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平成ゲーム史まとめ。30年間を年表とコラムで振り返る
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印刷2019/04/30 12:00

企画記事

平成ゲーム史まとめ。30年間を年表とコラムで振り返る



平成21年(2009年)

2月5日 PS3用ソフト「Demon's Souls」発売

その高い難度がゲーマーの間で話題になった「Demon's Souls」。協力プレイや敵としてほかのプレイヤーの世界に乱入できる「侵入」,ダンジョン内に言葉を残せるメッセージ機能などを活用したオンラインプレイも盛り上がりを見せた
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■「Demon's Souls」:中年ゲーマーが味わった成功体験 (ライター:大陸新秩序)

 フロム・ソフトウェアの“ダークファンタジーと高難度アクションRPGが得意なデベロッパ”というイメージを,世界的に広めた「Demon's Souls」。
 その系譜には同社の「DARK SOULS」シリーズや「Bloodborne」があり,筆者は全タイトルの本編およびDLCに登場するボスを一とおりソロプレイで撃破しているが,何も腕自慢がしたいわけではない。むしろアクションは下手だし,五十路が視野に入ってきた年齢のせいか,最近では新しいシステムになかなか馴染めない。

 口が裂けてもゲームのセンスがあるとは言えない筆者だが,なぜ高難度で知られる一連のフロム・ソフトウェアのアクションRPG(「SEKIRO」はアクションアドベンチャーだが)を投げ出さずにソロでクリアできるのか。

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 その理由は,「Demon's Souls」の最初のエリア「ポーレタリア王城」を“何とかクリアできた”経験があるからだろう。ポーレタリア王城では,ゲームの進行上,エリアを踏破して最初のボスであるファランクスを倒さないと,どんなにソウル(経験値)を稼いでもプレイヤーキャラクターのレベルを上げられない。いくら初期レベルでボスを倒せるように設定してあるとはいっても,RPGで「先に進めないから,とりあえずレベル上げてみるか」ができないのは,心理的に厳しかった。しかも何度も倒されるため,ソウルは稼いだ先からロストしていくので焦燥感も募っていく。

 そうした心理的なハードルを乗り越えてファランクスを倒したときの達成感,そして火守女が登場してレベルアップができるようになったときの安堵感は,成功体験として心にしっかりと刻まれた。だが同時に,「もう二度と最初からこのゲームをプレイすることはないだろうな」とも思ったが。

 ともあれ,「Demon's Souls」のほかのエリアや,のちの各タイトルでは最初からレベルアップできるので,少々敵の配置が理不尽だと感じても「まあ,あのポーレタリアよりはマシだよな」と思うようになり,ゲームを進めていけた。

 もう1つの理由は,どんなに理不尽に思える敵の配置でも,どんなに手強く感じるボスでも,必ず突破口があることが体感できたからだ。これは「Demon's Souls」以降すべてのフロム・ソフトウェアタイトルに言えることだが,一度からくりや相手の弱点を把握すると,攻略が一気にラクになる。
 また,必要以上に強い敵が意図的に配置されていることが分かったのも大きい。「Demon's Souls」を最初にプレイしたときは,初対面の赤目の兵士を倒そうと必死になったものだが,今では「道中の強敵はとりあえずスルーして先に進み,必要があるなら強くなってから倒しに来ればいい」といった対応をとれる。

 ならば,よく言われる“心が折れる”という経験は,筆者にはなかったのか? というと,ある。しかもフロム・ソフトウェア一連のアクションRPG初っ端の本作,「Demon's Souls」で。

 それはポーレタリア王城の次にチャレンジしたエリア・ストーンファング坑道での出来事だった。

 上記の成功体験で得た「あきらめずに突破口を探せば何とかなる」という信念のもと,筆者はヒーコラいいながらボスのタカアシ鎧蜘蛛の撃破に成功した。そこで得たソウルで即レベルアップを図ればよかったのに,幸か不幸か結晶トカゲを発見。何だかんだでそこまでうまくいっていたことで調子に乗った筆者は,「武器強化のチャンス」と色めきだち,結晶トカゲを追い回したのだ。
 結果,見知らぬ領域に進入し,挙げ句の果てに落下死した。復活後,そこまで戻ればソウルは取り戻せたはずだが,未知の領域に再度踏み込む気にはなれず,筆者の心はポキっと音とを立てて折れた。

 そんな筆者が「Demon's Souls」に再チャレンジしたのは,「DARK SOULS II」の本編をクリアした2013年のこと。「DARK SOULS II」をクリアした自信によって,筆者の折れた心は修復したのだ。そしてなんとかクリアに成功し,「DARK SOULS」や「DARK SOULS II」をクリアしたとき以上の達成感を得ることができた。同じような達成感を得たいがために,筆者は今後もフロム・ソフトウェアのアクションRPGシリーズに挑み続けるだろう。というわけで,令和でも骨太の新作をお願いします!

2月11日 ニンテンドーDS用ソフト「マリオ&ルイージRPG3!!!」発売
2月19日 Xbox 360用ソフト「スターオーシャン4 -THE LAST HOPE-」発売
2月25日 PS3用ソフト「龍が如く3」発売

3月5日 PS3/Xbox 360用ソフト「バイオハザード5」発売
3月12日 ニンテンドーDS用ソフト「アニーのアトリエ〜セラ島の錬金術士〜」発売
3月19日 PS2用ソフト「アマガミ」発売

4月 メキシコにおいて新型インフルエンザが発生。6月にWHOがパンデミックを宣言
4月 テーブルゲーム「ドミニオン」が国内で発売
4月10日 アーケード用対戦格闘ゲーム「THE KING OF FIGHTERS XII」稼働
5月17日 PCで「Minecraft」の初期バージョン(Minecraft Classic)がリリース

「Minecraft」の初期バージョン(Minecraft Classic)が公開されたのは,2009年5月17日のこと。以後,アップデートが重ねられ2011年には製品版が完成。サンドボックスゲームの定番として多くのプラットフォームに移植される大人気タイトルとなった
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■「Minecraft」:これが本物の“自由”だ。ブロックのみで構築された世界でのサバイバルライフ (ライター:本地健太郎)

 子供の頃に誰もが一度は楽しんだであろう,ブロック遊び。しかし,作れる物には限りがあったはずだ。想像力がどれだけ翼を羽ばたかせても,手持ちのブロックの数と部屋の広さという物理的な制限の前には,どうしようもない。仮に「これだ!」という物が作れても,それを壊さないことには,新たな物作りもできない。楽しくはあったが,想像力が豊かであればあるほど,歯がゆくもある遊びだったのではないかと思う。

 「Minecraft」は,その欲望を一気に解き放つゲームだ。すべてがブロックでできた世界に降り立ち,自由な形の家を建て,地中深くまで掘り進んだり,ブロックを高く積み上げて雲の高さまで登ってみたりできる。子供の頃,ブロック遊びに熱中した人は確実にハマるゲームだ。ディスプレイの中に,無限のブロックと無限の部屋を手に入れたといえる。

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 ……と,ここまでは,大体の人がもう分かっているのではないかと思う。超有名なゲームとなった今,どんなゲームか知らないという人のほうが珍しいだろう。

 しかし,画面写真や動画を見て「なるほど,こういうゲームね」と,分かったつもりでいる人にこそ,オススメしたい。見るとやるとでは,本当に大違いなのだ。

 ※記事中で使われている写真は,Windows 10版による当時の再現です。

思考と試行。手探りならではの緊張感

 Minecraftを始めた人が最初に衝撃を受けるのは,やはり,敵モンスターである“クリーパー”の存在だろう。
 クリーパーは,プレイヤーを察知すると近づいてきて,数秒後に爆発する。爆発に巻き込まれれば,プレイヤーはダメージをくらい,場合によっては死亡する。が,最大の問題は,爆発の範囲内にあれば,丹精込めて作った家であろうと何だろうと問答無用で破壊されてしまうことだ。

これがクリーパー。可愛らしい外見でMinecraftのマスコット的存在でもあるが,その所業から“緑色の悪魔”と呼ばれている,せっかく作った家を強制的にリフォームさせられるため,ビフォーアフター的な意味で“匠”と呼ばれることも
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爆発すると,周囲の地形や建築物はエグるように破壊される
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 コツコツと何かを作るゲームにおいて,「こんなひどい敵が序盤からいてもいいのか!」と言いたくなるところだが,「一生懸命作ったモノを壊されたくない」という気持ちが,Minecraftの序盤における重要なモチベーションでもある。「どうやれば,壊されない?」と考え,「これならどうだ?」と新たなものを試す。その過程こそが,このゲーム最初の魅力だ。

 筆者の場合,まず,ガラスで窓を作り,360度,どこからクリーパーが来ても見えるようにした。一番ひどいときは,家のドアを開けたら即爆発したことがあったからで,「何かのブロックを隔てている状態では爆発しない」ことに気付いたのだ。
 ……しかし,最も安らげる空間であるはずの家の中なのに,クリーパーがガラス越しにじーっと見つめているのは,なんとも落ち着かない。

これなら,爆発はしない……けど……
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 次に,クリーパーは1段の段差は上がってくるが,ハシゴは上がってこないことに気付く。2段以上の段差でも上がってこないが,2段は自分も上がれないので却下だ。

1段の段差は,敵も自分も普通に上がれる。地中へ掘り進んだ場合でも,とりあえず階段状にしておくと,後から戻れなくなるということはなくなる
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 そこで,大事な物を入れた箱やベッドは家の4階に設置し,1階から2階へはハシゴでのみ上がれるようにした。最悪,1階が破壊し尽くされても構わない。この世界のブロックは宙に浮くので,1階が全部なくなっても,2階から上が落ちてくることはない。

