そんな技術が現実のロボットや産業をどう変えていくのか。2026年7月1日,京都で開催中のスタートアップカンファレンス「IVS 2026 KYOTO」のパネルセッション「Physical AI and the New Automation Stack(フィジカルAIと新たな自動化スタック)」で語られた。
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モデレーターは,ジェイ・シード(J-Seed)執行役員で連続起業家の梅澤 亮氏。
登壇者は,ヒューマノイド向けAIを手がけるRLWRLD 創業者兼CEOのリュ・ジュンヒ(류중희)氏,海洋向けの空中ドローン群を展開するValtec CEOのジョン・ケー(John Keh)氏,そして先端エンジニアリング設計の自動化に挑むBraidのグイド・コッス(Guido Cossu)氏という3人の起業家が,テキストやコード,デジタルなワークフローを越えて,ロボットや産業自動化,現場オペレーションといった“物理世界”へとAIが染み出していく最前線を,ハードウェアとソフトウェアの両側から,フィジカルAIを俯瞰するセッションとなった。
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まずRLWRLDのリュ氏は「百聞は一見にしかず」と,自社のデモ映像を披露した。
同社が公開した独自の基盤モデルを用い,多自由度のロボットハンドで“液体を注ぐ”ような複雑な作業をこなす様子だ。物理情報や触覚(タクタイル)といったセンサ情報も扱い,対象物の状態を認識しながら動く。モデルはオープンソースとして公開されており,誰でも利用できるという。
リュ氏自身は,前世紀に最初の会社を立ち上げたというベテラン起業家。2社目をIntelに売却して2年間同社に在籍したのち韓国へ戻り,ディープテック特化の著名な初期投資ファンド「Future Play」を設立した人物だ。
4年前にリンパ腫を患い,闘病から生還したことで「自分は何者か」を問い直した結果,「投資家タイプではなく,自分でプレーしたい」と考えて,基盤モデル開発の会社を起こし,「東アジア発の基盤モデルを作る」ことに賭けたという。
Valtecのジョン・ケー氏は,米空軍のドローンオペレーター出身という異色の経歴の持ち主だ。
Predator,Reaper,Global Hawkなどで250回超の任務経験を持つ。除隊後はフードデリバリー「Caviar」の立ち上げに参画し,同社を約1億ドルでSquareへ売却したのち,Uber Eatsでビジネスインテリジェンスを率い,YC企業やクリプト企業を経て,現在は海洋向けの空中ドローン群「Valtec」を運営している。
同社のドローンは,商業マグロ漁船が広い海のなかから漁獲対象を探すのを支援するという。
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Braidのグイド・コッス氏は理論物理学出身で,長く日本で研究に携わったのち,アカデミアから起業へ転じた初挑戦の起業家だ。Braidが手がけるのは先端エンジニアリング設計の自動化。車でもテーブルでも飛行機でも衛星でも,身の回りのあらゆる部品は誰かが設計している。その設計プロセスは非常に手間と時間がかかる。Braidの技術はそれを大幅に短縮し,しかも従来より高品質な設計を実現することを狙っていると語った。
議論はまず「フィジカルAIとは何か」の定義から始まった。
リュ氏は「NVIDIAが生んだマーケティング用語」としつつ,LLMがChatGPTなどで実証した大規模モデルの威力が,AIの“物理的な応用”にも波及していると説明した。
広義には「あらゆるAI技術を物理応用に使うこと」だが,近年の狭義では「大規模モデルの上に知能を築き,人間レベルの知能で現実の行動(とりわけ人の暮らしに関わる行動)を提供すること」だとした。
なお中国勢は米国発のマーケ用語を嫌い,研究者を中心に「embodied AI(身体性AI)」という語を好むが,最近は「フィジカルAI」に寄ってきているという小話も披露された。
