トークンを発行しては短期の値上がりを狙って撤退する――そんな投機のフェイズはもう終わり,ブロックチェーンはAIエージェントによる自動取引や,株式・債券といった伝統的資産のトークン化を支える「地味だが実用的なインフラ」へと変わりつつある。その最前線に立つ3人の言葉を追いながら,業界の現在地と数年後の風景を整理してみたい。
![]() |
モデレーターを務めたのはHank Wei氏。パネリストは,香港へのフィンテック誘致とエコシステム構築に携わるPauline Fan氏,暗号資産取引所を母体にCoinDeskやConsensusカンファレンスを擁するBullishのMichael Lau氏,そしてAIエージェント向けのセキュリティを手がけるTerminal Three共同創業者兼CEOのGary Liu氏の3人だ。奇しくも3人とも香港を拠点に事業を展開しており,そのことが後半の議論への伏線にもなっていた。
![]() |
口火を切ったMichael Lau氏は,1か月半ほど前にマイアミで開催した自社カンファレンスConsensusの手応えから語りはじめた。約1万5000人が集い,主要なレイヤー1(基盤となるブロックチェーン)の創業者がほぼ勢揃いしたこの場で,参加者の関心は明確に2つのテーマへ収斂していたという。すなわち,AIが駆動する新しい経済を支える「エージェント・コマース」と,現実資産のトークン化である。
背景にあるのは,市場規模をめぐる冷静な現実認識だ。暗号資産全体の時価総額は,変動こそ激しいものの足元でおよそ2兆5000億〜3兆ドル。ここへアルトコインをいくら積み増しても,過去数年が示すとおり大きな成長は望めない。この数年で最も市場を押し上げたのは,ほかならぬステーブルコインの登場だった。ならば次は何か。約120兆ドルの株式,約140兆ドルの債券という巨大資産がオンチェーン化されることこそが,次の成長の源泉になる――そう考える参加者が多かったというわけだ。
![]() |
では,AIエージェント同士が取引する「エージェント・コマース」とは,具体的にどれほどの規模なのだろうか。数字から入ろうと切り出したGary Liu氏が示した予測は,率直に言って桁が違った。エージェント間(Agent-to-Agent)の取引額は,2030年までに年間5兆ドル規模へ達するというのだ。
問題は金額だけではない。取引の「速度」と「件数」が,インフラの前提を根底から覆す。決済大手Stripeは,2030年にはエージェント間取引のために毎秒100万件(100万TPS。TPSは1秒あたりの処理件数)を捌ける決済基盤が必要になると予測している。
![]() |
いっぽう現状はどうか。MastercardとVisaを合わせた処理能力は最大でもおよそ6000TPS,世界最高水準の決済基盤でも1万TPS程度にすぎない。ここから4年で100万TPSへ――Gary氏はこれをほぼ不可能だと断じた。
だとすれば,何十億ものエージェントが自律的に取引しあう2030年には,まったく新しい決済レールがいる。それは必然的にブロックチェーンベースとなり,規制されたステーブルコインやトークン化された現実資産(RWA:Real World Assets)が,エージェント同士の“通貨”になる。
仮に年間5兆ドルの自律取引が実現すれば,それだけで暗号資産の時価総額に約1兆ドル,率にして40%が上乗せされる計算だ。しかもこれは,数あるユースケースのうちのたった一つにすぎない。
もっとも5兆ドルの取引は,旅行を予約してくれるようなパーソナルエージェントから生まれるわけではない。Gary氏が強調したのは桁外れに大量なやりとりのほうだ。企業間(B2B)決済,調達(プロキュアメント),そして資金管理(トレジャリーマネジメント)である。
たとえばオフィスのトイレットペーパーや,衣料メーカーが仕入れる糸や生地の調達。これらは毎日発生し,今は大勢の人間が同じボタンを押しては日々数十万ドルを動かしている。世界の調達市場は年間26兆ドル規模にのぼり,その相当部分が数年内にAIエージェントへ置き換わるという。より有利な為替レートや利回りを求めて世界中の資金を動かし,各国の従業員へ支払う資金管理も同じだ。ここでも兆ドル単位の資金が自動的に流れることになる。
ところが,ここに厄介な壁が立ちはだかる。AIエージェントは,人間とはまったく異なる振る舞い方をするのだ。
人間の行動は「決定論的」だとGary氏は言う。誰かがAmazonで同じ靴を買おうとすれば,最安値を探し,カートに入れ,カード情報を打ち込んで購入する,とほぼ同じ道筋をたどる。インターネットの30年間で磨かれてきた不正検知の仕組みは,こうした一定の行動パターンを学習し,そこから少しでも外れた挙動を不正として捕まえてきたわけだ。
対してAIエージェントの行動は「確率論的」である。ChatGPTやClaudeに同じ言葉でまったく同じ質問を2回投げても,返ってくる答えも取る行動も毎回違う。つまり既存の不正検知は,エージェントの“悪事”を捕まえる術を持たない。インターネットのために築いてきたセキュリティの布地を,いちから編み直さねばならないのだという。