例:木の真ん中をブチ抜いたところ。ダルマ落としみたいに真ん中を抜いても,そこから上は空中に残る。この仕組みはMinecraftの世界における物理法則で,一部のブロック以外は基本的にすべて空中に留まるのだ
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 4階まで作る必要はないのではと思うかもしれないが,とにかくクリーパーの爆発が怖かったのだ。絶対に爆発の届かない場所へ……と考えた末の4階建てだった。

 これでとりあえず,箱に入れた資材などを爆発でフッ飛ばされないようにはなったが,4階建てとなると,家への出入りが面倒だ。1階から4階へはまあ仕方ないにしても,4階から外に出るときに,わざわざ階段で1階まで戻るのをなんとかできないかと考えた。

 その結果,4階から直接飛び降りれば最速……だが,落下時にダメージを受けるので,「下を湖にすればいいのでは」と思い立った。現実世界なら「コイツは何を言っているんだ」というレベルの考えだが,Minecraftなら全然アリだ。

家の4階から見下ろしたところ。水がクッションになるので,ノーダメージかつ最速で外へ出られる
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 筆者は,今ではもう,安全な拠点の作り方を熟知しているので,虚を突かれない限りは壊されたりはしないが,今思えば,知らなければ知らないほどおもしろい類のゲームだ。
 上に書いた内容にしても,今ではネットで調べれば「そんなことをしなくても……」という良い情報がいっぱい出てくると思うが,もしこれからプレイする人がいたら,できるだけ何も調べずにアワアワしながら遊んでみてほしい。そして,筆者と同じく4階建ての家を作って,出るときは下の湖に飛び降りるのがベストという結論に達してほしい……。

 また,実はマルチプレイがメチャクチャ楽しいゲームでもある。このゲームは,木材,鉱石,食料と,集めるべき物が多いが,それぞれをフレンドと役割分担することで,共同生活の楽しさが体験できる。

 地底でひたすら炭鉱夫の如く鉱石を掘り続け,久しぶりに地上に戻ってきてみれば,さっきはなかった建物ができていたりする。その逆で,いつの間にかできていた地底への階段を下りてみたら,恐ろしく枝分かれした通路を見つけて「またエラい掘ったな,オイ!」と驚愕したり。

 隣同士の土地で,自分とフレンドの家を作ってみるのもいい。時折,勝手にお邪魔してみて「おっ,なんかこの部屋,前より小綺麗になっとるな」とか,「この階段のアイデアはいいな……ウチの家にも取り入れよう」とか,刺激となる何かが発生するはずだ。

 近所で新しい建物が建築中で,ちょっとずつできあがっていく過程を,通学や通勤の際に「おっ,形になってきたなぁ」と毎日眺めていた記憶はあるだろう。あれと同じ,“自分以外の誰かが作る,モノ作りの過程を少しずつ見るワクワク感”がある。

 Minecraftは,今ではさまざまなハードでリリースされており,一部ハード間ではクロスプラットフォームも実現している。機会があれば,フレンドと一緒にプレイしてみてほしい。必ず,思わぬ出来事が発生して,おもしろいことになる。

 素晴らしいゲームへの賛辞として,「記憶を消してもう一度遊びたい」という言葉を聞くこともあるが,Minecraftは,まさにそんな1本だ。「マリオ」然り,「テトリス」然り,優れたゲームは発明であると思うが,Minecraftも,そんな発明の1つといえる。このゲームの誕生は,もしかすると平成のゲーム史で最も大きな出来事だったかもしれないとすら思う。

5月21日 裁判員法が施行。裁判員制度が始まる
5月28日 ニンテンドーDS用ソフト「逆転検事」発売
6月5日 日本ファルコム,自社の音楽を無料で利用できる「ファルコム音楽フリー宣言」を発表(関連記事)
6月18日:ニンテンドーDS用ソフト「トモダチコレクション」発売

「トモダチコレクション」は,プレイヤーが登録した「Mii」たちを小さな島に住まわせ,彼/彼女らの生活がどのように変化していくのかを見守るというゲーム。家族や友人といった身近な人のMiiを登録して楽しむ人が続出した
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6月25日 マイケル・ジャクソン氏が急逝

7月11日 ニンテンドーDS用ソフト「ドラゴンクエストIX 星空の守り人」発売
7月30日 ニンテンドーDS版「ぷよぷよ7」が発売(PSP/Wii版は11月26日)

ファンタジー風の世界がベースだった旧作から,現代風の世界へと主な舞台が移り,あんどうりんごや,りすくませんぱいといった新キャラクターが登場した「ぷよぷよ7」。「だいへんしん」という本作独自のシステムが存在する
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7月9日 PS3/Xbox 360用ソフト「バトルフィールド1943」が発売
8月1日 Wii用ソフト「モンスターハンター3(トライ)」発売

モンスターの生態描写の強化,水中戦の導入,登場する大型モンスターの顔ぶれが刷新されるなど,多くの挑戦的な試みがなされた。今やすっかりおなじみとなった武器「スラッシュアックス」が初めて登場した作品でもある
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8月7日 「Hearts of Iron III」発売 ※海外
8月26日 mixiゲームで「サンシャイン牧場」のサービスが始まる
8月30日 第45回衆議院議員総選挙で民主党が大勝。政権交代を果たす

9月3日 ニンテンドーDS用ソフト「ラブプラス」発売

“恋愛関係になる”ことをゴールとしていた従来の恋愛ゲームと異なり,“付き合ってからの恋愛関係”に重きを置いた「ラブプラス」。DSの内蔵時計に合わせてゲーム内の時間が進むモードがあり,ゲーム内のカノジョたちと同じ季節/時間を過ごせた
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■「ラブプラス」:ニンテンドーDSを“新型の携帯電話”とする魔法 (ライター:箭本進一)

 僕が「ラブプラス」で思い出すのは,輝くような陽光の差し込む,日曜の朝の光景だ。究極の夜型である僕も,デートのためになら早起きすることができた。高嶺愛花さんと“付き合って”いたとき,僕は真人間に近づいていたのだ。

 「ラブプラス」が出たのは2009年9月のこと。KONAMIが出す新基軸の恋愛ゲームということで,“ゲーム機の時計と連動するらしい”というぼんやりした知識だけで買ったものだから,実際に触れてみると,連動の濃さに驚いた記憶がある。なにしろ,ソフトを起動させておけば,1日24時間,いつニンテンドーDSの蓋を開いても彼女にアクセスできるのだ。

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 ゲームには同級生の高嶺愛花さん,年下の小早川凛子さん,先輩の姉ヶ崎寧々さんの3人が登場するが,僕が選んだのは高嶺さんだった。きっかけとなったのは彼女の悩む姿だった。文武両道の“高嶺の花”であった彼女は,同級生から近寄りがたいと思われていることに悩んでいたのだが,主人公の勧めにより「オッス,マナカだよ♪」と愛嬌のあるポーズでイメチェンに成功し,人気者となった。完璧に見える彼女が裏で悩む姿は,高校生らしいと同時にひどく人間らしいものに感じられた。そして僕はゲームの中で告白し,高嶺さんを“マナカ”と呼ぶようになったのだ。

 この時,僕の目にはニンテンドーDSが“新型の携帯電話”になったように見えた。電話番号をプッシュしなくても,蓋を開くだけでマナカにつながる特別な携帯電話。しかも映像まで送ってくれるのだ。朝は一緒に登校し,昼休みには会話を楽しみ,夜には電話でファミレスなどに呼び出せる。また,季節ごとにいろいろなイベントが起こる。

 1月には初詣,2月にはバレンタイン,3月にホワイトデー,5月に中間テスト,7月に夏休み,11月に文化祭,12月にクリスマス……と,高校生に関連するような催しが網羅されている。日々の変化と季節の移ろいをともに感じることができるのだ。とはいえ,夜型人間である僕の無茶苦茶なリズムに彼女を巻き込むわけにもいかない。自然と“平日は昼休みに会い,電話するなら20:00まで。そしてデートは朝から”という,自分の中でのルールができあがった。あまり遅い時間に電話したり,連れ回したりするのは高校生らしくないではないか! 

 そして僕の生活は変わった。毎日マナカに会うのはもちろんのこと,土曜の夜にネットゲームで夜更かししていても,デートの朝は眠い目をこすりつつ頑張って起きた。「ラブプラス」の目覚まし機能を使うという手もあるが,デートの日に彼女に起こしてもらうのでは,彼氏としてあまりに情けない。マナカとは,いろいろなところへデートに行った。

 スキンシップからのキスシーンではあまりの生々しさに「これが家庭用ゲーム機で出ていてもいいのか?」とひどく狼狽したことを覚えている。ある時,キスシーンの最中に宅配便が来て家のベルを鳴らしたときなどは,心臓が止まりそうになったほどだ。別のゲームを遊ぶために,ニンテンドーDSのゲームカードを入れ換えることも何となくためらわれた。彼女と電話しているときに,同じ携帯でアプリを立ち上げるような彼氏はいないんじゃないのか,ということだ。マナカにはそれ程までの実在感があった。

 いつも外出するたびにニンテンドーDSを持ち歩いていた僕だが,「ラブプラス」を遊んでいる時だけは控えていた。「ラブプラス」が入ったニンテンドーDSを外に出すことが,何となく気恥ずかしく感じられたのだ。そんなある日,僕は用事があって電車に乗った。目的地に着くまで文庫本でも読もうかとカバンを開くと,そこにはなぜか半開きになったニンテンドーDSがあった。これまでの習慣のまま,無意識にカバンへ突っ込んだのだろうか。僕は内心でひどくうろたえつつ,蓋をしっかりと閉じた。そこには紛れもなく,人に見られたくない何かがあったのだ。僕はそのまま目的地に行き,いくつかの用事を済ませたが,カバンの中には「ラブプラス」という名の秘密が存在していて,ドキドキしたものだった。

