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原体験は資産か,バイアスか。女性起業家3名が語る,事業に「乗せる」原体験との付き合い方[IVS 2026]
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印刷2026/07/08 11:30

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原体験は資産か,バイアスか。女性起業家3名が語る,事業に「乗せる」原体験との付き合い方[IVS 2026]

 「女性起業家は原体験ドリブンが多い」――スタートアップの世界で,そう語られることがある。自らが負った痛みや当事者としての課題を起点に事業を立ち上げる,という見立てだ。
 だが,それは本当なのか。そもそも原体験は,事業にとって資産なのか,それとも視野を狭めるバイアスなのか。

 スタートアップの祭典「IVS2026」のセッション「原体験は資産か,バイアスか――使命起点の起業家が超えるべきPMFの壁」は,この問いを正面から扱った。
 モデレーターを務めたのは,シードに特化したベンチャーキャピタル・East Venturesの大柴貴紀氏。担当する投資先のおよそ半数が女性起業家だという。

 登壇したのは,マレーシアで事業融資を手がけるビー・インフォマティカの稲田史子氏,高付加価値なスポットワーク事業を営むReeluの今野珠優氏,そして障害児領域のブランド「ファミケア」を運営するNEWSTAの鈴木碩子氏の3名だ。

左から大柴貴紀氏,今野珠優氏,鈴木碩子氏,稲田史子氏
画像ギャラリー No.001のサムネイル画像 / 原体験は資産か,バイアスか。女性起業家3名が語る,事業に「乗せる」原体験との付き合い方[IVS 2026]

 3名が語ったのは,原体験を礼賛する話でも,否定する話でもなかった。原体験を狭く捉えず,時にはあえて隠し,マーケットに接続し,そして「やめない」粘りの源泉に変えていく――資産にもバイアスにもなり得るものと,どう付き合ってきたか。セッションで語られた内容をまとめたい。

原体験は,狭く捉えないほうがいい


 セッションはまず,「事業の核となる原体験」という問いから始まった。原体験というと,自分が過去に負った不遇や当事者としての痛みを指すイメージが強い。だがモデレーターの大柴氏は,それは狭義の捉え方にすぎないという。

 過去の痛みだけでなく,大人になってから働くなかで目の前にした事実や,身近な誰かの課題も原体験になり得る。後天的にも原体験は生まれるし,意外と誰にでもあるものだ,と大柴氏は語った。

 その捉え方は,登壇者3名の語り口にもそのまま表れていた。NEWSTAの鈴木氏は,2回目の起業にあたって「絶対に10年かかる難しい課題を解決したい」というテーマを先に決め,そこに自分の課題を「乗せた」という。
 障害児の家族という原体験は確かにあるが,出発点はスタートアップのセオリーに沿った課題設定のほうだった,というわけだ。

 Reeluの今野氏の場合,起点は自分ではなく身近な他者だった。就職活動で苦労していた優秀な友人――明るく,人間関係を築く力も洞察力もあるのに,中退歴と高卒という経歴で履歴書が通らない。もし履歴書ではなく動画1本で評価されたら,違う見られ方をされるのではないか。
 そのふとした思いが,動画を介してアプライできる求人プラットフォームという発想につながったそうだ。原体験は自分自身というより,近くにいた人のものだった,と今野氏は振り返る。

 この「密着した課題から発想する」傾向をめぐって,ビー・インフォマティカの稲田氏が興味深い体験を共有した。ある男性起業家は,起業テーマを3択ほどから「どれが一番儲かりそうか,スケールしそうか」とロジカルに選んだという。三木谷氏も著書で同様のことを書いていた,と稲田氏は言う。

 一方で女性が起業する時は,自分の生活に密着した課題やパッションから始める人が多いのではないか――そう話したところ,周囲から「すごく変わっているね」と言われた経験もあったそうだ。
 女性に原体験ドリブンが多いと言われるのは,こうした密着した地点からスタートする特性ゆえかもしれない,と稲田氏は語った。