ではどうするか。政府や研究者,規制当局,大企業と1年半にわたり取り組んできたGary氏は,企業でエージェントを安全に運用するために欠かせない要素を5つ挙げた。
第1に,あらゆるエージェントへ固有かつ検証可能なアイデンティティを割り当てること。これは,成りすましが巧みだからだ。
第2に,プログラム可能で明確な権限管理。人間の資格情報は年に一度の棚卸しで足りるが,1秒間に数千件の取引をこなすエージェントには通用しない。
第3に,データプライバシー。旅行予約のためにパスポート番号やカード情報を渡した瞬間,それはエージェントのコンテキストウインドウ(AIが一度に扱える文脈情報の範囲)と記憶に入り込み,二度と取り戻せなくなる。
第4に,監査証跡。エージェントのログは幻覚(ハルシネーション)を起こして嘘をつくことすら知られており,これでは規制業界での運用を当局が許すはずもない。
そして第5に,これらの対策が複数のエコシステムをまたいで機能すること。OpenAIのセキュリティはChatGPTの中でしか,ClaudeのそれはClaudeの中でしか効かないが,将来のエージェントはシステムの垣根を越えて相互作用するのだから。
こうしたセキュリティが,なぜ分散型でなければならないのか。モデレーターの問いに,Gary氏は明快に答えた。膨大な量と速度で取引するエージェントには,即時かつアトミック(不可分)な決済が要る。世界でそれを実現できる決済インフラはブロックチェーンだけだ。
加えて,セキュリティを中央集権的に持たせれば,それ自体が突破されかねない。氏は具体例として,Anthropicの「Mythos」クラスの高性能モデル「Fable 5」を挙げ,その種のモデルなら中央集権型のセキュリティ機構を破りうると述べた。だからこそ,エージェント自身にも決して破れない分散型のセキュリティが唯一の解になる,という理屈である。
議論は,Gary氏が土台と位置づけたアイデンティティと信頼のレイヤーから,資産のトークン化へと移っていく。再びマイクを取ったMichael氏の話は,Bullishの戦略そのものだった。同社は約1か月前,米英で株主名簿を管理する名義書換代理人(トランスファーエージェント)Equinitiの買収を発表し,さらに今週にはジブラルタルでトークン化証券の取引認可を得たばかりだという。
ビットコインなどネイティブなデジタル資産は24時間365日動き,即時に決済が完了する。その体験を知ったうえで株式市場に戻ると,取引時間は限られ着金には2日を要する――当たり前とされてきた非効率が急に見えてくる。約260兆ドルにおよぶ株式・債券という巨大資産こそ,この技術の恩恵を最も受けられる場所だとMichael氏は語る。
もっとも,足元で出回るトークン化株式の多くは,実態としては「IOU(借用証書)」に近い。SpaceX株を表すとされるトークンを買っても,手にしているのは仲介者を信用したうえでのデリバティブであって,株式そのものではない。
ここにBullishが一石を投じる。トークンは株式のラッパー(包装)でも預り証でもなく,株式そのものであるべきだ――というのが同社の思想である。トークンを買った人は,証券会社で株を買ったのと同じ立場の株主であり,議決権も配当も受け取る権利を持つ。
この「1対1」モデルには3つの意味があるという。発行体にとっては,自社株を模した別物に流動性を奪われずに済む。投資家にとっては,あいだに立つ取引相手(カウンターパーティ)を抱え込まずに済む。そして規制当局にとっては,トークンを株式と一致させることこそ,投資家保護を実装する最良の手立ての一つになる。しかも先述のとおり24時間取引でき,着金を2日待つこともなく,そのまま証拠金や担保にも使える。トークン化の利点は,こうした設計が伴ってはじめて生きてくるのだ。
![]() |
やや異なる角度から議論に厚みを加えたのが,香港へのフィンテック誘致に携わるPauline Fan氏だ。かつて暗号資産は,思想や合意に根ざしたガバナンスの営みであり,その担い手は草の根のコミュニティだった。それが今や,SWIFTやEuroclear,Clearstreamといった国際的な清算/決済機関,さらにはJPMorganやHSBC,Standard Charteredといった大手銀行へと広がっている。より速い決済,24時間稼働,低い手数料――市場からの圧力が,伝統的機関を否応なく動かしているというのが氏の見立てだ。
規制の整備も各地で進む。香港では規制対象の暗号資産取引プラットフォームが12社,日本と韓国はそれぞれ2社が認可されており,Michael氏のBullishもその一角を占める。香港ではEuroclearとClearstreamが香港金融管理局と組み,デジタル債券向けにDLT(分散型台帳技術)を用いた清算システムを立ち上げつつあるという。