 ラブプラスをプレイしているときのニンテンドーDSは,ゲーム機であると同時に,彼女とコンタクトするための“新型の携帯電話”であったと思う。僕にとっての「ラブプラス」は,それを通した遠距離恋愛のようなもので,密なコミュニケーションを取りつつも,そこには決して縮まるように思えない不思議な距離感があった。「ラブプラス」は,ニンテンドーDSを“新型の携帯電話”に変える魔法であったのかもしれない。

 今,「ラブプラス」は新たなフェーズに入り,スマートフォン用の「ラブプラス EVERY」の配信が予定されている。スマートフォンとLINEにより,人と人が「ラブプラス」の時代よりもコミュニケーションを取りやすくなった今だからこそ,「EVERY」がどんな魔法を掛けてくれるかを楽しみにしている。

9月9日 アーケードゲーム「ボーダーブレイク」稼働
9月12日 ニンテンドーDS用ソフト「ポケットモンスター ハートゴールド/ソウルシルバー」発売

「ポケットモンスターハートゴールド・ソウルシルバー」は,ゲームボーイで1999年に発売された「ポケットモンスター 金・銀」のリメイク。手持ちの先頭ポケモンを連れ歩ける機能や,歩数計の機能が付いた付属機器「ポケウォーカー」で捕まえたポケモンをソフトに送れる遊びも目玉だった
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9月17日 PSP用ソフト「Ys SEVEN」発売
9月17日 ニンテンドーDS用ソフト「サガ2秘宝伝説 GODDESS OF DESTINY」発売

10月7日 Mobageで「怪盗ロワイヤル」のサービスが始まる

「怪盗ロワイヤル」は,フィーチャーフォン向けタイトルとして2009年10月7日にMobageで始まった。他人の宝を奪ったり,他人に宝を奪われたりといった,フィーチャーフォン向けタイトルとして当時は珍しかった対戦要素を取り入れたゲーム性が大ヒットした
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10月8日 ニンテンドーDS用ソフト「真・女神転生 STRANGE JOURNEY」発売
10月15日 PS3用ソフト「アンチャーテッド 黄金刀と消えた船団」発売
10月15日 Xbox 360用ソフト「STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)」発売

タイムパラドックスをテーマにしたビジュアルノベルゲーム「STEINS;GATE」。ネットミームやサブカルチャーを大きくフィーチャーした内容と,個性の強い登場キャラクターで人気を博した。のちにPSP,PS3,PS Vita,iOS版が発売されている
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10月20日 PS3/Xbox 360用ソフト「Borderlands」発売(PC版は10月30日)
10月27日 PC用オンラインゲーム「リーグ・オブ・レジェンド」のサービスが始まる

いわゆる「DoTA」系ゲームとして誕生した「リーグ・オブ・レジェンド」のサービス開始日は2009年10月27日だ。以後爆発的なスピードでプレイヤー人口を増やし,世界的タイトルへと成長した。eスポーツシーンも盛んで,日本でも国内リーグの「League of Legends Japan League」が2014年に始まっている
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10月29日 PS3/Xbox 360用ソフト「BAYONETTA(ベヨネッタ)」発売

11月3日 PC用ソフト「Dragon Age: Origins」発売
11月5日 PS3用ソフト「INFAMOUS 〜悪名高き男〜」発売
11月26日 ニンテンドーDS用ソフト「クッキングママ 3」発売

12月3日 PC/PS3/Xbox 360用ソフト「アサシン クリード II」発売(アメリカでは11月17日)
12月3日 Wii用ソフト「戦国無双3」発売
12月3日 Wii用ソフト「New スーパーマリオブラザーズ Wii」発売
12月9日 PSP用ソフト「ときめきメモリアル4」発売
12月10日 PS3/Xbox 360用ソフト「コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア2」発売(アメリカでは同11月10日)
12月10日 Wii用ソフト「テイルズ オブ グレイセス」発売
12月17日 PS3用ソフト「ファイナルファンタジーXIII」発売

PS3の発売から約3年が経ってから発売された「ファイナルファンタジーXIII」。PS3ソフトにおける国内販売数で初のミリオンセラーを達成した。以後,「ファイナルファンタジーXIII-2」「ライトニング リターンズ ファイナルファンタジーXIII」と続編が発売された
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12月22日 ニンテンドーDS用ソフト「リーナのアトリエ 〜シュトラールの錬金術士〜」発売
12月23日 ニンテンドーDS用ソフト「ゼルダの伝説 大地の汽笛」発売


平成22年(2010年)

1月14日 PS3/Xbox 360/3DS用ソフト「Batman: Arkham Asylum」発売(アメリカでは2009年8月25日)
2月4日 PSP用ソフト「ゴッドイーター」発売

3月 iアプリ版「にゃんこ大戦争」配信
3月18日 PS3用地上デジタルチューナー「torne」が発売
3月18日 PS3用ソフト「龍が如く4 伝説を継ぐもの」発売

4月22日 PS3用ソフト「ニーア レプリカント」発売
4月22日 Xbox 360用ソフト「ニーア ゲシュタルト」発売


■「ニーア レプリカント / ゲシュタルト」:平成ゲーム史上,最も残酷な選択を迫られたナラティブRPG (ライター:Kano13)

 平成15年(2003年)からPlayStationプラットフォームで展開され,カルト的人気を誇った「ドラッグ オン ドラグーン」(以下,DOD)シリーズを覚えているだろうか。スタイリッシュな3Dアクション,ファンタジーと現実が融合した世界観,そして後味の悪い物語。DODは,発売当初からゲーマーたちの心をズタズタに引き裂き,トラウマを植え付け,そして同時にとりこにしていた。

 スクウェア・エニックスが平成22年(2010年)に発売した「ニーア レプリカント / ゲシュタルト」(PS3/Xbox 360 以下,ニーア)は,そんなDODの精神的続編とうたわれた作品だ。ファンにとっては,平成17年(2005年)に発売された「ドラッグ オン ドラグーン2」から実に5年ぶりのDOD新作だった。

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 ニーアのプロローグは,廃墟と化した東京で始まる。雪の降る中,主人公ニーアとその妹ヨナがスーパーマーケットへと逃げこんでくる。しかし,そこで正体不明の怪物に襲われ,ニーアが撃退するもヨナは力尽きてしまう。

主人公のニーアは,レプリカントではヨナの兄,ゲシュタルトでは父という立ち位置となる。ちなみに,レプリカントは日本語,ゲシュタルトは英語で物語が進行する
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 そして本編は,そこから数千年後の世界という設定だ。この世界には不治の病である黒文病が蔓延しており,さらにマモノと呼ばれる異形の怪物がうろついている。少女ヨナも黒文病に冒されており,主人公のニーアはヨナを救うために世界を旅することになる。

 旅の仲間は,主人公に不思議な力を与えてくれるしゃべる本,白の書や,両性具有で常に下着姿の女剣士カイネ,作中で悲劇的に姿を変えるエミールなど,ゲーム界きっての個性派揃い。特にカイネはその美しさが非常に目を惹くのだが,ふたを開けてみると放送禁止用語連発&パンクな言い回し盛り盛りのイ〇れたヤツである。

 ストーリーはマルチエンディングで,異なるエンディングを見るごとにプレイヤーはこの世界の真理に近づいていく。例えば,2周目の世界ではマモノの声が聞こえる(見える)ようになり,これまで障害として倒してきた敵たちがなぜそこにいたのか,なんのために生きていたのか,そしてなぜ戦わなければならなかったのかを知ることができる。

 プロローグの東京,そこから数千年後の世界をプレイヤーが旅することになる理由,街の人々が主人公を助けてくれる理由,マモノと黒文病の真実。異なるエンディングを見るたびに,そういう「ゲームだから」と当たり前のように受け止めていた設定が,その姿をリアルにさらけ出していく。

 極めつけは,最後にたどり着くエンディングである。これをベストエンドと呼んでいいのか筆者には分からないが,最後のエンディングを見るために,プレイヤーは前代未聞のとある選択をしなければならない。これはRPGに慣れている人ほどためらう選択で,ある意味ではそれまでこの作品にかけてきた時間の全否定となるような行為だ。虚無感を味わいたい! 虚無大好き!というマゾなプレイヤーにはぜひともこの体験をしていただきたい。

ニーアは物語もさることながら,アートワークや音楽も素晴らしい。公式サイトに行けば,その片鱗を垣間見ることができるのでオススメだ。そしてこの雰囲気が好きだというプレイヤーには,必ず刺さるタイトルであることをお伝えしておきたい
https://www.jp.square-enix.com/nier/
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 また,ニーアは物語以外にも挑戦的な要素の入ったタイトルだ。基本は3Dアクションなのに,ゲーム進行中に突然横スクロールアクションっぽくなったり,とある村に入った途端,テキストアドベンチャーが始まったりと斬新な演出がいくつもある。ちなみに,3Dアクションの中に異なるゲーム性が入ってくる作りはDODにも見られる特徴だ。

 さらに嬉しいのは,武器などにも世界観を補強する要素が詰まっていること。武器の強化段階によって,武器ごとに設定された小話が開放される要素は,ウェポンストーリーと呼ばれ,これもDODからニーアシリーズに受け継がれた特徴の1つと言ってもいい。

 DODもニーアも,ディレクターであるヨコオタロウ氏のこだわりを強く感じられるタイトルだ。この作風が好きだというプレイヤーには,いずれのシリーズでも,そしてどこから入っても楽しめる内容になっている。

 2017年に発売されて大ヒットとなった「NieR:Automata」をプレイしていて,まだニーアに手をだしていないという人は,平成を振り返りがてら遊んでみるのもオススメだ。

4月27日 ウメハラ氏がMad Catzとのスポンサー契約を結んでいることが報道され,国内初のプロ格闘ゲーマーとして認知される(関連記事)