ジョン氏は,現実世界の状況をAIモデルが解釈し,それに基づいて判断を下すことがフィジカルAIだと定義した。
間違っていても同じ動作を繰り返すだけの“おバカなロボット”ではなく,センサから入る現実のデータを解釈して最適な判断を下すという点が本質であり,ここ数年でAIモデルが「賢く,かつ軽量に」なり,物理的なロボットに載せられるようになったことが大きな変化だと語る。
「今後10年で最も成長するセクターになる」との見立てだ。
コッス氏は「物理世界について正しく推論できるAI」と定義を広げた。
ロボットはリアルタイムに行動せねばならないが,Braidのような設計自動化は必ずしもリアルタイムではない代わり,最終的に“製造可能なもの”を作れるだけの強い理解と直観が要る。
「LLMは今のところ物理世界について正しくない。実装には別の技術の一歩が必要だ」と述べた。
次のテーマは「デモと現実のギャップ」。デモは往々にして“一度うまくいけばよい”管理環境だが,現実は未知の変数だらけだ。
ジョン氏にとって最大の敵は横風(クロスウィンド)だという。
船上への着陸時,船の構造物が生む乱気流が機体を襲う。海水,塩,(赤道付近を飛ぶための)強い紫外線が電子機器を蝕む。
「海で起こりうるランダムなハプニングは,これまで全部わが社で起きた」と苦笑しつつ,しかしそれを解けることが強力な“堀”になると語る。普通のドローンは海の過酷な環境で長く飛べない。
同社はサービスモデルを採り,顧客は新機体ではなく“サービス”に対価を払う。機体寿命が延びるほど同社の利益は増える構造だ。しかも顧客はデモを求めるどころか「ヘリより何でもマシだ,早く展開してくれ」と製品を“引っ張り出す”状態にし,ある顧客はヘリの事故で船が損傷し600万ドルの損失を被ったといい,機体単価が数万ドル規模のドローンは運用効率でも圧倒的だという。
リュ氏は,あえて動画ではなくライブデモにこだわってきたと明かす。
サンフランシスコ,東京,台北など各都市で実演してきたが,難しさはAIとハードの両面にあるという。RLWRLDのモデルはLLM→VLM(Vision-Language Model)→VLA(Vision-Language-Action Model)という系譜の“行動する”モデルだ。
統計的に動くがゆえにハルシネーションが避けられず,ロボットの挙動が読めないことがある。「エンジニアリングというより,ある種スピリチュアルなもの」とまで表現した。
ハード面でも,韓国トップ級のヒューマノイド企業と共同開発した機体は,各関節をワイヤで駆動する“腱駆動”方式ゆえに滑らかに動く反面,非常に壊れやすく,ライブデモが失敗することもある。
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このハルシネーションへの対処も各社各様だ。リュ氏は,VLAの上に古典的なロボット制御の層を重ね,奇妙な動作を抑えるエンジニアリング的アプローチを採る。
コッス氏は「そもそも大規模モデルを使わない」。物理と制約を数学的に“保証”する記号的(シンボリック)な層を持ち,例外を出さない。「衛星やロケットを作る人に与えるべきは,この動作を保証する,という約束だ」。
ジョン氏は顧客をループに入れ,AIの出力(これがマグロか否かなど)を確認・教示してもらう。実際に船を動かすのは顧客が確信したときだけなので運用への影響は小さく,同社もハルシネーション排除のため独自モデルを構築したという。
リュ氏はここで「データこそ鍵」とも指摘。中国勢は巨大な“ロボット・ジム(データファクトリー)”でアマチュアがテレオペし大量データを集めるが,品質は現場のプロに劣る。
RLWRLDは日本にもオフィスを構え,現場由来の高品質データで学習させる方針だという。一方コッス氏は「我々は物理を知っているのでデータを集めて物理を学ぶ必要がない。学習は“安く”,むしろ推論(設計を導き検証する)側が高価」と,リアルタイム制約のない立場ならではの違いを語った。
話題は「なぜ日本市場か」へ。