 もっとも,大柴氏はこの男女差そのものには慎重だった。そう語る男性起業家の側にもバイアスがあるかもしれないし,男女でそれほど差はない気もする,と付け加えている。
 むしろ大柴氏が強調したのは,原体験という言葉をガチガチに考えないほうがいい,ということだ。「興味」と置き換えてみれば,興味のない起業などまず成り立たない。多くの起業家は何かしら自分の興味や「これを変えたい」という思いを持っている。それを広く原体験と呼んでしまってよいのではないか,というのが大柴氏の見立てだった。


強い原体験は,あえて「隠す・手放す」判断もいる


 原体験は事業の推進力になる。だが同時に,前に出しすぎると足かせになる場面がある――この両面を,当事者性の強い2名が実例で語った。

 鈴木氏は,自身の原体験をビジネスの場ではあえて出さないよう心がけているという。障害児領域のプレイヤーはNPOが基本で,同社も社員30名のうちの大半が障害児を育てている。だからこそ「福祉活動・奉仕活動」という顔を前面に出すと,営利企業であるにもかかわらず「儲からない」と見られてしまう。

 鈴木氏は「7人に1人が障害者」と話し,障害のある人やその家族をめぐる課題は社会的にも事業としても関係すると説明する。たとえばVCや取引先の段階でシャットアウトされ,「障害のある子を育てていて大変そうだから働けないのでは」と受け取られてしまう。だから語るべきワードには細心の注意を払う,と鈴木氏は語った。

 では原体験はどう使うのか。鈴木氏いわく,ビジネスの場ではまずロジックで語り,共感のポイントとして最小限だけ触れる。そのうえで,商談の最後にもう一押しが要る場面で「実は自分も当事者だ」と明かすと,決定打になることがあるという。

 鈴木氏が言う「障害児は7人に1人」という前提に立てば,聞き手やその家族に当事者がいる確率も高くなる。新しく入った社員が「実はうちも障害のある子を育てていて」と打ち明けてくることも多いそうだ。
 同社が障害児領域を選んだ理由自体は,市場規模が大きく,課題が深く,解決の難度が高く,競合優位性を築きやすいという,スタートアップのセオリーそのものだと鈴木氏は言い切る。原体験は,その事実を「より強固にする」使命感の裏づけという位置づけだ。

 稲田氏も,原体験を戦略的に手放した経験を持つ。国際協力の畑が長く,起業を考えた時もグラミン銀行モデルから発想したため,初期のビジネスモデルは相当グラミンに寄っていた。
 融資先を女性に限定し,5人一組で連帯責任を負わせるグループレンディングの形でスタートしたのだ。

 だが,これがなかなか刺さらず,初期の資金調達は苦労した。ある投資家からは「女性だけで,実際にビジネスができると思う?」と厳しく問われたという。
 マレーシアで展開しても,対象を女性に絞れば人口は半分。それだけで売上の上限もスピードも半減してしまう。

 この指摘をきっかけに,稲田氏の意識は市場のほうへ切り替わっていった。どんなニーズがあるのか,どう差別化すれば競合に対して優位に立てるのか。
 いくら原体験があっても,そこだけでは事業はスムーズに伸びない。原体験を前に出すのをやめ,スタートアップ型に舵を切ったのだ,と稲田氏は振り返った。


原体験は起点にすぎない?? マーケットと接続してはじめて事業になる


 テーマが「原体験は必要なのか」に移ると,今野氏が一歩引いた見方を示した。あるに越したことはない。けれども原体験は原体験でしかない,というのだ。
 過去から考えるか未来から考えるかで意味は変わる。未来から見れば原体験は単なる出発点であり,事業を検証するなかで顧客のペインや課題,ストーリーが少しずつ紡がれていく。その原体験とマーケットが折り合ってはじめて事業になる。この連続性・接続性がなければ,原体験はただのエゴになりかねない,と今野氏は語った。