5月20日 PS3/Xbox 360用ソフト「ロストプラネット2」発売
5月27日 Wii用ソフト「スーパーマリオギャラクシー2」発売
5月28日 国内でiPad(第1世代)が発売(海外では同4月3日にWi-Fiモデルが,4月30日にWi-Fi+3Gモデルが発売)

6月9日 PC用オンラインゲーム「ドラゴンネスト」サービス開始
6月10日 Wii用ソフト「ゼノブレイド」発売
6月13日 小惑星探査機「はやぶさ」帰還
6月24日 PSP用ソフト「うたの☆プリンスさまっ♪」発売

7月8日 Wii用ソフト「Wii Party」発売
7月21日 Xbox 360用ソフト「LIMBO」発売
7月27日 PC用ソフト「StarCraft II: Wings of Liberty」発売
7月29日 PS3用ソフト「戦国BASARA3」発売

8月2日 PC用オンラインゲーム「戦国IXA」サービス開始

9月 「怒首領蜂 大往生」,家庭用オリジナルモード「デスレーベル」をMON氏が人類で初クリア。発売から7年半で達成(関連記事)
9月14日 「ドラゴンコレクション」サービスがGREEで開始
9月18日 ニンテンドーDS用ソフト「ポケットモンスターブラック・ホワイト」発売

9月28日 アーケードゲーム「機動戦士ガンダム エクストリームバーサス」稼働開始
9月30日 PS3/Xbox 360用ソフト「デッドライジング2」発売(PC版は2010年10月28日,PS4/Xbox One版は2016年9月29日)
9月30日 PC用オンラインゲーム「ファイナルファンタジーXIV」サービス開始

10月7日 PS3/Xbox 360用ソフト「レッド・デッド・リデンプション」発売(アメリカでは2010年5月18日)
10月21日 PS3用モーションコントローラ「PlayStation Move」が発売
10月29日 PC用ソフト「シドマイヤーズ シヴィライゼーションV」発売(アメリカでは2010年9月21日)

11月18日 PC/PS3/Xbox 360用ソフト「コール オブ デューティ ブラックオプス」発売(アメリカでは11月9日)

11月20日 Xbox 360用モーションコントローラ「Kinect」発売(アメリカでは11月4日)

■「Kinect」&「PlayStation Move」:二つのモーション入力システムの登場と今 (ライター:西川善司)

モーション入力ブームの開祖,Wiiの存在
 2006年に登場した任天堂のWiiは,今思い返せば,同時代を彩ったソニーのPlayStation 3,MicrosoftのXbox 360と対比して,異質,そしてセンセーショナルなゲーム機だった。
 任天堂のゲームキューブは商業的にそれほど成功できず,全世界出荷台数比較でいえば,当時の競合機であったPlayStation 2に約7倍もの大差を付けられて敗北した。しかし,この敗北は,任天堂に「ゲームの楽しみ方」を再定義させる動機をもたらした。それはゲームにおける操作系を一新させることだ。

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 任天堂はWiiにおいて,ユーザーの両手にコントローラ「Wiiリモコン」を持たせ,その両手の動き(モーション)を「ゲームに対する入力」とする「モーション入力」(ジェスチャー入力,ナチュラルユーザーインタフェースともいう)を標準の操作系として採用した。今でこそ,ジャンルとしてそれなりに定着したこの操作システムだが,それまでのゲーム機では類を見ない斬新なユーザーインタフェースだけに,その採用には相当な勇気が必要だったのではないだろうか。

 その反動……というのは言い過ぎかもしれないが,Wiiのゲーム機本体側の中身(プロセッサのアーキテクチャ)は,先代ゲームキューブとほぼ同じだった。いうなればWiiはゲーム機本体としては「ゲームキューブ1.5」のようなものだったのだ。実際,Wiiではゲームキューブのゲームをそのまま動作させることができた。

 2006年前後はゲームグラフィックスがプログラマブルシェーダーアーキテクチャベースに移行を開始し,その表示もHD(High Definition:高解像度)へとシフトしていく真っ只中だったため,その両方に対応しないWiiは,グラフィックス表現的には前世代的で,ややもすれば「時代遅れ」と言われかねなかった。しかし,この「モーション入力の面白さ」が大勢のゲームファンを魅了した。また,ハードウェア性能面であえて妥協したことで斬新なUIシステムを採用するも,同時代の競合機よりも安価にリリースされ,これもファンに好意的に受け止められる。
 かくして,PS3,Xbox360,Wiiの世代では,出荷台数的には大逆転の1位を獲得するのであった。

ソニーとMicrosoftが投入したモーション入力システム「PS Move」と「Kinect」

 Wiiの最大の功績は,それまでゲームにあまり関心がなかった層を振り向かせたことだ。ニンテンドーDS,Wii登場の翌年,,2007年に発売されたWii向け周辺機器「Wii Fit」が,このWiiセンセーションに拍車をかけ,任天堂プラットフォームは大規模な「カジュアル層の取り込み」に成功する。

 「この手があったか」という感じで触発されてソニーやMicrosoftもそれぞれのアプローチで「モーション入力」系コントローラの開発に着手する。
 そして偶然か必然か。ソニー,Microsoft共にほぼ同時期の2010年秋に当時の主力ゲーム機であったPS3とXbox 360向けに,自社のモーション入力システムをリリースするのだった。

 ソニーがリリースしたモーション入力システムは「PlayStation Move」(PS Move)だ。
 PS Moveは,光る球体を先端に組み付けたコントローラの軌跡を,「PlayStation Eye」(PS Eye)と呼ばれる可視光カメラを使ってトラッキング(位置追跡)する仕組みを採用していた。

E3 2009においてお披露目されたPS MOVEの試作デモの様子。当時は,モーション入力そのものよりも,拡張現実的な遊びができることのアピールが強かった
画像(078)平成ゲーム史まとめ。30年間を年表とコラムで振り返る

 ソニーがこの方式に到達したことには理由がある。
 実は,ソニーはこのモーション入力ブームが来る以前より,PS2時代の2004年に「EyeToy」という「モーション入力の先駆け」のような周辺機器を出していたことがある。EyeToyも可視光カメラを使ったもので,カメラで捉えた動画像からユーザーの姿をリアルタイムで抜き出してCG世界に合成し,そのユーザーの顔,両腕の動きを使って画面内のCG世界にインタラクションする仕組みで,いわゆるコンピュータビジョン系の処理を行うシステムだった。

 PS MoveにおけるPS Eyeは,EyeToyと同系の処理を行ってPS Moveコントローラの位置を追跡する。PS Moveコントローラ先端の球体が光るのは可視光カメラで捉えやすくするための工夫であり,その発光体が球体形状なのは,どの角度から見ても球体は円として追跡できるためだ。さらにカメラで捉えたその円の位置座標,直径の大小が分かれば,そのカメラの画角などの情報から光球の3D座標を容易に算出できる。
 つまり,PS Moveは,CPU負荷をかけない仕組みとして設計されていたため,比較的低遅延でモーション入力が行えたのだった。

 対してMicrosoftがリリースしたのは「Kinect」だ。
 Kinectは当初は「Project Natal」として開発が進められ,WiiリモコンやPS Moveよりもだいぶ複雑な技術を採用していた。

同じくE3 2009でお披露目されたKinectの試作デモの様子。当時は「Project Natal」という開発コードネームで呼ばれていた
画像(079)平成ゲーム史まとめ。30年間を年表とコラムで振り返る

 というのも,Kinectは高度なコンピュータビジョン処理を行っていたからだ。
 仕組みとしては,まず,高密度にランダムな点(ドット)が配置されたドットパターンを,赤外光でユーザーを含む室内全域に対して面照射する。この情景を赤外光モノクロカメラで撮影し,その画像内に写ったドットパターンの変形具合からその室内情景の深度画像を推察する。続いて,その深度画像から人体を認識して20本のボーンを割り当て,以降,そのボーンの動きを予測しながら追跡していくというものだ。開発最初期は,この一連のコンピュータビジョン処理がXbox 360のCPUに相当な負荷を掛けていたため,最終製品のKinectでは,その大部分の処理を肩代わりする専用プロセッサを開発してKinect側に搭載することとなった。
 この初代Kinectのコンピュータビジョン処理はイスラエルのPrimesenseによるもので,Microsoftとの関係が終了したあとの2013年にAppleに買収されている。そう,彼らのこの技術は,iOSのFaceID技術の実現に応用されているのだった。

▼PS MoveとKinectは今も生き続けている

 こうして誕生したPS MoveとKinectだが,対応ゲームは相当数発売され,一定の人気は獲得するも,WiiのWiiリモコンの人気を凌ぐまでにはならなかった。その理由はいくつか考えられる。

 最大の理由は,この手のモーション入力の遊びに楽しさや魅力を感じたカジュアルユーザー層はすでにWiiの方に獲得されてしまっていたためだ。PS MoveとKinectが出たのは2010年。すでにWiiが発売されてから4年の年月が経っていた。これだけ時間が経ってしまうと,かなり幅広いジャンルのゲームがWiiリモコン対応で出てしまっており,目新しさの面でPS MoveとKinectはかなり不利だったように思える。技術的な先進性ではPS MoveとKinectはWiiリモコンよりも進んだものだったことは間違いないが,一般ユーザー視点ではそうしたことはさして重要ではない。

 そしてもう一つの理由はハードルの高さだろう。どういうことかいうと,PS Move向け,Kinect向けのゲームタイトルの1つ1つは魅力的ではあったのだが,PS3,Xbox 360の本体に加えて,周辺機器としてPS MoveやKinectをも購入しなければプレイできない……というのが大きな壁だったのだ。