リュ氏は「人材面で日本は世界最大の市場」と断言しつつ,深刻な人口減少で,製造,コンビニ,ホテル,物流といった現場の若手採用が難しく,国として生き残るにはヒューマノイド技術の支援が要ると述べた。すでに多くの大手と組み,日本法人(KK)で15人を採用したという。
加えて,日本には現場の熟練エンジニア・熟練工が数多くいるが高齢化しており,若い世代がその技能を継ごうとしない。AIやヒューマノイドなら,その技能を捉えて学べるところに勝機を見る。
その具体例としてリュ氏が挙げたのが,KDDI,ローソン,ANA,清水建設,ホンダといった日本企業,韓国ではロッテホテル,CJ,Emartなどとの取り組みだ。
たとえばロッテホテルは客室3室を2年間無償で貸し,プロのホテリエの作業データを取得。狙いは単なる人手のヒューマノイド置き換えではなく,「自社の人的資源・技能をもとに,垂直統合されたホテル運営AIを構築し,それをHiltonやHyattに売る」ことだという。
「日本のあらゆる製造,サービス企業が,自らをAI企業へと変え,データ+AIモデルを国外の競合に売れる」のがリュ氏の掲げるビジョンであり,日本企業と組む理由だと語った。
ジョン氏の目的はセンサだ。日本は世界最高峰の海洋センサを産み,レーダーは全商用船の50%に載るという。
ソナーなども含めセンサが良いほど読み取りデータが増え,その解釈やAIの提案が良くなるところから,すでに複数のセンサ企業と提携し,東京にオフィスを構えて採用も開始したとのこと。
コッス氏は,日本が精密製造のリーダーであり“巨大な顧客の庭”であること,労働力不足,退職とともに失われる熟練の知(それを自動化システムに残したいというニーズ),そして東京は人材を惹きつけやすいことを挙げ,東南アジアという“世界の製造エリア”に近い本拠として日本を高く評価した。
では,日本の大企業と組むのは実際どうなのか。「官僚主義(bureaucracy)」を巡る本音トークは白熱した。
コッス氏いわく「日本企業は“遅い・すぐに革新したがらない”と思われがちだが,技術サイドはむしろ新技術の採用が速い。遅いのは,その周りの手続きだ」。大手のベンダーになるには2〜3か月の支払い審査などが要る。
「欧州にはスタートアップと組む専用部署を持つ大企業もある。それを日本にも輸入してほしい」。技術的関心が非常に高いぶん,一度“効く”と分かれば社内で評判が一気に広がるという。ただし「エンジニアはテストしたがるが購買権限がない。営業サイクルは下からではなく上から攻めるべき」と助言した。
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ジョン氏も同意を示し,R&D部門長が“チャンピオン”として熱烈に推してくれたが,2〜3回目の会議で戦略・企画チームが入ると一気に減速したという。
「1万人規模の会社で全員の合意を取る必要が出て遅くなった。ただ時間の問題で,夏の終わりには連携できそう」。仮に統合できなくてもレーダー画面をカメラで撮ってデータ化する手もあり,顧客も本社にデータを戻したいので連携を望んでいる,と語った。
リュ氏の見立ては少し異なる。「日本の大企業は,韓国企業や米国企業より速いと感じる」というのだ。
NVIDIAやAmazonはスタートアップ由来のDNAで超高速だが,FedExやGMのような巨大既存企業はむしろ遅い。日本の大手は近年,経営陣の世代交代が進み,会ったEVPが40代半ばだったこともあるという。人口減少という緊急性ゆえにヒューマノイド活用への要求も韓国より高いが,日本は3年,韓国は15年の猶予という感覚だそう。
そこでRLWRLDは3方向で攻める。現場担当者と直接会うボトムアップ,CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)経由でC-suiteやEVPに繋ぐトップダウン,そしてNVIDIA・AWS・Microsoftといった米大手との協業によるサイド支援だ。米大手の日本法人がgo-to-marketを助け,グローバル標準づくりが日韓市場にも効くという。