 大柴氏も,広義の原体験がデメリットに転じるケースがあると応じる。当事者は解像度が高い。それはメリットだが,同時に「こうあるべきだ」という思い込みにもなりやすい。だがスタートアップとは,その「こうあるべき」を変える存在のはずだ。原体験が強すぎるあまり視野が狭くなる危うさを,大柴氏は指摘した。

 では今野氏の事業は,どこでマーケットと接続したのか。動画を使って接客業全般に,というところから始めたが,PMFの実際のきっかけはインバウンド需要だったという。
 2023年ごろから訪日外国人が急激に戻り,旅行業やホテルはコロナ禍で人員を絞った反動で人手が足りない。固定費ではなく変動費として,英語のできる高スキルなホスピタリティ人材を補いたい――そのニーズに当てはまった瞬間,事業は一気に伸びた。
 社会背景やマーケットのタイミングに合わせて事業の見せ方を変えれば,同じ原体験でも見え方はまるで変わる,と今野氏は語る。

 接続がうまくいっているかは,指標に表れる。稲田氏は,先月(2026年6月)ようやく単月黒字化を達成し,PMFの一段を越えられたという。もう一つの指標がリピート率だ。融資は1年で期限が来るが,そこで8割以上が再び借りてくれる。これはプロダクトが市場に受け入れられている証拠だという。

 ただ融資業には「借りている」と周囲に言いづらく,口コミで広がりにくいコンプレックス商材の側面もあり,広告やマーケティングに費用がかさむのがつらいところだ,とも明かした。

 今野氏が挙げた指標は2つ。1つは「インターン生でも売れる」状態になっているか。営業トークやドキュメントが磨かれ,誰が出ても売れるかどうかだ。もう1つは商談から受注までのリードタイムの短さで,7割ほどが即日受注に至るという。

 ただし刺さり方には濃淡があり,観光やホテルには強く効く一方,飲食や小売はまだこれから。PMFにもグラデーションがある,というのが今野氏の実感だ。これらを大柴氏は,導入のハードルの低さと売りやすさ,そしてリピート率や解約率の担保として整理し,PMFの一つの定義だとまとめた。


数字がない初期を通すのは,「やめなそう」という原体験


 セッションの終盤,大柴氏が投げかけたのは,最初の資金調達はPMFの前か後か,という問いだった。3名の答えはそろって「前」である。

 稲田氏の2年前の初回調達は,POC(概念実証)が終わったくらいの段階だった。鈴木氏は起業してすぐで,完全にPMF前。「こいつは頑張るだろう」という思いだけで投資してもらった,と笑う。
 今野氏も創業直後,プロダクトすらない時期に最初の投資家に入ってもらった。「何かしらはやるだろう」「途中折れなさそう,やめなさそう」という人間性を見てもらったのだと思う,と振り返った。

 数字のない初期だからこそ,その人のパッションや原体験が投資判断の大きな材料になる。「やめなそう」という信頼の裏づけとして原体験が機能していたのではないか,と大柴氏は語った。
 原体験が資産かバイアスかという問いに対して,粘り強さの源泉という第三の答えが浮かび上がった格好だ。

 鈴木氏自身も,それを裏づける経験を語っている。1社目で「女性の活躍」を掲げて一定の成功を収めたあと,事業は伸びているのに次をどうするか迷う踊り場を経験した。だからこそ2回目は,自分が絶対に離れられない原体験と,深い課題を選んだ。

 お金や人は頑張れば集められるが,自分を燃やし続けるエネルギーは自分のなかからしか出てこない。やり続け,失敗を重ねればいつかは成功する。だから「やめないこと」が一番重要だ,と鈴木氏は語った。
 今野氏もまた,原体験は原体験でしかないと言いつつ,「やめない,折れない」という起業家の粘り強さの源泉には必ずなる,と締めくくっている。

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