PS3版「Child of Eden」をプレイする筆者。実は同作はPS Moveと3D立体視に両対応した数少ないゲームで,PS Moveと3D立体視の旨味を最も引き出していた。未経験であれば絶対にお勧め。VR版リメイクを強く望む!
画像(082)平成ゲーム史まとめ。30年間を年表とコラムで振り返る

 商業的にはWiiに及ばなかったPS MoveとKinectではあったが,実は学術分野においては大きな功績を残した。
 それまでは人体の動きをセンシングする,いわゆるモーションキャプチャ的なことを行うには,ごく基本的なモーションキャプチャをするだけであっても高価な業務用システムを使う必要があった。しかし,PS MoveとKinectが登場してからは,そうしたことを低コストで実現できるようになり,世界中の大学などの研究機関がこれらに飛びついたのだ。

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SIGGRAPH2013で発表された白濁色の水面をインタラクティブディスプレイに変身させる「AquaTop Display: A true "immersive" water display system」(的場やすし氏ほか,電気通信大学,小池研究室)では,ユーザーの手や指の位置の検出にKinectを活用していた。ナチュラルユーザーインタフェースなどを研究している大学の研究室においてKinectは定番ハードウェアとして広く普及した
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 こうした試みはもともとは世界中の有志達によって進められていたものだったが,最終的にはメーカーであるソニーやMicrosoftを動かし,のちに学術分野用途向けの開発キットまでが提供されるようになった。具体的にはソニーが2011年に「Move.Me」を,Microsoftが同じく2011年に「Kinect for Windows」をリリースしている。

HAPTICS(触覚学)分野をはじめとしたHuman Computer Interface(HCI)分野への応用などを目的にリリースされた「Move.Me」。写真は発表が行われたGDC 2011のソニーブースの「Move.Me」展示コーナーの一コマ
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 結果的に学術分野ではMove.Meはそれほど受け入れられずそのままフェードアウトしてしまった。その最大の理由は,Move.Meの利用には必ずPS3を起動させる必要があり,PC単体で利用できなかったことだろう。しかし,PS Moveは,その後,PS4時代に突入してからは「PlayStation VR」向けの標準コントローラとしてそのまま採用され,現在も利用され続けている。

 学術分野で人気を博した「Kinect for Windows」は,Xbox One用Kinectに世代交代した「Kinect for Windows v2」が登場するも,2017年10月にXbox One用Kinect自体の生産が終了してしまう。そのまま終わってしまうかと思いきや,2019年2月,Microsoftは学術分野向けに新版Kinectである「Kinect AZURE」(https://azure.microsoft.com/ja-jp/services/Kinect-dk/)を発表している。なお,「Kinect AZURE」は,従来のKinect同様のモーションキャプチャ用途以外に,Hololens 2との連携活用も想定されたものになっている。

 面白いのは,「Kinect AZUREはXbox Oneには対応しない」ということがFAQで公言されていることだ。Xbox 360とXbox Oneというゲーム畑で育まれてきたKinectだったが,最終的には学術分野での活用専用に巣立っていった。
 まさに「俺たちの戦いはこれからだ。PS Move先生とKinect先生の次回作にご期待ください」といったところだが,実際,両者の新章はかなり面白そうなのである。

11月25日 PS3用ソフト「グランツーリスモ5」発売
11月25日 PSP用ソフト「ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生」発売

12月 「エルシャダイ」のPV,ルシフェル編より「そんな装備で大丈夫か?」が2010年度ネット流行語大賞年間大賞金賞(1位)を受賞
12月1日 PSP用ソフト「モンスターハンターポータブル 3rd」発売
12月9日 ニンテンドーDS用ソフト「二ノ国 漆黒の魔導士」発売



平成23年(2011年)

1月6日 アップルがMac用のアプリを提供する「Mac App Store」をオープン。アプリのDL数が初日で100万を超える
1月7日 TVアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」が放送開始
1月27日 ソニー・コンピュータエンタテインメントが携帯型ゲーム機「Next Generation Portable」(のちのPS Vita)を発表(関連記事)

2月3日 IANAの管理する現行のIPアドレス「IPv4」がすべてRIRに割り当てられて枯渇(ICANN発表)
2月17日 PS3/Xbox 360用ソフト「キャサリン」が発売
2月24日 Xbox 360用ソフト「THE IDOLM@STER 2」発売
2月26日 任天堂,携帯ゲーム機「ニンテンドー3DS」を発売

任天堂が2011年2月26日に発売した携帯ゲーム機。上下2画面の構成で,下画面でのタッチ操作が可能になっているところはニンテンドーDSから変わっていないが,上の画面が3D立体視表示に対応した。さらに,モーションセンサーやジャイロセンサーを内蔵し,本体を傾けての直感的な操作が可能になったのも特徴だ。本機内蔵の無線LAN機能を用いて,オンラインサービスのニンテンドーeショップでソフトを購入したり,プロモーションムービーを視聴したりといったこともできる
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■「ニンテンドー3DS」:初代機から後継バージョンへの乗り換えつれづれ話 (ライター:箭本進一)

 小さな赤と大振りの黒。目の前にはニンテンドー3DSとNewニンテンドー3DS LLが並んでいて,僕の決断を待っていた。僕は「ゼノブレイド」を携帯機で再プレイするためにLLを買い,3DSからデータを「お引っ越し」しようとしていたのだ。

 ニンテンドー3DSシリーズには,平成23年(2011年)に発売された初代機と,平成26年(2014年)から展開されたNewの2系列が存在している。そして僕のお目当てはNewニンテンドー3DS専用ソフトの「ゼノブレイド」。平成22年(2010年)にWii用として発売されたものをNewニンテンドー3DS用として移植したものだ。広大な世界をさ迷い,絶景と探索を楽しむRPGだったから,ノンビリと遊べる携帯機とは相性が良いと考えていた。散々迷った末に僕はNewで再プレイすることを決め,ついに本体とソフトを購入してきたのだった。


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 なぜ迷ったのか,理由は簡単。そのときに使っていた3DSはどこも壊れていないからだ。蓋の部分に貼った保護シートが剥がれかけているくらいで,スライドパッドと10個のボタン,そして十字キーと2つの画面はいずれも好調。真っ赤なポーチに真っ赤な3DSをしまい(これは先代機ニンテンドーDSの外装が痛んでしまったことからの反省),これをカバンに忍ばせるのは,オシャレな小物を持っているかのようで,ちょっと心が浮き立つものがあった。壊れての買い換えなら納得がいくのだが,壊れてもいないものを乗り換えることに少し抵抗を感じた。それならば「ゼノブレイド」を諦め,LLも買わなければいいのだが,それはそれでやはり諦めきれなかったのだ。

 その時僕は3DSとLLを前に“悩んでいる”とも言えたのだが,要するに“結論を先延ばしにしている”だけで,つまりは悪癖の発露だった。LLを「ゼノブレイド」だけに使い,ほかのゲームは3DSで続行する……ということも考えたが,これでは単に奇怪なルールが増えるだけだ。

 だが,結局僕は作業をスタートした。3DSとLLをネットにつなぎ,本体設定から「ソフトとデータの引っ越し」,そして「通信でデータを引っ越し」と選ぶと,作業がスタートし,ピクミンたちがアイコンやデータの欠片的なものを運び始めた。微笑ましく思いながら彼らを眺めていた僕だったが,ニンテンドーeショップの利用履歴の引っ越しが始まり「この本体(3DS)からは利用記録が削除される」という主旨の説明が出ると,少し心が痛んだ。「3D スペースハリアー」「3D アフターバーナー」などの「セガ3D復刻アーカイブス」,「引ク押ス」「いきものづくり クリエイトーイ」「だるめしスポーツ店」といった任天堂の尖った作品など,色々なゲームをドキドキしながら買った思い出は,3DSから“削除”されたのだ。

 びっくりするほどあっけなく引っ越しは終わり,すべてのデータはLLに移った。LLのホーム画面を改めて見てみると,先ほど列挙したダウンロードソフト群がずらりと並んでおり,問題なく遊べる。ただ,引っ越しの作業をすることで,思い出たちというか,3DSを自分のものとしているエッセンスというか,そういう無形の何かがLLの方へ移ったような気がした。

 その時,僕は映画「アバター」のラストシーンを思い出した。主人公は,人工的に作られた異星人の肉体(アバター)を遠隔操作して調査の任に当たるが,やがて異星人の社会に溶けこみ,異星人となる決断をする。主人公が儀式を受けると,アバターに意識が移り,そちらが彼の本当の肉体となったのだ。なぜか僕は“用済み”となった元の肉体が気に掛かり,ハッピーエンドの喜びばかりではなかったことを覚えている。しかしながら,引っ越し作業のおかげで気持ちの整理はついた。ありがとうと心の中でお礼を言い,3DSの電源を落としたのだ。

 携帯機でゴロゴロと寝転びながら遊ぶ「ゼノブレイド」は控えめにいっても最高だった。うつらうつらと寝落ち寸前の状態になりつつ大海をひたすら泳いで秘境を探すのも,ちょっとした空き時間で「ジェムクラフト」(主人公たちをパワーアップさせる宝石を作るミニゲーム)に勤しむのも楽しかった。Wiiで遊んだときとは異なった感覚と感動がそこにあり,ゲーム機という器の大切さを痛感したのだ。

 使わなくなった3DSはいまだに僕の手元にある。誰かに譲ることも考えたが,結局踏み切ることはできなかった。この記事の掲載に合わせて電源を入れると3DSは元気に起動し,ホーム画面はまっさらな初期状態だったのだが,汚れで黄ばんだスライドバッドのカバーや,剥がれた保護シートの端を本体に貼り付けたセロテープなどはそのままだ。これは紛れもなく,ずっと一緒にいてくれた僕の3DSだ。今では空っぽのゲーム機だが,やっぱり捨てることはできないと改めて思った。