コッス氏は「地政学的な競争や人口問題を背景に,多くの日本企業が“イノベーション担当”のミッションを持つ人材を置いている。そこが入口になる」と補足した。「その人をどう見つけるか?」という問いには「マッキンゼー出身者を採るなど。日本はコネクションの社会。適切な数人のキーパーソンと話せることが最初は重要」と応じた。
続いては投資の話に移る。
ジョン氏はValtecで800万ドルのタームシートに署名済み(プレシードで330万ドル調達済み)で,「数か月内に黒字化見込み。次のラウンドは要らないかも。ただ1億ドルくれるなら連絡を」とジョーク交じりに語る。技術は漁業以外の市場にも広がり,海洋市場の伸びしろは大きい,と。
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リュ氏のRLWRLDは,昨年クローズしたシードで4500万ドルを調達し,日韓で最大級のシードだという。ただ米国勢の評価額は,Physical Intelligenceが約110億ドル,Skild AIが約140億ドルと桁違いで,同社はまだ10億ドル未満。とはいえ公開したオープンソースモデルはPhysical IntelligenceやNVIDIAのモデルを上回るとし,「世界No.1のSOTAモデルを提供している」と胸を張る。
なぜ今か,コッス氏は「1年半〜2年前は“不可能”と誰も信じなかったが,今は顧客の意識が変わり,『次の2〜3か月でこの新プロジェクトをやろう』と問いが変わった。市場が広がり,人々が“これは絶対に可能だ,ここにいなければ取り残される”と信じ始めた」と語る。
ソフト企業でありながら,上振れはハードウェア,量産という桁違いに大きな市場にある点も強調した。
会場からの質問は規制・法制度に着目したものだ。フィジカルAIは良い用途と同時に,戦争や過剰な警察活動などにも使われうる。規制や政策は必要か,現行制度で十分か,ということだ。
ジョン氏は「戦争関連の規制はすでに存在する。ITARなど各国の武器輸出規制がある(我々はそれをやらない)。フィジカルAIの法的側面では,機体が船や島に衝突した場合などに備え,ドローンに保険をかけて損害に対応している」と回答。
リュ氏は,技術進化と法の衝突の例として自動運転を挙げ,「その衝突ゆえに日本と韓国は中国・米国に比べ多くの時間を失った」と指摘。この種の規制は日々の暮らしだけでなく国の競争力にも影響する,と警鐘を鳴らす。「10年以内に人間の肉体労働の多くがヒューマノイドに置き換わりうるのに,どう現場に導入するかの規制がない。この進化を積極的に支援できる国こそが勝者になる。投資家やエコシステムのプレーヤーが集まり,政府に一つの強い声を届けるべきだ」と訴えた。
最後は今後18か月〜数年の展望で締めくくられた。
コッス氏は「顧客がこの技術に“目覚め”つつある。設計時間を縮めるだけでなく,よりよい設計はエネルギーや材料の効率にも波及し,複利的に効いてくる。製造の改善ペースは社会の改善ペースそのもの。ここ数年の展開が非常に楽しみだ」と語る。
ジョン氏は「フィジカルAIは“起きる”。垂直統合で顧客を深く理解し,通常存在しない独自データを持てば粘着性(stickiness)が高い。ダッシュボードやWebと違って簡単には置き換えられない。今こそ参入の好機」と述べた。
一方リュ氏は,2日前にサムスン会長・SK会長らとともに韓国大統領府に招かれた際のエピソードを紹介した。大統領府は大規模なAIインフラ投資を打ち出し,科学技術担当相は「フィジカルAIのゴールデンタイムは残り3年だけ」と語ったという。
「LLMではもう,スタートアップがOpenAIやAnthropicに追いつくのは難しい。日韓は既存市場でSOTAの基盤モデルを持つ機会を失った。だがフィジカルAIは違う。我々は日本・韓国発でSOTAを達成し,いまグローバルNo.1だ。この位置から中国・米国のリーダー企業を追える。やるなら3年以内だ」。そんな力強いメッセージで,リュ氏はセッションを締めくくった。
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