業はAIに委ね,それでは分からない部分こそがテスター本来の仕事であり,そこに集中させたい……。カプコンが「感性の部分を重視する」というのは,こういうところにも関係してくる。
課題は技術的なチェックにとどまらない。数百人規模の開発チームでは,トップの意図がドキュメントだけでは伝わりきらず,「意図と違うものが作られてしまう」という。
クリエイターの意図を,動作チェックや品質保証までつなげる必要があり,逆に,テスターから「意図にあったフィードバック」が行われる必要もある。
これらを全部同じやり方で進めていると,作業量が爆発的に増えて混乱するため,AIでカバーするやり方に変えていく必要がある。これが,カプコンの判断である。
数千時間のチェックを3日に短縮
では,このシステムは実際に,どれほどの成果を生んでいるのだろうか?
井上氏は次のように説明する。
井上氏:
AIがデバッグチェックエージェントに報告を上げるのですが,ここで人間にお任せではなく,まず,ディレクターのコンセプトをチェックするエージェントが評価します。
そのようなチェックと評価を,人間が寝ている間に膨大な数行っています。
そのうえで,「ゲームのコンセプトから考えると間違っている」可能性が非常に高いものをスクリーニングし,大枠として提示します。ですから,AIが事前にチェックしている感覚になり,人間が膨大なチェックを行う作業は発生しません。
これまでに,6〜8本のゲームタイトルに導入され,月間3万時間分のテスト作業をAIが実行するようになった。
その結果として,たとえばフィールドのビジュアル破綻にかかる調査の場合,人間がプレイしてデータ収集する場合には3000〜5000時間かかる作業が,AIだと約72時間(=3日間)で完了。装備のビジュアル検証では,人間なら約5280時間かかるチェックを,AIが約72時間で完了した。
次に示すのは,Google Cloudがプレスリリースで公開した事例だ。「モンスターハンターストーリーズ3 〜運命の双竜〜」では,AIエージェントを使い,月間3万時間を超える自律的なプレイテストを実施したという。
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重要なのは,AIは単にスクリーニングするだけでなく,「こういう修正をすべきではないか」という修正案を,人間に提示する点だ。人間はその案を見て「俺の感性はこれじゃなかった」とか,「AIの言っているとおりだ」といった具合に判断するだけでいい。
AIがチェックする膨大なプロセスをすべて見せるのではなく,人間が判断すべき大きな粒度の問題だけをエスカレーションするわけだ。
この結果,AIの導入は現場から高い評価を得ている,と井上氏は説明する。
井上氏:
手作業でチェックしていたものを任せることができ,「物作りに集中できる」「今までできなかったことができるようになった」という声が,現場から上がっています。
とくにテスター部門からは,早期の全社展開が望まれています。
3層構造と「ハイブリッドなAI」が生み出す精度
それでは,カプコンのシステムは具体的にどのような仕組みになっているのだろうか?
開発を担当する阿部氏から詳細が語られた。
阿部氏:
クリエイティブに付随して発生している定型業務を,いかにAIに置き換えるかが目的です。必ず人間が品質を担保しなければいけないので,AIに命令を与える入り口と,結果となる出口は人間が押さえました。この間をいかにAIが効率的に作れるかを構築します。
システムは主に3層構造で構築されている。
まずは「頭脳」にあたる,Google Cloud上のAIであるGemini。次に,指示を受けて調整する中間層のエージェント群。そして「手足」として並列処理を行う部分だ。
ただし,汎用のGeminiをそのまま使ってもゲームには適合できない。カプコンが採ったのは,2つのアプローチの組み合わせだ。
ひとつは,ゲームディレクターのコンセプトやアートディレクターのビジュアル方針をGeminiに与え,その感性に基づく判断をある程度できるようにすること。
もうひとつは,カプコン独自で「アートディレクターモデル」などの専用AIモデルをいちから学習させ,この2つが相互に推論し合いながら精度を高めていく設計だ。
阿部氏:
弊社の中には,独自のAI学習のためのインフラもあります。新しいモデルを構築するときには,オンプレミス運用のほうが都合がいいんです。
運用過程の状況を確認するには,オンプレミス環境で開発する。だんだん運用に慣れると,監視の必要性が減るモデルも当然あるので,そういうものからクラウドに移して運用していくかたちです。
AIモデルとしては,独自の数理モデルによるものも多数あります。同時に,Geminiのような,俗にフロンティアモデルと呼ばれる性質のAIも必要です。そのため,独自性のある部分と組み合わせている状況です。
そのうえで,情報の鮮度にもこだわりがある。ゲームの開発中,ディレクターの方針が変わる可能性もあるので,「モデルやコンセプトなどの情報は,常に自動で再学習がかかるようになっている」(井上氏)という。
開発チームが変われば,クリエイターの個性も変わる。AIチェックによる汎用化を進めるほど,個性が薄れていくのではないかという懸念は当然生まれる。
井上氏:
クリエイターの感性やコンセプトを大事にしていくことが一番重要だと捉えた場合,汎用化で個性を消すという選択は取りません。今のシステムの中でも,意図に関わる部分のモデルを切り替えていけば,違うものとして運用できます。
汎用化できるところは当然します。しかし,クリエイターの個性が死ぬようなことは絶対にしないという意思決定をしています。
判断や価値を与える部分は,クリエイターごとに保持し,それを理解するためのロジックは汎用化する。この使い分けによって,柔軟性とクリエイター本来の個性は共存できる,というのがカプコンの考え方だ。
目指すは「コンテキストを共有できる開発環境」
こうした開発支援システムは,一義的には,「ゲーム開発規模の拡大による課題を解決するもの」ではある。
しかし,カプコンがこのシステムで最終的に目指しているものは,単なる業務効率化ではないという。
井上氏:
思想としてはシンプルです。過去にあった,面白いものを議論してコンセンサスを持った人たちが形にしていたときの状態に戻したいんです。
当時は,開発に関わるみんながコンテキストや意図を十分に理解できているから,最大のパフォーマンスが出せていたのではないか,と。
だからこそ,人と人とのコミュニケーションに対してコンテキストモデルを用意し,意図を明確にする。コラボレーションを促進する媒介を用意できるのが最終的な目標です。
今後は,現在のシステムを基盤として,プロジェクトごとに汎用化できる部分と特化する部分を見極めながら「開発者プラットフォーム」の構築を進めるという。AIを前提とした新しいゲーム開発のパイプライン全体を再設計する,という構想だ。
こうした話は,ゲーム開発の裏側の話だ。しかし,とくにAIの利用については,それがどういう形であろうとAIに対する拒否反応を示す人がいる。誤解や誤読による反応は珍しいものではない。
だとすれば,こうした「AIの活用」を表に出すことには,リスクもあるのではないだろうか?
筆者がそう尋ねると,井上氏は次のように説明した。
井上氏:
我々は,「AIを使っていること」を発信したいわけではないんです。クリエイターやクリエイティブ,ファンの皆さんを大事にしているというメッセージのためにお話ししています。
AIはアートを作るためではなく,クリエイターのポテンシャルを開放するために活用しているとていねいに説明していく覚悟を持ち,お話ししています。
定型業務をAIに委ね,人間の感性を活用する。カプコンの取り組みは,「AIがゲーム会社を不要にするのでは」という問いへの反論でもあるのだろう。
