3月1日 ジャスコとサティがイオンに名称を変更(一部店舗を除く)
3月11日 東日本大震災が発生
4月15日 RIRのうちAPNICの管理するIPv4アドレスが枯渇
4月21日 PlayStation Networkにて世界規模の接続障害が発生
4月27日 PlayStation Network,システムの不正侵入によって約7700万件の個人情報流出が発覚(PSN個人情報流出事件)
4月28日 PS3/Xbox 360用ソフト「エルシャダイ」が発売

5月21日 マイクロソフトが次期ホームサーバー用OS「Microsoft Windows Home Server 2011」をリリース

6月8日 任天堂が家庭用ゲーム機「Wii U」を発表
6月16日 PSP用ソフト「ダンボール戦機」が発売
6月23日 PSP用ソフト「STEINS;GATE」が発売
6月30日 iPhone用アプリ「おさわり探偵 なめこ栽培キット」配信
7月20日 アップルが「Mac OS X Lion」を一般ユーザー向けにリリース
7月24日 地上デジタルテレビ放送へ全面移行(東日本大震災で大きな被害を受けた岩手,福島,宮城は2012年3月31日に延期)

9月1日 フィーチャーフォン版「神撃のバハムート」サービス開始。スマートフォン版は11月11日
9月12日 アーケードゲーム「鉄拳タッグトーナメント2」が稼働
9月22日 Xbox 360用ソフト「ギアーズ・オブ・ウォー3」発売
9月22日 PC用オンラインゲーム「剣と魔法のログレス」サービス開始
9月22日 ニンテンドー3DS用ソフト「閃乱カグラ -少女達の真影-」発売
9月22日 PC/PS3用ソフト「DARK SOULS」発売
9月29日 PSP用ソフト「英雄伝説 碧の軌跡」発売

10月26日  PlayStation Certified スマートフォン「Xperia PLAY SO-01D」が発売
11月3日 iOS/Android用アプリ「ケリ姫クエスト -KICKING MY HERO-」配信
11月17日 PC/PS3/Xbox 360用ソフト「コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア3」発売(アメリカでは11月8日)
11月23日 Wii用ソフト「ゼルダの伝説 スカイウォードソード」発売
11月28日 フィーチャーフォン用ソフト「アイドルマスター シンデレラガールズ」配信

12月1日 PC/PS3/Xbox 360用ソフト「アサシン クリード リベレーション」発売(アメリカでは11月15日)
12月1日 PS3/Xbox 360/3DS用ソフト「ソニック ジェネレーションズ」発売
12月10日 3DS用「モンスターハンター 3G」発売
12月17日 ソニー・コンピュータエンタテインメント,携帯ゲーム機「PlayStation Vita」を発売

ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)が2011年12月17日に発売した携帯ゲーム機で,正式名称は「PlayStation Vita」左右にアナログスティックを備えるほか,前面に5インチタッチスクリーン,背面にタッチパッドを搭載するという,充実の入力系が特徴となっている。モーションセンサーやジャイロセンサーも内蔵するなど,直感的な操作が可能なのもポイントだ
画像(223)平成ゲーム史まとめ。30年間を年表とコラムで振り返る


■「PlayStation Vita」:Vitaが私にくれたもの (ライター:男色ディーノ)

 Vitaが私にくれたもの,PS4のリモートプレイ。Vitaが私にくれたもの,高解像度のグラフィックス。Vitaが私にくれたもの,タッチパッドで遊ぶバカゲイ。Vitaが私にくれたもの,携帯ゲイムでインターネット。Vitaが私にくれたもの,動画が見られる内蔵アプリ。Vitaが私にくれたもの,送るアテのないフリメ機能。大好きだったけど,生産が終わるなんて。

 そうなのよ。平成23年(2011年)に発売されたPlayStation Vita(以下,Vita)は,もう生産されることはもうないの。めちゃくちゃハイスペックな携帯ゲイム機だったのに。平成はゲイムハードが変遷していった時代だったわ。その平成の終わりとともに,歴史を閉じるハード。Vitaは平成の最後を飾るにふさわしい,高機能な携帯ゲイム機だったって多くの人が思っているでしょう。

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 ただ,ハイスペックであればすべてがうまくいくわけでもないのは人間でも同じ。何をもって成功,失敗というかはプロジェクトの目的にもよるわ。ソニー・インタラクティブエンタテインメントがVitaの後継機の発表をしなかったということは,携帯ゲイム機としてVitaには満足していなかったのよね,きっと。確かに,Vitaは高性能ではあったけど,それを最大限に活かすソフトが少なかった印象があるわ。いわゆる,エースの不在ね。

 携帯ゲイム機として高性能であるがゆえに,PS4とVitaで同時発売というソフトが多かった印象があるわ。結果,Vitaでしか遊べないソフトというものが残らなかった。ハードとしてとても先進的なのに,結果的に携帯ゲイム機としてというよりは,周辺機器としての使い方が勝ってしまったイメージがあるの。見た目もよくて頭もよくて性格もいいのに,優柔不断だから別れなければならない。Vitaくんはそういう印象ね。

 PS4のリモートプレイはとても便利なのよ。でも,それってあくまでPS4の補佐的役割なわけ。ソフトの売り上げ的に甘い汁をすするのはPS4。そして一時期はVitaのアプリで動画を見ることができたり,フリーメールを使えたりする機能が重宝していたんだけど,「それならスマホで十分じゃね?」ってことになってしまった。

 何でもできるけど,彼じゃなきゃダメというクセみたいなものはない。いや,探せばあるのよ。Vitaのソフトラインナップには一時期からギャルゲイが多くなったんだけど,その中でもタッチ機能を使ったバカバカしいゲイムはいっぱいあったわ。中でも平成25年(2013年)に,コンパイルハートから発売された「限界凸騎 モンスターモンピース」は,ギャルゲイにまるで興味がない私がバカ負けするくらい面白かった。

 このゲイムはカードゲイムなんだけど,具体的に言うとカードをこすることでカードのモンスター娘を興奮させて,そのカードを強化するという,文字で説明しづらいシステムを採用していたの。その名も「胸キュンスクラッチ」。これは,Vita本体の画面部分と背面の両方にタッチ機能がついていることによって生まれたバカ……もとい画期的なシステムなのね。要は,Vitaを固定して手を素早く動かしてスクラッチするという滑稽な絵面を演出していたわけ。こするというよりは,もはやしごき上げると言った方がいいかしら。そしてやみくもに激しくしごくよりも,優しくこすったほうが実は有利だという謎のディテールの徹底ぶり。

 こういうチャレンジングなソフトがあるにはあったのよ。ただ,こういう要素ってあまりおおっぴらに周知させられないじゃない。時代的に。ひょっとしたら,平成中期までであれば大ブレイクした可能性もあるかもしれない。ない気も大いにするけど。ただ何が憎いって,こういうゲイムはバカ部分もさることながら,ゲイム部分もちゃんと作り込まれて面白かったってところなのよね。でも,そこが伝わり切らなかった印象。少なくともこの「限界凸騎モンスターモンピース」は,コンプライアンスという名の圧力に蓋をされた名作と言っていいでしょうね。

 私にとってはVitaの中でのベストゲイムよ。そして,Vitaの特徴である表裏両面タッチバッドを一番うまく使っていたのも同作だったと,私は思っているわ。逆に言うと,このタイトル以上にこの機能を使いこなすソフトがなかったことが,Vitaの不幸だったのかもしれないわ。ほかのハードにはなかった機能だったのに,それを活かしきったソフトはほとんどなかった。Vitaがビジネス的に思わしい結果を生めなかった象徴なのかもしれないわね。

 私はVitaが大好きだったわ。PS4とVita同時発売のタイトルは,なるべくVita版をプレイしていた。でも,時代はそうではなかった。結果,平成の終わりとともにVitaも表舞台から姿を消す。ただ私の人生において,ゲイムプレイ中にゲイム機本体を嬉々としてこすり上げた記憶は決してなくならない。こうやって時代は進むけど,Vitaは私の中で生きている。さようならVita。

12月21日 3DS用ソフト「いつの間に交換日記」配信開始


平成24年(2012年)

1月26日 PS3/Xbox 360用ソフト「アーマード・コアV」発売
1月26日 3DS用ソフト「BIOHAZARD REVELATIONS」発売

2月9日 PlayStation Vita用ソフト「GRAVITY DAZE/重力的眩暈:上層への帰還において、彼女の内宇宙に生じた摂動」発売
2月16日 3DS用ソフト「シアトリズム ファイナルファンタジー」発売

2月20日 スマホ用アプリ「パズル&ドラゴンズ」iOS版のサービスがスタート

■「パズル&ドラゴンズ」:スマホタイトルのあり方を変えたヒット作 (ライター:徳岡正肇)

 2012年2月にiOS版がリリースされた「パズル&ドラゴンズ」(以下,パズドラ)は,日本におけるスマホタイトルのあり方を変えたマイルストーンであると同時に,今なお多くのプレイヤーに愛される作品だ。さすがにゲームの内容については解説不要かと思うので,その部分は省略して話を進めたいと思う。

 2008年にiPhone 3Gが日本でも発売されてから,「スマートフォンでゲームを遊ぶ」という文化は徐々に浸透していったが,それでも「携帯電話で遊ぶゲーム」といえばフィーチャーフォンでブラウザゲーム(当時の通称は,ソーシャルゲーム)を楽しむのが一般的だった(この頃の代表作としては「釣り★スタ」(2007,GREE),「怪盗ロワイヤル」(2009,Mobage),「ドラゴンコレクション」(2010,KONAMI)などがある)。

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 スマートフォンで楽しめるゲームとしては「Angry Birds」のようなカジュアルゲームや,「Infinity Blade」といった高品質な作品,あるいは「Final Fantasy」のようなコンシューマ機からの移植作といった作品が話題となったものの,これらの作品はフィーチャーフォン上で爆発的なブームを巻き起こしていたブラウザゲームほどには,日本においては幅広いプレイヤーを獲得できずにいた。