ただし株式のトークン化について香港は現時点で旗を振っておらず,どの資産クラスを後押しするかは各法域の事情しだいだ,とPauline氏は釘を刺した。
そして3人が3人とも香港を拠点とする理由を,Gary氏がこう補った。クロスボーダー決済を阻む最大の要因は,法域ごとにばらばらな規制にある。だが香港は,アジア最大のクロスボーダー取引市場であり,昨年スイスを抜いて世界最大のクロスボーダー富裕層(ウェルスマネジメント)市場となった。
その存在自体がもともと国境をまたいでいる香港でなら,実用的な越境決済と資産トークン化を正しく形にできる余地がある――要は,暗号資産が“大人になる”過程を,どこよりも速く進めている街だというのである。
![]() |
最後は,3年後を見据えた予測で締めくくられた。
Michael氏は,かつての暗号資産の時代は幕を閉じ,AIや資本市場・伝統的金融と融合する「制度的成熟」の新章が始まっていると見る。規制が明確になれば,参加する国も産業も増えていくだろう。とりわけ日本については,IVSの会期中,2028年の税制・規制改正が業界の変曲点になるとの声が至るところで聞かれたという。大手銀行や大企業がこの技術を自社の事業へ取り込みはじめれば,世界的な普及は大きく前進する――そう,日本への期待をにじませた。
Gary氏は,金融の未来を左右する3つの決断を各法域に突きつける。第1に,暗号資産を金融システムとは別物と見るか,それとも金融システムそのものと見るか。第2に,AIを消費者向け技術と捉えるか,それとも(むしろ主として)企業向け技術と捉えるか。第3に,AIはブロックチェーンなしに大規模に成立しうるのか。
氏自身の答えは,いずれも後者だった。ブロックチェーンは金融の未来であり,AIは企業技術であり,AIのスケールにはブロックチェーンが不可欠――この3つを正しく選べた都市や国の未来は,きわめて明るいと氏は言い切った。
Pauline氏が最後に示したのは,ハードウェアとデータの「主権」というキーワードだ。企業がAIを本格的に業務へ組み込む段階になれば,モデルもデータもオンプレミス(自社内設置)へ引き寄せられ,企業や小さなチームが“自前のAI”を持つようになる。ブロックチェーンとAIは技術的には相性の良い友人同士だが,しかるべきチーム同士がきちんと向き合えるかはこれからの課題だという。旧来のNFTやプロトコルの発想から離れ,エンタープライズへ,そして安全性とガバナンスを担える人材の確保へ――業界が向かうべき先を,静かに指し示していた。
トークンを売り抜けて稼ぐ時代は終わり,ブロックチェーンはAIエージェント経済と資本市場を下支えする“配管”へと役割を変えつつある。派手さが薄れたぶん,扱う金額の桁も,背負う社会的責任も跳ね上がった。ちなみに,ゲーマーの多くが冷ややかに眺めてきた“NFTゲーム”の狂騒も,このパネルではあっさり「過ぎ去った季節」として片付けられていた。ブロックチェーンの主戦場は,もう別のところにあるらしい。
![]() |
















![画像ギャラリー No.001のサムネイル画像 / AIエージェント決済と資産トークン化が描くブロックチェーンの次章とは[IVS2026]](/games/991/G999104/20260703055/TN/001.jpg)
![画像ギャラリー No.005のサムネイル画像 / AIエージェント決済と資産トークン化が描くブロックチェーンの次章とは[IVS2026]](/games/991/G999104/20260703055/TN/005.jpg)
![画像ギャラリー No.003のサムネイル画像 / AIエージェント決済と資産トークン化が描くブロックチェーンの次章とは[IVS2026]](/games/991/G999104/20260703055/TN/003.jpg)
![画像ギャラリー No.002のサムネイル画像 / AIエージェント決済と資産トークン化が描くブロックチェーンの次章とは[IVS2026]](/games/991/G999104/20260703055/TN/002.jpg)
![画像ギャラリー No.004のサムネイル画像 / AIエージェント決済と資産トークン化が描くブロックチェーンの次章とは[IVS2026]](/games/991/G999104/20260703055/TN/004.jpg)
![画像ギャラリー No.006のサムネイル画像 / AIエージェント決済と資産トークン化が描くブロックチェーンの次章とは[IVS2026]](/games/991/G999104/20260703055/TN/006.jpg)
![画像ギャラリー No.007のサムネイル画像 / AIエージェント決済と資産トークン化が描くブロックチェーンの次章とは[IVS2026]](/games/991/G999104/20260703055/TN/007.jpg)