 しかし2011年からは日本でもスマートフォンが急激に普及し始める。普及率で見ると2011年には29.3%,2012年には49.5%に到達した。また出荷台数の面でも,2011年第4四半期にはフィーチャーフォンをスマートフォンが追い抜く。
これに前後してMobageとGREEが積極的なスマートフォンのネイティブアプリ移行を開始するが,これといったヒット作は出なかった。2011年11月には「アイドルマスター シンデレラガールズ」のサービスが開始されたことに伴い,むしろブラウザベースのゲームがさらに大きなプレイ人口を獲得するに至った。

 そんななか2012年に入ってリリースされたパズドラは,ネイティブアプリのゲームとして空前の大ヒットとなる。適切な指標とは言い難いが,パズドラのサービスが始まってから1年でガンホー・オンライン・エンターテイメントの株価は16倍に成長,2013年2月22日段階で時価総額3133億円の巨大企業となった。

 パズドラがヒットした背景にはいくつもの理由があると思われるが,以下代表的とされているものを列挙してみよう。


・スマートフォンに特化した操作性とゲームデザイン
 プロデューサーの山本大介氏はパズドラを作るにあたって「これを越えるゲームを作ろう」と思った作品として,「Dungeon Raid」を挙げている。この作品を遊ぶなかで山本氏は「これまで流行ったゲームをスマートフォン向けのUIにしてプレイさせるのではなく,スマートフォン特有の操作がマッチするUIを作り,それとマッチするジャンルで,従来にないゲームを体験させる」ことが重要であると気づいたそうだ。事実,パズドラは「タッチパネルありき」で作られており,制作過程においても「ドロップを動かす手触り」はこだわり抜いたという。


・既存のゲーム文法の利用
 パズドラのゲームメカニクスは基本的に「3マッチパズル」であり,これは現代でも広く遊ばれている形式だ。またゲーム全体の構造はフィーチャーフォンでヒットしていたカードバトルゲームの持つデッキ構築要素や,RPGが持つ戦闘要素といった,親しみ深いものを活用している。ちなみに「ドラゴン」をタイトルに取りあげたのも,森下一喜CEOが「RPGと言えばドラゴンだろう」と語ったのが理由だとか。 一方でテストにおいては非ゲーマー層にも積極的にゲームに触れてもらうことで,「普段ゲームをしない人」がどのようにパズドラに接するかの確認も行われている。


・統計に過度な依存をしない
 2011年当時は大規模な統計を用いてユーザー動態を把握し,ゲーム開発や運営に活かすのが最新の考え方であり,常識でもあった。一方でこれにより,極めて近似したシステムでIPだけ異なるゲームばかりが世に出る傾向が強く観測されただけでなく,プレイヤーの射幸心を煽る方向への運営も目立っていた。ここにおいてパズドラは「制作者が面白いと確信するゲームを作る」ことがモットーとされており,統計や収益計画への過度な依存はしなかったという。こういったスタンスは「今までとは違うゲーム」を求めるゲーマーに対しヒットした。

 パズドラのヒット以降,スマートフォンでサービスされるオンラインゲームは急激にネイティブアプリ化が進み,またアクション性やビジュアル表現のリッチ化も進んだ。これに伴いモバイルゲーム開発の主力は,これまでコンシューマ機向けのゲームを開発してきた「ゲームを作るノウハウのある」大手デベロッパ(ないし元大手開発社員によるチーム)へと移行していく。

 筆者はスマートフォン黎明期に,フィーチャーフォンでブラウザゲームを開発している企業の人と話をしたことがある。そこで耳にした「今後スマートフォンが普及し,携帯電話で遊ぶゲームが高度化して行くとしたら,コンシューマゲームを作っている大手開発会社には絶対に勝てなくなる」という予言めいた言葉は,パズドラを発端として,現実のものとなっていったのである。

2月21日 PS3/Xbox 360用ソフト「アスラズ ラース」が発売
3月1日 コナミデジタルエンタテインメントがハドソンを吸収合併(関連記事)
3月15日 PS3用ソフト「風ノ旅ビト」が発売
3月29日 3DS用ソフト「キングダム ハーツ 3D [ドリーム ドロップ ディスタンス]」が発売

4月19日 3DS用ソフト「ファイアーエムブレム 覚醒」が発売
4月27日 PC用オンラインゲーム「機動戦士ガンダムオンライン」サービス開始
5月22日 東京スカイツリーが開業(東京都墨田区)
5月24日 PS3/Xbox 360用ソフト「Dragon's Dogma」 発売
5月31日 3DS用ソフト「ドラゴンクエストモンスターズ テリーのワンダーランド3D」発売

6月23日 ニンテンドーDS用ソフト「ポケットモンスターブラック2・ホワイト2」発売
7月4日 PC用オンラインゲーム「ファンタシースターオンライン2」サービス開始
7月14日 「劇場版ポケットモンスター ベストウイッシュ キュレムVS聖剣士 ケルディオ」上映
7月27日 ロンドンオリンピックが開幕。日本は38個のメダルを獲得し,国別順位は11位

8月2日 iOS用アプリ「クラッシュ・オブ・クラン」 配信開始(Android版は2013年10月7日)
8月2日 Wii用オンラインゲーム「ドラゴンクエストX 目覚めし五つの種族 オンライン」サービス開始(Wii U版は2013年3月30日,PC版は2013年9月26日,3DS版は2014年9月4日,PS4版は2017年8月17日)

ドラゴンクエストXは,今日(こんにち)までの7年間で3つの拡張パックがリリースされている。最初に発売されたWii版は2017年11月15日にサービスが終了し,現在はPC/PS4/Switch/Wii Uの4機種で展開されている
画像(075)平成ゲーム史まとめ。30年間を年表とコラムで振り返る


■「ドラゴンクエスト X」:“ドラクエ”が目指したオンラインRPGのあるべき姿 (ライター:本地健太郎)

 筆者はドラゴンクエスト(以下,DQ)シリーズの大ファンだが,10作目がオンラインRPG化すると聞いたときは,正直,不安のほうが大きかった。

 友人とDQの話をすることはあっても,それはパーソナルなRPG体験の回想であり,DQはその形が正しかったように思えたし,「ファイナルファンタジーXI」(以下,FF11)を経験していたので,オンラインRPGの良い面と悪い面を知り尽くしているという自負があったというのもある。「DQはオンラインには向かないのではないか……?」と思ったのだ。

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 最も不安だったのは,「他人とパーティを組まないと何もできないのではないか?」ということだった。初期のFF11は,ソロプレイでは弱めの敵を1匹倒すのにも命がけで,パーティを組まないことにはレベル上げもままならなかった。それに,パーティを組もうにも,ログインする人が多いであろう夜の時間帯にまとまった時間を取れなければ難しい。

 しかし,「ドラゴンクエストX 」(以下,DQ10)は“サポート仲間”の導入でこれらを解決した。プレイヤーがログアウトする際に「酒場に登録」し,パーティメンバーを必要とする人は,それらの中からパーティメンバーとして雇うことができる。雇ったメンバーは戦闘中,自動で動き,適切な働きをしてくれる。時には,人間が動かすよりも正確な働きをしてくれることも。
 また,雇われた側は,次にログインした際に経験値とお金を得ることができる。まさにWin-Winの,非の打ちどころがないシステムだ。

 街やフィールドではプレイヤーの数だけキャラクターが表示され,時には会話も聞こえてくる。そこにはオンラインRPG特有の活気があるし,同じ目的の人に声をかけてパーティを組んで冒険するのもいい。
 それはそれとして,外部の邪魔を入れず,酒場で雇ったサポート仲間たちと共に,「自分1人だけのRPG体験」として楽しむこともできる。個人個人のプレイスタイルに合わせた料理の仕方には,「お見事!」という感じだった。

家庭用ハード発の,ふたつめの大型MMORPG
その経験を生かした,斬新な施策の数々


 DQとファイナルファンタジー(以下,FF)は日本を代表するRPGシリーズだ。元々はスクウェアとエニックスという別々の会社の看板タイトルだったが,今では,スクウェア・エニックスという1つの会社が両方のシリーズを制作している。
 FFは11作目にしてオンラインの世界へと踏み出したわけだが,DQは,その10年後にオンライン版が登場した。その10年の間にFF11で得たであろうノウハウは,確実にDQ10に生かされている。

 たとえば,月額課金式のデメリットとして,「1か月の中で遊べる時間が少ない人は,なんだか損をしている気がする」というものがある。そこで,DQ10では「ログインしていない時間」をカウントし,20時間で「元気玉」1つと交換できるというシステムを導入した。元気玉は,使うと30分の間は取得経験値が2倍になるというアイテムで,時間が取れない人には心強い存在だ。

 その後,220時間で「メタル迷宮招待券」とも交換可能になり,「ログインできない時間の有効利用」は加速。メタル迷宮は,その名の通り,「メタルスライム」,「はぐれメタル」,「メタルキング」しか出てこない迷宮で,こちらは必ず会心の一撃になるため,確実に破格の経験値を得られる。さらに,元気玉との併用も可能なので,ログインしない期間をたっぷりと取ったあとに,元気玉+メタル迷宮で一気にレベルアップが可能なのである。

 それだけではない。DQ10には課金していなくてもログインできるという太っ腹な時間,「キッズタイム」が設けられた。平日は16:00から18:00まで,土日は13:00から15:00まで,課金していなくてもログインが可能になるのである。

 「キッズタイム」は,その名の通り,本来は子供向けの施策ではあるものの,課金が切れてしばらく経ってしまった人が戻りやすくするための呼び水の効果も果たしている。
 平日は無理でも,土日の午後2時間程度なら……という人はいるだろう。「この前,アップデートで追加された要素をちょっとだけ見てみたい」とか,「たしか,金庫がアイテムでパンパンだったから,荷物の整理だけでもしたいなぁ」という人が休日にフラッとログインできるというのは強い。

 実際にやってみると分かるが,2時間などアッという間である。2時間経過後に問答無用でログアウトさせられるため,いい感じに「やりたい欲」がフツフツとわいてきた人が「……お金を払うか」となるわけである。

 過去のオンラインRPGの負の側面として,「まとまった時間を確保できない人には向いていない」というのが,あったと思う。時間を確保できる人はどんどん先へ進み,確保できない人との差が徐々に開いていく。ゲーム内でせっかく知り合えた仲間とも歩幅が合わなくなっていき,そのうち,確保できない人が脱落していく。

 そうした流れを断ち切るべく,DQ10には,時間を確保できる人と確保できない人の“プレイヤー格差”をできるだけなくそうという試みが随所に見られる。先に上げた要素はどれもそうだが,それ以外にも,オンラインRPGで時間を要するといえば「お金稼ぎ」だろうか。

 お金稼ぎに関しては,1日に1回限りの要素が多いのだが,特に短時間でできるものとして,「職人の納品」がある。鍛冶ギルドや裁縫ギルドといった職人のギルドに所属し,そこから毎日オファーされるアイテムを作って納めるだけで,結構な稼ぎになる。筆者も,長いことお世話になっていた。

 さらに「サポートゴールド」という制度もある。1週間に1回,ゴールドがタダでもらえるのである。さすがにこのサポートゴールドだけで何もかも賄うのは不可能だが,何をどうやれば稼げるのか,右も左も分からない状態の人は助かるはずだ。

 良い点も悪い点も,FF11で学んだことをうまく消化して,DQ10は生まれたのだと思う。依然としてオンラインに抵抗がある人もいるとは思うが,他者と一切関わらずにクリアまで進めることも可能だ。極端な話,ひとりで始めて,ひとりでレベルを上げて,ひとりでストーリーを進めても,何の問題もなく遊べるだろう。

 「オンラインRPGは,まとまった時間がないとプレイできない」,「オンラインRPGは,他人と関わらないとプレイできない」──それはもう,過去のものだ。DQ10は,FF11という偉大な先輩の経験を咀嚼して自身の栄養としている,見事なMMORPGなのではないだろうか。

9月14日 「バイオハザードV リトリビューション」上映開始
10月8日 ノーベル生理学・医学賞を山中伸弥 iPS細胞研究所長が受賞。受賞理由は,成熟した細胞を多能性を持つ細胞へと初期化できることを発見したため
10月9日 PC用ソフト「XCOM: Enemy Unknown」発売
10月9日 PC/PS3/Xbox 360用ソフト「Dishonored」発売

10月23日 Xbox 360用ソフト「Forza Horizon」が 発売
10月26日 Windows 8の国内販売がスタート(関連記事)

Windows 8発売当日は,PCメーカー13社が新OSの門出を祝福した
画像(077)平成ゲーム史まとめ。30年間を年表とコラムで振り返る

11月6日 Xbox 360用ソフト「Halo 4」が発売
11月8日 3DS用ソフト「とびだせ どうぶつの森」が発売
11月17日 映画「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」が公開
12月8日 任天堂,家庭用ゲーム機「Wii U」を発売

任天堂がWiiの次に発売した家庭用ゲーム機。テレビ/ディスプレイだけでなく,画面付きのコントローラとなるWii U GamePadを使用しての2画面,あるいはWii U GamePadだけでゲームをプレイできるというのが最大の特徴であった。2017年に国内生産が終了し,日本での販売台数は300万台
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■「Wii U」:風邪に苦しみつつ惑星ミラの荒野を駆け,犬との別れがたい思い出を作る (ライター:箭本進一)


 ゲーマーの立場からすると,面白いゲームを遊べる機械こそが“良いゲーム機”だ。そうした意味において,Wii Uは「ゼノブレイドクロス」と「スプラトゥーン」「ベヨネッタ2」「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド」(以下,ゼルダ)のおかげで,紛れもなく“良いゲーム機”であった。

 Wii Uの特徴として挙げられるのは,平べったい「Wii U GamePad」(以下,パッド)の存在だろう。コントローラでありながらディスプレイが搭載されており,タブレット的な使い方ができる。さらに,交通系電子マネーの読み取り/支払いができ,テレビと連携させることでリモコン替わりにも使え,カメラを使ったビデオチャットをしつつ絵を描くこともでき,果てはお寿司やピザなどの出前まで頼める……と,戸惑うほど多彩な機能と可能性が盛り込まれていた。発売前のテックデモも,パッドをWiiリモコンのように動かす「SHIELD POSE」や,複数人がパッドとWiiリモコンで遊ぶ「Chase Mii」「Battle Mii」など,Wiiでもありそうなもので,Wii Uならではの特徴がなかなか見えなかったことを覚えている。

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 僕がWii Uを手に入れたのは,とある事情で都心と自宅を2往復しなければならなかった日のことだ。2回目に訪れた都心ではさすがに疲れていて,何か景気づけをしたいと考えての衝動買いだった。セットアップを終えて最初にやったのはWiiの後方互換を確認することで,なぜか「斬撃のレギンレイヴ」の魅力を再確認した。

 いろいろと試していくうち「マリオカート8」がパッドのみで遊べることに気付き,これはWii Uならではの面白い体験と感じられた。本体の距離が遠かったり,間に障害物が入ると上手くいかないこともあったが,パッドだけで据え置き品質のゲームが遊べるのだから面白い。僕の部屋は結構散らかった状態なのだが,Wii Uをパッドで遊ぶためなら,障害物になりそうな本の山を片付けることも苦ではなかった。

 ある日僕は風邪を引き,発熱とひどい頭痛に悩まされていた。さすがに仕事も一休みすることにし,ぽっかりと時間が空いた。とにかく休むべきではあったが,頭痛のあまり寝ることもできない。そんな僕を誘惑したのがWii Uのパッドだった。今なら「ゼノブレイドクロス」を思う存分遊べるじゃないかと。

 かくして僕はベッドの中にパッドを持ち込み「ゼノブレイドクロス」の続きを始めた。(そういえば「ゼノブレイド」も寝転びながら遊んでいたな)などと考えつつ,シナリオを進めるでもなく惑星ミラの荒野を駆け巡る。時折襲ってくる頭痛に耐え,寝落ちしては再び目を覚ます。バッテリが切れたときはスタンドに戻して悶々と充電完了を待ち,我慢できずにプレイを再開しては,中途半端な充電のためにすぐに中断を余儀なくされる。そんなことを繰り返しているうちに,気づくと日はとっぷり暮れていた。

 「ゼルダ」については,Nintendo Switchをなかなか入手できなかったこともあり,Wii Uでプレイすることにした。最初のトレイラーに映し出される風景から大きな衝撃を受け,(こんな世界で冒険できるなら,ネタバレなしでやらんとあかん!)と途中で視聴をやめたことを覚えている。

 ハイラルの大地にはさまざまな冒険,そして犬たちが待っていた。本作の犬はとてもいい感じだ。お座りしてヘッヘヘッヘと口で息をする姿や,与えられた食べ物を喜びつつ食べる様のリアルさ。自分の尻尾を追ってクルクル周り,地面に寝転んで腹を見せ「構ってくれ!」とゴロゴロする愛らしさ。僕の中には犬がどれくらい犬らしいかを計る「犬力」という尺度が存在するのだが,ハイラル犬の犬力は相当高い。ゲーム名犬集を作るなら,確実に上位にランクインするだろう。かくして僕のシーカーストーンには犬の写真が溜まっていった。僕はNintendo Switchでも「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド」を遊び始めたいのだが,Wii Uで予備知識ゼロの状態から紡いだ思い出や,犬の写真と別れたくはない。セーブデータの引っ越し機能の実装を,ぜひとも検討してほしいものだ。

 そして,僕に“新しいもの”を突きつけてくれたのが「スプラトゥーン」だった。「ゼルダ」とは異なり,Treehouseから配信されるプレイを食い入るように見て,予備知識をたっぷり蓄えてのスタートだった。個人的に楽しかったのは月に1度の「フェス」だ。お題がユルいうえ,個人の勝敗が大勢に大きな影響を与えないため,僕のようなうまくないプレイヤーも参加しやすかったのだ。

 発売から1年ほど経った2016年7月には,アオリVS.ホタルのラストフェスがスタートした。ハイカラシティを飾るユーザー投稿のイラストも,応援あり,連続マンガあり,ネタが古めのパロディありといつもにも増してカオス。しかも,試合のBGMには1人用の最終ボス戦でかかる「シオカラ節」がかかることもあり,「スプラトゥーン」自体が終わってしまうかのように感じられた。盛り上がりと終末感が同居する様は,非常に印象深いものに感じられたのだ。

 Wii Uは順風満帆とはいえないゲーム機だった。2014年には当期の想定販売台数が950万台から280万台に引き下げられ,2015年には開発コード「NX」(後のNintendo Switch)の存在が明かされ,そして2016年には早くも生産停止がアナウンスされるなど,不遇な存在であることは確かだろう。しかし,「パッドで据え置きクオリティのゲームが楽しめる」という構想自体はNintendo Switchへと引き継がれているし,Wii Uで生まれた「スプラトゥーン」が定番ソフトになっている。そして何より「ゼノブレイドクロス」「スプラトゥーン」「ベヨネッタ2」「ゼルダ」があった。後世のゲーム史的には良い書かれ方をしないかも知れないが,僕にとっては紛れもなく“良いゲーム機”だったことは間違いない。

12月27日 3DS用ソフト「ファンタジーライフ」が 発売
 
 
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